開店休業

著者 :
制作 : ハルノ宵子 
  • プレジデント社
3.78
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本棚登録 : 201
レビュー : 32
  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784833420426

作品紹介・あらすじ

「正月支度」から「最後の晩餐」まで、吉本隆明、最後の自筆連載、「dancyu」食エッセイを単行本化。長女・ハルノ宵子、書き下ろし圧巻の追想文、40話を収録。

感想・レビュー・書評

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  • ずっと読みたいと思っていた吉本隆明さんの本。
    食のエッセイなら読みやすいかなと手に取ってみた。

    まず「dancyu」で連載されていた吉本隆明さんのエッセイを読んで、そのエッセイの隠れ(?)エピソードやその他の思い出をハルノ宵子さんの書き下ろしエッセイで読むという構成。
    お父さんの思い出話に娘さんが冷静につっこむ図と言っていいかもしれない。
    もちろん愛のあるつっこみです。

    毎日家族で囲む食卓は、いつも美味しい料理が並ぶわけではない。(毎日作ってくれているお母さん、ごめんなさい)
    時には食事中に喧嘩をしたり、誰かが怒り始めたり、はたまた泣き始めたり、毎日一緒にいるとそういう時間も避けられない。

    この本を読んでいると、そういう時間の温かさを感じる。
    家族間で食の好みが合わなかったり、病気になってしまって食事制限が必要になったり、食事をめぐるあれこれは簡単に解決することばかりではなかったはず。
    でもハルノ宵子さんのエッセイが描き出す家族の食卓は、そんな困難を笑い飛ばすかのような明るさがある。
    家族で共有しているいろんな思い出をお裾分けしてもらって、私も自分の家族の食卓のあれこれを本当は愛しているのかもしれないなと思った。

    この本を最後まで読み終えたら、ちっとも特別じゃない毎日のごはんが愛おしくなるはず。
    もちろん美味しそうなごはんの話もたくさんあるので、空腹時に読むのは要注意。

  • 最近涙もろくなってしまって困ることが多い。読み終えたら、じんわりと鼻の奥が痛くなった。

    私もいま自宅でオットの祖母を看ているので、他人事とは思えなかった。ハルノさんのツッコミの気持ちも分かる。自分のことよりも介護、あとあまり家を開けることのできない息苦しさ、開き直って介護引きこもりになってみたり、いろいろあります。

    食欲や味覚、食べる楽しみというのがいかに大事か知ることが出来た。耳が聴こえにくくなって、目も見えにくくなって、テーブルの上にしょうゆをこぼして…という風景が、うちの義祖母と重なって泣けた。うちの義祖母も「最後の晩餐」=250ページ=まではいかないけど、それにかなり近い状態なので、気持ちが詰まってしまって一気に読めなかった。

    いまはお世話をしている側だけど、いつか自分も年齢とか関係なく、お迎えがやってくる前はこうなるんだなぁ…としみじみと思った。

    私自身、消化器系の大きな病気もしたことがあるので、食べるということは胃や腸、体の内部の仕組みが食べることを求めるか、求めないかの問題だ。と書かれていることに、深く共感してしまった。

    読み始めと読み終える頃の感じ方が違うので、なんかフェードアウトしていくようで、本当に心が淋しくなる。

    「開店休業」というタイトルはなぜ?と思ったけど、担当編集者さんが説明してくれていた。やっぱりじんわりとする。

  • 「dancyu」での食に関するエッセイ。
    吉本さんが亡くなる直前まで書かれてたようだ。
    娘さんのハルノ宵子さんが、いろいろ解説も入れてくれている。
    これは評価はしてはいけない気がした。
    タイトル通り、吉本さんのマイペースな内容でした。

  • 食べ物の話でありながらそうでもないような。という書評?が
    どこかに書かれていましたが、うん確かにそんな感じであるような。

    長女さんは漫画家だったのですね。知りませんでした。
    偉大な吉本さんであっても家庭においては困った父さん。
    なんだか吉本さんが身近にかわいらしく感じられました。
    開店休業、というタイトルも吉本さんらしい。

    事情は違うとはいえ母が料理をほとんどしなくて父が台所の
    メインを司っていたところは我が家と同じ。
    我が家の父の料理は吉本さんと違って?なかなか上手でしたが
    親近感を覚えながら読了しました。

    匂いも味も、その人を失ったら再現することはほとんど不可能。
    美味しかった料理よりまずかった料理のほうが
    懐かしいのはもうそれを二度と食べることはないと
    わかっているせいなのでしょうかね。

    坦々とした長女さんの文章に、長女さんだけの悼みを
    静かに感じます。

  • 「戦後思想界の巨人」と呼ばれる思想家だそうだけれど、この本は小難しいお話は無し。
    最晩年の連載エッセイに、長女である漫画家ハルノ宵子さんが“家族として”エッセイを併せて載せている。どちらかというとハルノさんのエッセイの方が断然面白い。

    下町の商店街での買い食いや、家で作る豚ロース鍋や、子供時代の食の思い出や、弟の授乳をかすめ飲んだおっぱいの味など、食にまつわる内容だ。イコール“家族”のお話でもある。
    でも、『共同幻想論』だの、『マチウ書試論』だの、『転向論』だの、バリバリ思想家の著書は、今後も絶対に手に取ることはないだろうなぁ。

  • ノンフィクション

  • 雑誌dancyuに連載した食べ物のエッセイを長女のハルノ宵子が画・追想を記載。
    ☆長女(漫画家らしい)は、両親と一緒に暮らし、最後まで看取った。
    やや気取った感もあるエッセイに対し、長女の追想からリアルな姿がかいま見える。

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  • 食と記憶は繋がってるんだな、と改めて思うと同時に、それがもうこの世にいない吉本隆明さんと生きているハルノさんとの思い出や体験を交互に読んでいると、また、吉本隆明さんの死にゆく者の、年老いた者の、つまりある意味過去を振り返って紡ぐ言葉たちが、なんとも切ないというか、寂びしいというか、哀しいというか、面白いのにちっとも心が弾まない、という不思議な気分になる一冊。

    きっと「こんなに食べ物とお父さんの記憶が連動してるのはさぞや辛かろう…」というのは間違い で、ややもすれば冷たいというか距離の感じるものだけど、本文にあるように親子なんてそんなもんだ。ろう、たぶん。
    でもハルノさんの書く文章はまぎれもなく、子のもの。

    ーーーーーーー

    と、読み終わる寸前に書いたのがここまで。
    この本でもっとも撃ち抜かれたのは「氷の入った水」で、ハルノさんの親子間独特の照れ屋なところがよく出ている一編だと思う。

    死にゆく側は「思い出して欲しい」という思いがなくても、生きていく側にとってはやっぱりこういう共通の記憶があるのは大事なことなんだな。

    まさに「"食"を巡る物語は、そのまま"家族"の物語だ」という一文の通り、食べ物を通じで家族の意味のようなものまで触れてしまった気がする。

  • 2015.4.11

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著者プロフィール

1924年、東京・月島生まれ。詩人、文芸批評家、思想家。東京工業大学工学部電気化学科卒業後、工場に勤務しながら詩作や評論活動をつづける。日本の戦後思想に大きな影響を与え「戦後思想界の巨人」と呼ばれる。2012年3月16日逝去。

「2019年 『吉本隆明全集20 1983-1986』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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