至高聖所 (福武文庫 ま 1102)

著者 :
  • ベネッセコーポレーション
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (186ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784828857053

感想・レビュー・書評

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  • どうも再読らしい、ほんとに全く覚えていない。
    で読んでみたが、うーん。この作品のどこに刺激があって芥川賞なる賞が取れるのか見当がつきません。
    確かに学生の煩悶的感じは分からなくはないけれども、小説としての良い意味での違和感が全く感じられない。ストーリーも結末はこじつけ過ぎるって気がするし。
    まぁ世の中色んな意見があるってことです。

  • 文庫版が手に入りました。
    過去と夢、今と現実の交錯するそんな場所に立っている。
    どうしてこうも何かが自分に触れるのだろうか。存在すること自体、何かとの摩擦がなければいられない。そこに万有引力が生じてしまう。何かを傷つけることなしに、何かに触れることはできない。
    鉱物だけでできた世界、何もかもが規則的で、一定のそんな世界で生きられるなら、どんなに楽だろうか。夢が夢を呼び、どんどんここから遠ざかってゆく。いっそこのまま醒めずに眠り続ければ夢が現実に変わるのだろうか。
    でもそんな世界なんてないのは知っている。夢が夢であり、現実が現実であると知ってしまったその時から、永遠の覚醒も永遠の眠りも訪れない。夢は病み、現実は歪み、ただ寝ては起き、起きては眠る。
    そうやってひとは生きてゆくもので。思い返せば、たくさんのひとに星のように囲まれて生きてきたんだな。ずいぶん遠くまで歩いてきた。たぶんこれからも。
    どんなに夢が病もうと、現実が病もうと、この生きている自分だけが病むことはない。冷たい空気を吸って、星を眺めて、眠り、そして目覚める。そういう流れの中でたくさんの星が生まれては鉱物のように光り、消えていく。
    結末部が詰め込みすぎだとか、唐突、足りないとかケチが付けられていたが、たぶん書き足りないとか原稿の都合とかそういうんじゃない。もうこれ以上描かなくても十分なのだったと思う。それだけの準備が初めから随分なされてきた。結末を、未来を、ことばの先へ委ねて、我が子のように、このひとは作品を世に送り出していってるように感じる。

  • 何回目かわからないぐらいの再読。今回は、繊細さと痛々しさを感じた。おそらくつくばをモデルとした大学。希薄とまではいかないけど、私は私と世界を作り、けれど、時に剥き出しの悪意を傷口にこすりつけたり、分かり合えないけれど、その痛みはわかってしまい、それを癒せるはずの機会も失ったのを見たとき、かたや長い眠りに、かたや眠りからの追放に、そして...と。

  • 1991年下半期芥川賞受賞作。アスクレピオス神殿の一番奥にあるアバトーン(至高聖所)では夢治療が行われたという。小説は筆者がかつて青春時代を過ごした筑波大学を舞台に展開する。都市から離れた広大なキャンパスの中に点在するハイテクビルと広い道路。「アバトーン」は主人公、沙月のルームメイトの真穂が書く戯曲のモチーフであり、そしてまたそれはこの小説自身のテーマを構成してもいる。物語世界の構築は鉱物質で固有なものだ。ただ、主人公たちの抱える悩みや煩悶が抽象的に過ぎるために強い共感を呼ぶことは難しいのではないか。

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著者プロフィール

1990年『僕はかぐや姫』で海燕新人文学賞。92年『至高聖所(アバトーン)』で芥川賞。他に自身の茶道体験を綴った『ひよっこ茶人、茶会へまいる。』、武家茶道を軸にした青春小説『雨にもまけず粗茶一服』『風にもまけず粗茶一服』『花のお江戸で粗茶一服』、古典を繙く『京都で読む徒然草』などがある。

「2019年 『夢幻にあそぶ 能楽ことはじめ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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