冬のデナリ (福音館文庫 ノンフィクション)

著者 :
  • 福音館書店
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (455ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784834005851

作品紹介・あらすじ

大学を中退した米国人ヒッピーと日本人の若者が出会い、大きな夢に向かって歩きはじめた。真冬のアラスカ。零下50度。風速50m。高度六千m。暴風雪…。厳冬期マッキンレー初登頂をめぐる感動のドラマを描く。(N-7)

感想・レビュー・書評

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  • 1960年代、まだ高峰登攀が個人の楽しみではなかった頃、環境の厳しさゆえに誰も挑戦しなかった「冬の」デナリに、日本人一名を含む多国籍メンバー八名が登ったその一部始終を振り返るノンフィクション。
    現在よりも数倍厳しい設備状況の中、冒険心だけが豊かだったメンバーの冬デナリ登攀は予想以上に厳しく、パーティーであるがゆえの人間模様や必要な精神力、下山の一部始終をグループごとに描く後半等々、迫力十分でした。
    全編を通じて優しい語り口なのは児童書だからというよりも教師であった西前氏の人間性の現れであるように思えます。

  • 導入部分がちょっと退屈だったけど、それ以降はすごく面白かった

  • 児童書だけど深い。冬山は登らないけど夢があって憧れる。
    ロマンがあるなあ…

  • アラスカにあるアメリカ大陸最高峰の山,
    デナリ,
    別名,マッキンリー。
    雪と氷,ブリザートと呼ばれる強風。
    特に,冬には恐ろしい気候になり,人間も動物も寄せ付けない。

  • 資料番号:020115820
    請求記号:295ニ

  • 最初はなかなか進まなかったけれと、冬のデナリに挑戦するあたりから、夢中になって読んでしまった。人も死ぬ。山は寒い。

  • 作者が登場人物にいないからフィクションだったのかと思いきや実話だったりして、後日談で思わず目頭を押さえる。

  • 山ヤなら誰でも唄える不朽の名曲「いつかある日」の作曲者の西前さん、やっぱり「もしかある日」だよね。
    ロマンチストの西前さんの若き日の記録に乾杯!

  • 黒部などを舞台とした作品です。

  • 「デナリ」とは、北米大陸最高峰のマッキンレーの現地名なのだそうです。冒険家の植村直己氏が遭難死した山としてマッキンレーは有名ですが、デナリという名前のほうが親しまれ、政治的にも正しい言い方だということを本書を読んで初めて知りました。

    植村氏が遭難死したのは1984年の冬のことですが、本書の著者・西前四郎氏は、それを遡ること17年前の1967年に、世界で初めて「冬のデナリ」の登頂に挑戦した登山隊の中心メンバーでした。

    冬のデナリ。それは零下50度で、風速50mのブリザードが吹き荒れる過酷な世界です。著者達の前には誰一人冬のデナリに登ろうと考える人はいませんでした。当時、冬のデナリは人間にとって全くの未知の世界であり、足を踏み入れてはいけない世界だったのです。

    実際、それは想像以上の世界でした。8人いたパーティのうちの1人をクレバス事故で早々に亡くした後、ブリザードのせいで、パーティは3つに分断。2人は救援を求めるために下山に成功しますが、著者を含めた5人がブリザードに閉じこめられます。

    最終的には生還できた著者にとって、冬のデナリは語り得ぬ体験となりました。参加したことを誇りにしながらも、一方で、嘆き、悲しみ、怒り、屈辱などの記憶の中にある感情の澱を扱いかねていたと著者は書きます。いつかは書きたいと思いながらも、書けるようになるまで30年の歳月を費やし、しかも自らを「四郎」ではなく「次郎」という第三者に仮託しないと書けないほどに、気持ちの整理に時間と努力を費やす体験だったのです。

    冬のデナリは、一瞬の判断が生死を分ける世界でした。妥協は許されません。責任感の強い著者は、そこで起きたことの原因を自らの判断ミスと弱さゆえの妥協に求め、30年間、そのことを悔やみ、責め続けたのでしょう。

    登山後、パーティのメンバーは共に会うことはなかったそうです。しかし、本書の執筆のために、昔のメンバー達を訪ね歩いた著者は、冬のデナリの体験が「仲間たちの生活のスタイルを決め、生きる喜びの源になり、その生に青春の輝きをあたえつづけていた」ということを知り、初めて自らを赦すことができたのです。友の言葉に著者の魂が救われる場面は、涙なしに読むことはできません。

    著者は、本書の執筆を終えた直後、61歳の若さで急逝します。会うことのできなかった仲間達と再会し、語り得なかったものを語ることで、ようやく肩の荷を下ろすことができた。そう思わせられる最期に、著者が背負い続けてきたものの重さを痛感させられます。

    知られざる名冒険家の30年間の重みがつまった、文句なしの名著です。「結果から逆算するな」「望みをかけるのではなく、可能性を計算する」等、著者が山で生き抜くための教訓としてきた言葉の一つ一つも、深く胸にしみます。是非、読んでみてください。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    <今できることは、こうやって一歩ずつ前に進むことだ>
    <結果がどうなるか、思いわずらうのは、今ではない。後でいい>
    「結果から逆算するな」―高校教師だった次郎が生徒たちに口をすっぱくして言い続けたことばだ。

    「やってみなくてもわかっていると思ってる。そこなんだ。そうやって、結局、人は何もしないうちに、年をとり、老いこんでしまうのさ」

    冬のアラスカの山々は、地球上に残された未体験地帯の一つと言えるのではないか。アーサーはそう思いはじめていた。「冬のデナリ峰」。北緯六十三度、ほとんど北極圏と言ってもいい。
    何千年、何万年もの間、北米大陸の屋根、六一九四メートルの高所に、冬の嵐は吹き荒れてきた。冬の日射しは谷や尾根をほのかに照らしてきた。だれ一人として、それを見た者はいないのだ。

    「不可能だと言われているから、やってみようとしているんだろう。不確かだからこそ試してみる値打ちがあるんだよ」

    心のゆとりと笑い、それは食糧や燃料におとらずだいじなものだ。(…)氷河に囲まれた山の寒々とした風景。自分たちのキャンプ生活のみじめさを軽く笑いとばすことができなくなったら、その登山隊はもうおしまいだ。嵐に閉じこめられて憂鬱になった時、ルートの難しさにおじけづいた時、人は思いがけない変貌をみせる。ささいなことで口論がはじまり、対立の火が噴き出す。隊に亀裂が走る。人間の弱さを自覚させられるのはそんな時だ。

    「いろんな可能性が残っているじゃないか。明日になれば何かわかるさ。可能性のひとつひとつをそのどんづまりまで試してみるだけだよ」

    デナリ峰もハンター峰もどの峰々もさまざまな色調のバラ色と金色と銀白の輝きにいろどられた。雲がちぎれると、幾丈もの陽の光が躍り出る。そのたびに、空が避けたかと見えた。学者のジョンが起きてきて嘆声をあがて。
    「すごいなあ。天地創造ってこれだよ。こんな惑星にぼくたちは生きて住んでいるんだ。ほんとになあ!」

    「人は自分の行く先が初めっから見えていて歩きだすわけじゃないだろう。歩いているうちに目当てになるものが見えてきて、近づいてみると次が見える。やあ、あの先が目的地だぞって」

    栄光に向かっているのか、破滅に向かっているのか、だれにもわからない。栄光だって?ただ長い長い忍従と苦難の道のりに一日も早く終止符を打ちたいだけかもしれない。登頂しようと決めた自分たちの誓いに縛られているだけかもしれない。喜びはどこにいったのだろう。

    リード役というのは自分のペースに自信がもてないと、後ろから追い立てられているような気分になる。そしてだんだんペースが速くなり、後に続く者は遅れまいと必至に追いかける結果になる。あげくのはてに、パーティ全員がオーバーペースでつぶれてしまうのだ。

    「成否を分けるのは体力や度胸だけではない、慎重さと忍耐強さだ」

    事態はジローのあらゆる予測を越えている。戦術の失敗だとジローは自分を強く責めた。どこかで動き方をまちがえたのだ。どこだろう。

    「謙虚な気持ちになったんだ。風が意地悪で吹いているわけじゃないと悟った時、うじ虫みたいなぼくらが生きのびようってやってることが、すごいことなんだと」

    性こりもなく「期待」する自分をもてあました。何か思いがけない幸運が天から降ってきて、すべてがうまくいくんじゃないかと期待すること、「希望」ということばがそんな内容しかないのなら、もういいかげんにそのことばは忘れたほうがいい。不確かな場面に出あった時、希望と言わずに可能性と言ったのはジローだった。
    「…いや、望みをかけることはしないんだ。可能性を計算するのさ。幸運に恵まれるかもしれないけど、同時に自分がルートを切りひらく力を、どのくらいもっているか試していくってわけ」
    不確かな未来に希望や不安ではなくて、可能性を見ることを教えてくれた。

    「やることは一つだけさ。どんな可能性があるか一つ一つ、とことんまで試してみる。あきらめないんだ。動くんだ、最後まで」

    一瞬のゆるみも許されない。緊張に耐えて足を踏みだし、立ち止まり、時間を刻み、一時間がすぎる。だれの命もそうした三秒、五秒の積み重ねですぎていくのだが…。

    山に入ると自分のことが好ましく感じられる。胸は自信と矜持に満たされる。
    わたしは孤独で白一色の世界にすわりこむ。隔離ヒステリーになるどころか、精神は生き生きとし、日常生活のちょっとしたこと――人の微笑とか、飼犬のしぐさとか――がどんなに尊いものか、しみじみと思い出される。
    そして人生が好きになる。

    「年じゃないんだよ。新境地を拓きに行くという気持ちをもつかぎり、青春はいつもそこにあるんだから」

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    ●[2]編集後記

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    あっと言う間の12月で、今年ももう残すところわずかとなりました。

    今年は喪中なので、喪中ハガキを出さないといけないのですが、気づいたらもう12月。まずい。早く書かなくてはと焦っています。

    最近、喪中ハガキを頂くことが多くなった気がします。そういう年齢なのでしょう。一番多いのは祖父母という方ですが、父母という方もいらっしゃいます。中には、息子さんを亡くされたなんて方もいて、言葉を失ってしまいました。

    亡くなった方の年齢を見ると、80代後半か70代前半が多いようです。母が亡くなったのが72歳。今年亡くなった妻方の祖母は89歳でしたが、周りを見渡しても、同じようなパターンが多いように思うのは、気のせいでしょうか。どうも、日本の平均寿命を押し上げているのは、明治大正から昭和初期生まれの人達で、昭和二桁世代以降は、そんなに長生きではないような気がしています。その原因を食の変化や化学物質に求める人もいますが、真偽のほどはわかりません。

    自分はまだ死なないと思っているけれど、それには全く何の根拠もありません。今年は自分の周囲で40代の突然死が続きました。一人は学生時代に縁のあった方で、20年ぶりの再会を喜んだ直後でした。

    雪山と違って、一瞬一瞬が生死を分けるような世界ではないのかもしれないけれど、本当は、いつクレバスを踏み抜くか、いつ突風に煽られて滑落するかわからないのが人生なのでしょう。いつも緊張しては生きていけないけれど、いつ死んでも悔いのないように、一瞬一瞬の判断と行動を大切に生きたいものです。

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著者プロフィール

西前四郎

「2004年 『冬のデナリ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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