百歳までの読書術

著者 :
  • 本の雑誌社
3.34
  • (5)
  • (14)
  • (14)
  • (6)
  • (2)
本棚登録 : 158
レビュー : 20
  • Amazon.co.jp ・本 (272ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784860112745

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 老年の読書というカテゴリーについて考えたことがなかった。
    いつかは自分の日々となるのに。
    読書にも老いがくるなんて想像してなかった。
    まず、そこに驚く。

    それから速読か遅読か、スローリーディングか?
    本が捨てれるか、どういうスタイルで読むか、など。
    いろいろな角度から老年特有の読書について書いている。

    知識のある方なので、知識面でもたくさん知らない事が知れて興味深く読み通せた。

    自分も将来のために老年読書の体力をつけておこう‼︎
    (決意表明してみる…)

  • 年を取って、仕事をやめたら、読書三昧の毎日を送るのが夢…そんな人も多いだろう(私もそんなひとり)。で、タイトルに惹かれこの本を手に取った。

    だが、これを読んでその「幻想」は打ち砕かれた。日々衰えていく身体と頭脳…。80や90を超えても、元気に知的な活動を行っている人は、とても恵まれた人なのだ。

    自分が年を取った時に、どんな状態であるかは、その時になってみないと、わからない。

    この本を読んで感じたのは…本は読めるうちに読んでおこう、老後の楽しみなどと言わず、今読めるものはできるだけ読んでおこう、ということだった。

  • 「老い」というものが結構身近に迫ってきているなあと思うことが時々ある。もともと心配性なもので、あんな風になったらいやだなあとか、こうなったらどうしようとか、考え出すと不安のタネは尽きず、夜眠れないときなんかネガティヴ妄想のスパイラルに落ち込んだりする。「病気になる」とか「ひとりになる」とかという状況は、わりにリアルに思い描いたりするが(「心の準備」をしているのかも)、これは直視できないなあと思うのが「本が読めなくなること」。そうなったら一体自分はどうなるのだろう。でも、その日は必ず来るわけだ。ゆっくりとか急にかはわからないけれど。

    七十歳をこえて自らの老化をはっきりと自覚した著者が、読書にまつわることを中心に思いを綴った本書。「本の雑誌」での連載を楽しみにしていたが、こうやってまとめて読むと、ちょっとしんみりしてしまった。著者は「最終段階に足を踏み入れ、このさき、じぶんの読書がどのように終わってゆくのか、そのおおよそがありありと見えてきた。となれば、こここそが私の読書史の最前線である」と書いている。はたして自分はこんな風に「終わり」を受け入れていけるだろうかと思うと、なんとも心許ない。

  • 退職したら読書三昧。
    それを心の支えに、日々仕事を頑張っていると言っても過言ではない。
    なのに。

    “読書にそくしていうなら、五十代の終わりから六十代にかけて、読書好きの人間のおおくは、齢をとったらじぶんの性にあった本だけ読んでのんびり暮らそうと、心のどこかで漠然とそう考えている。現に、かつての私がそうだった。
     しかし六十五歳をすぎる頃になるとそんな幻想はうすれ、たちまち七十歳。そのあたりから体力・気力・記憶力がすさまじい速度でおとろえはじめ、本物の、それこそハンパじゃない老年が向こうからバンバン押しよせてくる。”

    そうなんだ。

    残された家族が本の処分に困らないように、今のうちに売ったりあげたり捨てたりしようとするが、体力気力が持たず途中断念。
    それ故図書館を利用することによって、購入〈所有〉を減らすことに作戦変更。

    幸田露伴の勉強法
    “ひとつのところばかりに専念するのでなく、八方にひろがって、ぐっと押し出す。(中略)こういうふうに手が八方にひろがって出て、それがあるときふっと引き合って結ぶと、その間の空間が埋まるので、それが知識というものだという。”
    確かにここ数年、ふっと空間が埋まったと感じることがある。
    ああ、ずっと読書が好きでよかったなあ。

    覚えられない。
    すぐ忘れる。
    目がかすむ。
    体力がなくなる。
    集中力が続かない。

    齢をとるって想像以上にいろいろ大変で、読書どころではないらしい。
    知の巨人と言われた人たちにしてそうなのだから、私ごときはどれほどぼろぼろになるのだろう。

    “おとろえるのはつらいし、わびしい。ところが、その「つらい・わびしい」の一方で、思いがけず、高速度で老いおとろえてゆくじぶんへの抑えがたい好奇心が生じている。そしてそのこと自体におどろく―。
     いうまでもなく、老いというのは老人自身にとっても初めて体験するできごとなのだから、つよい好奇心をいだかずにいることのほうがふしぎ。”

    齢をとっても好奇心を持っていられたらいい。
    すぐ忘れても、すぐ疲れても、読書を楽しめるのならそれでいい。
    本を膝に置き、ひなたぼっこしたままあの世に行けたら、と思っているのだけれど。

  • 3年連用日記。漢字の記憶が薄くなるので手書きがいい。
    固有名詞を中心に書く。

  • この前、永江朗さんの『51歳からの読書術』を読んだが、この本も本屋で見て気になった。しかし、すぐには買わず、ネットで調べて古書の綺麗そうなのを半額ぐらいで購入した。(新品と同じだった)ぼくは知らなかったが、津野さんは、最初演劇をやり、その後雑誌の名編集者として名をはせた人で、偶然同じころ買った『花森安治伝』の著者でもあった。ぼくは津野さんよりほぼ一回り若いが、本書は要するに、老人になってから、本をどう買い、どう処分するか、本はどう読むか、本の読み方はどう変わってきたかを述べたもので、読書量の差や質は抜きにすると、どれも身に迫るような話題ばかりだった。津野さんは、若いときに、暮らしに困りほとんどの蔵書を売ったことから、本とは自分を通り過ぎていくものという認識を持つ。だから、本にそれほど執着がない。さらに、退職後は、年金生活で収入がなくなるから、よほど欲しいものでない限り、高い本は買わない。(買えない)その代わりに活用し出したのが、町の図書館で、津野さんはこれをうまく利用している。(それだけ、町の図書館が充実してきたということか)たとえば、高くて欲しい本がある場合、まず町の図書館で借りて、よければ自分でも買うというふうに。さいわい、今はOPACというものがあって、県内のどこの図書館にその本があるかすぐわかるようになっている。一般書なら、予約してもかなり長い間を待たないといけないが、専門書は借りる人がほとんどいないからすぐ借りられるというわけだ。遅読か速読かも面白い。ゆっくり読むことは必要だが、読書には一定のスピードがないと、最初の方を忘れてしまう。ある程度の速読は必要なのだというのもよくわかる。あとの方で出てくる、書くよりも本を読みたいというのもわかる気がする。前半はこんなふうに本との話だが、あとの方へいくにつれ、老いと読書の話になる。老人にしかできない読書や病院での「本の道」など、老いとつきあいながら、どうやって読書を続けていくか、とても共感をもって読んだ。

  • 退職したら好きなだけ本が読めると、少なくとも図書館にある本は自由に読めると思っていたのですが・・・。
    本を読むには気力体力が要るんだと、教えられました。
    晴眼と集中力と想像力のどれが欠けても今と同じ楽しみ方は出来ないんだ。
    年をとって初めてわかる読書の楽しみが、この本には書かれているから、年をとるのは恐れなくていい(読書に関しては)。でも壮年の読書ができるのは今だけなんだと、年をとるほどたくさん読めると思ったら浅はかなんだと教わりました。

  • 老人演技

    笠智衆 東京物語 1953 49 歳
    三船敏郎 生きものの記録 1955 35歳
    三國連太郎 異母兄弟 1957 34歳

    ゴンブリッチ 若い読者のための世界史

  • 私が高齢者になったとき、どんな読書をしているだろうか。そんな想像をしてしまいます。

  • 「読書術」の名とは裏腹に、
    書かれてあるのは本との付き合い方に関するエッセイ。
    タイトルにつられて買うとがっかりするので注意。

    軽いタッチで、面白いと言えば面白いが、
    わざわざお金を出してまで購入する本でもない。
    図書館の蔵書を借りて読んだ。
    気が向いたらまた借りて読む。
    もともと筆者も、この本はこういう運命になることを想定しているだろう。
    現に本書の一部に、図書館の有効活用について、
    かなり紙面を割いている。

全20件中 1 - 10件を表示

津野海太郎の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三谷 宏治
佐々木 圭一
恩田 陸
又吉 直樹
米澤 穂信
米澤 穂信
有効な右矢印 無効な右矢印

百歳までの読書術を本棚に登録しているひと

ツイートする