2030年ジャック・アタリの未来予測 ―不確実な世の中をサバイブせよ!

  • プレジデント社
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784833422406

作品紹介・あらすじ

「起きるわけがない」と決めつけても、どんなことだって起こりうる。そうした最悪の事態を予測することこそが、最悪を回避する最善の手段なのだ。

感想・レビュー・書評

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  • フランスの思想家で、サルコジ大統領の諮問委員会通称「アタリ政策委員会」の委員長を務め、オランド大統領への政策提言や、何よりアタリ政策委員会を通してフランス政治に大きな影響を持つジャック・アタリ。本書は、世の中への警鐘を鳴らすために、最近としては珍しく世界に対して悲観的な近未来予測をたらふく書いている。
    原題の”Vivement après-demain”は、「明後日が待ち遠しい」といった意味なのだが、それは、きれいごとも含めてこの本の最後にフランスおよび世界に対して提言を行っていて、われわれならできるとこの本は締められているからだ。2016年にフランスで出版されているので、およそそこから15年後の2030年を明後日として見据えたものだが、2021年の今は、そこまでの道程の約1/3が過ぎたところだ。

    「本書執筆の時点では、世界に善をなす手段は数多く存在し、善をなす活動家たちは増え続けている。だが、現在、世界は悪の勢力によって支配されているといえる」と書かれると、ベストセラー『FACTFULNESS』で指摘された人間の本能からくる思い込みに飲まれている典型的知識人なのではと思われるかもしれない。また、『FACTFULNESS』が出版されたのは、この本が出版された後の2018年なので、ハンス・ロリングはアタリのような知識人を念頭において自らの著作を書いていたのかもしれない。それでも、二人が直接話を交わせば(ハンス・ロリングはすでに亡くなっているのでそれは不可能なのだが)、お互いにすぐに表面上は打ち解けて、表現は違えど意図するところは同じだなどと知識人的に言ってしまいそうではある。

    アタリも、生活水準が上がっていることは認めるし、平均寿命が各段に伸びていることも認める。極度の貧困にあえぐ人々の数とその比率は少なくなっていることも認めるだろう。情報通信、農業、教育、医療におけるテクノロジーのイノベーションが進んでいることも当然誰よりも知っている。戦争や暴力も、殺人事件も減っていることも認識している。それでもアタリが敢えて警鐘を鳴らすのは、高齢化、一部地域での人口爆発、移民の境遇、そして何より地球環境の危機があるからだ。具体的に取り組むべき課題は水資源と気候変動、そして格差拡大だ。そこからは、アタリはどんどん暗いニュースと数字を並べたてる。世界全体としては物事がよくなっていることは認めているので、その指摘は局所的な課題(メキシコでの殺人事件発生率上昇)や直近の動き(2011年から2015年までに戦争やテロの被害者が七倍)であるものが多い。しかし、それがまさに近年の格差拡大の証拠として挙げられる。

    アタリは、その原因のひとつになっている法の支配のないグローバルな資本主義の暴走を危険視する。
    一方で、技術進歩の観点では2030年までの間には大きな進歩が期待される。具体的な例として、健康(遠隔医療や認知症改善)、教育(遠隔教育や脳の働きに合わせた学習)、労働(苦役からの解放)、住宅(3Dプリンティング建築やスマートビルディング)、水資源(海水の淡水化)、農業(センサやゲノム編集作物)、エネルギー(太陽光パネルと蓄電池の大幅改良)、自動車(電池改良によるEVや自動運転)、航空(ハイブリッド化や自動運転)、娯楽(VRやオンライン化)、芸術(3DプリンティングやAR)、シェアリングエコノミー(金融、求人、宿泊、自動車、コンテンツ)、リサイクル(分子レベルの物質分離)が挙げられる。
    しかしながら、これらの技術進歩がこのままではポジティブな結果をもたらさないだろうというのがアタリの結論だ。「世界経済が審判のいない市場に支配され続ける限り、それらの要素は権力者たちに横取りされ、現在の不均衡を悪化させるだけなのは理論的に明白だ」と言う。果たしてそれほど明白かどうかは自分にはわからないのだが、アタリは「技術進歩がどれほど魅力的であっても、技術進歩によって雇用は破壊され、富のさらなる集中が加速する」と断言する。2030年には「この世を耐え難く思う人々が現在よりも圧倒的に増え、ほとんどの人々がそのように感じると予測できる」というのだ。おそらくは、それがジャック・アタリが問題視するところだ。

    「世界中の社会に蔓延する憤懣は、次第に激怒になる」という(※ここは使われる単語のフランスでのニュアンスが知りたいところだ)。それが、暴力を生み、破壊的な社会状況をもたらすのだと。ちなみに、日本は、混乱と激怒を発生させる6つの火種のうちのひとつにも数えられており、国の巨額債務バブルの崩壊による金利と物価の上昇に直面し、日本円の価値が大幅に下落に向かって、現金やゴールドへの逃避が始まり世界経済の混乱を生むと悲観的だ(他の国にもおよそ悲観的なのだが)。

    そうして2030年までの混乱により、世界大戦が始まる確率が高まっているとまで言って読者を脅す。地政学的に、北朝鮮、ロシア、パキスタン、中東、サヘル地域とアフリカ、イスラーム国、が指摘される。さらに特記すべきは、「大勢の人々が命を落とすまで治療法のわからない新型ウイルスが発生」する可能性も指摘されていることだ(残念ながら深堀りされていないので、これをもってコロナを予言したというのは言い過ぎだろう)。

    いずれにせよ「危機が迫っていると自覚することが絶対に必要だ。そうした自覚こそが、危機を回避するための唯一の方法なのだ」という。
    そして、そうした自覚が「自分たちの憤懣を怒りではなく、利他主義へと誘導」し、「協力は競争より価値があり、人類は一つであることを理解する」ことが重要で、「人類の倫理と政治組織を高度な次元に移行すべきだという自覚が、われわれの中に芽生えてくる」のを期待する。

    アタリにとっては、それはあるレベルにおいては、個人の生命よりも価値を与えられるべきだという。「われわれは自分自身の生命に最大限の意義を与えて死を拒否する。だが例外がある。きわめて大切な価値観が危機にさらされている場合だ。すなわち、それは次世代の暮らしに関する価値観である」という。

    「「自分自身ができるかぎり高貴な生活を送りながら世界を救う」
    この奇妙な文句は、自己と他者の利益の見事な一致であり、いかなる時代であっても、どれほど大きな危機に直面しても、適用可能な革新的な寸言である」

    と書くとき、その言葉の底に流れる論理には、どこかそれはカント的な相貌を見ることができるのではないか。アタリがそれを意識しているのかどうかはわからないが(意識しているのではないかとも思っているが)、倫理を突き詰めると、いつもカントに戻ってくるような気がする。

    最後に、アタリが挙げる10の箴言をまとめて並べてみよう。
    1. 自分の死は不可避だと自覚せよ
    2. 自己を尊重し、自分自身のことを真剣に考えろ
    3. 変わらない自分をみつけろ
    4. 他者が行おうとすること、そして世界の行方について、絶えず熟考しながら自分自身の意見をまとめろ
    5. 自分の幸福は他者の幸福に依存していることを自覚せよ
    6. 複数の人生を同時かつ継続的に送る準備をせよ
    7. 危機、脅威、落胆、批判、失敗に対する抵抗力をつけろ
    8. 不可能なことはないと思え
    9. 実行に移す
    10. 最後に、世界のためにも行動する準備をせよ

    さらにアタリが挙げる10個の提案も並べてみる。
    1. 学校や法律の教科書など、いたるところに、利他主義、寛容な精神、誠実さを養うための学習を取り入れろ
    2. 国連総会のもとに次の三つの機関を設立せよ(組織改正された安全保障理事会、三十歳未満をメンバーとする次世代議会、世界環境裁判所)
    3. 世界的な紛争が勃発するリスクと闘え
    4. 法の支配と暴力を抑制する合法的な手段を強化せよ。とくに、女性や子供に対する暴力を撲滅するのだ
    5. 世界経済の連携を組織せよ
    6. 世界通貨を導入せよ (万国共通のベーシックインカムの保障のため)
    7. 小規模の農地を守るために、農地に関する所有権を世界的に強化せよ
    8. 積極的な経済を推進するための世界的な基金を創設せよ
    9. 新たな技術進歩を世界中の人々が利用できるように支援せよ
    10. 最後に、今までに述べたことに対する取り組みの進行状況を、企業、都市、地域、国、世界という単位で、客観的な指標を用いて計測せよ

    そして、最後にフランスが国家として行うべき行動計画を提案する。

    これらの結論として言いたいことを一言で表すとすれば、「情けは人のためならず」ということかもしれない。大枠として、きれいごとが過ぎるのと、グローバル資本主義がもたらし、かつ今後ももたらすであろう貢献に対する批判としてはやや不公平にも感じる。しかし、本書の刊行から5年を過ぎてSDGsの観念と行動がここまで普及したのは、こういったアタリ的な人びとによる提言がバックグラウンドにもあるのかもしれない。

    不思議なことに、2016年10月に出版された本書は、その1ヶ月後にドナルド・トランプがアメリカ大統領になる可能性についてはおくびも出さない。"トランプ"という言葉にさえ、この本の中では一言も触れられていない。2016年の時点で世界でもっとも影響を与える単独のイベントはトランプの大統領就任を置いて他にはない。また、本書で掲げる利他主義にあからさまに反する人物であることもそのころから表面的には少なくとも明らかだ。そう考えると、いくら経験を積み、知識と情報を集めたとしてもすぐ先の未来さえも見通して当てることは難しいということなのかもしれない。むろんそれは、ジャック・アタリ個人の非ではない。逆にわれわれがそういった限界の認識を得ること自体が重要だと言えるのである。

    ちなみに副題の「不確実な世の中をサバイブせよ!」は余計で、ミスリードするところだ。サバイブと書くと、まるで個人が競争して生き残ることを想像させる。アタリが言いたいことはまったく逆で、人類や次世代、もっと広くいうと地球環境が生き続けるために利他の心でもって行動するべきだと言っているのである。どうして邦題はこうも頓珍漢なものが付けられることが多いのだろうか。

    ひとつひとつの主張には違和感を感じるところも多かったが、フランス政府やEUには直接的に影響力をもつ人がどういうことを考えているのかということを知るということでは読んでおくべき一冊かもしれない。同じ意味で秋に出版された『命の経済――パンデミック後、新しい世界が始まる』もトランプとコロナを経てそれがどう変わっているのか(変わっていないのか)を知るためにも目を通すべきなのかもしれない。

  • 《アタリはアタる》

    というのが、以前から私がなんとなく感じていたことだった。
    以前に読んだ本には、近い将来世界的なパンデミックが起こるとあったが(『危機とサバイバル』)、すでに新型ウィルスが世界を席巻したのは周知の事実である。

    そんなこともあり、2030年まであと10年となった今、ジャック・アタリはこれからの10年をどのように見るだろうかというのは興味のあるところであった。

    本書の後半へ読み進むにつれて暗雲垂れ込め、第三章に至って愕然とした。
    えええええ!!!、、、世界はそんなことになっちゃうの!?
    という話が次々出てきて圧倒されたからだ。にわかに信じがたいストーリーを前に、こんなものは空想に過ぎぬ、未来はわからないから未来なのだと一掃することはできるだろう。だが、仮に、金と利権と権力にしか興味のない人々が、自分たちのために世界を動かしているのだとすれば、こういう破滅的な世界が遠からず来ることは予測できなくもないなとも思う。

    アタリは、こうした危機に抗う方法として、《利他》の精神を説く。《利他》の精神そのものは素晴らしいと思うし、本当に全世界の人々が覚醒し、利他行に本気で勤めれば危機は回避できるだろう。しかし、この予測される圧倒的な現実の中で、《利他》がどれほどの力を持つか、私にはよくわからない。

    今後もときどきページを繰りたい一冊である。

  • この本は、
    #FACTFULNESS
    の上をいくかも

    学べば学ぶほどグローバル経済も民主主義も今のままじゃやばいってなるけど

    結局は個人が変わるしかなくて、そのカギは利他主義だ、という本

    日本の今の政治家には無理や
    仏にはアタリに諮問する政策委員会があるのか…凄いな

  • 資本主義と民主主義の崩壊は脳裏に焼き付いた。

    • nobnobitaさん
      戦争の匂いを敏感に捉えている本だと思いました。
      貧富について中流階層の人々が束になって激怒する可能性において既にヨーロッパは現実味を帯びてる...
      戦争の匂いを敏感に捉えている本だと思いました。
      貧富について中流階層の人々が束になって激怒する可能性において既にヨーロッパは現実味を帯びてる気がしていて、その流れが世界中に広がると大きな戦争になってしまう予見は勉強になりました。
      2019/08/29
  • 利他主義の定義が日本ではややこしいことになってきた(中島岳志の参入で)ので、アタリのいう「合理的利他主義」をきちんと知っておこうと本書を購入。少し前の出版なので書店で探した。

    斎藤幸平の「人新生の資本論」を読んでからというもの、気候変動がそこまで深刻なのか、社会の仕組み自体を変革しなければいけないのか、と、近未来を予想した本を何冊か立て続けに読んだ。
    ここに書かれているものとほぼ変わらない。というか、2016年にフランスで出版され、しかもアタリの著書なので、これが元本といっていいのかもしれない。

    で、希望は無い。
    しかも、2016年に書かれた予想が、ことごとく当たっていることもまた、希望を打ち砕く。

    この本の白眉は、最終章に、じゃあ、どう行動すればいいのかを書いてくれていること。
    あんまり直截的で、重みがないように見えるのに(笑)そこが、利他主義者なのだなあ。こういうところ、私は好きです。

    そして、やはり、合理的利他主義を唱えている。次の世代のために何かできることに喜びを感じよと。

    さらに、「飲料水、医療サービス、エネルギー、住居、教育、情報などの技術進歩を、誰もが利用できる」ように支援せよ、のくだりで、地球の危機を知る人は、結果として、同じところに到達するのだなと、感動のようなものを感じた。
    「コモン」の共有は、避けて通れない世界の課題なのだ。
    資本主義がどのように悲惨な最期を遂げるのかわからないが、地球上に人間が生きのびていたのなら、新たな社会は、「コモン」を共有し、平等に生きていくしかないってことだ。

    斎藤幸平もジャック・アタリも、自分たちが生きてはいないだろう先の世界について、考え、発言している。
    どこぞの国の、自分の票田を守ることしか考えてない政治家とは大違いなのだ。

    ジャック・アタリは朝日新聞の世界会議という企画でも登場し発言していたし、処方箋を書いてくれているこの本は貴重だ。文庫版で出版してもよいのではないだろうか?

  • 2030年の未来予測はだいたい恐怖でしかない、この本も恐怖感がすごかった。
    2021年に読んでいるからこそ、鳥肌が立つことも。
    こんな未来きてほしくないけどどうしたらいいんだろ・・・

  • 2021年でみても当たっている点多数

  • 2030年という近未来に起こることを悲観的な事実を並べたて恐怖心を煽られていると感じるが、これくらいでちょうどいい。
    これらの事実を直視し問題を先送りせずに必ず訪れる悲観的な近未来に対し自分は今何をするべきか?
    しっかり考えたい。

  • 2021年45冊目。満足度★★★☆☆ 2015年時点で15年後の2030年の世界を複眼的に予測。最悪の事態を予測することこそが、最悪を回避する最善の策であると説く。期待して読んだが、深みに欠けた。

  • アタリ氏による、未来の技術からくる世界予想と、それに伴う人間の思想、怒りのり原因、対処法、
    今後の考え方と行動。

    一言で言うと。
    1.世界は技術進歩により様々な変化がおこる。それは必ずしもプラス面だけではなく、マイナス面もある。

    2.そのマイナス面を、どう乗り越えていくか、それは利他であり、自分のやりたいことに傾注することだ。

    3.そうした愛情が、世界を良くする。
    是非取り組みされたし。

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著者プロフィール

ジャック・アタリ(Jaques Attali)
1943年アルジェリア生まれ。パリ理工科学校を卒業、1981年大統領特別顧問、1991年欧州復興開発銀行初代総裁。1998年に発展途上国支援のNPOを創設。邦訳著書に『アンチ・エコノミクス』『ノイズ』『カニバリスムの秩序』『21世紀の歴史』『1492 西欧文明の世界支配』など多数。

「2022年 『時間の歴史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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