失われた時のカフェで

制作 : 平中 悠一 
  • 作品社
3.27
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本棚登録 : 257
レビュー : 27
  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861823268

作品紹介・あらすじ

現代フランス文学最高峰にしてベストセラー…。ヴェールに包まれた名匠の絶妙のナラション(語り)を、いまやわらかな日本語で-。

感想・レビュー・書評

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  • ヌーヴェルヴァーグの、そう、たとえば初期のゴダールなんかに撮ってもらいたいような映像感覚の、そんな物語。
    カフェ・コンデに現れるミステリアスな若い女性「ルキ」とは何者なのか?4人の主語によるそれぞれの見方にて、時間と場所が錯綜しながら次第に明らかになる背景。しかし、背景が明らかになればなるほど、逆に離れていく「ルキ」という人物との距離感。とらえどころのない「ルキ」の行動がますます物語のミステリアスさを増幅してゆく。
    フランス人の日常生活に溶け込んでいると思しきカフェを物語導入の舞台とし、パリの街並みを縦横に思う存分紹介してくれているにもかかわらず、主語の「語り」が感覚的で柔らかでありながらどこか神秘的で抑制の利いた文体が、逆にイマジネーションの世界かと見紛うほどに不可思議な感覚へ読者を誘ってくれる。
    「ルキ」の現状からの逃避と脱出の繰り返しは、訳者解説にもある通り、本書のテーマの「永遠のくりかえし」を象徴する行為であり、絶えまなく漂流している若者の漠然とした心情をよく表現していたといえる。
    パリを舞台にそのようなふわふわ感を大いに楽しませてくれる、そんな物語。

    その訳者解説によれば、本書はモディアノの「ベスト盤」的な一作とのことで、4人の主語それぞれの語りがそれぞれの短編となって、これまでのモディアノ作品の魅力をぎゅっと凝縮したものとなってるという。そう聞かされてみれば少し得をした気分にもなった。(笑)

    • mkt99さん
      淳水堂さん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そうですね~。盛り上がっていませんね~。(笑)
      たぶ...
      淳水堂さん、こんにちわ。
      コメントいただきありがとうございます!(^o^)/

      そうですね~。盛り上がっていませんね~。(笑)
      たぶん推察するに、ハルキ逸賞の反動と(今回の賞が決まるまで妙に勝手に盛り上がっていましたからね~)、作品在庫が少な過ぎて本屋もキャンペーンできない状況だからではないでしょうかね。
      自分も読了は1冊だけですが、このところフランスにかぶれている自分には(笑)、まるでフランス映画のような世界だと思いました。さらには現実感のなさ加減はポール・オースターを思わせるような雰囲気も感じました。(と思っていたら訳者解説でもそう触れられていましたね。)
      フランスでは人気抜群の作家とのことで、作品群を見てみると、あーあの映画の原作者かと自分も新発見したりしていました。(笑)『イヴォンヌの香り』はパトリス・ルコント監督の映画で観たいと思っていますので、それ以外の作品を今度読んでみたいですね。
      2014/10/25
    • 淳水堂さん
      お返事ありがとうございます。
      モディアノはフランスでは熱烈ファンがいるようですね。
      現実感のない、いかにもフランス映画的な感じですか~。...
      お返事ありがとうございます。
      モディアノはフランスでは熱烈ファンがいるようですね。
      現実感のない、いかにもフランス映画的な感じですか~。
      やっぱり読むか読まないかうう~んな感じ(^^;)

      ノーベル賞ってある程度年齢が上な人に受賞させてるような。
      なのでもしも村上春樹が取るにしても10年先だろうなあとか思う。しかも去年の受賞者が中国人だから次にアジアに順番くるのは20年後か(苦笑)
      2014/10/25
    • mkt99さん
      淳水堂さん、こんにちわ!(^o^)/

      なんか映画化を期待しているんじゃないかと思えるほど(笑)、フランス映画にぴったりのストーリーだっ...
      淳水堂さん、こんにちわ!(^o^)/

      なんか映画化を期待しているんじゃないかと思えるほど(笑)、フランス映画にぴったりのストーリーだったと思います。ノーベル賞もとったことですし、その内、映画化されるような気がします。(笑)
      何かの記事で読みましたが、ノーベル文学賞は単なる文学上の潮流になっているだけでなく、過去に政治的社会的にも影響のあった人が選ばれる傾向にあるようで(ノーベル賞の政治化?)、そういう意味でも村上春樹はまだまだインパクトが足りないのかもしれませんね。
      2014/10/26
  • パトリック・モディアノの小説に触れるのはこれで2作目ですが、この小説を読んで以前読んだポール・オースターの「ガラスの街」という小説の醸し出す空気を思い出しました。

    舞台となるのはパリで実際の地名や街の様子が描かれており、以前に長年住んだ身としては実感を持てるのですが、この作品世界の中ではどこか空虚な、顔の見えない街、夢の中の情景のような感覚を覚えます。

    印象に残った一節があります。「標ない漠々たる空き地のようにときおりみえるこの人生で、すべての消失線と失われた地平線の真ん中で、人はなんからかの目印(point de repere)を見出したいと希う。ある種の土地台帳を作成したい、と。行き当たりばったりに舵を切っているのだという印象をもう持たないですむように。そこで僕らはつながりを織り結び、危うい出会いをもっと堅固なものにしようとする。」

    カフェが、登場人物達にとっての目印、そこに集まる人々にとっての中立地帯として描かれているのが、強く印象に残ります。実際、通りすがりの人々や、その界隈に一時期居住する人々の止り木のような役目を果たしているのが、パリのカフェだと思うのです。

    その中立地帯にいる間は何者でもない。そんな時間を後で振り返るときに、人はその場所に永遠に還ることができるできるような気がします。

  • 逃げ去る時、誰かの前から消え去っていく瞬間にだけ、私はほんとの私自身だった。



     ミニマリズムのエステティックといわれる、2014年のノーベル文学賞作家の短編集。文学だ。すごく…。

     ミニマリズムというのはどうやら、日常の何でもないような風景を描写する中で表現していく手法らしい。

     フランスのパリに生きるなんでもなくて、何者にもなれなかった人間の姿を描いていて、あまりになんでもないような事ばかり書かれている。でも、その文章は知らないうちに心に響いているらしい。

     だから偉大な文学者なんだろう。

     日本人は昔はミニマリズムの文化を持つ、繊細な民族だったらしい。そういえば、川端康成とか谷崎潤一郎とか読んでいてピンとこない、さざ波のような文学だな。

     だから、モディアノは日本人向きらしい。

     しかし、ミニマリズムのエステティックって、なんかエロいな。

    ____
    p90  逃げ去る時、誰かの前から消え去っていく瞬間にだけ、私はほんとの私自身だった。



     この一節はすごい心に響いた。
     くだらねぇ糞みたいな世の中を生きるにはペルソナを被っていくしかない。そんな普段の自分は、私自身なんかじゃあない。じゃあ、本当の自分が出せるのはいつか、それは、誰もいなくなった時だ。その人と別れる時である。

     人間関係という、重荷から解放されたとき、人は自分に戻れる。帰れる。だから、別れは必要なの。

  • なかなかキッパリ引けない線。背景に溶け込むような不明瞭な輪郭線で描かれた人物像って感じ。悪くない。とはいえ続くとちょっと飽きる。

  • とてもノスタルジックな印象。
    モディアノらしいというのだろうか,何もかもが曖昧模糊なままだが,それが何とも言えない余韻を残している。
    ただ,原作がそうなのか,翻訳のせいなのか,文章がぶつぶつ切れていて,とらえにくい。
    また,やたらと長い解説?がついていたが,いらないな・・・

  • パトリック・モディアノの比較的最近の小説。ラストに驚きますが、いつものように、謎のヒロインを巡る何人かの独白体の組み合わせで、巻末解説にもありますが、モディアノのベスト盤といった雰囲気の名作。

  • 夢のような幻想のようなふわふわとした浮遊感が漂う。
    ルキと呼ばれる主人公はそこにいるようないないような不明瞭な存在。
    一番はっきりと彼女の姿が見えたのは警察で自分のことを打ち明けた時ではないかな。

    《雪》が出てきたあたりから危うい感じがしたけど、唐突なラストにはハッと息をのんでしまった。
    ルキの謎は誰にも解らないのだろうけど、その危うさには少し共感できる。
    繰り返すのは、暗黒物質にのみ込まれることもだろうか。

  • 終章、終幕…。胸を衝かれる。読み進めるうち、彼女の生き方に、それを予感させるものを感じてはいた。

     パリのとあるカフェ「ル・コンデ」。この店に集う人々。その群像が、スケッチのように淡々と描かれてゆく。やがて、幾つかの、物語の流れが浮かびあがってゆく。
     
    カフェの常連の人々をノートに記録し続けている男。その男から、記録ノートを借り受けるもう一人の男ケスレィ、彼は私立探偵であり、別の男性ジャン・ピエール・シュローから、失踪した妻の行方について依頼を受けていた。妻の名は、ジャクリーヌ・ドゥランク。カフェ・ルコンデでは、ルキの名で通っていた若い女性だ。

    冒頭からしばしの間、様々な人々が集うカフェ・ルコンデの情景が描かれる。その後、探偵ケスレィを一人称にした構成パートが続く。そして、ケスレィが、その謎めいた姿を追い続けた女性ルキの半生が、ルキの“恋人”であった作家志望の青年ロランによって語られる。そして、

    私が15のとき、人は私を19といった。

     イカしている。ルキ自身が一人称で語り始める章の冒頭の一節だ。
    ルキは、花街ムーランルージュで生業を立てていた母と、母娘二人で育った。そして、自らの居場所を探し続けるように、あるいは、自分自身の輪郭を探し求めるかのような、ルキの日々が描かれる。

    夜霧に覆われた如く、捉え難さの伴う作品も多いモディアノの小説である。だが、本作は、ルキの存在感、彼女の心の傷み、せつなさと哀しみを突き付ける読後感によって、ある種鮮明な印象を手にすることが出来た。

  • 難しい....
    雰囲気がもやっとしててきれいなのはいいんだけどな

    と思ったのは何年か前。

    いま、もう一度読んでみたい。
    きっと感じるものが違うんだろうなと思う。

  • 読みながら、三人目の語り手と私との間にどれくらい距離があるのか考えていた。今の私にとって彼女は、鏡の中に広がる平行世界の住人の一人に思えた。俯瞰するにはまだ時間がかかる。

    無限に循環する螺旋から脱け出した彼女は境界線を跳び越え、虚無に向かって飛び立ってしまう。真っ赤な花を盛大に咲かせる直前に、切望した安息の夢を見る。ほんとうの自分が永久に存続する夢を。
    逃亡でも失踪でもいい。別れるときの解放感と陶酔感は麻薬みたいに中毒性があるから、繰り返せば最後はオーバードーズ。接点は些末なもの。定点は足枷になるだけ。空っぽになるためにあらゆるものを振り切って彷徨する彼女を「ここ」に留めておくなんて消失点の向こうでもない限り不可能だ。

    そうなんでしょう? 
    もうひとりの___

  • 「逃げ去る時、誰かの前から消え去っていく瞬間にだけ、私はほんとの私自身だった。私のいい思い出はみんな、消え去った、逃げ去った思い出、それだけだった。」

    「人はいろんなことを言う……。そしてある人々がある日消え去ると、人は彼らのことをなにも知らなかったことに気づくのだ。彼らがほんとうはだれだったのかさえ。」

    「そう、それでいい。楽に行こう。」

  • ヒロインをめぐる何人かのお話。ヒロイン自身が語り手となる章もあり。文章の美しさにうっとり。パリに行きたくなる。いつか原書で読んでみたいなあ。

  • ルキをめぐる数人の人物による回想で語られる物語。
    一言も美しいなんて書いていないのに、美しい人だとわかるルキ。儚さも美しい。けれど、全体に漂うメランコリックな空気が夏には重い。冬に読みたい作品。
    プルーストはもちろん、ポール・オースターが好きな人にもモディアノはおすすめです。

  • 霞みがかったパリの街並を歩いています。

  • 霞がかったような、あのころカフェで出会った彼女についての記憶を巡る物語。

    思い出を語る人々の声は儚げながら輝いているように見える。
    それは過去という定点の美しさからでしょうか?

    なんだか心地よい読後感。

  • 初めて読んだ小説のはずなのに、既視感(デジャヴュ)のように、見覚えのある光景がちらちらと仄見え、聞き覚えのある口ぶりが耳に懐かしく甦る。何ひとつ家具らしいもののないがらんとした一室は『さびしい宝石』、探偵が相棒の口癖を思い出すのは『暗いブティック通り』、馴れ親しんだ界隈を歩いては女が歩いたはずだと確信するのは『1941年。パリの尋ね人』だ。なんのことはない。かつて読んだモディアノ作品で使われていた設定や背景を、まるで映画のセットや俳優を使い回すようにして作られた新作である。ふつうなら、がっかりしたり腹が立ったりしそうなものなのに、モディアノだと、馴染みの店に久しぶりに入ったようで妙に落ち着いて心地よい。これがモディアノ中毒なのだろうか。

    「つまるところ、唯一の興味深いひと、それはジャクリーヌ・ドゥランクだった」。ルキという名でカフェ・コンデの常連仲間に愛された女の正体とは。四人の話者によって語られる一人の女のそれぞれ異なる横顔。女を追いつづける男たちがパリ市街を歩き回る焦燥感に満ちた足どり。アイデンティティの不確かな女を核に、五月革命前夜のパリ、セーヌ左岸のカフェにたむろする男たちの在りようをスケッチし、かつて確かにそこに流れていた時代の風景を鮮やかに甦らせるパトリック・モディアノらしさの横溢した一篇。

    モディアノは探偵が後を追うように、ルキの周りにいる男たちにルキについて語らせる。たしかに男の気をひく女なのだろうが、外面ではない。よく、心ここにあらずというが、所在のなさというか、どこにいてもそこが本来の居場所ではないような、ルキのそんなところが皆の注目を引いたのだろう。ルキは、モディアノ文学にはお馴染みの、舞台で稼ぐ母を持ち、かまってもらえないことから、夜間外出を繰り返す少女が大きくなった姿である。

    小さい頃に親にしっかり面倒みてもらえなかったことが、長じてその子の自我に与える影響は強いものなのだろう。モディアノのオブセッションともいえる。《永遠のくりかえし》が、ここでもその主題となっている。探しても探しても確かな手応えとなって帰ってくることのない「私」という存在。それを見つけるための悪あがきがかえって自分を追いつめてゆく。過去の自分を知る界隈(カルティエ)から逃げ、年上の男やグル的人物を頼り、空っぽの自分を埋める何かを探す女。その女ルキの自分探しの顛末を、彼女に魅かれた男たちの証言でつづってゆく。

    いくら言葉をつくしても彼女を知りつくすことができない男たちの無力感が色濃い。パリという都市を線引きし、異なる相貌を見せる地区を区切り、その中心に「中立地帯」を夢想する、作家自身を思わせるロランという同い年の青年がいちばん彼女の近くにいると思われたのだが、ルキはその手からもするりと抜け落ちてゆく。強い肯定の意を響かせるニーチェの『永劫回帰』とちがい、モディアノのいう《永遠のくりかえし》は、たぐってもたぐっても自分のもとによって来ない過去の空白の記憶を充填しようとする、報われない行為のように思えてならない。

    年上の知識人が集うカフェにも、隠秘学を奉じるギ・ド・ヴェールの主催する集会にも、ルキと呼ばれる女の居場所はなかった。目印のように記される地名は今もあるのに、もうそこにはない店や学校。たしかにいたはずなのに、回想の中でしか立ち現れてこない一人の女。存在というものの不確かさを時間と空間の中に、記憶と脚を頼りに追いつづけるパトリック・モディアノの彷徨は終わることがない。

    気鋭の翻訳は原文の息遣いを感じさせるが、日本語の文章表記として斬新すぎる。もしかしたら元の原稿が横書きなのかもしれないが、縦書きで一人を1人、十月を10月、と書かれると違和感がある。それ以外にも「ジェスト」、「ボールポイント」のような日本語としてこなれていない外来語の使用頻度が必要以上に高い。フランスには、モディアノ中毒という言葉がある。これだけ訳書が刊行されていれば、日本にもモディアノ中毒患者の数は少なくないと思う。これぞモディアノという翻訳をしようという意欲は買うが、翻訳は自分だけのものではない。構文はともかく、用語の選び方など、他の訳書とのバランスも考慮してほしいところだ。

  • 今年(2014年)のノーベル文学賞受賞者の作品で、タイトルが気になったので読みました。ストーリーに掴みどころがない感じであまり理解できぬまま終わってしまったのですが、1章目のロマンス小説のような雰囲気と、2章目の探偵小説のような雰囲気は良かったです

  • あるパリのカフェに通っていた、謎の女性ルキの姿を、それぞれ違う語り手が回想していく。その中には本人による語りも。それぞれの角度から、ルキの姿がしだいにぼんやり浮かんでくるが、それでもまだルキは謎めいている。
    パリの街角や通りの名前など、固有名詞がふんだんにちりばめられ、スタイリッシュな印象の小説だった。ストーリーは、分かったような分からないような…だったけれど。

  • モディアノは『家族手帳』『サーカスが通る』の原文に当たったことがあるが、そのときの何とも言えないモディアノ文学のニュアンス、雰囲気などが本書の翻訳において損なわれておらず、まるで原文を読んだ時と同じ印象を受けた。そういった意味で訳者の『初めて本書を読んだ時の感動を伝える訳をする』という試みは成功していると感じた。
    とは言っても、文学的に”読みにくい”翻訳であることは否めない。しかしこの味わいこそが、モディアノ作品の個性なのだから、この作品はこの翻訳で良いと思う。

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著者プロフィール

1968年、La place de l'étoile でデビュー。1978年、ゴンクール賞(Rue des boutiques obscures)、1996年、フランス文学大賞(全作品)等々。2014年、ノーベル文学賞。「その記憶の芸術で、彼は人間のもっとも捉え難い運命の全てを呼び起こし、またナチス占領期の世界を明るみに出した」と評価される。邦訳に『パリ環状通り』(講談社)、『暗いブティック通り』(講談社/白水社)、『ある青春』(白水社)、『カトリーヌとパパ』(講談社)、『イヴォンヌの香り』(集英社)、『サーカスが通る』(集英社)、『いやなことは後まわし』(パロル舎/キノブックス)、『1941 年。パリの尋ね人』(作品社)、『廃虚に咲く花』(パロル舎/キノブックス)、『八月の日曜日』(水声社)、『さびしい宝石』(作品社)、『失われた時のカフェで』(作品社)等。1945 年、オー‐ド‐セーヌ県、パリ西部に隣接するブローニュ‐ビヤンクール生まれ。

「2015年 『迷子たちの街』 で使われていた紹介文から引用しています。」

パトリック・モディアノの作品

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