「物質」の蜂起を目指して――レーニン、〈力〉の思想

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861822889

作品紹介・あらすじ

世界史の転換点に、再び起ち上がる「レーニン」。フロイト、バタイユ、マレーヴィチ、カール・シュミット、ネグリ、宇野弘蔵、廣松渉らとの格闘を通じ、鮮やかに描き出された「レーニンを超えるレーニン」。現代思想の臨界点を突破し、いま、ここに未知の「唯物論」が誕生する。

感想・レビュー・書評

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  • おもしろかったです。若いのにすごい。

  • レーニンを徹底として解説した労作。
    最初の方は、資本主義としての発展が遅いロシアで、レーニンが如何に革命思想を得たか。それは実質的なナロードニキ主義への回帰、西側先進国が陥っている罠を避けることができる。そして、レーニンは革命のための文化水準を、革命のあとで獲得しようとする。しかしそれは、客観的に見てどうであろうか・・・?しかし客観的に見たところで、五日は分からない。それがジレンマである、と述べる。その意味で、レーニンはマルクス主義の後継者であろうか?とも問い得る。

    しかしそれは、マルクスにおいても言い得る。マルクスの客観的に資本主義を分析したが、その革命が「いつ」起こるのか。それをマルクスはヘーゲルの言葉、「ミネルヴァの梟は夕暮れ時に飛び立つ」と述べた。マルクスはこれをひっくり返し、「ミネルヴァの梟が飛び立てば夕暮れ時が訪れる」とした。資本主義を認識すれば、それが週末である、とする。それにレーニンはそれを発展させ、「マルクスによってすでに梟は飛び去った。あるいは飛ぶ準備はできた。したがって夕暮れ時はすでに到来している。」とする。マルクス主義を超克しているのか、著者はマルクスを逆転させて了解していると説く。

    宇野弘蔵とレーニンの関係についても述べている。宇野弘蔵はレーニンの帝国主義論を「ヒルファーディングの金融資本論のマルクスに関する記述を、みな捨ててある。」と述べる。確かにレーニンも帝国主義論の序論で、「客観的な記述にせざるを得ない。」と述べているし、当たり前といえば当たり前である。宇野は史的唯物論としての、「収奪者が収奪される」ことを否定しているが、逆にそれが共産主義者に利用されたりもしたようだ。

    以上のように、レーニンの思想や理論を、著者の思うまま、マルクスとの決別をし、比較しそうとしてのレーニンを論じている。今まではマルクス=レーニン主義として、金科玉条のように語られてきたが、純粋にレーニンと向きあう本であるように思える。

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著者プロフィール

1977年、東京都生まれ。京都精華大学人文学部総合人文学科専任講師。一橋大学大学院社会学研究科総合社会科学専攻博士後期課程単位修得退学。博士(社会学)。2013年に刊行した『永続敗戦論 戦後日本の核心』で第4回いける本大賞、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞を受賞。ほか、著作に『未完のレーニン <力>の思想を読む』『「物質」の蜂起をめざして レーニン、〈力〉の思想』『戦後政治を終わらせる』『国体論 菊と星条旗』などがある。

「2018年 『増補 「戦後」の墓碑銘』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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