僕の島は戦場だった 封印された沖縄戦の記憶

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  • 集英社インターナショナル
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本棚登録 : 71
レビュー : 14
  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784797672466

作品紹介・あらすじ

今もアメリカと日本の政治に翻弄され占領状態が続く沖縄。沖縄戦当時子どもだった世代が、沈黙を破って自分たちの戦争体験を語り出した。戦争孤児、集団自決……現代の日本の姿が見えてくる。

感想・レビュー・書評

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  •  ひめゆり部隊、集団自決…言葉は知っていても、きちんと理解していなかった。戦争の悲惨さは小説や映画で何度も観てはいるのだけれど、何か遠い世界のことのようで、この平和な日本で、かつて実際に起こったことだと受け止めるにはあまりにもつらい現実だ。しかし佐野眞一は、甘い!真実はもっと残酷なのだ!と目の前に現実を突きつけてくる。
    沖縄へ何度も出向き、戦争孤児や集団自決の生き残りの方々から話を聞き、自分で現場を確かめたルポは、バーチャルとなって私に訴えかけてくる。母の叫び声や子供たちの泣き声が聞こえてくるようだ。何度も本を閉じたくなる。だけど、かつて沖縄で信じられないような地獄絵図が繰り広げられたのだと本土の人はもっと知るべきだと思う。
     米兵に捕まると惨殺されると日本兵に脅かされ集団自決を村ごとに決意。家族単位で殺しあう。武器もないので石や木で、親や子供を撲殺する。最後のインタビューは集団自決の生き残りで当時16歳。兄と一緒に母親の頭部を石で叩いたという。自分たちが死ぬ段になって、どうせ死ぬなら米軍に斬りこんで死のうということになり、広場を出たところで日本軍に出会い非常に驚いた。「日本軍は生きていたのか」と。聞くと「自分たちは報告の義務があるから生き残らなくてはならないんだ。」と言う。裏切られた気持ちになりますよね。戦争孤児の生き残りの方も言っていた。「生き残った子供たちを救ったのは米兵だ」と。「米兵に看護を受けている人を見て、自分の家族は死ぬ必要がなかったんじゃないかと慟哭した」と。
     戦争孤児の話はさらに悲惨だ。家族とはぐれて一人ぼっちになった八歳の少女は、いくら寂しかろうと、自分らが生きることに精いっぱいの集団にとっては完全に足手まといであっちへ行けとはじき出された。喉が渇いたので死体を押しのけ、そこにたまってる水を飲んだら人の血だった。
     孤児院に収容されて数か月後、子供が兵隊にとられたまま帰ってこない夫婦にもらわれたが、働かせるために養女にしたようで、家の仕事をしてからでないと学校へ行かせてもらえない。良い成績をとって帰ると孤児院育ちのくせにといじめられた。戦死したと思っていた息子が帰ってくると今度は家を追い出されてしまった。生き地獄だ。
     戦後70年が経つ。証言者はみな70歳超えで、あと何年生の声が聞けることか。しかし靖国問題(沖縄で日本兵に見殺しにされた沖縄の犠牲者が戦闘参加者として靖国神社に合祀されている。)、米軍基地移設問題、老人のPTSDと、沖縄の戦後はまだまだ終わらない。

  • 右とか左とか関係なく、ただ沖縄戦での悲惨さを関係者のインタビューを中心に掘り下げるという本書であっても、靖国や援護金や宗教問題が絡むと純粋に総括的な沖縄戦の悲惨さを感じることができなくなります。

    結局それは、戦後沖縄の人達が必死に生きた故の矛盾だとは思いますが、ボクらはただ沖縄を傍観し時が過ぎ去るのを待つだけで良いのかと感じました。

  • 資料ID:21302178
    請求記号:219.9||S

  • 米軍側の従軍記者をして「醜さの極致」と言わしめるほどの悲惨さを極めた沖縄戦。両親や兄弟を目の前で失いながらも過酷な戦場を生き延び、戦後もたった一人で生きていかざるを得なかったかつての子供たちの証言。

    本書はノンフィクション作家、佐野眞一氏が著した『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』という本の続編的な位置づけになっているのだそうです。太平洋戦争(もしくは大東亜戦争)末期、日本本土で本格的な地上戦が行われた沖縄。米軍側の従軍記者をして「醜さの極致」と言わしめるほどの凄惨な戦いを生き延びたかつての子供たちが長年封印していたその目で見てきた出来事を筆者に語っております。

    僕がこの問題を初めて知ることになったのは以前放送していたNHKのETV特集で放送されていたシリーズ番組の『沖縄戦 心の傷~戦後67年 初の大規模調査~』を偶然とはいえ、見たことからでありました。そこで彼らの口から出たことは本書で筆者に語られていることとほぼ同様のすさまじい話で、日本軍による住民虐殺や、自身が戦火を逃げ回ったこと。飢え。などでありました。

    本書の中にもすさまじい話のオンパレードで中には祖母の腕を切り落としたという話や、軍人に毒入りにミルクを飲まされたという話、『ウチナー口(沖縄地方の方言)』ではなしているとスパイとみなされ、日本軍に殺されたという話などが延々と続き、ハイライトは自分の母親を石で撲殺したと語る神父の話でございました。

    それらの悲劇は現在でも連綿と続いており、オスプレイがなぜ沖縄であれほど忌避反応を示すのか?沖縄全体の70%以上を占める米軍基地。そして現在でも起こる米兵による沖縄陣女性への集団レイプ事件…。佐藤優氏(彼の母親は沖縄出身)がよく『沖縄が日本から離れつつある。これは民族問題の初期段階だ』と警告を発している理由がよくわかりました。そして、戦場で見聞きしたものが何十年もPTSDという形でその人間の裡に巣食い、苦しめるのかということも同様でした。沖縄といえばまず思い浮かぶのは美しい島と海の風景ですが、その裏に隠されているこうした『悲劇』を決して忘れてはなりません。

  • 靖国のこととか、援護法のこととか自分が知らない沖縄についての問題を知ることかで来てよかった。
    沖縄について、一筋縄にはいかない理由があるのだと思った。
    戦争は終わっても面倒なことしか残らない。万人が納得できる保証なんかあり得ない。何のためにするのか私にはやっばりわからない。

  • リアルな話が聞けてよかった。
    戦争孤児も年をとって話が聞けなくなってしまうので、その前にという企画は良いと思う。

  • 沖縄には多くの米軍基地がある。しかし、米軍基地の数で言えば、必ずしも沖縄だけが多いわけでは無いと、米軍基地の街に育った私は思っていた。しかし、米軍基地の存在が問題なのではなく、そこが「沖縄」であるということが基地問題の根底にあるのではないかと思った。太平洋戦争で日本に直接米軍が上陸し、民間人を含む戦争を唯一経験した土地、沖縄。私たちは、沖縄戦について、あまりにもなにも知らない。そして、沖縄県民もあまり戦争体験について語ってこなかったのではないだろうか?
    本文中で引用されている曽野綾子の「ある神話の背景」からの一文「軍隊が地域社会の非戦闘員を守るために存在するという発想は、きわめて戦後的なものである。軍隊は自警団とも警察とも違う。軍隊は戦うために存在する。彼らはしばしば守りもするが、それは決して、非戦闘員の保護のために守るのではない。彼らは戦力を守るだけであろう。」これが、沖縄戦で行われたことなのだろう。
    現在、「自衛隊」を「国防軍」に再編しようという動きがでている。自衛隊の存在意義は「防衛」であるが、「軍」は戦力であろう。日本は、いまどこへ行こうとしているのか。

  • 両親を、兄弟を、目の前で失う。でも自分は生きてかなきゃいけない。慣れる。
    その時代があって僕らは「生かされている」。戦後も戦場と共に生きていく。

  • 先般、大阪市の首長をブチ切れさせた方の著作(といっても、丸善でたまたま表紙買いした本著を読み進める中で、この人誰?と思いググった末、ようやくノンフィクションの大家だと知ったという体たらくなのだがw)…常々、頭の中でモヤモヤしていた事柄が、少し晴れた気分だ。…そして、この、胡散臭い参院選の前に、こういう本を買って、読んで、さらに多方向からも知識を得ねばと感じたことは、とても良かったと思う。

  • 生存者へのインタビューを中心に構成された沖縄地上戦の真実。集団自決や戦争孤児など"戦地で実際に何があったのか(行われたのか)"が克明に書かれています。なぜオスプレイ配備や普天間を沖縄県民が頑なに反対するのか、沖縄では戦後が地続きである事実を、本土の日本人はあまりに知らなすぎると感じます。中央国家と地方という面からも考えさせられます。

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著者プロフィール

1947年東京生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。編集者、業界紙勤務を経てノンフィクション作家となる。1997年、民俗学者宮本常一と渋沢敬三の生涯を描いた『旅する巨人』(文藝春秋)で第28回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2009年、『甘粕正彦乱心の曠野』(新潮社)で第31回講談社ノンフィクション賞を受賞。

「2014年 『津波と原発』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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