森を歩く: 森林セラピーへのいざない (角川SSC新書 66)

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  • KADOKAWA(角川マガジンズ)
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  • Amazon.co.jp ・本 (175ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784827550665

作品紹介・あらすじ

近年、耳にするようになった「森林療法」や「森林セラピー」という言葉。これまでは感覚的にしか捉えられていなかった森の持つ力を、科学的に解明しようという研究も始まった。そのひとつが林野庁を中心とした「森林セラピー」事業。2009年3月現在、全国に31カ所の森林セラピー基地、4カ所のセラピーロードが認定されている。本書では森林療法の成り立ちや施術の方法だけでなく、ドイツのクナイプ療法についても紹介、森林が人を癒す仕組みについて考察した。さらにおすすめの森林セラピー基地10カ所もルポ。

感想・レビュー・書評

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    田中淳夫
    1959年大阪生まれ。静岡大学農学部林学科卒業後、出版社・新聞社を経て、現在フリーの森林ジャーナリスト

    フィトンチッドそのものは、一九三〇年頃にロシアのボリス・トーキンが発見した揮発性物質である。植物を傷つけるとその周囲に存在する細菌などが死滅する現象に気づいたことがきっかけだった。これは、植物が何らかの揮発性物質を放出したために起きると考えて、 その物質にフィトンチッドという名を付けた。「植物」を意味する「phyto」と「殺す」 を意味する「cide」から作られた言葉である。ちなみにフィトンチッドを直訳した言葉としては、「植物殺菌素」という語が使われたこともある。 今では、植物が発生する揮発性の物質の総称と定義づけられている。具体的には、テルペン類だ。この物質は、炭化水素の一種であるイソプレン(C5H8)ユニットを含む天然化合物の一群である。もっとも、広義にはテルペン類以外の揮発性の低い物質を含むこともある。

    まさに動けない樹木が、外敵や自身のライバルとなる動植物と戦い、周囲の同族と連携して身を守るために発散するのがフィトンチッドなのだ。 このように紹介し、しかも「植物殺菌素」などという訳語を示すと、人間にも毒性を発揮するのではないかと心配になるが、人間に対しては多くの場合リフレッシュ効果など有益な役割を果たすというのだから不思議である。

    養護学校の生徒たちは、教室や体育館の中で行うゲームなどよりも、農作業など野外活動になると元気になることに気づいた。これまで表情が冴えず、動きもいま一つ元気がなかった子供たちが、野外では目を輝かせる。さらに野外でも農場で耕したり野菜の苗を植え付ける活動より、里山やクリ園で遊ぶ方がより顕著に元気になった。木々のある環境が彼らに何らかの良い影響を与えているのではないか⋯⋯そう思いついた。

    たとえば重度の精神障害と自閉症である人に森林散策と森林作業へ参加してもらうと、 1カ月たった頃には指導員の呼びかけに応え始め、やがて返事もするようになった。作業も少しずつできるようになり、またパニックや自傷・他傷行為も起こさなくなる。 また四〇歳を超えた重度の精神遅延を有する障害者の場合も、野外活動に参加するようになってから他傷行為や物品破壊は徐々に減少した。さらにコミュニケーション活動が芽生えて、他者の歩行障害者や身体障害者への介添えも自ら始めたのだ。 重篤な障害者だけではない。全員に何らかの生活上の改善が見られたという。 上原さんは、大学生相手の森林カウンセリングにも取り組んでいる。通常のカウンセリングは、室内、とくに密室で行う場合が多い。相談者が悩みを打ち明けるには閉鎖空間の方が 適切とされているからだが、それを森林内を歩行しながら行うものだ。 たとえば不登校になった学生は、最初は「森が怖い」と感じていたが、実際に歩き始めると 「生気が得られたような爽やかな気分になった」と感想を述べている。二度三度と繰り返しながら悩みを聞き、それを整理すると心の変化が現れた。やがて復学したそうである。

    例えばワンダーフォーゲル運動もその一つだ。日本でワンダーフォーゲルと言えば高校や大学にこの名のクラブもあり、主に登山などを行っているが、本来は「渡り意味であり、徒歩旅行を意味していた。日本の場合は、自然の中を歩こうとすると山登りになってしまうが、当時のヨーロッパを徒歩で巡ると、町と町の間の森林地帯を通ることになったのだ。

    生理的な測定指標は、血圧や心拍数、心拍のゆらぎによる自律神経活動、唾液中コルチゾール(ストレスホルモンと呼ばれるもの。ストレスを感じると濃度が上昇する)の活性などである。その結果、都市部での測定値に比べてコルチゾール濃度は13%減少、血圧は2%、 心拍数は6%低下すると同時に、ストレスの高いときに強まる交感神経活動は18%低下し、リラックスしたときに出る副交感神経活動は56%の昂進を示した。 そのほか森林歩行時の風景を見たときの生理応答や、小川のせせらぎや鳥の鳴き声など、森林由来の音による聴覚刺激実験も行っている。すると交感神経活動の鎮静化が観察され、 生理的にリラックスすることが確かめられた。またフィトンチッドの主成分とされるa-ピネンならびにリモネンの吸入実験を行ったところ、一秒ごとの最高血圧はそれぞれ5%、 4%の低下が認められた。森林のもたらす視覚・聴覚・嗅覚いずれの刺激も、心身のストレス解消に役立つことが証明されたのである。

    とくに都会で得られる刺激は、偏っている。どうしても人工的な造形、人工的な音、そして自然界には存在しない作られた匂い、味、肌触り⋯⋯そんな刺激ばかりだ。それらは癒される刺激になりにくい。 物であり、とくに森林から進化した動物とされている。その生理の奥底には自然界の刺激やリズムの記憶が染みついているのかもしれない。だから人工的な、自然界に無い刺激を受け続けることは、人を疲れさせてしまうのではないか。そうだとしたら、人類が馴染んだ自然界の刺激を与えることで、脳の働きを適切にもどせる可能性がある。そのように考えると、森林内はさまざまな刺激に満ちている。視覚の場合、森には都会にない造形があふれている。人工物は直線や鋭角、真円など幾何学模様を描きやすいが、自然界はそうした造形は少ない、いや、ほとんどない。木の幹は、 まっすぐ伸びているように見えても、厳密には微妙にゆらいでいる。太さも変わるし、幹の表面にも同じものが二つとない模様が広がっている。年輪幅も微妙なゆらぎがある。 こうしたパターンのゆらぎは、自然界特有のものだ。時に「f分の1」と表現されることもあるが、その中には人の心身に心地よく働きかけるものが含まれる。 色彩も同じだ。木の葉の色は一つの緑ではない。幾種類もの明度や彩度、そして濃談のある緑がある。紅葉にも、さまざまな色がある。土も水も、色と形は千差万別だろう。

    そして普段はあまり使わず鈍っている嗅覚も、森の中の自然物の発する匂いの刺激をいっぱい受けて活性化するだろう。森林セラピー研究会の研究では、フィトンチッドの成分としてイプソレンやα-ピネン、β-ピネン、カンフェンなどを検出している。これらは爽やかな森の香りとして認知されているものだ。それらに加えて、草の匂い、土の匂い、 水や空気の匂い。もしかしたら昆虫や森の動物の出した匂いも漂っているかもしれない。とくに注目すべきは、緑の香りの本体である「青葉アルコール」と「青葉アルデヒド」が、 疲労回復に役立つと科学的に証明されたことだ。アロマテラピーも、疲労回復の手立てとして人気があるが、森には同じような(もしかしたら、もっと強力な)匂いが満ちている。葉っぱをちぎったり実を潰し匂いを嗅ぐといった行為も重要となる。

    森の中に入ると、普段は気にしない音や香りに気づき、景色の中に小さな発見がある。 木々に触って、一つ一つの触感を味わう。そして呼吸法。腹式呼吸で全身に酸素を取り入れて自律神経を鍛え細胞を活性化させるのだという。気功的な運動も行う。自分の気に入った木を選んで、しばらく佇む森林カウンセリングもある。事前にカウソセリングシートを用意していて、今自分が悩んでいること、抱えている問題点などを書き出しておくのだそうだ。それを自身で改めて振り返る時間なのである。 「面自いのは、そうした時間を設けると、不思議と悩みと全然違うことを考えてしまうんで す。いろいろ悩みについて考えようと思っていたのに、そうはならないと皆さん言います。 でも、それが後に問題の解決に結びつくんですね」(鹿島さん) あまり考え込まず、感性に任すのが、森林療法の流儀なのかもしれない。

  • ガイドをお願いしたうえで森林セラピーを受けたいと思った。森に入ればば癒されると思っていたが、それ以上の効果があるとのこと実感してみたい。

  • 2012.04.05 読了。

  • 森林療法、森林セラピーについて書かれた本です。
    〝緑を目にすると心が癒される〟〝森に足を踏み入れると、なんだか気持ちいい〟といった感情は、誰もが持ち合わせているのではないでしょうか?森林療法、森林セラピーとは、そういった漠然とした感覚の原因を、科学的に検証し、より効果的に引き出す方法を編み出したものなんだそうです。
    ボクは山歩きが好きですが、独りで山を歩くと心地よい疲労感があります。気分がリフレッシュされるのです。山に限らず、川や海が好きな方も、同じような感じを抱かれるのではないでしょうか。自然には、人の心を癒してくれる働きが間違いなくあります。ヨーロッパでは森林散策を取り入れた治療法が、すでに19世紀には確立されていたようです。日本でももっともっと、この分野の研究が進むことを期待したいと思います。

  • [ 内容 ]
    近年、耳にするようになった「森林療法」や「森林セラピー」という言葉。
    これまでは感覚的にしか捉えられていなかった森の持つ力を、科学的に解明しようという研究も始まった。
    そのひとつが林野庁を中心とした「森林セラピー」事業。
    2009年3月現在、全国に31カ所の森林セラピー基地、4カ所のセラピーロードが認定されている。
    本書では森林療法の成り立ちや施術の方法だけでなく、ドイツのクナイプ療法についても紹介、森林が人を癒す仕組みについて考察した。
    さらにおすすめの森林セラピー基地10カ所もルポ。

    [ 目次 ]
    第1部 森は本当に人を癒せるのか(すべてはフィトンチッドから始まった;森林療法ことはじめ;クナイプ療法とワンダーフォーゲル ほか)
    第2部 全国森林セラピー基地ルポ(母の森と神の森―長野県飯山市;癒しの森―長野県上水内郡信濃町;森林浴発祥の森―長野県木曽郡上松町 ほか)
    第3部 人が森から得られるもの(森林公園には、なぜ人がいない?;自然を癒しに導くガイドの重要さ;お気に入りの“森の癒し”を見つける ほか)

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    [ 参考となる書評 ]

  • ストレス解消、気分一新、心身の健全化に効果的なホリスティック・ヘルスとして注目される
    森林セラピーの紹介。写真が豊富。

    ドイツのバート・ウェーリスホーフェン市発祥のクナイプ療法、上原巌氏の森林療法、林野庁主導の森林セラピーの流れをざっくり紹介。

    森林散策で行うメンタルヘルス、山村の地域づくり事例紹介。
    ・長野県飯山市の「なべくら高原・森の家」
    ・長野県上水内郡信濃町の「癒しの森」
    ・長野県木曽郡上松町
    ・北海道阿寒郡鶴居村
    ・山形県西置賜郡小国町
    ・東京都西多摩郡奥多摩町檜原村
    ・和歌山県伊都郡高野町
    ・高知県高岡郡津野町
    ・宮崎県西臼杵郡日之影町
    ・沖縄県国頭郡国頭村

  • 精神的な疲れ(ストレスなど)は五感の異常として表れやすい→五感を使う事で精神的な疲れを癒す
    日本人とドイツ人の森に対する感情は異なり、クナイプ療法が発達したドイツではその関心・知識は多く森がすごく身近にある。
    森林セラピーの効果は科学的に立証されていないがフィトンチッドが人間にとって癒し効果があるらしい

    日本の森と一言で言っても、本当に多様だなぁ。

  • 植物が発する揮発性の物質フィトンチッドが人間に有益な働きをするという情報とともに、「森林浴」という言葉が広く使われるようになったのは 1982年2月からだそうだ。私も、そこまでは知っていた。しかし、その後の展開については知らなかった。この本は、「森林浴」がさらに「森林療法」として発展していった経過を興味深く語っている。私にとっては、はじめての情報だったのでとても興味深く読むことができた。

    森林内に入ると生理的に身体がリラックスすることが、各地の森林で実験的なデータとして確認できたという。それだけでなく、重度の精神障害や自閉症をもつ人が、森林散策や森林作業などに参加すし一ヶ月もたつと、指導員の呼びかけて応えて返事をするようになるなどの変化が現れたという。

    本書の後半は、森林浴や森林療法に適した森林のガイド文クになっている。

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著者プロフィール

1959年大阪生まれ。静岡大学農学部を卒業後、出版社、新聞社等を経て、フリーの森林ジャーナリストに。森と人の関係をテーマに執筆活動を続けている。主な著作に『虚構の森』『絶望の林業』『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』 (イースト新書)、『森林異変』『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『樹木葬という選択』『鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』(ごきげんビジネス出版・電子書籍)など多数。ほかに監訳書『フィンランド 虚像の森』(新泉社)がある。

「2023年 『山林王』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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