皿洗いするの、どっち? 目指せ、家庭内男女平等!

著者 :
  • マガジンハウス
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784838729098

作品紹介・あらすじ

結婚って、超ハッピー?
それとも、地獄?
男と女の果てなき心理戦を痛快レポート!

アラサー期に恋愛モードを迎え、
「同棲→結婚」のパターンをたどった
人気女子作家の超個人的実況レポートで
男と女の真実がまるわかり!

・男がいると家事は3倍?
・男手問題は同棲で解決する?
・猫と暮らす女の弱点は?
・女が本当に欲しいものは?
・「男は大型犬」説の真実とは?
・・・etc.

婚前男女の9割が気づかない
男の実態、女の言い分が満載。
結婚を考える女子必読!
既婚女子には共感指数MAX!

感想・レビュー・書評

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  • 同棲から結婚、日々の暮らしのなかで生まれる小さな軋轢などについて書かれたエッセイ。
    積み重なったストレスから喧嘩することもあるけれど、お互いへのリスペクトというか、愛情みたいなものを感じることができた。素敵な夫婦。

    ”人間の行き方を男らしさ女らしさの型にはめて制約するのはもうやめにして、個人の向き不向きに素直になったほうがきっとみんな幸せにいきられる”(P176の山内さんのパートナーのいいぶんより引用)

    一緒に生活すると、どうしても相手の嫌な部分も見えてしまうし、その逆もまた然り。どうしたって小さなストレスは生じてしまう。それを相手だけのせいにするのもちがうし、自分が背負い込むのもいい判断ではない。
    問題についてパートナーと一緒に考えることが重要。そういうのが誰かと暮らす意味になるのかな。

  • 山内マリコさん作品8

    分かるー!と思いながらさくさく読んでしまっている。
    各章の最後に「男のいいぶん」として彼氏さんからの
    いいぶんが載っているのが良い。

    ピノのアソートのアーモンド、
    わたしも残しがち。

    図書館で借りて読んだけれど
    どの部分も記録しておきたいくらい
    良かったので本屋さんで買おうかな

  • 結婚に至った状況と結婚後の生活で男女平等を目指して奮闘する記録。夫のコラムが載っているので、一方からでなく双方向から眺められる。

  • 国立女性教育会館 女性教育情報センターOPACへ→
    https://winet2.nwec.go.jp/bunken/opac_link/bibid/BB11397958

  • おもしろかった〜!ただの男女差論ではなく、マリちゃん家でおこる男女のあれこれをエッセイ風にしてくれているところが秀逸。どんどん読み進めてしまった!面白いし、共感の嵐の一冊でした。

    p.37 私の手肌は皿洗いであれ、最近はもっぱらハンドクリームの人工的な花の香りで、どうにか乙女成分を補給し、渇いた心を慰めております。

    p.54 夏帆、田辺聖子先生の小説の中に、こんな1節があります。

    不機嫌と言うのは、男と女が朝に住んでいる場合、1つきりしかない椅子なのよ。

    つまり、どっちかが不機嫌になったら、もう1歩が不機嫌になる権利がなくなってしまうと言うこと。これはどうせ&結婚の、基本ルールと言えましょう。


    p.56 電車移動が基本の東京暮らしはマジで体力勝負。出かけた。ついでにデパ地下で惣菜でも買って帰ろうと思っても、その時点でぐったり疲れているので、あの洗浄(夕方のデパ地下)に立ち寄る気力も体力もなく、腹を空かせたまますごすごと家に帰った事は数しれず。車がないので、近所のスーパーに自転車で行くのですが、荷物でいっぱいの重いエコバックを自転車のカゴに入れるとき、必ずまごつく、あの瞬間も嫌。ハンドルが「がくん!」となって、その拍子に自転車ごとバランスを崩して倒れそうになるたび、私の心は小さく死んでいきます。

    p.78 しかし、世話する側もされる側も、これに慣れるのは危険だと思うものです。誰かに身の回りのことを任せきりにすることも、誰かの世話を生きがいにすることも同等に危うい。各々が自立し、自分の幸せを追求するのがやっぱりベストだし、健康的だと思うわけです。

    p.90 男の空間支配力は、リモコン支配力と同義である

    出掛けに「今日遅くなるから」と彼氏が言えば、それは午後11時なんかじゃなく、朝4時49日の朝11時の帰宅を指します。直樹に振り回される大変気の毒な話です…が、内心にやけ顔が止まらない。骨の髄まで文化系な私は、読みたい本は山積み。観たい映画でHDDレコーダーはパンク寸前。1人で過ごす。夜は淋しいどころか、忙しくて時間が足りない位なのです。だから「遅くなる」と言った。割に終電で帰って来られようもんなら、「早いよ」とクレームをつけたよ。せっかくお風呂上がりに全裸で、ベッドに寝そべって本を読みながら進んでいたのに。どうせは同棲で楽しいけど、彼氏の帰宅=至福の1人時間強制終了を意味するのです。別に部屋に彼氏がいる時も、読書や映画鑑賞できるのですが、それは純粋な「1人の時間」とはちょっと違います。なんというか、質が悪い。ちょくちょく話しかけられて中断するし、私もついちょっかいを出したくなって集中できないし。何より「そこに男性がいる」と言うだけで、何か物理的にも心理的にも、部屋の容積が圧迫される。こういう男性特有の「空間支配力」て、一体何なんでしょう。黙ってじっとしているだけなのに、いるだけでほのかな圧が…。彼氏は男性性が限りなく薄く、植物みたいな感じだけど、やっぱり部屋にいるだけで、でかい信楽焼のタヌキが置かれているような、ずっしりした存在感が出ます。そのことに気づいてちょっと研究してみたところ、彼氏の「空間支配力」は、ほぼ「リモコン支配力」と同義であることを発見しました。もちろん、男女が醸す雰囲気の硬軟には、性差はあるものですが、家庭内における空間占有率の正体は、間違いなくリモコンだと思うのです。ちょっと暑いとすぐエアコンつけて、自分の快適な温度の調節する彼氏。私が寒いと言うと、しれっとした顔で、何か掘ればと言ってきます。お前が脱げって話です。快適温度の差は非常にもめる厄介な問題である。そしてもう一つはテレビ。私が手間ひまかけて作ったご飯を食べているのに、リモコンを握ってテレビをザッピングし、自分が見たい番組に帰る。彼氏。ちょっとリモコン権は、ご飯作った人のものがって決めたじゃんといっても、なんやかんやと自分の要求を通して、ゴッドタンとかその手の番組を再生するわけです。私も20代の頃は、お笑い芸人のホモソーシャル前回和法を楽しめたけど、30代すぎるとさすがに下ネタとかきつくて…ソファーでちょっとテレビを見てる時もそう。ニュース見てるのにバラエティに変えられたり、朝ドラ見てたら、後から演出に駆けつける彼氏の木平コメントが聞こえてきたり。あー!うるせーよ。とは、侃々諤々(かんかんがくがく)な小競り合いは毎度の事ですが、その圧がプラスに働く部分もあることに気づきました。

    p.101 まぁ、わかっちゃいたんですがね、こうなること。どうせ前は、週末ごとに、デートと言う名の大潮重ねていたけれど、一緒に住んでいると、そういう改まった、外出をしなくなってしまうものだと。共にデートを楽しも、開いちゃった、彼氏が、いつしか「毎日夕飯を一緒に食べるダチ」みたいな関係になって久しいです。

    p.106 帰省すれば、移動の足はなく、「〇〇に連れてって」と親に懇願する、18歳未満の子供と同じレベルに連絡します。しかし、東京にいる時の私は自由、背中に羽が生えたも同然です。乗換案内とアプリとSuicaさえあれば、どんな場所にも自力で行けます。公共交通機関が発達し、駅前が賑わっている都会はいいなぁと思う反面、大きな不満も。車で一気に運ぶことができないため、日用品の買い物がえらく不便なんです。

    p.135 美輪明宏著 人生ノート
    (離婚した人の多くは「性格の不一致」を理由にあげるけれど)、そのいかに違っているかの部分を、お互いにどこまで妥協していけるかと言う努力をするのが結婚です。結婚とは、努力と忍耐以外の何物でもありません。(中略)、相手に対する妥協、忍耐の毎日、精神的葛藤、これが結婚です。

    p.137 特に何の考えもなく、結婚前の日々を過ごしているのですが、ある時、ふと「私、シングルガールじゃなくなるのか…」と思った途端、猛烈な寂しさに襲われました。「独身」にも「未婚」にも何の未練もないけれど、「シングルガール」でなくなる事は、ものすごく悲しい。魔女の宅急便からSex and the Cityに至るまで、脈々と連なる都会で自立して生きる女の子の系譜。私はあのジャンルを心底愛していて、描かれるすべてのキャラクターに共感し、心の友と思ってきました。だけど、もうすぐは自分はその一員ではなくなってしまう。そう思ったら、悲しゅうて悲しゅうて、今すぐにでも婚姻届を破り捨てたい衝動に駆られました。

    p.138 思えば、どうせ以来、あゆ瞬間はほとんどなくなってしまった。彼氏がいるのは嬉しいし、一緒に住むのは楽しい。一人暮らしの時に比べると、セコムがある側に入った以上の安心感があります。でも、そうやって守られた環境では、心の1部分がどんどん鈍くなっていくのです。一人暮らしのシングル・ガールはいつも戦っている。夜中に襲ってくる孤独感と戦い、どう生きるか迷い、悩み、奮闘している。シングル・ガールは神経をぴんと張って、かすかに緊張しながら生きている。たった1人で世界と対峙している気分にもなる。そういうシングル・ガールたちは皆、崇高である。あー、シングル・ガールがいとおしい!この期に及んで、まだまだシングル・ガールでいたい!

    p.146 私は、同棲からの結婚だったので生活自体に変化は無いけれど、例えば、結婚と同時に、仕事も辞め、実家を出て、いろんなものを切り捨てて新生活を始めるときに、自分の名前まで変わるとなると、アイデンティティーなんて簡単にクラッシュしそう。というか、昔はそうやって名前を書いて、一旦0になることが「嫁」を迎える側にとって都合が良かったんでしょう。結婚制度、よくできてるな!

    p.152 幸福の結婚と言うのは、いつでも離婚できる状態でありながら、離婚したくない状態であるとは、小説家大庭みな子先生の言葉。結婚にまつわる名言の中で、これに勝るものでは無いのではないかと思います。その気になったらいつでも別れられるけど、一緒にいたいから別れない。恋人同士なら当たり前のことも、結婚してしまうと難しいのが現実です。なぜなら、金が絡んでくるから。子供のためにわからないと言うケースはさておき、女性の場合、結構に降り切れない理由で1番多いのは、やはり経済的な部分。そもそも女の人は結婚前は父親に、結婚してから夫に養われる存在とされてきた時代の名残でか、給料が安く設定されています。だから、そのいずれの扶養からもう売れてしまったら、金庫まっしぐらと言うケースも少なくない。世の中の仕組みからした女性が自立して、1人で生きていくことが難しくされているから、いくら「もうこんな男と暮らすなんて嫌」と思っても、簡単には離婚できないようになっているわけで。あー、なんて恐ろしいトラップ…。

    p.168 ところが、「夫は〇〇だと思え」界にさっそうと現れた「大型犬」説は、とてもチャーミングで、非常にしっくりきました。別に365日、夫をでかい犬と思って過ごすわけじゃなくて、心の底から「こいつほんと役に立たねぇなぁ」と思ったときにだけ、夫を大型犬にすり替えて、自分の怒りを沈めるのは、ナイスアイディアかと。今井遠回しにいましたが、結婚してまだ2ヶ月。夫が役立たずである事は、もはや隠しようもありません。

    p.205 夫の言い分
    一方で、先に起きて、妻が本当に多忙で疲れた様子で眠っていると、僕の中にむくむくと試合が湧いてくることがあります。そんなときには、自分でも驚くほどてきぱきと洗濯物を回し、皿を洗い、ルンバをかけ、洗濯物を干して、「起きてきたらさぞ喜ぶだろう」とほくそ笑むのです。いつもこうやって試合に満ちた、薄墨で描かれたお地蔵さんイラストのような心持ちで居られたらいいのになと思いつつも、本当は珍しく、早起きした自分に酔っているだけだと言う部分も大きいし、家事してるアピールをして、できれば音降りたいのです。広い世間には、配偶者に対して、本当に無償の愛を捧げる人間と言うのもいるでしょう。でも、うちは2人ともそうじゃないし、お互いにそれを知っているから、こうやって家庭内マウンティングを作り替えて何とかやっていくしかないのでしょう。その中にはいずれ成長もあるかもしれないしないかもしれない。

  • 漠然と結婚はしなくていいかなぁと思ってたけどこれ読んだら「なんか結婚って面白そうだな…」に変わった笑
    世間に蔓延ってる恋愛→結婚→出産してこそ、みたいな風潮は山内マリコさんの作品ではぶった切られてて好きだけど、これは彼女が色んなことに振り回されて得た知見なんだなのかもなぁ。

  • じゃあなんでこの本を手に取ったのかという話になるけど主語が大きいのはなんだか嫌だな。

    夫の言い分があったのが救いだけどもう少しページが欲しかった。特にフェミニズムとミサンドリー(男性嫌悪)は別ものだけど気しばしば境界線が危うくなるという主張はそりゃそうだよなと思った。
    社会的怒りが混同され理不尽な個人攻撃を受ける件は読んでいて辛さが伝わってくる。具体的な話はないけど胃が痛くなりそう。

    山内さんは思ってたより社会的な価値観に呑まれたり世間の目を気にしたりする人なのが少し意外だった。特にいいホテルでのディナー会場がカップルだらけだった話でそんなこと気にするのか〜と思ってしまった。

    読んでいてこだわりが強かったりこうあるべき論が強いと辛いんだなと実感する。

  • 2022.11.06
    すべて共感!という訳ではなかったのですが、逆に旦那さん側の意見だな〜、など、第三者目線で読めるのが面白かったです。

  • 2013年のジェンダー観ということを頭に。山内マリコさんの自家中毒感はとてもすき

  • 求めるものが多すぎるような気もする。共感することも沢山ありました!

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著者プロフィール

山内マリコ(やまうち・まりこ):1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。2008年「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、12年『ここは退屈迎えに来て』でデビュー。主な著書に、『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ小説ユーミン』などがある。『買い物とわたし お伊勢丹より愛をこめて』『山内マリコの美術館はひとりで行く派展』『The Young Women’s Handbook~女の子、どう生きる?~』など、エッセイも多く執筆。

「2024年 『結婚とわたし』 で使われていた紹介文から引用しています。」

山内マリコの作品

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