文学が好き

  • 旬報社 (2001年4月24日発売)
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  • 本 ・本
  • / ISBN・EAN: 9784845106929

感想・レビュー・書評

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  • 文章を書いているとき、表したいことがらにふさわしい言葉が見あたらない。そんなことは誰にもあるだろう。私なら、自分が言葉を知らないからだと思い、くやしいがそれ以上は踏み込まない。著者は詩人である。表したいことがらにぴったりの言葉がないことにこだわってしまうのも当然かもしれない。たとえば、批評の「批」は「うつ」(なぐる、せめる)が原義だそうだが、詩人はもう少し柔らかみのある漢字がもう一つあると、自分の求めるニュアンスに近づくという。なるほど、と思う。

    しかし、そんな詩人が、同業者である詩人についてコメントするときは、かなり「批」に近い言葉遣いになる。茨木のり子の詩集『倚りかからず』は、刊行当時新聞等に盛んに取り上げられたのを覚えている。表題となった詩を一読し、痩せて強張ったうるおいのない詩だと感じたのだったが、著者は「いい詩集」であるという。どこが「いい詩集」なのか、誤解のないように次に原文を引く。

    読めばすぐに意味が伝わり、たちどころに「倫理的な効果」をあげてしまう自分の詩のしくみに、著者は「倚りかか」ろうとする。だから読み終えたときに奇妙な味わいが残る。(中略)傷がないので、きれいだ。まっすぐだ。「いい詩集」である。著者はこの「いい詩集」からこれからも脱却することはないだろう。なぜならこの詩人は社会に文句をつけても、自分とたたかうことはしないのだから。この倫理的な閉塞感がこの詩集の個性である。(いつまでも「いい詩集」)

    ここだけ引くといかにも辛辣だが、この文章の前に著者は詩の持つ良さをいくつも述べている。曰く「わかりやすく厳正な日本語、ふくよかなユーモア」と。それだけに後半の「批」がなおいっそうの力を持つ。

    ちなみに著者は別の章で、書き方、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してくれている。それによると、詩については、「自分の中にある『権力』をゼロにする。言葉をも追い払う気持ちで書き、死後に託す。生きている人の評価に耳を貸してはならない」ということになる。なるほど、とあらためて思う。では、評論の場合はどうか。「誰もが考えもしない視点を持ち出し、『問い』を突き出す」と書いている。書くときの著者の姿勢は一貫している。

    文体は簡潔にして明瞭。文が短いのに、スピードを感じさせない。句点と句点の間に思考がゆっくりと流れていくような気配が伝わってくる。同じ詩人である長田弘氏の文章に似た、じっくり読みたくなる気持ちにさせる何かがある。それは「書くときの気持ち」だと思う。文章の中にではなく、背後に、確かにそれがある。手元に置いておき、折にふれて読んでみたい、そんな本である。

  • 引き続き荒川洋治。文学を語りだすと、いいね、この人。と思う。この人の文章、語り口、とても好き。真っ直ぐで、ちょっとやんちゃな感じが。物事の本質をわかっている。いい本。僕はこの人を信頼することにした。この人は言葉の重みを、文学の重みをわかっている。(07/4/26)

  • 烏兎の庭 第一部 書評 6.12.03
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto01/yoko/bungakuy.html

  • 一年一冊百年百篇。六冊しか読んでなかった。

  • いつも すき トウ・エンメイ
    ぶんがくの たかく ゆかしき
    いぶかしや イ・オウブツ
    うたごころ きよく のどやか
    ——白楽天「ジンヨウの たかどのにて」(武部利男訳)

    ぶんがくの たかく ゆかしき
    という一節に、吸い寄せられる。この時代も、そして、このあとも、文学は人間の精神生活をうるおした。
    ・・・
    言葉も書物も変わった。・・・
    ああもはや文学など存在しないのだ。だから文学に生きる人への愛とあこがれをしるす「いつも すき トウ・エンメイ」というような言葉も遠い遠い、昔のものだ。
    でもぼくは文学が好きだ。こんなことをいうのは、ちょっと恥ずかしいけれど、こんな時代だからこそ、打ち明けてみたくなった。
    みなさん、ごめんなさい。ぼくはとても、文学が好きです。

    荒川さんのこのくだりを読んだ時私は、久しぶりに誰かの書く文章に感銘をうけ、夢中になってページをめくりました。

    私はこの夏を、荒川さんに捧げたいと思った。
    仕事を投げ出して、急いで大学生協に別の評論を買いに。人を動かす力を秘めた本です。

    ぜひ再刊してほしい。


    P26
    この柔らかさは支配的、基礎的な表情であって、それも顔ばかりでなく、心全体の表情であった。——ゴンチャロフ「オブローモフ」

    実は蒲団のなかで、オブローモフは、新しい「農地経営」のありかたを考えていた。戦争についても思考をめぐらし、世界を変えるための「新しい十字軍」の編成まで楽しく空想した。子どものような、かわいい目を、くりくりさせて。でもどんなすばらしい考えが生まれても、未来の自分の姿が見えても、それは蒲団のなか。ああ眠い。寝よう!

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著者プロフィール

荒川洋治
一九四九 (昭和二四) 年、福井県生まれ。現代詩作家。早稲田大学第一文学部文芸科を卒業。七五年の詩集『水駅』でH氏賞を受賞。『渡世』で高見順賞、『空中の茱萸』で読売文学賞、『心理』で萩原朔太郎賞、『北山十八間戸』で鮎川信夫賞、評論集『文芸時評という感想』で小林秀雄賞、『過去をもつ人』で毎日出版文化賞書評賞を受賞。エッセイ集に『文学は実学である』など。二〇〇五年、新潮創刊一〇〇周年記念『名短篇』の編集長をつとめた。一七年より、川端康成文学賞選考委員。一九年、恩賜賞・日本芸術院賞を受賞。日本芸術院会員。

「2023年 『文庫の読書』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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