美のゆくえ―カント・ヘーゲル・アドルノ・ハイデッガー (阪大講義プロトコル)

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  • 燈影舎
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  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784860940089

作品紹介・あらすじ

受講生が作成した講義の調書を講義ノートにフィードバック。一方通行の大学の講義が"プロトコル方式"によって双方向の討議へと生まれ変わる。

感想・レビュー・書評

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  • 2003年から2006年にかけて大阪大学でおこなわれた著者の講義をまとめたもの。単なる講義録ではなく、各講義の要約と感想・質問をまとめたプロトコルを担当者が作成し、それにあらためて著者がまとめなおしたもの。ハイデガーの講義がこうした仕方でまとめられて出版されているが、わが国では珍しい試みだといえる。内容に関しては、カント、ヘーゲル、アドルノ、ハイデガーの美学思想が分かりやすくまとめられているが、講義内容の要点だけを取り出してきたような文章がややとっつきにくいように感じた。

    本書ではまず、カントとヘーゲルの美学思想が対比的に紹介される。カント美学の主題は、ほんらい主観的であるはずの趣味判断にある種の普遍性がそなわっていることに向けられている。そこで取り上げられているのは、あたかも自然が技巧を有するかのように調和が実現している「自然美」だった。これに対してヘーゲル美学では、自然美は除外されることになる。なぜなら、ヘーゲルにとって芸術は精神の自己表現であり、精神以前の領域としての「自然」は低い位置づけしか与えられないからである。

    こうした対比は、アドルノとハイデガーの美学を論じる際の参照軸の役割を果たすことになる。アドルノは自然美を美学のテーマとして復活させる。ただしそれは、美的感性の対象としてではない。彼の美学思想の中で自然美は、産業社会の抑圧的な機構の中で失われたものを批判的に照らす役割を与えられている。芸術を、天才という個人が作り出したものとしてではなく社会的関係の中で把握する彼のスタンスには、ヘーゲルから受け継いだ弁証法的な発想が認められるが、もちろんアドルノは、絶対精神による統一への志向には背を向ける。

    ハイデガーもまた、現代というエポックの中での芸術を問題にする。ただし彼は、アドルノのように直接文化産業を問題とすることはない。ハイデガーは西洋における「存在」の経験を根本的に規定しているものを徹底的に問うことで、上記三者の「自然美」の考察とはまったく異なる、より根源的な「自然」のあり方へと思索を進めていった。そうした彼の思索の中で、「美」とは「真理が不覆蔵性として本質現成するときのひとつの仕方」だと考えられることになった。

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