作品紹介・あらすじ

この世界にはエドワード・ヤンの映画が必要だ。
台北からこの世界を見つめた、20世紀最大の映画監督のひとりをいま再考する。

入門書&研究書として、この先、時代を越えて読み継がれるであろう唯一無二の決定版!

2017年に生誕70年を迎えるエドワード・ヤン。その突然の喪失から10年が経ち、様々な事情からこれまで再上映の機会も再ソフト化も見送られていた大傑作『牯嶺街少年殺人事件』、そして長編第2作『台北ストーリー』がリバイバル公開を果たした今、私たちはいま改めてエドワード・ヤンという類稀な才能を見つめ直す必要がある。

エドワード・ヤンは現代映画にいったい何をもたらし、そしてその先に何を見出そうとしていたのか。同時代の仲間・教え子たちの証言と充実の論考とともに、いま改めてエドワード・ヤンの仕事を再見/再考する時が訪れた。

■ エドワード・ヤン (楊徳昌)
1947年11月6日上海生まれ。49年に家族と共に台湾へ移り住む。幼少期に『ブラボー砦の脱出』(53)や『地上より永遠に』(53)などのアメリカ映画や手塚治虫の漫画に影響を受ける。69年に国立交通大学を卒業後、フロリダ大学で電気工学修士号を取得。その後、映画研究のため南カリフォルニア大学に留学するも内容に幻滅し、ほどなく退学。その後はワシントンでコンピューター関係の仕事に従事する。80年に台湾に戻ったヤンはユー・ウェチンの依頼で「1905年的冬天」の脚本に参加、映画界へ足を踏み入れることとなる。翌81年に女優・監督のシルヴィア・チャンが企画したTVシリーズ「十一個女人」の一作「浮草」を演出。82年にオムニバス映画『光陰的故事』の一話「指望」で監督デビューを果たし、それまでの台湾映画とは一線を画す作風は話題となり、当時『川の流れに草は青々』(82)が高く評価されていたホウ・シャオシェンらと共に“台湾ニューウェイブ”の代表格となる。83年に「海灘的一天(海辺の一日)」で長編監督デビュー。ホウ・シャオシェンを主演に迎えた『タイペイ・ストーリー』(85)でロカルノ国際映画祭審査員特別賞を受賞、続く『恐怖分子』(86)ではロカルノ国際映画祭銀豹賞、台湾金馬賞最優秀作品賞など多数受賞。以降の監督作品に『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)『カップルズ』(96)があり、『ヤンヤン 夏の想い出』(00)ではカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。その後、アニメーション作品「追風」を準備していたが、2007年6月29日癌の合併症により死去。享年59。

【執筆陣】(敬称略)
鴻鴻、王維明、陳駿霖、相澤虎之助、オリヴィエ・アサイヤス、天野健太郎、伊藤丈紘、片岡義男、金子遊、北小路隆志、雑賀広海、坂本安美、篠儀直子、管啓次郎、鈴木了二、瀬田なつき、土居伸彰、富田克也、丹生谷貴志、野崎歓、橋本一径、蓮實重彦、樋口泰人、廣瀬純、藤井仁子、裴在美、細馬宏通、松井宏、エレオノール・マムディアン、三宅唱、結城秀勇、横田創、四方田犬彦

著者プロフィール

はすみ・しげひこ(1936・4・29~) フランス文学者、映画批評家。東京都生まれ。東京大学仏文学科卒業。パリ大学にて博士号取得。東京大学教授を経て、東京大学第26代総長。1978年『反=日本語論』で読売文学賞、89年『凡庸な芸術家の肖像』で芸術選奨文部大臣賞、2016年『伯爵夫人』で三島由紀夫賞を受賞。1999年にはフランス芸術文化勲章コマンドールを受章する。著書に『夏目漱石論』『表層批評宣言』『映画論講義』『「ボヴァリー夫人」論』他多数がある。

「2019年 『オールド・ファッション 普通の会話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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