ライフロング・キンダーガーテン 創造的思考力を育む4つの原則

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  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784822255558

作品紹介・あらすじ

子どもたちを真のデジタルネイティブである「クリエイティブ・シンカー」(創造的思考力・発想力を身に付けた人)に育てるにはどうしたらよいのか――。
そのために、大人たちはどのように振る舞えばよいのか――。
プログラミング言語「Scratch(スクラッチ)」の開発者が世に問う、人生100年時代の新しい教育論。


世界が、子供だけでなくすべての人にとっての創造的な思考と学びの大切さについて理解し始めるにつれ、メディアラボにおけるミッチの役割とライフロング・キンダーガーテン・グループの取り組みは、ますます重要になっています。
(中略)
ミッチが掲げる4つのPの原則(Projects, Passion, Peers, Play)は、メディアラボの大学院生の教育プログラムはもとより、世界中で数百万の子供たちが利用しているプログラミング環境(言語でありコミュニティでもある)スクラッチ(Scratch)の基盤となる考え方です。
(中略)
私の願いは、この本が「急速に変貌する世界で生き残るためのコンパス」としての役割
を果たすことです。
――日本語版序文より


この本は、子供、学び、創造性を気にかける人たち、子供たちのために玩具やアクティビティを選ぼうとしている保護者たち、生徒が学ぶ新しい方法を探している教育者たち、新しい教育体制を取り込もうとしている学校管理者たち、子供のための新しい製品やアクティビティを生み出そうとしている開発者たち、あるいは単純に子供、学び、そして創造性に興味を持つ人たちに向けて書かれています。
――第1章 創造的な学びより

感想・レビュー・書評

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  • 今の教育とゴール含めて違う、創造性を育むための「新しい教育」
    既存の教育とは違うゴールを目指す、「新しい教育」について書いた本。
    僕個人のこの本での最大の気づきは、「書かれている新しい教育は既存の教育の上位互換じゃなくて、ゴールそのものが違う」ということだ。

    本全体のテーマはこれだ。
    「優秀な成績Aを取るA学生に対して、新しい何かを作るのがX学生。このX学生を生むにはどうするか」
    そして、そうしたX学生を生む新しい教育は、Project,Passion,Peers,Playの4原則からなる。

    著者のレズニックは、MITのライフロングキンダガーデンプロジェクトの発起人で、同プロジェクトはレゴマインドストームやスクラッチなどの広く使われているツールを生んでいる。大御所の本なのでもっと古い本だと思ってた。2018年なのでびっくり。

    この本はそのレズニックを中心に、「創造的なX学生を生むには単にツールを使うのではなく、教育に関する考え方やアプローチ、ゴール、つまりは社会ごと変えないとならない」として、ライフロングキンダガーデンプロジェクトの背景や思想が書いてある。

    もちろん、思想がわからなくてもツールは使える。ジョブズやゴードンムーアが誰だか知らなくてもスマホは使えるし、オープンソースソフトの開発者でストールマンの本読んだ人は半分もいないだろう。

    とはいえ、STEMがバズワードになってる今、僕はそうした取り組みの一環としてこの本を読んだのだけど、大変にビックリした。本書は科学、技術、工学、数学のどれについても語っていない。つまりSTEMとはまったく関係ない。
    本書の主張はもっと過激で、「押しつけでテスト勉強になる既存の教育はダメだ、新しい創造的な教育に変えよう」というもの。

    紹介される「創造性を生み出す考え方やアプローチ」は違和感ないし、実際にマインドストームもスクラッチも素晴らしいツールだと思う。
    ・人間は自発的に行動したときにいちばん多くを学ぶ、大人も子供も関係ない
    ・そのために低い床と高い天井、無用な苦労なく始められる敷居の低さと、やればどこまででも高度化できる高い天井が必要。
    ・また、「広い壁」として、特定の目的でしか使えないようなツールでなくて、どういうこともできる方向性の広さが望ましい
    ・成果物が他人のアイデアの土台になるような、シェアができることが望ましい。
    ・おぼえることが少ないのが望ましい。成果物を見たら使い方がわかり、それを土台に作り始められるようなものが望ましい
    ・それはツールだけで解決するものではなく、ワークショップの運営ほか様々なことに及ぶ
    ・究極的には社会ごと創造的になるのがよい
    などはいずれも「言うのは簡単で、やるのは難しい」ことだが、レズニックたちが作り出したレゴ・マインドストームやスクラッチはどちらも成功している。また、こうした考え方はメイカー関係では常識になりつつあるが、レズニック達がいわば「本家」なのも間違いない。

    ただ、僕自身が本を読んでいてビックリしたのは、随所に出てくる「A学生から背を向けないとX学生になれない」という考え方と、既存の教育や計画主導のアプローチに対する粗雑な指摘だ。おそらく知能や発達に対してなにかの誤認があり、普通に間違いなんじゃないかと思う。

    たとえば文中にA学生大好き国家のシンガポールがX学生養成に手を広げ、マインドストームでロボットを作り出した話が出てくる。彼は学生に応用的なリクエストを出し、学生が見事に修正した様子をみて、「創造的な学生に育ってる、素晴らしい」と感動したあとに、学生たちが放課後だけロボットを扱って、授業ではきちんとテスト勉強をしてることを「テスト勉強は創造性を阻害する」と嘆く(目の前でそうでない例をみてるはずなのに)
    また、たとえば創造的な人としてファインマンが挙げられているが、彼はテストの成績もいいし彼ワナビーも明らかにAの数は「ファインマン・ワナビーじゃない人」より多いだろう。Aの数だけにこだわる考え方に限界があるのはわかるが、「Aを取ろうとする行為がとにかくだめ」となるのがなぜなのかはよくわからない。著者のレズニック、「まったくAが取れない学生」とは、そもそも会話が成立しなさそうだもの。
    他にも全般的に「A学生になろうとするとX学生ではなくなる」的な指摘が出てくるが、それらは普通に間違いだと思う。MITメディアラボの人たちを含む多くの研究者はA学生でもあるだろうに。
    「自分から興味を示してヤル気にさせて因数分解や公式や掛け算九九をやるのはOK、押しつけるのはNG」というのはわかるのだけど、やってみてから好きになる、嫌いなものの印象が変わることはよくある。それも僕は創造性だと思うし、実はA学生とX学生は、かなり共通点が多いと思うのだ。
    そうした、「反復練習は大事で、努力だけが人間を作りますよ」テーマの「非才!」は、本書と共通するところも相反する所もあってオススメ。

    もちろん、ガリ勉批判が粗いことは本書の価値をいささかも落とすものではない。スクラッチのソフトやコミュニティの価値を落とすものでもない。AppleのジョブズやGNUのストールマンはメチャメチャなことも言っているがプロダクトは素晴らしい。クリエーターの仕事は正しいことを言うことでなくて良いものを作ることだ。
    また、もしもマインドストームやスクラッチが「テストの点を上げるツール」として扱われている誤解が多いなら、それは悲しいことだ。僕はそういう誤解がどれぐらい多いかわからないけど、ゼロでは絶対にないと思う。また、補章で阿部先生が指摘しているように、本質をよく理解せずにマインドストームやスクラッチを使ってカタにハメた教育を行っている事例は多くあるだろう。
    また、「A学生を生む行為だけが勉強」と思ってる人は今も多いだろうから、そういう人がレズニックの考え方に触れることは悪くないと思う。

    僕自身はこれまで書いてきたとおり、STEMと「新しい教育」の関係についてよくわかっていなかった/誤解していたので、本書はいくつもの「なるほど」をもたらしてくれた。
    「なるほど、この人たちは新しい学校について考えてるけど、今ある学校には興味がない」
    「なるほど、彼らに評論家的な'いろいろ見て最善を判断する'という視点は期待してはいけない。あくまで自分たちの作品しか考えてない」
    「なるほど、ここで提唱する新しい教育は、たとえば英語や数学の成績を上げてくれない」
    つまり、本書を読むことで「創造的な教育」が、今の教育とまったく別の(互換性のない)ゴールを目指すものであることがしっかりとわかったわけだ。上位互換ではない。そして、もちろん「創造的な教育」は今求められている大事なものだ。

    随所に出てくる「計画を立てるより先に手を動かして修正していくアプローチは有効」については異論ない。
    「既存の教育のダメさを見つける」という教育システム研究者みたいなのは、レズニックの仕事としてもこの本としてもメインディッシュではないし、その話をたくさんするのはクソリプだろう。(僕は勝手に期待していたので、そこが一番ビックリしたんだけど。)
    クリエーターとしてはそれでいい気がするし、そのぐらい心を固めなければ良いものは作れない。スタートアップの社長は、自分たちの会社が唯一無二だと信じてなければやってられないし、僕もイベント運営や原稿書きなどの創造性を伴う活動をしてるときに、「こんなの他の人もやってるから僕がやらんでもいいのにな...」と考えてたらやってられない。
    そういう「創造性と客観性,科学性」みたいなものを考える一つとしてもこの本は面白かったんだけど、本としてはどういう人にオススメなんだろう?
    たぶんこの本読むより実際にスクラッチ触るほうが著者たちの意図に沿う気がする。


    https://note.com/takasu/n/ne9062e3aa4e2

  • Scratchを開発したMITメディアラボの著者が、どんな想いでそれを創ったのかが綴られている本。
    私が日頃子育てをする上で思っていることを書き表してくれた、この本に感謝します。スクラッチをやったことがないので、所々分かりにくい箇所がありますが、子供に創造力を持ち続けて欲しい親であれば読む価値はあると思います。
    プログラミングを学ぶことは、コーディング自体を学ぶことに非ず!プログラミングというデジタルツールを通して、以下を学ぶのが大事なのだ。このことを子供に言い続けていきたい。
    1.失敗してもいい(そもそも失敗なんてない)。思いついたらどんどんトライすべし。
    2.仲間とともに共有し、自由に遊べ。
    3.そして、たまに振り返ろう。
    (どうやって思いついた? 一番驚いたことは?それで何をしたかった?)

  • ひとまとまりの体験を、情熱をもちあえる仲間と、遊び心をもって学ぶ。とてもエキサイティングな本だった。ScratchのWhyが見えた気がした。この本が描いている創造的な未来に向かうことへ貢献したい。それはこどもの学習環境だけに限った話ではないともおもった。

  • 大人がまじめに、子供が学ぶ時の方法を観察して、子供が楽しみながら学習する様を大人が学び、その子供たちに楽しく学べる場を大人が提供して、子供たちの創造性を育むことに取り組んでいる。
    本書は、日本でも教育カリキュラムに取り入れられるプログラミング学習について、興味を持ったことと、子供たちにプログラミングを教えている現場の現状を知りたくて手に取った。
    MITメディアラボの研究チームが、創造的な学び体験をサポートするためのオンライン講座を提供している。Learning Creative Learning. LCLというプログラム。
    ブラジルやイタリアでも創造的な学び方が浸透しているようだ。
    本書では、表題にあるLifelong Kindergarten 生涯幼稚園=創造的な学びの場を広く社会に浸透させたい強い情念つを持った人たちの活動の一端に触れることができ、創造的な学びの場を作り出す原則、4つのPを紹介され子供たちの体験談に触れることができる。
    新しい知識を身に着けるということは、自らの理解を深め他人にも説明ができるようになっていること。その方法は、机に座って教科書とノートをもって教師から学ぶことがすべてではない。自ら進んで「問」を見つけて、課題と認識し、その課題解決に向けて考えて、いろんなことをやってみる。そして、時には失敗を繰り返し、最適な「解」に向けた取り組みを繰り返す。幼稚園に通う子供が、日々の遊びから学びを得ているように。本書では、プログラミングはスクラッチという言語を使っている。
    多くの気づきを得ることができた本。

  • 子どもの、ひいては人間がつくり生み出すものであるには、仲間と共に、自らの好奇心のままに想像力を持って学び手を動かすことが必要で、要はレゴSUGEEEってこと。
    面白いし子育て、教育にめっちゃ参考になるとは思ったけど、とりあえず2年後くらいに読み直したい。今はまだリアルに迫ってこないな。

  • プログラミングを小さい頃からやる意味は…と考えることがなきにしもあらずな日々なので、読んでみた。「Scratch」を開発した人の本。まず、プログラミングで育まれる力として、日本でよく使われている「論理的思考」という言葉がどこにもでてこなかったのに驚き。タイトルにもあるように「創造的思考力」を育むものであった。そのことが(おおよそ)理解できただけでも、読んだ価値はあった。そして書かれていたことは、教育全般に言えることであった。

    ほか、感じたことは他で書き留めておこう…

  • ●要するにこういう本
    Scratch(※1)を作ったミッチ教授という方が書いた本。子どもの創造性を育てる教育について、実践と研究と広い視野をもって統合的に記されている。
    ※1:Scratchとは、子ども向けのプログラミング言語。ビジュアルで直感的にわかるようになっているが、段階に応じて結構高度なこともできる。開発ソフトを含めて無料で利用できるので、子ども向けのプログラミング教室で非常に広く使われている。iPadなどで使える「Scratch.Jr」というアプリもある。

    ●なぜ読んだか?
    Scratchなどの本を買かれている阿部和広先生をTwitterでフォローしていて、おそらくその方がツイートしていたのを見て気になり、買った。表紙はよくわからないし、書籍タイトルもわかりにく、全く聞き覚えはないが、Scratchを作った教授が書いている、ということで読み始めた。序文を伊藤穣一さんが書いていることも信頼度を増したし、その序文がとてもよかった。

    ●気になったところ、その理由と感想

    ・伊藤穣一さんの序文がよかった。「子供たちは、自ら進んで自分にとって大事なものを作っているときにもっともよく学ぶとする理論」「パーソナルコンピューターやスマートフォンは普及しましたが、ほとんどの人達はそれらを特に建設的あるいは創造的な方法で活用してはいません」「技術が世界の創造性や理解力を強化するという希望をまだ持っている間に、私たちは技術をただ発明するだけでなく、それを革新的で創造的なやりかたで広めていかなくてはなりません」そのためのヒントがこの本に書かれているとしたら、読まないわけにはいかないだろう。

    私は自分の子供が不登校なので、学校で勝手に勉強してくるということはない。学校の教科という意味の刺激を受けることもほぼない。でも、子供が自分で夢中になったものに対しては、恐ろしい理解力や調査力、記憶力を発揮し、忍耐強い練習を続けることを知っている。だから、本当にやる気になったときの力がもっとも強いと感じている。でもそれは、遊びにおいてのことだ。何らかの学習においても、同じように「子供が自分で学ぶ」を信じたいと思っているし、もし勝手に学ばないとしたらその支援の方法を知りたいと思っている。私自身は、「創造性」は誰にでもあると思っていて、それがあまりにも閉じこめられすぎている現代に辟易している。それら諸々含めて、私のニーズにこの本はドンピシャではないか、と序文を読んで感じたのだ。

    ・幼稚園の学びは「クリエイティブ・ラーニング・スパイラル」である、とミッチ教授は言う。説明されるまでもなく、幼稚園ではいろいろな工作をするし、砂場が推奨されるし、子供が楽しめる方法でいろいろな学習が促される(私の長男が行っていた幼稚園は割とスパルタで楽しめることばかりではなかったようだが)。それは「発想」→「創作」→「遊び」→「共有」→「振り返り」とすすみ、「発想」に戻りまたスパイラルが繰り返されていく。親も子供のクリエイティブな活動を喜び、将来に期待する。でも、「残念ながら、幼稚園の後に進むたいていの学校はクリエイティブ・ラーニング・スパイラルから離れてしまいます」とミッチ教授は言う。ほんとうにその通りだ。なぜ小学校に上がるとそれがなくなってしまうのだろう。私は、子供が大きくなっても、さらには大人になってからも、もっと発想して、ものを作ればいいと思う。ただ、周囲の人を見ていると、ものづくりの欲求そのものが少ない人もいるようだ。創造性がないわけではないが、そのやり方は人それぞれなんだろ。まだはっきりと理解できていないが。

    ・MITのミッチ教授の研究グループでは、「青少年が創造的思考者として成長するための4つの基本原則ーープロジェクト、情熱、仲間、遊びーーを見出し」た、とある。この本を読んだ後に、LCL(Learning Creative Learning)というオンライン学習プログラムを知り、メールアドレスとを登録した。その後、4月の半ばからプログラムがスタートし、私は週ごとの課題に取り組んでいる。その課題がこの4つのP(Project, Passion, Peers, Play)に沿った形で出されているのだ。私が子供や自分の創造性をはぐくむために、先ほどのクリエイティブ・ラーニング・スパイラルとともに、この4つのPを頭に刻み込んでおくべきなのだろうと思う。最近小学校などでもグループワークが採用されているようで、プロジェクト、仲間、みたいなことは実践されている。ところが、学校のカリキュラムとして「情熱」や「遊び」を取り入れることは今のところ難しいように思う。
    私の子供はいま、オンラインのプログラミングスクールに参加している。「格闘ゲームが作りたい」というプロジェクトがあり、そこに情熱もある。仲間がいるとすれば、あえて言えばメンターの先生。それと、そばで見ている私。また、目的に向かってまっしぐらに進むのではなく、数字の欄に何十桁という大きな数字を入れて遊んだり、必要ではない好みのキャラクターをずっと作っていたりと、遊び要素も多い。まさに4つのPなのだなと思う。

    ・創造性の誤解が書かれていた「創造性とは芸術的表現である」「創造性とは一部の人たちだけのものだ」「創造性は洞察の閃きとして訪れる」「創造性を教えることはできない」。おおむね同意するが、最後の一つは説明が必要だと思う。創造的になるための明確な規則や命令を教える、という意味であれば教えられないが、育てることはできるのだと。育まれ、励まされ、支援される必要があると。また、ここでは植物にたとえられていた。環境を作り上げて植物がよく育つように世話をする。私自身、子育てをよく植物を育てることに例えるし、今もそのイメージを持っている。ある程度ほうっておいても育つ植物はいる(とはいえ、その植物に適した環境は必要なわけだが)。でも、すべての植物にあてはまるわけではない。また、たとえ手をかけたとしても、植物の遺伝子の資質を越えて、思ったとおりに育てることはできない。梅は桜になれないということだ。逆もしかり。あくまで、その植物に適した形で、適したお世話をして、その植物の持つ力でもって育っていってもらわなくてはならないのだ。枯れ始めたら何か対策をうたなくてはならないし、大きくなりすぎたら植え替えもしなくてはならない。放っておけばいいというわけではない。

    ・テクノロジー愛好家が「新しいものほどよりよいもの」とすることや、テクノロジー懐疑者が「子供がなるべくスクリーンの前にいないようにする」ことのどちらの態度にも不満を感じている、というミッチ教授の視点にうなった。私の知る著名な教育者はどちらかであることが多いように思う。私はどちらかというとテクノロジー愛好家だが、過去には子供にずっとゲーム機を買ってあげなかった。友達の中でひとりだけ持っていない、という状況がしばらく続いた。子供に対しては、テクノロジー懐疑者だったというわけ。いまは、どちらも大事にしたいと思っている。ビデオゲームやパソコンに夢中になる子供たちをみながら、ルービックキューブやパズル、カードゲーム、工作、サッカー、読書などに誘い、一緒に遊んだりする。

    ・ミッチ教授は「スクリーンにいる時間を最小化しようとするのではなく、親と先生たちは創造的な時間を最大限にしようとするべきだと私は考えます。大事な点は、子供たちがどのテクノロジーを使用しているのかではなく、子供たちがそれによって何をやっているかです」という。まさにその通りだ。だが、親にとって例えば積み木を与えているほうが、内容に細かく言及しなくても「創造的な遊びをしてくれる」という安心感がある。積み木でYouTubeは見られないからだ。でも一緒につきあって遊んであげるなら、スクリーンの前でもよいと思う。私自身は書くことを仕事にしており、それを創造的な活動だと思っているし、コンピューターを活用している。子供に対しても、創造性を発揮する「ツール」としてパソコンやスマホを活用してもらいたいと思っているし、それができると思う。
    実際、子供たちは自分で好きなゲームをパソコンに入れたいがためにいろいろと調べたり、WindowsのDosコマンドをさわったりしている(マイクラのModを入れるため)。また、兄のほうは私の手伝い(バイト)がしたいと、音声の文字起こしにトライ中だ。

    ・4つの基本原則のうちの一つ目のPはプロジェクトだった。その中には、メイカーズに関することが記述されている。「人びとは工作することで、創造的な思考者として成長する機会を得ることができるのです。結局のところ、「創作」が「創造性」の根元なのです」とある。私は工作が好きで、それが揺るがしがたい欲求であるという実感がある。子供と一緒に工作がしたいと考えている。でも、工作はしないひとはしないし、喜びを感じない人がいることも知っている。ただ、手先を使わなくても、コンピュータがある。その中で工作することは、子供はとても好きだ(マインクラフト)。少し話はそれるが、手先の器用さという優劣を気にせず、工作の欲求を満たせるゲームはすばらしいと思う。ただ、物理的な工作による喜びはどうしたってある。同じものではない。両方やればいい。

    ・さまざまな工夫を凝らした子ども向けのおもちゃは、作ったデザイナーたちは多くのことを学んだだろうが、おもちゃとふれあう子供たちはどうだろう?という皮肉が書かれていた。私も同じように思うおもちゃをたくさん見てきた。

    ・コーディングと文章を書くことは似ている、という。コーディングには基本技術と表現力の両方が必要で、文章もつづりや文法、句読点だけでなく、物語やアイデアを伝えることが重要だから、だという。だから、ミッチ教授が作ったScratchは、プロジェクトに焦点を当てる。コーディングの技術を学ぶだけならパズルのようにすればいいが、そうはしなかった。表現力を磨くために、プロジェクトで考えることが大事なのだという。私の理解では「これでなにをするのか?」「どんなものを作りたいのか?」という目的を考えること。ミッチ教授は、コーディングを通して自分を表現する、という言い方をした。コーディングが当たり前になれば、それが自然なことになる。
    学校の学習は、基本的には表現の部分を置いておき、「最短で技術を身につける」を目的にしているように見える。だから目的や楽しみは先延ばしにして「いずれわかるさ」みたいな態度を貫く。あるいは、「楽しむためには先に○○を覚えないと」なんていう。意味なく楽しくないものを覚えるのが苦手な私は、そのことに個人的な反感を覚えている。

    ・子供が興味を持つためには、初心者が簡単に始められる「低い壁」が必要だという。ところが、勧めるうちにつまらなくなっては仕方ない。そのために徐々に高いところへ行くための手段「高い壁」も必要なのだという。両方をかねる活動はなかなかに難しい。
    私は「低い壁」を「初心者でも夢中になれるような楽しさ」だと思う。例えばたいていのスポーツはどこまでも追求できるほどの高い壁があるが、初めての1日で楽しいと感じられる高揚感のあるものも多い。Scratchは、まさに最初から割と楽しいし、その後もどんどん難しいことに挑戦ができる。そうやって設計されているからなのだ。

    ・「コンピュータークラブハウス」という場所のことが書かれていた。それは、子供たちがものづくりに励める開かれた場所であるという。そこで子供たちはメンター(大人)の支援を受けながら、プログラミングをしたり、ものつくったりする。そこのエピソードで大変印象深いのは、Scratchでゲームを作っていたレオという少年のこと。画面に「スコアを表示したい」と考えていたレオ。でも、いろいろ試してみたがうまく行かなかった。そこでミッチ教授がレオに「変数」を教えたところ、彼は大変に喜んでミッチ教授の手を握って振りながら「ありがとう!ありがとう!ありがとう!」と喜んだという(これを書くために読み直しただけで涙ぐんでしまう)。ここでミッチ教授のおもしろいのは、ここで「いったいこれまで何人の数学の先生が、生徒たちに変数を教えて感謝されたでしょう」と書いていること。その違いには、大きな大きな意味があると思う。ほんとうはレオのようになれるはずの子供たちの何人もが、学校で死んだ目をして授業を受けているかと思うと、悲しくて仕方がない。
    もし可能なら、コンピュータークラブハウスのような場所で過ごして、私自身も子供たちの支援をしたいと思う。どうすればできるのだろうか。最近よく考えている。

    ・最高の学習体験は「没頭と振り返りのフェーズを交互に繰り返す」ことだという。それは確かに一理あるのだが、子供を振り返りに導くのはそれほど簡単ではない。
    例えばプログラミングをやったあとに「なにをやったの?」と聞いても、誘導されていると感じる子供は抵抗する。でも、少ししてから「今日はこれをやったね」と例えば遊びに関して話したりすると「それはこういう意味があったんだ」「俺にとってこういうことなんだ」とうれしそうに離してきたりする。どちらも8歳の次男の様子だが、子供の振り返りを促すにも一筋縄ではないノウハウがあるのだろうなと思う。ただ声がけをすればいいというわけではない(大人ならただ質問すればいいのだけれど)。

    ・「ご褒美」や「ほめること」は、子供にはあまりよくない、という説がけっこう定着してきていると思う。ミッチ教授が引用した研究では、ご褒美によって創造性はむしろ下がってしまう。だから、Scratchではランキングといったご褒美を採用していない。私自身、ランキングや賞レースなどにモチベーションを感じないタイプなのでとてもよくわかる。子供は競争が好きだが、同時にやる気をなくしてしまうこともある。競争を上手に使うというより、私自身は競争をせずにのびのびにものごとを進めるほう好きだから、子供にもそんなふうに話をしていきたい。

    ・教え方のアプローチは、「指示と情報を与える」か「子供たちを放任して自分で学に任せる」の両極端な態度を目にしがちだが、コンピュータークラブハウスのスタッフやメンターは、その二つの極端な態度から遠ざかることができるように支援するらしい。よい教師やメンターは「触媒」「コンサルタント」「媒介者」「コラボレーター」といった役割の間を流動的に動き回っているという。きっかけを与え、そばにいてガイドし、必要な人や場所とつなぎ、自らもその中に入っていく。私も子供に対してそうありたいと思っている。親が子供に対してこういうことができれば理想だ。

    ・初めて聞く「ティンカリング」という言葉が登場した。とにかくいじくりまわすことを指し、ものづくりの重要なアプローチであるという。うちの次男は特にティンカリングを多くする。最初それは大人の指示にわざと逆らっているのかと思っていたが、まずは与えられた道具がどう動くのか? どんな反応を示すのか? がおもしろくて仕方ないようだ。例えばScratchを始めたときにも、数字を入れるところに「99999……」と延々と9を入力していく。それによってなにが起こるかを見てみたいのだ。お絵かきアプリも、いろいろなペンや効果を手当たり次第に試していく。大人が課題通りにこなしてほしい、上手に絵を買いてほしい、と思っていると邪魔な行為でしかないが、創造性につながるものだと捉えられると、子供のティンカリングを温かく見守ることができるに違いない。とにかくいじり回して見えてくるものがある。ものづくりに夢中になったことがある人なら、それはとてもよくわかるはず。私はティンカリングを推奨していきたい。大人も子供も。

    ・この本には私がほしかった答え「子供は勝手に学ぶのか?」に対する答えが書かれていたと思った。結局、勝手に学ぶのは難しい。適切な支援が必要なのだ。かつ、今の子供が学校で受けているものは適切とはいえない。子供たちのクリエイティブ・ラーニング・スパイラルを提供するようなアプローチを、どうすればできるのだろうか?
    さらには、あいまいな経験則だけでなく、「子供はこういう手順で学ぶ」「よいメンターはこういう支援をしている」など、明確な定義が示されている。しかも、アメリカの有名大学でなされた研究。例えば、著名な教育者がひとりで考えたこととは全く違う価値を持つものだと思う(どちらにもよい面はあるだろうが)。
    私はとてもロジカルでバランスのとれたミッチ教授のような考え方が好きだし、さらには子供の創造性を信じ抜くような姿勢がとても好きだ。さらには、子供だけでなく大人の創造性、学習者としての姿勢も信じている。そういう大きな愛を感じる本だった。

  • Scratchが創られた背景が分かる本.渡辺の教育の参考になっている本でもある.

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
    http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB25942501

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