演技のインターレッスン―映像ディレクターの俳優指導術

制作 : Judith Weston  吉田 俊太郎 
  • フィルムアート社
4.25
  • (6)
  • (3)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 29
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (366ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784845902378

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 映画の演出についての本だが、小説創作にも役立つ。登場人物をどのように描写するか。小説家は脚本家と俳優と監督の仕事を全て一人で請け負うと言われる。登場人物の病者方法については、小説家が書いた小説技術本を読むよりも、演出家が書いた本を読んだ方が発見多数だろう。

    リザルト演出の悪例
    ・俳優が感情を「出そう」と試みれば、不自然に見える。どのように感じるかを自分で決めて感じている人はいない。監督から指示された感情を出してみようと試みたその瞬間から、その俳優は登場人物ではなく、俳優その人でしかなくなってしまう。
    ・演技可能な指示とは選択可能な指示である。感情というものは選択することが不可能な領域にある。
    ・感情を演出しようとしてもできない。キャラクターが何を必要としていて、何を欲しているか、目的と意図に基づいた演出はできる。

    形容詞
    ・形容詞は主観的であり、説明的なため、コミュニケーションの道具として理想的ではない
    ・形容詞は視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚で感じる根本的経験そのものではない。事実を一般化、要約する。監督は俳優たちに根本的な経験そのものを使って表現しなければならない。
    ・監督が俳優に「もっとセクシーにやってくれ」と言った時、俳優がすでにセクシーにやっているつもりだったらどうなるか。俳優は「セクシーさが足りないんだ」と自信を失うか、「監督はセクシーさをわからないんだ」と考えるかのどちらかである。
    ・よい演出、つまり演技可能な演出とは、俳優の態度を呼び起こすものであり、消極的というよりはアクティブでダイナミック、知的というよりは感覚的、一般的というよりは客観的で具体的なもの。形容詞や副詞より、動詞、事実、イメージ、出来事、身体の動きを使う。

    動詞
    ・人間は自分でどう感じるか選ぶことはできないが、どう行動するかは選ぶことができる。だからこそ動詞は、演技可能な選択である。
    ・観客が興味を持って見るのは、キャラクターの感情ではなく、キャラクターが自分の感情に基づいてどういう行動をするのかである。つまり「次に何が起きるのか」が最大の注目点になる。観客は作品を観ながら同じ感情を共有したいと思っているものであり、そのためにお金を払って映画館に来ているとも言える。
    ・自分自身に集中力を向けていると、自意識過剰で大げさな演技になってしまう。集中力の着眼点を動詞に向けると、演技が自然なものに変わる。
    ・アクション動詞で演出する。アクション動詞とは、責める、非難するなど、人間の感情の交流をあらわすもの。
    ・「もっと控え目に」と言うかわりに「要求するのをやめて、口説き落とすように」と指示する。「もっとエネルギッシュに」と言うかわりに「警告するのをやめて罰するように」と指示する。
    ・キャラクターが「どんなタイプなのか」考える代わりに、「何をするか」考える。堅い人だってイチャイチャする。いい人だってごまかしたりする。人間はそんな単純なものではない。現実世界でも、私たち人間は他人ばかりではなく、自分自身にさえ説明不能な行動をとることがある。キャラクターの人物像を論じ始めると、正反対の感情が入り乱れている人間の複雑さに目がいかなくなる。

    事実
    ・精神分析のかわりに事実を使う。たとえば、「彼女は母親なしではやっていけなかった」と精神分析的に言うかわりに「彼女は新婚旅行の最中にさえも、お母さん宛に毎日手紙を書いていた」と言う。
    ・事実を解釈で装飾しない。解釈は人によって変わる。
    ・事実の特徴は、事実を変えることはできないということ。
    ・俳優の解釈に納得いかなかったら、何故その解釈にたどりついたのか、事実を一緒に検証してみるのが、良い解決策になる。より意味深い話し合いができるようにもなる。
    ・「嫌な女」と言う決めつけをするかわりに「彼女は別れた彼氏の車のウィンドウにペンキをぶっかけたことがある」というバックストーリーの事実を考えた方がいい。「彼は真面目な男だ」と言うかわりに「彼は人の話を最後まで聞く」という事実を作り出した方が、人物の真面目さが伝わってくる。キャラクターについて説得力のある事実は、イマジネーションを駆使して作り出さなければいけない。

    イメージ
    ・説明のかわりにイメージを使う。「親に捨てられた過去がある」と言うより、父親が去って行く後ろ姿、無理矢理笑ってみせようとした時のイメージを呼び覚ます方がずっといい。

    身体の動き
    ・俳優が身体の動きに集中すると、台詞に集まりがちな集中を取り去ってくれる。台詞が自然に出て来るようになる。
    ・できるだけシンプルに、身体的な演出をする。
    ・リザルトではなく経験やプロセスを重視する。


    ・俳優が演技に何かを加えようとすると、登場人物の間に生じていた自然な間は失われる。
    ・俳優が間にはまっていない時は、その場で本当に考え、本当に感じていない時だ。
    ・リラックスしていないと集中できないと感じる人は多い。実はその逆で、集中がリラックスを生む。

    聞くこと
    ・役者同士がお互いを聞くことで相手に影響し合い、そこで初めて何かが起きる。
    ・演技が下手と感じられる時、役者同士がお互いを聞いていないのがその理由のほとんど。学生映画や処女作の欠点もそこにある。ペースやタイミング、エネルギーの欠落、間違ったトーン、シーン構築の欠如、棒読み、堅い演技、冷たい演技、嘘っぽさ、作品にそぐわない演技などといった問題のどれもが「聞くこと」に関する問題に由来する。「もっとおさえて」というかわりに「もっと相手を聞くように」と言わなければならない。
    ・俳優が聞くことに集中していれば、自然にテイクごとの演技は毎回違うものになる。台詞回しも監督の頭の中にあったイメージとまるで違うものになってくる場合が多い。

    脚本分析
    ・キャラクターの全てに対して、私が出会った実在の人達とまったく同等の自立性やプライバシーを見出す。キャラクターは脚本のページを超え、イマジネーションの中で独自の生活を始める。これぞ演出の醍醐味でもある。
    ・映画のシーンを文章にして述べてみると、その文章が矛盾に聞こえることは頻繁にある。たとえば「フォレストは降伏することで勝利する」などがそれにあたり、映画のテーマをパラドクスとして述べている。『トッツィー』の主人公は女装をしてより男らしくなっている。『カッコーの巣の上で』は、「人間の魂というものは耐えられないほど壊れやすく、究極的に征服しがたいものである」という矛盾の逆説であるといえる。

    キャスティング
    ・台詞が「僕の車は店のところにある」というものだっとして、俳優がちゃんとその物体について話しているように聞こえるか。全ての物に対して、その背後にイメージを持っているかが重要になる。

  • 映画ディレクター、役者、その他のスタッフは一読すべきです。

  • 稽古中、何度、この本に助けられたことか。実践派は必読。

  • 木村圭作が友人の映画監督にプレゼントした一冊。世界に通用する映画監督を目指すなら必読!

全5件中 1 - 5件を表示
ツイートする