投資銀行バブルの終焉

著者 :
  • 日経BP
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784822246877

作品紹介・あらすじ

いつか見たバブルの崩壊。投資銀行の「罪」とは-。邦銀の憧れだった投資銀行の「罪」を問う。

感想・レビュー・書評

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  • 商業銀行とは、預金を集め、それを貸し出して利鞘を稼ぐ銀行を指す。投資銀行とは、定義がいろいろあるそうで単純にはかけないそうであるが、リーマンやゴールドマンなどがその代表らしい。 本書は、その投資銀行の旺盛で行き過ぎた投資活動が招いた一種のバブルであるサブプライムを中心に、現在の金融界が抱える問題点、矛盾、限界についてさまざまな角度から解説する。 詳細な言葉の定義などほとんどしない著者の姿勢は、読者の金融リテラシーを要求するため、私には理解不能な部分も多く、全体としては良くわからないという印象が強くのこった。

  • ・サブプライム問題発生の背景を投資銀行と商業銀行を比較しながら、述べている。
    ・まずは、筆者自身の経験を通じて、両者にある根本的な文化・ビジネス感覚の違いに触れるところからスタート。曰く、商業銀行は、利鞘で稼ぐことが本業であり、潜在的リスクには極めて保守的に対応するのに対して、投資銀行はその潜在的リスクの中に収益性を嗅ぎ取る。
    ・また、サブプライム問題の背景にある証券化については、「現在価値が同じものは交換可能」とし、これまでの商業銀行ビジネスにおいて焦点となってきた「利鞘」から、「プライシング」という考え方にシフトしてきたことから説明を始めている。ただし、そうして出てきた考え方の基盤は、あくまで「現金と交換可能であってこそ初めて現在価値」と言えるのであり、「市場で売れない」「市場で値段がつかない」流動性が枯渇した状態においては、「虚構の現在価値」であると喝破している。「動かないものを動かす」技術はしばし文明の飛躍をもたらしたが、前提である流動性が枯渇した際の「証券化」の限界が見えたと言えるだろう。
    ・バランスシートの時代から、自己資本比率とROEという縛りの下におきたオフ・バランスシートの時代、さらには、商業銀行が投資銀行を目指し、投資銀行が商業銀行を目指して、バランスシートを拡大した「新バランスシート」の時代(商品に組み込まれるレバレッジと投資銀行・ファンド・SIVに含まれるレバレッジなど、極端にレバレッジを聞かせたバランスシート)と金融業界の志向の変遷に触れている。・最後にファットテールであるマーケットを直視せず、VaRを過度に信奉した業界について、金融は「信用というよりも信仰」→現代金融はまるで「信用貨幣を経典としつつ、金利を賛美歌としながら、中央銀行が教会の役割を果たしている」ように見えると表現している。この信仰は必要だとしつつも、サブプライム問題で疲弊した金融ビジネスが原点に帰るということは、信用という幻想を捨てて何を信仰するのかを再考することに等しいことかも知れないとも述べている。
    ・制度や事象だけでなく、金融機関、金融当局の志向や考え方について踏み込んだ説明をしているという意味では、類書とは別の毛色を持っていると言えるだろう。

  • リーマンショック前の本。いま読むとバブルの中にいるとなかなか気がつかないのに筆者は冷静だなと思いました。リーマン前にこの本を読みたかったな。

  • ベアスターンズの破綻、救済までが語られています。その時点で投資銀行が今後規制がきびしくなり、縮小方向に進み、その後同じように投資銀行が破綻した時の政府の救済方針は難しいものになったと語っているあたりは、その後のリーマン破綻を予言するような気もします。内容としては素人のは難しい記述もありますが、いわゆる、商業銀行と投資銀行との違いを少しは理解できる内容です。

  • 読了。所有

  • ”投資銀行は商業銀行化し、商業銀行は投資銀行化しようとした。”

    ”商業銀行が投資銀行への構造転換を目指し、投資銀行は商業銀行のメリットを奪いその牙城を崩そうとする。その隙間を縫うように、ファンドが急成長を遂げていく。”

    ”M&Aにおけるアドバイザー獲得などの競争において、「Bridge Finance(つなぎ融資)」という伝家の宝刀を持つ商業銀行の底力は侮れない。バランスシートを使えるという威力に対しては、百戦錬磨の投資銀行といえども簡単には太刀打ちできないことろがある。実際に企業側から見れば、いざという場合に巨額の短期融資が受けられる商業銀行は頼もしい存在なのである。”

    ”商業銀行は利鞘で稼ぐことが本業であり、潜在的リスクには極めて保守的に対応する。一方、投資銀行はその潜在的リスクの中に収益源を嗅ぎ取っていく。”

    ”バランスシートの制約がある商業銀行は、企業融資の際にはシンジケートを募って融資額を調整し、さらに融資終了後に他の投資家に転売したりすることが多くなっていく。企業は商業銀行から借りたつもりでも、実際のリスクは第三者へと転嫁され始めたのである。実態的な貸しては、商業銀行から保険会社やファンドなどに変化していった。
    これは、企業金融の大きな変化であった。商業銀行は資本の提供者ではなく、資本取次ぎの業者となっていったからである。もっともそれは、商業銀行が望んだ「手数料を稼げる投資銀行的戦略」でもあった。実際にリスク・テイクするのは商業銀行ではなく、ファンドなどのバランスシートなのである。
    だが、商業銀行の役割が「窓口」に限定されると、必然的に企業を見る目も、融資条件のチェックも甘くなる。”

  • ★投資銀行ビジネスの成り立ちから弱点まで★まず70年代は英国シティのユーロ債市場で、シンジゲートローンから流動性に勝る変動利付債へと主要商品が変化。80年代にはドル金利スワップの発達と悪性インフレ収束に伴うドル金利暴落で、さらに発行コストの安い固定利付債に移り変わる。こうしてシンジゲートローンに強い商業銀行から、債権販売経験のある投資銀行へと主役が変わる。
     もうひとつ分かりやすいのは、金融の利益に対する考え方の説明だろう。スワップの本質は、現在価値として同じと認識できるなら金融市場では双方を等価とみなす、という理屈。商業銀行は利ざやを日々積み重ねて利益とするが、スワップは利ざやが確定しているなら現在価値に直していま利益を確定できると考える。
     それとともに、利用価値と交換価値は別物、という考えが崩れてきた。空気や水だけでなく、自然の一形態である子供も利用価値はあっても、本来交換価値はない。証券化とは、利用価値がありながらも交換価値に表現できなかった資産を、市場価値で示すという画期的なアイデアだった。だが、利用価値がとぼしいものまでもプライシングという魔法で交換価値を生んでしまった。
     証券化については別の問題も生じた。動かぬローンが動いたようにみえたのは証券化の1回だけ。2度目以降ではエネルギーの質と量は全く異なる。日本の証券化は「一度動くように作った」だけで、社債のように持ち手が次々と換わるわけではない。結局、動かない資産が形を変えてバランスシートに死蔵されるだけで、現在価値がわかりにくくなっただけやっかいさが増えた。「証券化」「流動性」の言葉を安直に用いるのはやめようと強く思った。

  • 本業回帰が囁かれるこの業界。
    どのような道を今後辿るのでしょうか。

    投資銀行バブルという題名は主述の関係が見えにくく、本著が何を言いたいのかを不明瞭にしている感じがする。

  • ●未読
    ◎「世界金融崩壊七つの罪」p.54で紹介
    【「何冊もの魅力的な金融史を書いた倉都康行氏は、30代でアメリカの銀行に移ったが、この時アメリカの投資銀行は「憧憬」の対象だったという。」:「デリバティブ」(金融派生商品:スワップやオプションなど)なとの積極的なビジネスが展開され、優秀な人材が流れ込んできたが、その一方で次第に投資銀行特有の「ネガティブ」な面も増幅され始めた。(中略)金融の魔性と、利益と理念のバランスが崩れた時に顔を見せるものなのだろう。サブプライム問題はその臨界点であった。】

  •  筆者は現在価値交換の発見など投資銀行のイノベーションを評価しながら、現在の苦境に立ち至るまでの過程にあった、レバレッジ依存、クレジットリスク軽視、バブル依存などの問題点に論考を加えていく。筆者は商業銀行出身者で、投資銀行業務を身をもって体感したわけではなく、本書も実務詳細に立ち入るよりは考察の書。ただし、この角度で考察できる人はなかなかいない。

     最近、米型投資銀行や金融市場至上主義への批判が喧しい。バブルが終わってから批判することは容易いが、それまではグローバルスタンダードとかニューエコノミーとかマエストロとかウィンブルドン化とか、様々な言説で正当化され、かつての日本ではバブル退治の正当化までされてきた歴史がある。経済学はそろそろ、バブルと向き合ってそのメカニズムを考察し、適切な抑制手法を提言すべきだ。

     日本では今回の金融危機の傷は浅い、と言われている。金融機関は投資銀行を理想とはしながら、勇気を持って投資した野村證券、みずほ証券、農林中金などで損失が目立った程度である。投資銀行的手法は広まってきたものの、いまだに金融のメインストリームとしては、伝統的な商業銀行型と証券会社型が並存しているということか。■

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