ナボコフ全短篇

制作 : 秋草 俊一郎  諫早 勇一  貝澤 哉  加藤 光也  杉本 一直  沼野 充義  毛利 公美  若島 正 
  • 作品社
4.50
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本棚登録 : 97
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (880ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861823336

作品紹介・あらすじ

"言葉の魔術師"ナボコフが織りなす華麗なる言語世界と短篇小説の醍醐味を全一巻に集約。英米文学者とロシア文学者との協力により、1920年代から50年代にかけて書かれた、新発見の3篇を含む全68篇を新たに改訳した、決定版短篇全集。

感想・レビュー・書評

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  • 新潟BF

  • ナボコフのこれらの短編をどんなふうに評価すればいいのか、正直いってわからない。ぼくはこの本を図書館で借りていたために2週間以内に読み切らなければならなかった。そんでもってひとつ言えることは、短編とはいえ決してあっさり読めるようなものではないということ。
    なぜかというと……これらの短編を読んだ印象を並べてみると…

    ・詩的な表現。特にはじめのほうの短編には顕著。「響き」がとても好き。

    ・描写に関して。その精密さ。
    ヘッセ並の自然描写はそのような光景を見慣れていない自分としてはきついものがある。それに句読点から句読点までが長いので、それが一体何を描写している文章なのか、最後の主語を読むまでわからない。
    「ある日没の細部」の解説にあるとおり、〈「情景描写を飛ばし読み」するような読者を戸惑わせるに違いない〉。
    この点はとても痛いところをつかれた。確かに情景描写・人物描写を読み飛ばす癖が自分にはある……。

    ・いわゆる「短編」に人々が期待するような、「閉じた物語」のほうが少なく、どのように理解したらいいか戸惑うような話の多いこと。
    「環」はタイトルからもその意図がはっきりしているけれど、最後を読んでまた冒頭に戻る……という円環構造になっている。(冒頭の「第二に、」という書き出しには驚いた)
    この円環構造で書かれた作品がけっこう多いように思う。だから一度読んでよくわからず、二度三度読む……というのが正しいのだろう。「短編は手軽に読める」という常識を覆すような作品ばかりなのだ。
    〈つまり、展開とは宿命的に円環を成してしまうものですからね〉(「北の果ての国」)

    ・作者としてあまりに残酷なように思えるような展開。息子ナボコフは父ナボコフが「残酷な人間や残酷な運命に対して示す侮蔑」というようなことを冒頭書いているから、物語がそのように残酷にしめくくられることも冷笑していたのだろうか。「名誉の問題」や「雲、城、湖」の残酷さったらない!

    ・二人称というのか、「君」に語りかける手紙形式をとった作品がいくつかあって、これはあまりないだけに新鮮だった。

    ・描写でここは何色、あそこは何色、という色についての言及が重なるところがあって、それはキャンバスに風景を描き込むような、彼の画家的な気質によるものなのか……とか考えてみた。わからんけど。

    ・「響き」で詳しく書いているけれど、他人に入り込んで他人の目で見、触れるという行為がどうやら好きらしい。作家にとってかなり有利な習い性のように思えて、ちょっと真似したくなった。


    さて、単純な感想をば。
    どの話がおもしろかったか……と後からぱらぱらページをめくってみると、その多彩なイメージに驚かされる。読んでいる間はさして感慨もなかったのだけれど、後から振り返るとあれもこれも……と。

    狐につままれたような感じ。
    こう、がしっという手ごたえがない。
    だけど確かに何か、ずばぬけた何かがあるというか、後光が射すというのか、「あなた何でか光ってますよ」みたいな。
    傑作な「物語」を書けるんだけど、そのことに大して興味がない。
    やあ、わからない。

    〈ひょっとすると、大切なのは、人間の苦しみや歓びなどではまったくなくて、むしろ、生きた肉体の上での光と影の戯れや、この特別な日の特別な時間、またとない独特な方法で集められた些細なことがらの調和のほうなのかもしれない〉(「けんか」)

    〈ありふれた事物を、未来の思いやりのこもった鏡に写し出されるときのように描くこと。身にまわりの事物のなかに、はるか離れた後代の者たちだけが識別し、鑑賞する、あの匂いたつ優しさを見出すことなのだ。そのときになれば、われわれの平凡な日常生活のあらゆる些事がおのずからの価値によって、この上もなく美しく、喜ばしいものとなるだろう。〉(「ベルリン案内」)

    〈もしぼくが文学者だったら、想像力を持つなんて自分の心だけにしか許さないだろう、まあ、それから記憶も大目に見てもいいかもしれない。記憶というものは真理が投げかける夕べの長い影なのだから〉(「フィアルタの春」)

    〈わたしはあなたの小説が好きではありません。強すぎる光のようだと言えばいいのでしょうか、あるいは、話したくなくて考えたいと思っているときにすぐそばでやかましく話されるようなものなのかもしれませんが、あなたの小説はわたしをいらいらさせるのです。それと同時に、あなたは純粋に生理的な意味で、何というのか、作家の秘訣というか、基本的な表現手段の秘密というか、つまりひじょうに稀有で重要なものを持っていらっしゃる。〉

    〈ぼくは具体的な満足感のために作品を書き、それよりはずっと具体的でない金銭のために作品を出版している。(略)ところが、作品が自然に成長をとげ、生みの親であるぼくから離れていけばいくほど、子供に執着をもたないこの親にとっては、子供の身に起きるさまざまな偶然の出来事がますます抽象的で些細なことのように感じられてしまう。〉(「ヴァシーリイ・シシコフ」)

  • アマゾンに注文しました。
    (2013年9月9日)

    アマゾンに注文していた『ナボコフ全短篇』(作品社)が届きました。
    いま読んでいる『維摩経』よりも、ひと回り大きい。
    https://twitter.com/murasaki_asano/status/377632712858681344/photo/1
    (2013年9月11日)

    読み始めました。
    (2013年11月17日)

    読んでいるのは、初版第4刷ですが、
    誤字がそのままです。
    増刷時に変更を希望します。
    第1刷で間違っているのはありうることです。
    4刷にもなって、そのままというのは、怠慢です。

    61ページ
    継げる←告げる

    62ページと67ページ
    来た←着た

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著者プロフィール

ウラジーミル・ナボコフ(Владимир Набоков, Vladimir Nabokov)
1899年4月22日 - 1977年7月2日
帝政ロシアで生まれ、ヨーロッパとアメリカで活動した作家・詩人。文学史上、亡命文学の代表者とされることもある。昆虫学者としての活動・業績も存する。
ロシア貴族として生まれたが、ロシア革命後の1919年に西欧へ亡命。ケンブリッジ大学に入学し、動物学やフランス語を専攻。大学卒業後にベルリンで家族と合流して文筆や教師などの仕事を始める。パリを経て1940年に渡米、1945年にアメリカに帰化。1959年にスイスに移住し、そこで生涯を閉じた。
ロシア時代から詩作を開始。ベルリン、パリにおいて「シーリン」の筆名でロシア語の小説を発表して評価を受ける。パリ時代の終わりから英語による小説執筆を始めた。渡米後も英語で創作活動を続け、詩・戯曲・評伝を記すだけでなく翻訳にも関わった。
代表作に、少女に対する性愛を描いた小説『ロリータ』。映画化され、名声に寄与した。ほかに『賜物』、『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』、『青白い炎』、自伝『記憶よ、語れ』。

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