国民のための日本建国史 すっきり分かる日本の国のはじまりと成り立ち
- サンクチュアリ出版 (2015年6月27日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784861135965
感想・レビュー・書評
-
考古学、DNA分析、記紀、中国朝鮮古代文献、古代地理から考察される日本古代史。
神武東征、神武即位の年代特定、邪馬台国の位置特定、他者の異論、異説に対する反論などとても面白くわかりやすかった。
大阪平野にあった河内湾、河内潟の時代の地形と記紀の記述の一致。
現在は陸地であったところが水路でいけた時代。
宮崎の狭野神社の社伝、宮崎神社の社伝、美々津の都農神社、立磐神社の社伝。
神武東征を河内湾の地形変遷から考えるとBC1050-BC50年の間。
春秋年など考慮し記紀の即位年代を補正すると神武即位はBC70年。
10代崇神崩御がAD241年、12代景行崩御が320年、神功皇后崩御が389年、15代応神崩御が410年、16代仁徳崩御が428年。
魏志倭人伝から邪馬壱国は帯方郡から12000余里、九州の筑紫川下流域の南方、旧山門郡瀬高町周辺、今のみやま市瀬高町女王山、女山神護石周辺、権現塚は卑弥呼の墓。
有力豪族との婚姻によってすすめられた神武天皇の大和盆地入植、三輪山の豪族に入り婿。
大和朝廷と卑弥呼の倭国連合とは生口=奴隷を献上していたことで根本的に相容れず。大和朝廷が直接シナ王朝と交流するようになってからは奴隷は一切なし。
任那はミマキ天皇の名から命名。景行天皇(291-320)、景行12年、熊襲が貢物を送らなかったので筑紫に向かう。狗奴国=熊襲=熊本のあたり。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日本の建国史というタイトルですが、神話とされている古代天皇の時代について科学的・論理的に分析しています。
5章で詳細に解析されている、初代神武天皇から33代推古天皇までの、推定在位年数が示されています。それまでは崩御年齢が100歳を超えることから神話であるとされていましたが、当時の年の数え方(春秋年で表現するので現在の2倍となる)を考慮すると、辻褄が合うと解説されているのが特徴的でした。そうすると、初代神武天皇の即位年は、西暦換算で、紀元前70年となるようです(p124)
古代歴史を紐解くうえで、重要と私が思っている、当時の地形は今と異なることを明確にしたうえで、歴史上の出来事を解説している点も興味深かったです。同じ日本ですが、1500~2000年前の時代には地形や気候は今とかなり異なったことを、改めて認識させてくれた本でした。
以下は気になったポイントです。
・遺伝子のパターンを見ると、日本人とそれ以外の韓国人、北方シナ人、モンゴル人とは全く異なっている。これから、日本人と彼らは別人種、別民族とみるべき(p30)
・地球上にいる人々の祖先は、およそ14万年前、Y染色体からは9万年前後と推定されるが、アフリカを南北に縦断する大地溝帯あたりで誕生し、約十万年前にパレスチナの地に至り、そして各地へ広がった(p38)
・Y染色体分析から考えると、日本へは樺太経由でやってきたものもいる。アフリカを旅立った人々は、あらゆる方面から日本へやってきた(p40)
・世界最古の土器文明は、約8-9千年前であり、日本では遥かに早くから土器文化が広まっていた、日本では無数とも言える、旧石器遺跡や縄文遺跡があり、旧石器→縄文→弥生→古墳時代へと途切れることなく今日に至っている(p42)
・沖縄の人々の先祖は、九州からやってきた。彼らのDNAの多くが本土と一致して、琉球語は日本語と同系統の言語であることが裏付けられる。朝鮮半島は、前1万年から前5千年までは遺跡が発見されず、人々が絶滅したと考えられる(p44)
・第14代、仲哀天皇を除き、第17代覆中天皇以降に、在位年数の短い天皇が出現するようになった原因の一つとして、神武天皇以来の原則であった末子相続が崩れたことを関係する(p113)
・神武天皇の即位年、皇紀前660年を実年換算すると、前70年となり、河内潟の時代となり、古理地図との整合性も保たれる(p126)
・秀吉が宣教師を追放したのは、その数、数十万とも言われる若い女性や男性を買い集めて、奴隷・淫売として世界各地へ売りさばいていたから。1582年、ローマに派遣された少年使節団は彼らを見ている。その手助けをしたのが、キリスト教徒とキリシタン大名であった(p186)
・鶏の近親交配を研究した山階氏によれば、五代までは異常な個体が生まれたり、弱かったりして素質が弱くなる一方だが、それらを除いて、優秀な個体をかけ合わせていくと、十数代後にはかえって初代よりも優秀な個体が生まれる。それを知っていたのがイギリス人で、純血種の交配を続けて、サラブレッドや優秀な猟犬をつくりだした(p254)
・約7年に及ぶ占領時代において、あらゆる分野で「検閲」が行われ、違反者には「沖縄での重労働3年」なる刑罰が待っていた(p270)
・政界、官界、学界、実業界、言論界など、20万人を超える人々を「戦争協力者」として追放した(p271)
2015年11月8日作成