失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織

  • ディスカヴァー・トゥエンティワン
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  • Amazon.co.jp ・本 (343ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784799320235

作品紹介・あらすじ

誰もがみな本能的に失敗を遠ざける。だからこそ、失敗から積極的に学ぶごくわずかな人と組織だけが「究極のパフォーマンス」を発揮できるのだ。オックスフォード大を首席で卒業した異才のジャーナリストが、医療業界、航空業界、グローバル企業、プロスポーツチームなど、あらゆる業界を横断し、失敗の構造を解き明かす!

感想・レビュー・書評

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  • 【感想】
    誰しもミスは報告したくないものだ。
    ミスを報告するとその対応に追われるし、もちろん自らの評価も下がる。自分が100%悪いと分かっていても、「相手側にも過失があった」と都合よく解釈をねじまげ、自分の行いを正当化する。言い訳を重ねるうちに、ミスがいつしか「不運」になり、そのうち「巻き込まれ事故」に変わっていってしまう。そうすると、もはや間違いを犯したという意識が無くなり、よくある一つのトラブルとして改善されることなく闇に消えていく……。

    本書では、各業界で起こった重大事故をもとに、このような「失敗を活かすことができない典型例」を浮き彫りにしつつ、人や組織が失敗からどのように学ぶことで成功につなげられるかのメソッドを論じている。
    文中で大きくピックアップされるのは航空業界と医療業界だ。この2つはどちらも「一つのミスが利用者の命に直結する」仕事をしている。ジャンボジェット機の墜落事故や医師の誤認による医療事故等のエピソードを交えながら、失敗を招いた原因と、その後各業界はどう対策を行っていったか(orなぜ対策しようとしなかったのか)について紹介していく。

    結論から言ってしまうと、失敗を成功につなげられるか否かを決めるのは、失敗そのものに強く注目することではない。「失敗に対する」姿勢を前向きにすることだ。
    具体的には、
    ①失敗を「不名誉なもの」として捉えない
    ②失敗を調査し、改善につなげるためのシステムを構築する。一つのミスから組織や業界全体が学べる体制を整える。
    ③失敗を正直に認める。同時に、周囲も失敗を非難したりせず、ミスを報告しやすい土壌を作る。
    ④失敗を幾度となく繰り返す。そして失敗を真正面から受け止め、「やはり自分はダメなんだ」ではなく、「自分を進化させるチャンスだ」というマインドセットを身に着ける。
    である。

    航空業界ではこの仕組みが整備されていた。
    墜落事故が起こっても、機内に搭載したブラックボックスによって事故直前の飛行データとパイロットの音声データを解析し、事故の原因を調査できる。事故調査は強い権限を持つ独立の調査機関が行い、調査報告書には勧告が記載され、「航空会社」にそれを履行する責任が発生する。事故をパイロットやクルーだけの問題にしない風土があり、例えば、パイロットはミスを起こすと報告書を提出するが、10日以内に提出すれば処罰されないという制度が存在する。
    一方医療業界では、事故が起こった経緯について日常的なデータ収集をしていない。医療ミスは医師の責任として医療訴訟を起こされる。また、医師は看護師よりも権限が強いとみなされ、トップダウン型の指揮系統のもとで多様な意見が阻害される。医療スタッフは失敗を不名誉なモノと決め、エラーマネジメントの訓練をほとんど受けていない。

    こうした「失敗に対する姿勢」の差が、両業界における事故率の差となって現れているのだ。

    さて、では組織の進化のために些細なミスでも報告してもらおう、と考えるが、そう上手くはいかない。人はミスを「隠す」からだ。

    ここからは私個人の意見だが、人が失敗を報告しないのは、失敗のメリットが短期的に実感できないことが一因だと思っている。
    上手い失敗は成功に繋がるが、その効果が現われるのはずっと後。ミスの要因を分析し、それをシステムに吸収して改善を促し、新しく運用を始めてからである。成功のためには長い道のりを我慢しなければならない一方で、失敗は今まさに身の上に降りかかっている。この現実に直面すると多くの人が「今苦労してまで改善する必要がある?」という考えに走り、短期的な楽さを選んでしまう。しかも自分が引き起こした「過失」なのか、致し方ない事情により発生した「不運」なのかはっきり判断がつかない場合は、なおさら自分の行動を正当化して包み隠してしまう。そのほうが早いし、隠蔽したほうが「短期的」には得だからだ。

    また、「迅速すぎる」後処理を求められることも原因の一つだと思う。
    不祥事が起こると必ず、「二度と失敗をしないための対策」を課される企業が多いだろう。例えば個人情報の流出であれば、データ管理方法の見直しやデータ消去時の二重チェック体制の構築などだ。こうした対策に本当に効果があるのかは、検証に長い時間を費やす。しかし、世間はそこまで長いこと待ってくれない。ミスを改善するのは「今」であり、求められているのは「いかに迅速に対応する姿勢を見せたか」である。結果として、効果の不明瞭な対応を場当たり的に行い、ヒューマンリソースが削られ、似たようなミスが再び起こってしまう。いずれもミスのデメリットとメリットのタイムラグが引き起こす悲劇である。

    これらも全て「失敗に対する姿勢」だとするならば、おそらく、失敗を成功につなげるのは相当に忍耐強く鍛錬を積まなければならないだろう。人は楽をする生き物だし、得になるか分からない失敗の後始末など誰しもつけたくない。個人で意識的に行っていくのは中々ハードなため、組織ぐるみでミスへのリカバリー体制を整えていくのが必須なのではないかと感じた。
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 失敗による損失
    アメリカでは毎年4万4000~9万8000人が、回避可能な医療過誤によって死亡している。また、1日1000件の回避可能な死亡事故が起こり、1万件の回避可能な合併症が起こっている。
    なぜそこまで些細なミスが起きるのか?過労や医療の複雑性といった要因が考えられるが、本当の原因はもっと奥深いところにある。誰もが失敗を隠そうとするからだ。
    失敗を隠そうとするのは、それを「不名誉なもの」とする考えが古くからあるからに他ならない。本書の目的は、失敗のとらえ方を根本から覆し、仕事や日常生活で「究極のパフォーマンス」を引き出すことにある。我々は今、個人として、組織として、社会として、失敗との付き合い方を見直さなければならない。


    2 クローズドループ
    「クローズド・ループ」とは、失敗や欠陥にかかわる情報が放置されたり曲解されたりして、進歩につながらない現象や状態を指す。逆に「オープン・ループ」では、失敗は適切に対処され、学習の機会や進化がもたらされる。

    航空業界はオープン・ループにより航空事故を防いでいる。ヒューマンエラー(人的ミス)の多くは設計が不十分なシステムによって引き起こされるため、ブラックボックスを用いて数々の事故原因を、機長たちのやりとりや航空データをもとに解明している。
    一方、医療業界はこれまで、事故が起こった経緯について日常的なデータ収集をしてこなかった。医療業界では当事者の視点でしかものを見ていないため、潜在的な問題に誰も気づかない。彼らにとって問題は存在さえしていない。クローズド・ループ現象が長引く原因のひとつがこれであり、失敗は調査されなければ失敗と認識されないのだ。

    何か失敗したときに、「この失敗を調査するために時間を費やす価値はあるだろうか?」と疑問を持つのは間違いだ。時間を費やさなかったせいで失うものは大きい。医療過誤のコストは、控えめに見積もってもアメリカだけで170億ドルにのぼる。2015年3月現在で、英・国民保健サービス訴訟局は、過失責任の賠償費用として261億ポンドの予算を計上した。
    失敗から学ぶことは決して資金の無駄使いではない。むしろ、最も効率的な節約手段だ。資金だけでなく、人命も無駄にせずに済む。

    失敗に対してオープンで正直な文化があれば、組織全体が失敗から学べる。そこから改善が進んでいく。

    失敗から学ぶにはふたつの要素が不可欠だ。1つ目はシステム。失敗は、いわば理想(したいことや起こってほしいこと)と現実(実際に起こったこと)とのギャップだ。最先端の組織は常にこのギャップを埋める努力をしているが、そのためには学習チャンスを最大限に活かすシステム作りが欠かせない。2つ目に不可欠な要素はスタッフだ。どんなにすばらしいシステムを導入しても、中で働くスタッフからの情報提供がなければ何も始まらない。


    3 情報の形
    医療業界の大きな問題は、失敗から学ぶシステムが整っていないことに加え、たとえミスが発覚しても、学びが業界全体で共有されていないことにある。
    医療業界では、必要な知識や情報が、使用に適したシンプルで効果的な形に置き換えられていない。
    航空業界でも、もし何ページにもわたる要領を得ないデータを共有するとなれば、臨床医が医学雑誌で毎年ほぼ70万件も発表される論文と闘っている状態と変わらなくなり、学びが「形」として共有されなくなってしまう。幸いなことに、航空事故の調査レポートでは、情報を(精製して)現実的に要点をまとめてある。


    4 人は失敗を認めない
    失敗に対する事例は、医療業界に限ったものではない。刑事司法制度における冤罪もその一例だ。
    イリノイ州ウォキーガン市で起こった少女殺害事件。その犯人として服役していたのがフアン・リベラという青年だった。
    服役してからすでに13年が経とうとしていたが、2005年、DNA鑑定によって遺体に付着していた性液がリベラのものではないことが判明する。しかしながら、彼はさらに6年間を刑務所で過ごすことになった。

    DNA鑑定によって無実の人が自由を取り戻す道のりは、耐えがたいほど困難だ。自分たちが間違っていたという明白な証拠を突き付けられてもなお、誤りを認めようとしない制度がそこにある。 しかしどうしてそんなことになるのだろう? 「失敗を認められない」というその心理は、いったい何がどうなれば、人の心や制度にそこまで深く根を張るのか?

    それは多くの場合、人は自分の信念と相反する事実を突き付けられると、自分の過ちを認めるよりも、事実の解釈を変えてしまうからだ。
    カギとなるのは「認知的不協和」だ。これはフェスティンガーが提唱した概念で、自分の信念と事実とが矛盾している状態、あるいはその矛盾によって生じる不快感やストレス状態を指す。
    人はたいてい、自分は頭が良くて筋の通った人間だと思っている。自分の判断は正しくて、簡単にだまされたりしないと信じている。だからこそ、その信念に反する事実が出てきたときに、自尊心が脅され、おかしなことになってしまう。
    そんな状態に陥ったときの解決策はふたつだ。自分が間違っていたと認める。しかしこれが難しい。理由は簡単、怖いのだ。そこで出てくるのが2つ目の解決策、否定だ。事実をあるがままに受け入れず、自分に都合のいい解釈を付ける。あるいは事実を完全に無視したり、忘れたりしてしまう。そして認知的不協和に陥っている人間は、そのことに滅多に気づかない。

    事実をありのままに受け入れることは難しい。大きな決断であれ、小さな判断であれ、当人の自尊心を脅かすものなら何でも認知的不協和の引き金になる。いや、むしろ問題の規模が大きければ大きいほど、自尊心への脅威も大きくなっていく。だから手術中の事故は「よくあること」と処理され、DNA鑑定の結果は「未起訴の射精者」を生み、教祖の予言が外れると「自分たちが信じたから、神様が世界を救ってくれた」と感激するのだ。

    明晰な頭脳を誇る高名な学者ほど、失敗によって失うものが大きい。だから世界的に影響力のある人々(本来なら、社会に新たな学びを提供するべき人々)が、必死になって自己正当化に走ってしまう。保身への強い衝動に駆られ、潤沢な資金を自由に使って、自分の信念と事実とのギャップを埋めるのだ。失敗から学ぶことなく、事実のほうをねじ曲げて。


    5 失敗し続ける
    失敗からうまく学んでいる組織は、どこも例外なく、ある特定のプロセスを実践している。「試行錯誤」だ。
    進化は自然淘汰によって、つまり「選択の繰り返し」によって起こる。適応力の強い個体が生き残って子孫を残すと、その中から突然変異によってさらに強みを得た個体が生まれ、その後次々と世代を重ねて進化が進んでいく。
    こうした適応の積み重ねは「累積淘汰(累積的選択)」と呼ばれるメカニズムである。累積淘汰は世代ごとにおこなった選択を記憶し、それを次世代へ、また次の世代へ、と引き継いでいくシステムだ。自然界における進化のプロセスであり、自由市場における倒産と起業のプロセスでもある。

    つまるところ、テクノロジーの進歩の裏には、論理的知識と実践的知識の両方の存在があって、それぞれが複雑に交差し合いながら前進を支えている。

    我々は知らないうちに、世の中を過度に単純化していることが多い。ついつい「どうせ答えはもうわかっているんだから、わざわざ試す必要もないだろう」と考えてしまう。「正しいかどうか試してみる」を実行に移す、つまりボトムアップ型の検証をおろそかにしてしまうのだ。

    大切なのは完璧主義者にならないことだ。早い段階で試行錯誤し、いくつも失敗を重ね、検証と軌道修正を繰り返し、ユーザーのフィードバックを得続けることが肝心である。


    6 小さな改善
    大きなゴールを分割し、「小さな改善(マージナルゲイン)」を積み重ねていけば、大きく前進できる。


    7 非難
    何かミスが起こったときに、「担当者の不注意だ!」「怠慢だ!」と真っ先に非難が始まる環境では、誰でも失敗を隠したくなる。非難すると、相手はかえって責任を果たさなくなる可能性がある。ミスの報告を避け、状況の改善のために進んで意見を出すこともしなくなる。
    しかし、もし「失敗は学習のチャンス」ととらえる組織文化が根付いていれば、非難よりもまず、何が起こったのかを詳しく調査しようという意志が働くだろう。
    適切な調査を行えば、ふたつのチャンスがもたらされる。ひとつは貴重な学習のチャンス。失敗から学んで潜在的な問題を解決できれば、組織の進化につながる。もうひとつは、オープンな組織文化を構築するチャンス。ミスを犯しても不当に非難されなければ、当事者は自分の偶発的なミスや、それにかかわる重要な情報を進んで報告するようになる。するとさらに進化の勢いは増していく。


    8 失敗から学ぶためにはどうすればいいのか?
    失敗から学べる人と学べない人の違いは、突き詰めて言えば、失敗の受け止め方の違いだ。成長型マインドセットの人は、失敗を自分の力を伸ばす上で欠かせないものとしてごく自然に受け止めている。

    成長型マインドセットについては大きな誤解がつきまとう。成長型マインドセットの人は、無理なタスクにも粘り強くがんばり続けてしまうのではないか、達成できないことに取り組み続けて、人生を無駄にするのではないか、と。
    しかし、実際はその逆だ。成長型マインドセットの人ほど、あきらめる判断を合理的に下す。

    ドウェックは言う。「成長型マインドセットの人にとって、『自分にはこの問題の解決に必要なスキルが足りない』という判断を阻むものは何もない。彼らは自分の〝欠陥〟を晒すことを恐れたり恥じたりすることなく、自由にあきらめることができる」

    我々が最も早く進化を遂げる方法は、失敗に真正面から向き合い、そこから学ぶことなのだ。

  • 失敗から学ぶことができる組織である航空業界。
    そして失敗から学ばない医療業界。
    この対比だけでも本書を読む価値あり。

  • このような本を読むときは参考文献が気になるのですが、科学的に検証するために沢山の文献が記載されてました。その参考文献を調べるだけでもおもしろい!
    「成功するためには」のようなハウツー本は沢山ありますが、この本は「失敗」から科学的に検証して成功へと導くものでした。トップダウンからボトムアップへ、失敗を繰り返しながら進化をしていこうと想う一冊。

  • 「失敗」に着目した名著です。
    冒頭の医療業界と航空業界の比較が何よりも説得力があります。かつて航空業界では事故が多発していましたが、自らの否を認め、原因を追究し続けてきたからこそ、安全が保たれるようになりました。
    一方、医療分野ではなく、未だに権威主義による組織体制が根付いていて、自らのミスを認めることが難しくなっています。
    そのことが何を生んだかと言えば、真の原因の追究を阻んでしまい、発展できなくなっていることです。
    本書の中でも度々指摘されていますが、社会科学の分野においても、この傾向は強く、政治、経済でも同様の動きが見られます。
    本書で述べられている通り、失敗は悪ではなく、進化するために不可欠な学習の機会なのです。
    逆に言えば、失敗のない世界に成長や進化はありません。

  • 本書は、失敗についてロジカルに論じた本である。結果として、「人間が失敗から学んで進化を遂げるメカニズム、あるいは想像力を発揮して革命を起こすメカニズムを明らかにしていく」ものとなっている。失敗は成功の母とも言うが、「我々が進化を遂げて成功するカギは、「失敗とどう向き合うか」にある」のである。これは社会全体でもひとつの組織でも、身近なチームでも、個人でも、様々なレベルに共通するともいえるだろう。

    まずは、航空機事故や医療業界での誤診を事例として取り上げる。この二つの業界が取り上げられた理由は、どちらも安全が非常に重要視される業界であるにもかかわらず、失敗に対するアプローチが全く異なっているところにある。そのアプローチの違いが、二つの業界における結果に大きく影響していると言えるからだ。航空機業界は失敗に対して「人は誰でも間違える」という前提のもとで、失敗が発生しうるものとして、業界で事故や失敗や共有をし、その対策を取るようにしている。燃料切れで墜落したユナイテッド航空173便のジャンボジェットの失敗に対する対応の事例がそのことをよく示している。その結果、航空運航の安全性は格段に高まった。
    一方、医療業界においては、失敗は基本的には避けうるべきものであり、失敗自体がときに失敗を起こした本人にさえ認識されない。さらにその帰結として失敗の事例はめったに共有されることもない。実際には現在も、アメリカだけでも回避可能な医療過誤で毎年4万4千人から9万8千人が死亡していると言われている。また、別のレポートでは、毎年100万人が医療過誤による健康被害を受けており、12万人が死亡しているという。この数は「心疾患」と「がん」に次ぐ数の死因にも相当する大きな数字である。

    そこには、われわれの失敗に対する姿勢の問題が潜んでいる。「社会全体で考えても、失敗に対する姿勢は矛盾している。我々は自分の失敗には言い訳するくせに、人が間違いを犯すとすぐに責め立てる」し、「医師の例を取るまでもなく、失敗を報告するやり方を見て、部下を含む周りは失敗に対する処し方を理解する。つまり、隠蔽やごまかしをするのを見て、それが「正しい」ことだと判断するようになるのである。それは正しい結果をもたらさない。どのようにして失敗を仕組みに組み込むのかということがどこにおいても課題になる」

    本書は正しく次のように指摘する -「注目すべきは失敗そのものではなく、失敗に対する「姿勢」だ」。
    「医療業界には「完璧でないことは無能に等しい」という考え方がある。失敗は脅威なのだ」と批判する。

    医療事故には、端的に訴訟という脅威がある。しかし現実には、患者に正直に真相を話した方が、結果として医療過誤で訴訟を起こされる確率が下がるという調査結果もあるという。正直者が得をするようなゲームにすることも可能なのだ。

    失敗の隠蔽とそのリスクに関しては、通信業界でいうと通信障害やセキュリティ事故などを挙げることができるだろう。失敗は非難される前に、共有され、対策されなければならない。そのことはいくら強調しすぎても、しすぎるということはない。また、端的に指摘されている通り、社会的な上下関係の中において、部下が上司に対して主張しづらくなり、もしくは控えめな表現を使ってしまうということは、日常的にもよく感じることである。失敗から学ぶことが、往々にして最も費用対効果が高い方法でもある。たとえば、最も成功した生産方式ともいわれるトヨタ生産方式の鍵は失敗をオープンにする仕組みを作ってその対策を優先することにあるとも言われる。

    「我々は今、個人として、組織として、社会として、失敗との付き合い方を見直さなければならないのだ」ということを、身に沁み込ませなければならない。そのために情報伝達と改善が行われるシステムとマインドセットの変革が必要になる。

    そのときに、そうは言ったとしても人は自らの失敗をなかなか認めないことを十分に認識するべきである。それは嘘をつくということではなく、本人も嘘をついていることを意識していないことがしばしばである。いわゆる認知的不協和とも言われるものである。「認知的不協和が何より恐ろしいのは、自分が認知的不協和に陥っていることに滅多に気づけない点にある」。そして、恐ろしいことに「ミスの隠蔽を一番うまくやり遂げるのは、意図的に隠そうとする人たちではなく、「自分には隠すことなんて何もない」と無意識に信じている人たち」なのだ ー しかも、そういった例は枚挙にいとまがない。失敗に直面したときに限らず、「人は自分が信じたいことを信じる」ということだ。それは人と接するときに理解しておくべき真実でもあるし、一方で自分への戒めでもある。

    無謬性の神話があるところには、大きな脅威がある。病院の現場でもそうだし、刑事司法の場でもその通りだ。この本の中でもDNA鑑定で冤罪が証明された例がたくさん出ている。おそらくはすでに死刑執行が行われた中にも多くそういった事例が紛れ込んでいるのだろう。日本でもいくつかの冤罪事件が明らかになったのは記憶に新しい。無謬性の神話は、官僚制の中にも根深い。エリートほど、自分の間違いを認められないのだ。

    さらに人の記憶というものが容易に事後的に編集されうるという事実が、無意識に嘘をつくことの危険性に輪をかける。往々にして人は「実際に見たこと」より「知っていること」に記憶を一致させる傾向がある。そのことについては、ときには受け入れがたいことでもあるが認めなくてはならないことなのだろう。

    失敗についてのこういった認識については実は多くのところで共有されているものである。

    ー ユニリーバは、考えるな失敗せよ、という。素早く失敗を繰り返す方が正解に早くたどり着くことが多いという。

    ー 失敗はシステムの問題である、というのはトヨタの強みを解説した『トヨタのカタ』でもトヨタの精神として掲げられていたことだ。

    ー 科学の歴史は失敗の歴史で、数少ない失敗が徹底的に論じられる人間活動である。失敗とそこから学ぶ姿勢があったからこそ科学は進展したのである。

    ー 失敗の調査は最も効率のよい改善の方法である。失敗を見逃すことは学習の機会を見逃すこととなる。学習機会は失われ、失敗は繰り返す。


    人は物事を過度に単純化していることが多く、どうせ答えはわかっているんだからわざわざ試す必要はないだろうと考えてしまう。そのことが失敗につながる。また後付けで理由を考えることで、そこに失敗をしたという学びの場を作ることができない事も多い。タレブが「講釈の誤り」と指摘したものでもあるし、ダニエル・カーネマンをはじめとする行動経済学の分野で盛んに研究されていることでもある。


    失敗に対する姿勢がその組織なり個人の将来を大きく規定するということを肝に銘じる。そういえば、と思うことも少なくない。

    日本軍の失敗を論じた『失敗の本質』、スリーマイル原発事故、チェルノブイリ原発事故、チャレンジャー号事故など数多くの失敗事例を集めて解説した『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』とともに、自分の中で失敗三部作と呼ぶことにしたい。失敗というものに対する姿勢というのは本当に大切だと思う。



    ---
    『失敗の本質』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4122018331
    『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/479421538X

    『トヨタのカタ』のレビュー
    http://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4822251381

  • 世の中の失敗がなぜ、どういうカラクリで起きて、そこからどのように学ぶことができて、これからどういう姿勢でいればいいのかを、非常に読みやすく、具体的事例も多めの文章で解説した本です。ちょっと甘めですが、読みやすさも加味して☆5つ。

    「失敗の本質」に引きずられたかのような邦題ですが、原題は「Black Box Thinking」というもの。旅客機に積まれているブラックボックスは、もし旅客機が墜落してしまった場合はその後回収、分析され、しっかりと対策が取られている。それゆえに航空業界の事故率は非常に低く、他の業界もそれに学ぶべき、という趣旨です。
    医療過誤や誤審、犯罪の発生や発展途上国への援助など、色々な事例から生々しい失敗の事例を学ぶことができて、それを検証しています。また、失敗からの学び方も、結局スケープゴートを仕立てて終わらせてしまって意味がない事例があることにも触れられています。

    様々な切り口、角度から失敗やそこから得られる学びについて触れられていて、何と言うか非常にお得な感じ。
    陶芸クラスでの実験の事例で、完璧主義に陥ってちょっとだけのアウトプットになるより、とにかくアウトプットを出してそこから良い物を抽出する手法の方が結果的に良い物が残ると。失敗を許してチャレンジしていくチームの方が、優れた結果を残せるという例も非常に参考になりました。

  • 日本の伝統的な企業のような減点主義がいかに成長を遠ざけているかを考えさせられる。
    デザイン思考のルールにも、プロトタイプを早く作成し、早く失敗する、失敗を繰り返すとあるがこうしてプロダクトやサービスは洗練されていくと理解している一方で、実際に失敗が起きた際には、本書にも指摘があるように”魔女狩り”が行われ、往々にして魔女として犠牲になるのは、次の成功や改良の鍵を握る当事者であるように思う。
    対照的に、実証実験やデータで明らかに反する結果や事実が明らかになっているにも関わらず、自身の失敗を認めない厚顔な当事者には甚だ笑止である。
    本書からの学びは、昨今の政治にも当てはめられる。事実を明らかにし、国民に説明責任を果たし、当事者はそれを認め、不法行為は裁かれ、再発防止の仕組みを定める、裁かれたものにもチャンスを与える環境を作る、そうした当たり前のことを実行してほしい。

  • 成功する人はつい、才能があるからだとその人固有の能力が要因だとされがちである。しかし、成功者のほとんどが幾多の失敗を繰り返し、その失敗に対してイライラしたり癇癪を起こしたりしながらも耐えて、そして努力し続けてやっと辿り着ける道のりなのだと。デイビッドベッカムなど種々の人の例を通して紹介されていた。
    そういう人たちのマインドセットは得手して、成長型と呼ばれ、失敗が大前提にある。失敗して試行錯誤を繰り返していくことが成功につながる。
    昔から言われているありきたりの言葉ではあるが、心から受け入れて実践している人は少ないように思う。そういう私も、失敗を恐れるあまり一歩が踏み出せないことがよくあって、この本を読んでみて改めて、失敗する勇気をもらえた。

    ちなみに、マシューサイドさんの本で「多様性の科学」があるが、この2冊に共通することがあると感じた。

    それは、「寛容さ」だ。

    自分だけでなく、他者に対しても寛容になること。それが組織の発展や個人の成長につながっていることを種々の論文や科学的研究によって証明されている。
    とはいえ、深く理解せずにエビデンスがあれば大丈夫というエビデンス信者になるわけではなく、一つ一つのケースに合わせて考える批判的吟味が大切なのだろう。
    昨今ビッグデータからAI分析し、エビデンスを大量生産できる時代になってきたが、その抽象化の中で削ぎ落とされる具体性の中にある価値も忘れずに、マス的発想と個々のストーリーの両方を行き来しながら、両方大切にできるようになりたい。

  • 認知的不協和、成長型マインドセット、固定型マインドセット、試行錯誤、、、キーワードがたくさん。組織文化の大切さ。人間は試行錯誤しながら進化してきたのに、いつの間にか失敗を受け入れる態度や文化が広まってきた。これらを意識的に排除して、健全な組織文化、学ぶ文化を作っていくことが大切。
    この本で俯瞰されていることを念頭に、自分の行動を見直していく、組織文化を変えていく、、、。2020年の最初に読んだのはいい本だった!

  • 本の要旨は、『失敗は成功の母』という極めてシンプルな内容なのに、面白すぎて一気読み。

    ユナイテッド航空173便(燃料切れ墜落)、リビアンアラブ航空114便(イスラエル領空侵犯で撃墜)、ブリティッシュエアウェイズのノベンバーオスカー(トラブルが重なった中での機長の危機回避行動がルール違反としてスケープゴートにされ有罪判決)と、3つの飛行機事故(三つ目はニアミス)が取り上げられていて、それぞれ学ぶところが多い。著者は学者だと思って読んでいたら、元卓球のオリンピック選手権で、Timesのコラムニスト。

    印象に残った箇所

    P261
    哲学者カール・ポパーは言った。
    『真の無知とは、知識の欠如ではない。学習の拒絶である。』

    P318
    計画経済が不毛なのは、失敗を許容する力が欠けているからだ。

    • workmaさん
      なるほど!読みたくなりました!!
      なるほど!読みたくなりました!!
      2021/04/20
    • 鴨田さん
      ぜひ!
      ぜひ!
      2021/04/20
    • workmaさん
      ありがとうございます
      ありがとうございます
      2021/04/20
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著者プロフィール

作家、英『タイムズ』紙コラムニスト。オックスフォード大学哲学政治経済学部を首席で卒業後、卓球選手として活躍し10年近くイングランド1位の座を守った。著書にベストセラー『失敗の科学』『多様性の科学』等。

「2022年 『才能の科学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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