企業の正義

著者 :
  • ワニブックス
3.25
  • (0)
  • (1)
  • (3)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 12
レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (263ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784847016639

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • ライブドア事件、耐震偽造事件などで見られる拝金主義を嘆き、自ら学んだ先人の言葉を引いて、企業とは何か? 経営者とは何をすべきかを紹介している。

    中條氏はいまの経営者は独善的だと指摘する。

    「会社を自分の所有物のように錯覚し、社員も所有物だと勘違いする経営者たち。業績が悪くなると、自らの経営力は棚にあげ、リストラの名の下に社員の首を切る。もちろん、自分の地位だけはそのままだ。本来ならば、経営者には会社を、社員を守る聖なる義務があってしかるべきではないか。にもかかわらず、自分だけは安穏としていて、責任はすべて部下に押しつける。これでは社員がついてくるはずがないではないか」。ごもっとも。

    手本とすべき人物として、明治時代の起業家たちを挙げる。特にページを割くのは渋沢栄一である。渋沢は銀行のほか500以上の企業の設立に尽力し、医療、教育にも関与した。渋沢は士農工商を否定した。「士(=役人)」が優れ、「商(ビジネスマン)」がいやしいという価値観を変えなければ、日本の発展はないと考えた。

    渋沢は国立銀行総監役になった時、「算盤も大事だが、論語も読みなさい。そして、算盤と論語の一致を心がけなさい」といった。

    「論語」の核は以下の文と言われる。

    『一言だけで死ぬまで実際に行えるようなものはありますか?』。先生はお答えになられた。『それは「恕」(じょ)である。自分がして欲しくないことは、他人にもしてはならないということだ』。恕とは思いやりのこと。

    「恕」の考え方は東洋独特の考えではない。キリスト教の大事な部分は「黄金律」。つまり、「あなたたちが人にしてもらいたいと思うことを、人にもしてやりなさい」というもの。おしつけっぽいところがいかにも西洋的で、論語のベクトルとは逆だが、ほぼ同じ意味である。

    渋沢が推奨した「合本主義」は簡単にいうと、みんなでお金を出しあって企業を作り、得られた利益はみんなで分けあいましょうというものだった。

    これは今日の株式会社のシステムだが、欧米型の弱肉強食と違い、国全体を豊かにして、みんなが幸せになろうという考えが基本になっている。集まった資金は国全体の富の底上げに使う。その目的に必要なのが合本主義と銀行だった。

    明治時代の国家は、それに携わる人間にとって作品であった。自らの繁栄と国家の繁栄は同じ軸で見ていた。つまり、明治時代の起業人は私利私欲を貪るのではなく、社会全体が豊かになることを当たり前に考えていた。

    もちろん、そんな人物ばかりではない。渋沢の対極にいたのが「龍馬伝」でも話題の三菱財閥の岩崎弥太郎だ。弥太郎は権限とリスクは一人に集中すべき、というワンマン経営として知られる。



    1878年、岩崎弥太郎と渋沢栄一は両国の料亭で会談を持つ。岩崎が持論を展開すると、渋沢の表情は一変。「あなたの話を聞くと、金儲けが第一主義で、事業の公共性がまるで念頭にない」といい、席を立った。

    中條氏は、現在の嘆かわしい状況を変える唯一の方法は教育しかないと説く。正しい歴史教育が必要ではないか、ともいう。GHQによって失われた「教育勅語」は真意を汲めば、骨子の部分はその輝きは失っていないと主張する。

    以下、抜粋してみよう。

    一、親に孝養をつくそう(孝行)
    一、兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
    一、夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
    一、友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
    一、自分の言動をつつしもう(謙遜)
    一、広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
    一、勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
    一、知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
    一、人格の向上につとめよう(徳器成就)
    一、広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
    一、法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
    一、正しい勇気をもって国のため真心を尽くそう(義勇)

    GHQは教育勅語が神聖化されていることを問題として廃止を決めたわけだが、その背景や使われ方はともかく、書いてあること自体は現在でも通じる内容のように思える。

    中條氏によると、今日の拝金主義、過度な個人主義の原因は戦後に導入された米国式の民主主義導入による副作用という。確かに、戦後の民主主義は米国の受け売りであった。一方、明治の人々は自らが勝ちとって、国家たる形を作った。この違いは大きいように思える。

    企業とは何か? 国家とは何か? その答えをいち早く明確に出した人物がいる。ジョン・F・ケネディやビル・クリントンが日本で最も尊敬する政治家と挙げた上杉鷹山(ようざん)である。

    上杉鷹山は江戸中期の大名で出羽国米沢藩の第9代藩主。破綻寸前の藩財政を立て直すために、自ら質素倹約に務め、自身が鍬をもって開墾した。

    以下は「伝国の辞」の三か条。

    一、国家とは先祖から子孫へ伝えるものであって、藩主が私物化すべきものではない。
    一、人民は国に属するものであり、藩主が私物化すべきものではない
    一、国家人民のために藩主がいるのであって、藩主のために国家人民がいるのではない。

    「国家」を「会社」、「藩主」を「社長」「経営者」と置き換えれば、現代にも通じる。中條氏は「経営者は肝に銘じ、毎朝、出勤の際にそらんじてほしい」という。

    あとがきには、自分に言い聞かせているというホセ・オルテガの国家論を引っ張ってくる。

    「国家は人間に対して贈り物のように与えられる一つの社会的形態ではなく、人間自ら額に汗して作り上げていかねばならない」。

    よい企業、よい国を作るのは他人ではなく、自らしかない、ということだ。

  • 2006.6.16 購入

全2件中 1 - 2件を表示

中條高徳の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

ツイートする