- Amazon.co.jp ・本 (496ページ)
- / ISBN・EAN: 9784822250744
作品紹介・あらすじ
まるで工場のような家畜飼育、養殖、穀類・豆の単一栽培……。
一見すると、安価な食料を効率的に大量生産する素晴らしい手段のように見える。
しかし、現実はまったく逆だ。現代的集約農業は、公害をまき散らし、生態系を乱し、貧困層を拡大する。
その先に待ち構えているのは、ファーマゲドン(農業がもたらすハルマゲドン)だ。
私たちは、自分が口にする食べ物についてあまりにも知らされていない。 抗生物質、ホルモン剤にまみれ、不健康に育った肉や魚が安く売られている事実を知ったとき、今後も同じように食べ続けるだろうか。工業型農業が生み出す安い食料が人々の健康と環境を蝕んでいる実態に迫ったのが本書だ。
工業型農業、すなわち動物を飼い、土地を耕すというデリケートな仕事を、機械の部品やゴムタイヤの製造のようにこなす農業が、安い肉を生産する唯一の方法なのだろうか。この考え方は、広く浸透し、長い間、疑う余地のないこととして信じられてきた。政府も、消費者が鶏肉を2ポンドで買える環境を大急ぎで整えた。それが誰にとってもいいことだと信じて。しかし、安い肉がどうやって作られているかは、隠されたままだった。本書では、食料供給よりも利益を優先したために生じた、思いがけない結果について探っていく。国民に食料を供給 するためよかれと思って始められたことが、なぜこれほど間違った方向に進んてしまったのか。
1962年、レイチェル・カーソンは著書『沈黙の春』で、農業が新たに取り入れた工業的手法、特に空からの農薬散布の影響にスポットライトを当て、食料と田園地帯が直面する危機について警鐘を鳴らした。本書は、現代版の『沈黙の春』である。農業、畜産、漁業の工業化が食品汚染、環境汚染、そして種の絶滅を招き、近い将来、破滅的状況(ファーマゲドン)を引き起こすというのが著者の考えだ。 かつて田園地帯では、多様な作物と家畜を育てる混合農業が見られたものだが、今やそれは過去のものとなり、ただ一種の作物あるいは家畜だけを育てる単モ ノカルチャー式農法に取って代わられた。もはや農業に自然との調和は求められなくなった。同じ作物を同じ畑で何度も繰り返し栽培する。土壌がくたびれたら、化学肥料を投入して早々に回復させる。厄介な雑草や害虫は、除草剤や殺虫剤を大量に散布して排除する。家畜は農場から姿を消し、工場さながらの家畜小屋に詰め込まれ、それらの肥やしに変わって化学肥料が、畑や果樹園の疲れた土壌を無理やり再生させるようになった。次第に、かつてない農業の手法が語られるようになった――工場の生産ラインのような飼育方法である。本書では、食料供給において利益を最優先したために生じた、思いがけない結果について検証するとともに、消費者としてどのように行動すべきかを提示する。
感想・レビュー・書評
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必読。肉はやめよ。
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東京大学農学生命科学図書館の所蔵情報
https://opac.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2003318065 -
工業型農業がもたらす災害
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脳死状態にした鶏を透明のパックに入れて吊り下げ、チューブに
よって栄養を送り込み成長させる。この鶏には羽もない。
「どうせ食肉として殺されるのだから、生きるのには最低限の能力
だけあればいいだろう」との発想から生まれたようだ。
効率よく食肉を生産する方法として提案された未来型養鶏工場(?)
の画像を目にしたのは数年前だ。気持ちのいいものではなかった。
これはあくまで提案の域を出ていないようだが、そう遠くはない将来、
現実になるのではないかと思われる。
食肉、魚、野菜、果物、乳製品。私たちが口にする食べ物は、一体
どのように育てられているのだろうか。産地や加工地のことは気に
しても、育成の過程まで気にかけてはいない。
本書は多くの国で行われている工場式農場の現状や環境に及ぼす影響
などを詳述し、ではどうすればいいのかの提案をしている。
農作物に関しては、やっぱり出たか遺伝子組み換え作物なのである。
日本国内では本格的な商業栽培はされていないが、海外から輸入さ
れる牛肉や豚肉が、遺伝子組み換え作物を餌にして飼育されている
かどうか、確かめようがない。きっと…いや、絶対餌になっている
ると思うわ。特にアメリカ産の食肉に関しては。
しかも効率よく飼育する為に抗生物質や成長ホルモンをガンガン投与
されている。
それもこれも、大量生産・大量消費社会が招いたこと。将来的には
そのツケが人間に回って来るはずなのだよね。工場式農場だって、
食糧不足を補う為に始められたはずなのに、世界では今でも多くの
人が飢饉に瀕している地域がある。
私は研究者も何でもないので、広々とした牧草地で育った牛と、狭い
檻の中で育った牛の肉に、どれだけの違いがあるのか分からない。
分からないけれど、より自然に近い状態で愛情をこめて育てられた
食肉を口にしたいと思うし、卵だって、乳製品だって、飼育方法
が明記されていれば参考にしたいと思う。
飼育する農場の方から見れば、消費者のわがままなのだろうけれどね。
ただ、「より多く」を求めて行くと、冒頭に記した未来型養鶏だって
当然になるだろうし、クローン技術の導入だってありえるだろう。
農作物は害虫や病気に強い遺伝子組み換え作物が主流となるだろう。
そうして、昔ながらの農場風景は姿を消し、肉も野菜も巨大な工場内
で清算されるだけになったら?
「沈黙の春」ならぬ「沈黙の春夏秋冬」がやって来るのではないか。
本書では工場式農場からの脱却を目指す試みや、イギリスでの飼育方法
表示販売、家畜の飼育方法を規制するEUの取り組みなども記されてお
り勉強になった。
惜しむらくは、本文中に出て来る参考文献の日本語訳があるのかが
明記されていないのが難点。いくつか読んでみたいと感じた作品が
あったのにな。 -
食
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本書は工業的農業(魚も含むので畜産ですが)の考え方に警鐘を鳴らしています。その内容は単なる動物愛護とは一線を画し、本当の意味で持続可能な農業の在り方を問いかけているように思えます。
工業的農業の根本にある考え方は、より狭い場所で、より生産的な家畜を、より多く育てるのがもっとも効率的だというものです。しかし本書はこの考え方を否定します。工業的農業は、動物福祉をないがしろにしているだけではなく、効率的にも問題があることを指摘しています。例えば印象的な話のひとつが、飼料となる大量の大豆をそのまま人間にまかなえば30億人を養うことができるというものです。さらにべつの図表では、世界の食糧生産量の36%を家畜用の飼料が占めますが、そこから肉となるのは全体(36%中ではない)の11%にすぎません。また17%は食産業・家庭における廃棄によって失われます。残飯の廃棄、そして家畜のために大量の飼料を要する工業的農業の問題が明らかにされています。
家畜のえさとなる飼料から家畜が食品となり食されるまでの過程のなかで、それぞれに関わる人びとがどのようなコストを負担しているのか。それが見えてきたとき、「(人間にとっての)安い肉の真のコスト」が見えてきます。 -
「ファーム」と「アルマゲドン」を組み合わせたタイトルで「農場の危機」といったところ。
著者は野生動物をこよなく愛する、家畜の福祉向上をけん引する国際的慈善団体の最高経営責任者とイギリスの下院公認の政治記者。
ここ数年間で徐々に関心が高くなっている「食糧問題」。もはや自分が死んだ先の話ではないかもしれない。以前に紹介した『食の終焉』でも触れられていましたが、もうすぐで世界の人口は90億人になると言われています。しかしこれだけの人口を養える食料を地球上で作ることはできないと考えられています。
問題は、昔ながらの自然サイクルを利用した農業や畜産が、工場式生産方式に変わってきていることだと、世界各地の農場、牧場、養鶏場、養豚場、養魚場などの取材を通して指摘しています。
だだっ広い牧草地で家畜を放し飼いにして飼うよりも、建物の中に多くの家畜を押しこんで育てる方が、少ない面積で大量の食用肉を安く得られるー工場式畜産の貢献を豪語する人がよく使う説明だそうです。私も肉の質や味、家畜の飼育環境は別として、経済的な貢献度はこちらの方が上だと思ってましたが、著者は重要な視点が抜けていると指摘。
それはこれらの餌となる穀物を別の遠く離れた地域や国から仕入れており、その面積が計算に入っていないということ。世界の全穀物収穫量の3分の1と大豆の90%が工場式農場の家畜の餌となっているそうです。延々と広がる大豆やトウモロコシ畑がアメリカや中国で見られるようですが、その地域にすむ貧しい人々の口に入ることはなく、遠く離れた国の、それも家畜の餌やバイオエネルギーに使われる。本来は人間が食べられない草を食べて育ち(ちなみに草を食べて育つ家畜の方が栄養が豊富という研究がある)、肉として人間の口に入っていた家畜が、人間の食料となる穀物で育てられるようになり、一方で飢餓で亡くなる人がいる。
問題はこれだけではない。取材はこの問題がもっと根深いものであることを暴いています。
狭い建物に家畜が押し込められることによる病気の蔓延を防ぐために抗生物質が使われるも、消費者には分からない。
突然村の土地や水を使って養豚場を作り、処理しきれないほどの汚物を垂れ流し、住民の生活環境を悪化させる
言葉たくみに遺伝子組み換え作物を育てさせるも、これは1代限りしか育たないため永遠にその企業から種を買わなければならず、また病気にも弱いため、初期投資を回収できない農民が続出
など、工場式農場にまつわる暗部が取材を重ねるたびに蓄積され、利点といえばこうした農場の経営者が儲かるという点しか出てきません・・・工場式農場は肉を安くしているどころか、土地も水も奪い、コストもかかるとバッサリ。
表紙のキャッチコピーにハンバーガーの真のコストは1万円とありますが、数百円で食べているハンバーガーには以上のような環境や労働に対するリスクが含まれていないということ。
取材を通して希望もあるようです。まず、消費者が食べ物のルートに関心を持ち始めたこと。そして農業を営む人に自然サイクルを利用したやり方に戻す人も少なからずいること。
こうした取り組みを早急に進展させるには、最終的には消費者にゆだねられています。当たり前の話、企業は売れるものを作りたがります。
また、無駄に食料を捨てないということも重要だと述べています。実はこれをなくすだけで、食糧問題が解決できるという考えもあります。
どこかで聞いた話だと思っていたら、紹介したことのある『世界の食料ムダ捨て事情』の著者が本書に登場していたのでした。
なにわともあれ、食料には関心を持つべし -
農業や食べ物に関心のある方は一読しておいた方が良いでしょう。世界中で食用に飼育されている家畜の凄まじい現状のレポート。もはや飼育ではなく工業的に生産されていると言った方が、残酷だが正しい表現。鶏に与えられたスペースはA4一枚程度、豚や牛に至っては一頭分以下(つまりほぼ重なり合っている)。その理由は場所の有効活用と”動物が動くとエネルギーを消費し、無駄だから”。これを支える飼料は世界中の飢餓を補って余りある量の穀物。先進国の一部の人間が肉を食べるために、途上国のコーンや大豆やイワシが牛豚鶏の餌になっている。また、工場から出る廃棄物、病気予防や成長促進のための薬物などは深刻な環境汚染をおこしているだけでなく健康被害も多発している。養殖サーモン等もまたしかり。発色剤など薬漬け。
ことさらに肉食を否定するつもりはないが、きちんとした食品や飲食店を選ぶことは、自分や家族の健康のため、また将来の農業のためにも重要なのだと改めて痛感した。 -
日経の書評を目にして図書館で予約したのが4月。ようやく順番が回ってきた。
副題「安い肉の本当のコスト」とあるように、効率的な生産を目指した工業型畜産の側面を明らかにして、
その負荷によって地球の生態系が危機に瀕していると明らかにする。
世界の人口増、人々の肉食化で増えた畜肉の需要を満たすために、世界中に広まる工業型畜産。
伝統的な畜産システムとは異なり、大量の穀物や大豆が家畜に投与され、今では全世界で生産される穀物の1/3が餌になっているとは、こりゃたまげた。
畜産での大量な需要によって、穀物や大豆の栽培も集約化され、単品栽培の大規模農場では、化学物質の影響で植物生物の数も減少している。
化学物質に弱い蜂の数も減少しており、蜂が担ってきた植物の受粉も危機に瀕する。
という下りで、先日見た映画「夏をゆく人々」を思い出した。
伝統的な養蜂業をを営む父親が、新しい農薬を使用した近所の農家に詰め寄るシーン。
文明への危機感という点では、よく重なる。
中国経済の減速、年間販売1000万台を目指したVWのつまづきが取り沙汰される今、
人類はどこまで成長や効率性を追求するのか議論が激しくなると思う。