[新版]我々は 人間 なのか? デザインと人間をめぐる考古学的覚書き

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  • ビー・エヌ・エヌ新社 (2023年1月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (336ページ) / ISBN・EAN: 9784802512657

作品紹介・あらすじ

人間はデザインし、デザインしたものによってデザインしかえされる──
大きな反響を呼んだ越境的デザイン考、待望の復刊!
先史時代(石器)から現代(ソーシャルメディア)に至るまでの、人間と人間が作り出した人工物(artifact)との関係性を照らし出すことで、現在の私たちが理解している「人間」と「デザイン」の意味に揺さぶりをかける本書は、近年注目を集める存在論的デザインへの最適な入り口となる一冊です。
新版となる本書では、デザイン実務家にして理論家、ソシオメディア株式会社の上野学氏による論考を加えています。

※本書は2017年10月に刊行した『我々は 人間 なのか?』に修正・新規原稿を加えた改訂新版です。構成内容に変更はありません。

感想・レビュー・書評

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  • 本当にエッセンスだけを篩にかけていけば、ほとんど何も残らない、スッカスカの書物だと思います。多くの方はデザインとは何か、について普通考えたりしないと思うので、そういう方にとっては新しい視点、発見はあるかもしれません。しかし要約すれば、人が考えて何かをなすとき、それは全てデザインであり、つまり私たちの日常のふるまいのほぼ全ては「デザイン」という言葉で説明でき、人間社会のあらゆるところにデザインはあって、人間の歴史はデザインの歴史であると言うこともできる。この点に関しては異論はありません。しかしこの本はデザインというもののこの性質を逆手に取ったというか悪用したというか、人間が関わるあらゆるものはデザインという言葉を用いて解釈できるし、言い換えればデザインという便利な言葉を使えば何もかもをどうとでも説明できるわけです。したがって、本書で筆者は何か斬新な指摘をしているように見せかけて、実のところデザインという言葉さえ使えば何を言っても間違いではない、というトリックがあるわけです。そう言う意味で、本書の中身はスカスカで、読み終わって特に残るものはありません。

    中身がスカスカだけならまだしも、本書の一番の罪は、この中身のなさを覆い隠すように気取ったレトリックを連綿と書き連ねているところで、もはや文章として意味をなしていません。「本当に優れた文章というのは、頑張って読もうとしなくても、すっと頭に入ってくるものだよ、例えばシェークスピアみたいに」と、昔英語の先生から言われたことがありますが、本書はまさにその正反対を行く書物です。こういうレトリックは、空虚な虚飾にすぎません。その一例として、本書の結びの言葉をお示ししたいと思います。意味がわからない文章ですから、ネタバレにもならないと思いますのでご安心ください。

    "デザインとは、それが主張する通りのものではまったくない。まったく幸いなことだ。すべての不安を解決して摩擦を最小限にする試みはことごとく失敗に終わるのだが、それと同じように、無意識を葬り去ろうとしては失敗する、その試みによって日常生活のほぼ全ての時間が構成されている。我々はデザインを精神分析の治療にかけてみる必要がある。デザインは隠したいもので埋め尽くされている。「我々は人間なのか?」という素朴な疑問は、デザインが懺悔し、その幻想が明らかになるまで「デザインとは何か?」を問い続ける、一つの手段に他ならない。"

    別に前後の文脈のあるなしに関係なく、意味不明です。こういうただ気取っているだけの文章が、この本ではずーっと続きます。中身がないのです。それに加えて、翻訳がかなり下手です。大学入試の英語の和訳問題の、ちょっと優秀な高校生の回答、といったところです。というのも、大学入試の模範解答というのは、意訳はあまりせずに、文章構造と単語の意味をきちんと理解していることを示すために、ナチュラルさを多少欠いたものになるからです。これは大学入試問題ではないので、映画にしても本にしても、翻訳という作業は、単に日本語に置き換える作業ではなく、日本語としての言い回しに馴染むように洗練させる作業が必要になりますが、この作業が全くなされていないです。このクオリティで出版物になるのか、という驚きを感じます。

    また、本書には、事実と異なることがさも客観的事実であるかのように記載されているところも、問題ありです。例えば「環境過敏症」というものが「多くの医療関係者と同じように」「うつや心気症の患者とみなされている」という記載があります。環境過敏症という疾患名は医学的には存在しませんが、ここでは建築と病気の関わりの文脈の中で、化学物質や建物に対してのアレルギーとして説明されており、おそらくシックハウス症候群のような病態を指していると思われます。しかしながらこのシックハウス症候群は明確に免疫学的機序によって生じるものであって、中枢神経領域の問題として生じる精神疾患とは全く異なる病態であり、しかも「多くの医療関係者がそう思っている」なんてとんでもない誤まった言説の流布です。

    本書のサブタイトルには「覚え書き」という言葉が使われており、確かに個人的なメモのレベルのクオリティです。売り物にしてはいけないレベルだと思います。
    さらに申し訳ない指摘をさせてもらえば、本書はデザインについて語る本ですが、エディトリアルデザインがなかなかに微妙です。独特のエディトリアルデザインですが、不必要に文字が大きく逆に紙面のバランスを欠いています。また、はじめと終わりの2箇所に、あえてなのかわかりませんが、かなり解像度の悪いダンシングベイビーがでかでかと印刷されたページがありますが、私は正直ダサいと思いました。

  • 「我々は 人間 なのか?」書評 なめらかさの裏にある非人間性|好書好日(2017年12月10日)
    https://book.asahi.com/article/11578070

    Beatriz Colomina | Princeton University School of Architecture
    https://soa.princeton.edu/content/beatriz-colomina

    [新版]我々は 人間 なのか? – デザインと人間をめぐる考古学的覚書き | 株式会社ビー・エヌ・エヌ
    http://www.bnn.co.jp/books/11965/

  • ↓利用状況はこちらから↓
    https://mlib3.nit.ac.jp/webopac/BB00566199

  • 何が言いたいか、よくわからん

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著者プロフィール

ビアトリス・コロミーナ(Beatriz Colomina)
1952年スペイン生まれ。プリンストン大学建築学部教授、メディア&モダニティ・プログラムの創設者にしてディレクター。翻訳書には『マスメディアとしての近代建築―アドルフ・ロースとル・コルビュジエ』(松畑強訳、鹿島出版会、1996年)。その他、著書多数。建築、芸術、性、メディアに関する問題を横断的に扱っている。第3回イスタンブール・デザイン・ビエンナーレの共同キュレーター。

「2023年 『[新版]我々は 人間 なのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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