食卓にあがった放射能

  • 七つ森書館
4.09
  • (9)
  • (7)
  • (7)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 106
レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (159ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784822811310

作品紹介・あらすじ

1986年に起きたチェルノブイリ原発事故後、ヨーロッパから伝えられる食品汚染のデータや、きびしい放射線のもとで暮らしていた方たちの具体的な話をまとめた『食卓にあがった死の灰』(講談社現代新書、1990年)を改題。原発事故による食品汚染問題について、誰にでも読める入門書。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • チェルノブイリ事故のあとの各国の放射能対策や、日本の食卓で食べられる食品がどれだけ汚染されていたかまとめた本。読みやすくて、今更だけどすっごく内部被爆してたんだなーと気づいてショック。。。。それでも今元気なんだから大丈夫だよとは言わないけど・・・

  • チェルノブイリ事故当時の調査研究がベースなのでデータは古いものの、心構えや考え方の参考にはまだ十分有効だとおもう。何より日本の原発の安全神話が大手を振って横行していた時期に具体的な原発事故のシミュレーションをして見せた著者の慧眼には敬服させられた。

  • 原発事故が起こった場合、食品はどのように汚染されていくのか?筆者の詳細なデータを駆使したチェルノブイリの報告と考察。そして『日本でチェルノブイリ級の原発事故がおこったら』という予測はほぼそのままです。

    僕がこの人の本を読み始めたのは3.11の震災および福島の原発事故が起こってからのことですが、しかし、この本の元になった『食卓にあがった死の灰』が上梓されたのが1990年。それから長い月日がたっているはずなのに、まったく古びていません。

    内容に関しては詳細なデータを基にチェルノブイリの原発事故がどのようにヨーロッパやロシアを始め、世界中の土壌を汚染し、いかにして肉や穀物や野菜が汚染されていったか、ということが詳細なデータとともにつづられています。ヨーロッパの諸国でいったいどういうことが起こったのか?それを丹念に追っていけばこれからフクシマ以降の日本がたどるであろう運命が記されてある。と思ったら筆者は予想していたんですね。5章にある『日本で原発事故が起こったら』という箇所はあくまでここに知るされれているものはシュミレーションですけれど、ここに書かれてあることはほぼそのまま起こってしまったことは、筆者も予測はしていなかったでしょう。

    そして『食品汚染はどう進行するか』という箇所でおそらくつづられるような展開になることはおそらく明白だと個人的に考えています。少し専門的な話が多いので、読むのはかなり苦労されると思いますが、おそらく、私たちが知りたいことの大半はここに書かれていると思います。『日本の原発は事故を起こさない』という『前提』でずっと運用がされていたときに、ここに書かれてあることを世に問うということはものすごい勇気のあることだったんだと、今では思っています。

    ここに記されているのは専門家の意見ですので、おそらく『正しい』ことなのでしょう。ここに書かれてあることはチェルノブイリに基づいた見解ですが、それがほぼそのまま、今の日本の状況に当てはまるということは、なんとも言いようがないものを感じています――。

  • チェルノブイリ原発事故後に、いろんな事実があり、リスクを明らかにしていたとは知りませんでした。さすが、高木先生です。今生きてたら、3.11後に、彼の慧眼があれば…と改めて考えてしまいました。

    食卓にあがった放射能を、今、我々は、体内にどれぐらい取り込んでいるんだろうか?と不安も感じました。

  • チェルノブイリ放射能汚染事故により、食材がヨーロッパを中心にどのように汚染され、流通したのか、そして、各国の対応が、具体的に書かれている。
    実際の数値を紹介し、どんな食物が危険度が高いかについても言及していて参考になる。
    放射能汚染の恐ろしさは、「人為的」に拡大される恐ろしさもプラスされることがよくわかる。
    知らずに汚染された食材を口にする危険性についても「人為的」の為せる技である。
    「チェルノブイリの話」なのだが、今の日本、hukushimaとそっくりで、驚かされる。

  • 一般人の年間被ばく許容限度は1mSv
    つまり1ミリ=1000マイクロ÷365÷24=0.114μSv/hを超えると危ないとされている

  • 資料ID:W0161205
    請求記号:498.54||Ta 29
    配架場所:本館1F電動書架C

全9件中 1 - 9件を表示

著者プロフィール

1938年7月18日 群馬県前橋市に生まれる
57年、東京大学理科一類へ入学
61年、日本原子力事業(NAIG)入社、核化学研究室に配属
65年、東京大学原子力核研究所助手
69年、東京都立大学理学部助教授、東京大学より理学博士の学位授与
72年、マックスプランク核物理研究所客員研究員
73年、東京都立大学を退職
75年、原子力資料情報室スタート、専従世話人となる
78年、反原発運動全国連絡会結成に加わる
87年、原子力資料情報室代表
92年、多田謡子反権力人権賞受賞
93年、サンケイ児童出版文化賞「推薦の本」に『マリー・キュリーが考えたこと』が選ばれる
95年、宮澤賢治学会イーハトーブ賞受賞
97年、長崎原爆被爆者手帳の会平和賞受賞、ライト・ライブリフッド賞受賞
98年4月、オールターナティブな科学者を育てる「高木学校」を設立
97年7月、大腸がんが発覚、緊急入院
2000年10月8日、大腸がんで死去
2001年1月9日、遺言により高木仁三郎市民科学基金発足

「2018年 『高木仁三郎 反原子力文選』 で使われていた紹介文から引用しています。」

高木仁三郎の作品

食卓にあがった放射能を本棚に登録しているひと

ツイートする
×