「壁抜け男」と「死んでいる時間」の独特な設定と世界観が好きで、ずっとお気に入り作家だったマルセル・エイメをひたすら読んでみようかと思った。彼は短編集と劇作品が多く、本作も短編集だ。
「マルタン君物語」のように本書は語り口が一貫していない。書き方もテーマもだいぶ異なる7つの物語がある。
この中で私が好きなのは:「パリ横断」、「ぶりかえし」、「われらが人生の犬たち」だ。
ぶり返しは本短編集の中で唯一"親しみなれたエイメ"の奇異な設定をした作品だ。一年24ヶ月法案が通ってしまうことで、中年/老年は若返り、青年たちは無力な子供となってしまうのだ。われが人生の犬たちは犬たちを愛情深い語り口調でつづられており、客観的で淡白なエイメのいつもの作風からだいぶ異なる。だから面白いのだが。
それらと比べて「パリ横断」は本作内のほかの作品といかさか近しく、パリの労働者層の中の低層をフィーチャーしている。表題「クールな男」では同じく犯罪者、「こびと」ではサーカス団、「エヴァンジル通り」では物乞い、「後退」でもindirectに労働者層を描いているのだ。町並みと生活のディテールの描写が実に秀逸だ。