本当は謎がない「幕末維新史」 幕府再生はなぜ失敗したのか? (SB新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784797371185

感想・レビュー・書評

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  • 切り口が面白いです
    俗説と対比させているので目からウロコも・・・

  • 幕末の興味はありますが、戦国時代の歴史探訪に偏っていたせいか、知る機会があまりありませんでした。そんな私が「本当は恐ろしい江戸時代」という本を読んで、江戸時代に対する認識を新たにさせてくれた、八幡氏による幕末の解説本を見つけて手にとってみました。

    この本では、多くの論点に対して、なんとなく正しいと思っていた私の中での通説は、ウソ、として紹介された上で、本当はどうだったかと解説されていて大変楽しく読ませてもらいました。

    幕末の京都において、京都守護職という組織がありながら、なぜ「新撰組」に頼ったのかの解説は「目から鱗」と同時に、現代にも通じるようなものがあり、少し背筋が寒くなりました。

    歴史を通して現代を、そして未来の予測が可能になる、というフレーズを思い出させてくれた本でした。

    以下は気になったポイントです。

    ・江戸時代の経済社会は「米本位制」はじめに税制ありきで、人々の生活・生産活動すべてに枠をはめていた。一方で農民以外の江戸や城下町の町民はあまり税金を納めることなく、自由な生活。江戸京都大阪の周辺の農地は統制は緩やかだったが治安維持が悪かった(p15)

    ・田沼意次は重商主義の正しい方向へ舵をきろうとしたが、それを失脚させた松平定信は寛政の改革でそれと反対の方策をした。一部の地方が他方の犠牲で豊かになることはある(p17、19)

    ・現在の日本の不振は、1970年から財政支出が増えたにも拘わらず、税収構造を確立できずに、綱紀粛正と倹約でごまかして慢性的財政赤字となったところからきている。松平定信が陥った再現である(p21)

    ・カトリック教徒はキリスト教の布教も一緒にやろうとしたが、プロテスタントは布教はしないという約束で、オランダに貿易を限定。日本人が海外に出るのは、対馬の人が朝鮮にいくときだけ(p33)

    ・ナポレオン戦争の終結とともに、オランダはスリランカやケープタウンをイギリスに譲る条件で、インドネシアなどの植民地を取り戻した(p40)

    ・徳川吉宗は、安易に加増・減封をしないかわりに上納金を納めさせる政策とした(p43)

    ・遠隔地の幕府領と、江戸・大阪周辺の大名領や旗本の知行地を交換してしまおうというのが「上知令」であった(p45)

    ・仮にフランスが沖縄をとれば、五島列島をイギリス、対馬をロシアが支配するといった可能性はあった(p56)

    ・ペリー来航に対して、吉田松陰がペリー艦船に小船を横付けたり、遊園地にあるような蒸気機関車を幕府へ献上というのは、翌年の再来航のとき(p57)

    ・海防の観点から見ると、脆弱な江戸・東京という都市に首都を置くことは、太平洋戦争に至るまで常に日本の国防の致命的弱点であり続けた、主要国の首都で港町はほとんどない。この点、大阪・名古屋は大丈夫(p60)

    ・御三卿は御三家と並ぶ将軍後継有資格者のポストとしたが、領地も家来もほとんどなしで、プリンスの生活の面倒だけ見るというエコノミーな仕組み(p61)

    ・老中を出すのはだいたい10万石以下の大名で、阿部正弘の福山藩、西尾藩(松平)、上田藩(松平)、長岡藩(牧野)、古河藩(土井)であった(p65)

    ・井伊家は遠江の名門で、家柄的には松平家と対等以上であった(p79)

    ・井伊直弼、山内容堂、島津久光、毛利敬親といった国元生まれで殿様になる予定もなかった大名に共通して言えるのは良い意味で「下々の事情」に通じていたこと。何でもできる習慣もできていた(p82)

    ・全国では6%程度の武士の割合であるが、薩摩では人口の4分の1が武士、つまり全国の武士の10%は薩摩藩士(p97)

    ・参勤交代の緩和により江戸にいた大名の家族が領国に住めるようにした、すると母と娘が別々に住むことになったり、事実上の首都や社交生活の場としての機能を失っていった。それば明治4年の廃藩置県により東京に戻ってくることができた。廃藩置県が円滑に進んだ理由の一つ(p140)

    ・京都守護職の会津藩士とは、京都府警の応援にきた福島県警というもの、死んだり怪我をしたら補償も必要で高コスト。なので安上がりで違法捜査も平気な新撰組を雇った(p160)

    ・会津藩士は遊郭や町中で財布のひもが固すぎた、長州藩士は金払いが良く、人気が良かった(p165)

    ・幕末の300藩を仔細に調べると、王政復古の中核になったのは西南雄藩のみ、敵役は佐幕を突き通した奥州列藩同盟に参加した藩で、殆どは日和見(p229)

    ・木戸孝允は、京都を帝都、江戸を東京、大阪を西京として、これを鉄道で結ぶべしとした(p254)

    ・数千年にわたり皇室の恵みを受けてきた京都とは異なり、関東は古来より皇室の恵みを受けることがなかった、三条実美がかいた東京遷都の考え方(p256)

    ・明治2年3月に天皇は京都を出発し、3月28日に東京入城、太政官をここに置いた。10月に皇后が京都から出発するときも、京都府は「遷都ではない」と論告している。翌年3月には「西還延期」が発表されたのみで、東京遷都は発表されていない(p257)

    ・対外貿易の中心である神戸と横浜に県庁を置きたいが、それぞれ旧国でいえば、摂津と武蔵の一部なので、摂津の一部に播磨・但馬・丹波の一部をつけて兵庫県、武蔵の一部に相模をつけて神奈川県とした。そのため、姫路・小田原にとっては気の毒となった(p262)

    ・県の名前は、県庁所在地の地名を使うのが原則だったが、途中から所在する「群名」と使うことが多くなった(p263)

    ・太陽暦採用に伴い、明治5年(1872)12月3日をもって、明治6年1月1日とした。(p268)

    2014年7月27日作成

  • 文字通り、幕末維新の各種のできごとについて丹念に記述した一冊。

    幕末の政治に関わった人を、現代の視点から分析してる。
    新撰組を神格化するような御仁には不向きかもしれないが、それ以外の一般の人にはお勧めの本。

  • 途中で断念。

  • 相変わらず一刀両断な評価だが、勝海舟あたりは筆者の言う通りかもしれません。

  •  評価が難しい。

     佐幕派の中でも会津・桑名・新選組などにはばっさり。とりわけ龍馬暗殺の犯人は会津・桑名としている。

     一方、明治維新の立役者であった西郷隆盛や坂本龍馬や勝海舟にも一定の批判的な視線があり、史実をもとにしつつもフィクションを交えた歴史小説で影響力を与えた司馬遼太郎の歴史観にも批判を示している(私も歴史とフィクションをごっちゃにさせてしまう魅力を持っている司馬作品と司馬作品ファンとは距離を置きたい)。

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著者プロフィール

徳島文理大学教授。
東京大学法学部卒業、通産省(現経済産業省)を経て、評論・執筆活動に入る。政治・外交・経済、歴史・地理、皇室、教育など多方面に渡る評論・執筆活動を精力的にこなしている。『令和日本史』『捏造だらけの韓国史』『誤解だらけの皇位継承の真実』『中国と日本がわかる最強の中国史』など多数。

「2019年 『「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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