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  • Amazon.co.jp ・本 (880ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784861823336

作品紹介・あらすじ

"言葉の魔術師"ナボコフが織りなす華麗なる言語世界と短篇小説の醍醐味を全一巻に集約。英米文学者とロシア文学者との協力により、1920年代から50年代にかけて書かれた、新発見の3篇を含む全68篇を新たに改訳した、決定版短篇全集。

感想・レビュー・書評

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  • 『賜物』の解説で沼野先生がふれていた『賜物』の第一付録である短篇「環」が読みたくて手に取った。
    それと、「短編を10作品選んで史上最高の短編集を作れ」に挙げるべき一作が見つからないかという期待も込めて。
    それに、沼野先生一推しの「フィアルタの春」を、もう一度読んでみたかったのだ。

    ここには、ナボコフを好きになる68の方法がある。
    ゆっくりと時間をかけて何度でも読み返したくなる短篇集だ。/


    「神々」:
    【君は笑っている。君が笑うとき、ぼくは全世界を作り変えて、それが君を鏡のように映し出すようにしたいと思う。でも君の目の輝きは瞬時のうちに消えてしまう。】

    この文章を読むと、ほぼ自動的に次の言葉が浮かんできます。

    【ひとたび ほほえめば永遠の春が訪れ/ ひとたび 涙すれば 永遠の悲しみが襲う】(陳凱歌監督『さらば、わが愛―覇王別姫』より)/


    「ラ・ヴェネツィアーナ」:ぐんぐん引き込まれ、しかも切れ味抜群。
    山尾悠子の幻想小説のようでもあり、「刑事モース〜オックスフォード事件簿〜」の一話でもありそうだ。/


    「バッハマン」:狂った酔いどれ音楽家と不器量な夫人、こんな場末の居酒屋のような寒々とした配役で、こんなにも心に残る小品を生み出せるのだ。
    ナボコフは、名もなき生が、その夏最後の蛍のように一瞬だけ光を放つ瞬間を見事に形象化してみせた。
    どうやら、この短篇集から一作だけを選び出すには、かなり難渋しそうだ。/


    「ロシアに届かなかった手紙」:世界中の全ての亡命者並びに国内亡命者に読んでほしい一篇。本作品は、一九二五年に書かれている。

    【ねえ、いいかい、ぼくは理想的なくらい幸福だ。ぼくの幸福感は一種の挑戦なのだ。すりへった靴底から伝わる湿気の舌先をぼんやりと感じながら、通りや、広場や、運河ぞいの小道をさまようとき、ぼくは言葉にはあらわせない幸福感を誇らしげにもちはこぶ。幾世紀もがすぎされば、学校の生徒たちもぼくらの革命騒ぎの話を聞いてあくびをするようになるだろう。あらゆるものが消えさるだろう。けれど、ぼくの幸福感は、いとしいひとよ、ぼくの幸福感だけは残りつづけるだろう。街灯の湿った照りかえしのなかに、運河の黒い水面へとくだってゆく石段の用心深い曲がり具合のなかに、ダンスをする男女のほほえみのなかに、神がかくも惜しみなく人間の孤独をつつみこんでくれる、あらゆるもののなかに。】

    ここに、ナボコフの矜持を見た。ひょっとしたら、「幸福」っていうのは、ひとつの意志のスタイルなのかも知れない。/


    「オーレリアン」:『賜物』にも、蝶に魅せられ、突然旅立っては長い間家に帰って来ない父親が描かれていたが、この物語の主人公もご同様。
    ある日、自分を頼りにしている古女房を棄て去って、蝶探しの旅に駆り立てられてしまうというのは、いったいどれほどの渇望なのだろうか?
    小心者の僕にはなかなか想像もつかないが、分からない分だけ余計に心に引っかかってしまう作品。
    ナボコフの胸の内にも、彼らと同じ渇えが疼いていたのだろうか?/


    他にも、生の昂揚のさなかに死を迎える人を描いた作品がたくさんあった。
    ちょうど、ヘミングウェイ『フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯』のような。
    おそらく、ナボコフの死生観なのだろう。/


    「レオナルド」:ここでは、一人の虐められる男が描かれる。
    ある種の人間を見つけると、人は無性にそいつを虐めたくなるようだ。弱くて、孤独で、変わり者。例えば、サイモン&ガーファンクルの『とっても変わった人』や、ゴーゴリの『外套』の主人公のような人物だ。/


    「環」:『賜物』の主人公の伯爵家と、彼らの優雅な生活を、その優雅さゆえに憎んでいる青年が登場する。これを読むと、なんだかナボコフの伝記が読みたくなってくる。/


    「フィアルタの春」:前回読んだときとは違って今回は、沼野先生がお薦めしてくれたこの作品の美しさが少しは分かったような気がする。これは収穫。
    どうやら、前回は、僕にはありがちなことだが、ひどく集中力を欠いていたようだ。

    【フィアルタの春は曇っていて、うっとうしい。何もかもがじめじめしている。プラタナスのまだら模様の幹も、トショウの茂みも、柵も、砂利も。青みがかった家々は、やっとのことで立ち上がり、手探りで支えを捜そうとしている人たちのようだ(略)彼方には、その家並みをでこぼこで不揃いな縁取りにして、青白いかすかな光に照らされた聖ゲオルギー山のおぼろな輪郭が見えているのだが、その姿が絵葉書のカラー写真とこれほど似ていない季節は他にないだろう。

    ー中略ー

    ぼくはこの小さな町が好きだ。それは、この名前の響きのくぼ地に、あらゆる花のうちでも一番ひどく踏みしだかれてきた小さく暗い花の砂糖のように甘く湿った匂いが感じられるからだろうか、それともヤルタという響きが調子っぱずれに、しかしはっきりと聞こえるからだろうか。あるいはこの町の眠たげな春がとりわけ魂に香油を塗りこむような作用を及ぼすからなのか。わからない。いずれにせよぼくはこの町で目覚めてとても嬉しかった。】/


    【(ちなみに、一九七一年のインタヴューの中で、ナボコフは短篇の中で「雲、城、湖」「ヴェイン姉妹」「フィアルタの春」の三作を自薦している)。】(解説)/


    たとえ、それまで地を這う虫のような半生を送っできたとしても、人生の終わりでこの短篇集に出会えるとしたら、人生、まんざら棄てたもんじゃない!


    おかげさまで、「短編を10作品選んで史上最高の短編集を作れ」に挙げるべき短篇「ロシアに届かなかった手紙」と出会うことができました。/


    若干の書誌情報:

    『ロシアに届かなかった手紙』(加藤光也訳、集英社、1981年):「ロシアに届かなかった手紙」を収録。/

    『ナボコフの一ダース』(中西秀男訳、サンリオ文庫、1979年・ちくま文庫、1991年):「フィアルタの春」、「雲、城、湖」を収録。/

    『ロシア美人』(北山克彦訳、新潮社、1994年):「レオナルド」、「円」(The Circleだから「環」のことだろう。)を収録。/

    『ナボコフ短篇全集Ⅰ』(諫早勇一他訳、作品社、2000年):「神々」、「ラ・ヴェネツィアーナ」、「バッハマン」、「ロシアに届かなかった手紙」、「オーレリアン」を収録。/

    『ナボコフ短篇全集Ⅱ』(諫早勇一他訳、作品社、2001年):「レオナルド」、「環」、「フィアルタの春」、「雲、城、湖」、「ヴェイン姉妹」を収録。/

  • ナボコフのこれらの短編をどんなふうに評価すればいいのか、正直いってわからない。ぼくはこの本を図書館で借りていたために2週間以内に読み切らなければならなかった。そんでもってひとつ言えることは、短編とはいえ決してあっさり読めるようなものではないということ。
    なぜかというと……これらの短編を読んだ印象を並べてみると…

    ・詩的な表現。特にはじめのほうの短編には顕著。「響き」がとても好き。

    ・描写に関して。その精密さ。
    ヘッセ並の自然描写はそのような光景を見慣れていない自分としてはきついものがある。それに句読点から句読点までが長いので、それが一体何を描写している文章なのか、最後の主語を読むまでわからない。
    「ある日没の細部」の解説にあるとおり、〈「情景描写を飛ばし読み」するような読者を戸惑わせるに違いない〉。
    この点はとても痛いところをつかれた。確かに情景描写・人物描写を読み飛ばす癖が自分にはある……。

    ・いわゆる「短編」に人々が期待するような、「閉じた物語」のほうが少なく、どのように理解したらいいか戸惑うような話の多いこと。
    「環」はタイトルからもその意図がはっきりしているけれど、最後を読んでまた冒頭に戻る……という円環構造になっている。(冒頭の「第二に、」という書き出しには驚いた)
    この円環構造で書かれた作品がけっこう多いように思う。だから一度読んでよくわからず、二度三度読む……というのが正しいのだろう。「短編は手軽に読める」という常識を覆すような作品ばかりなのだ。
    〈つまり、展開とは宿命的に円環を成してしまうものですからね〉(「北の果ての国」)

    ・作者としてあまりに残酷なように思えるような展開。息子ナボコフは父ナボコフが「残酷な人間や残酷な運命に対して示す侮蔑」というようなことを冒頭書いているから、物語がそのように残酷にしめくくられることも冷笑していたのだろうか。「名誉の問題」や「雲、城、湖」の残酷さったらない!

    ・二人称というのか、「君」に語りかける手紙形式をとった作品がいくつかあって、これはあまりないだけに新鮮だった。

    ・描写でここは何色、あそこは何色、という色についての言及が重なるところがあって、それはキャンバスに風景を描き込むような、彼の画家的な気質によるものなのか……とか考えてみた。わからんけど。

    ・「響き」で詳しく書いているけれど、他人に入り込んで他人の目で見、触れるという行為がどうやら好きらしい。作家にとってかなり有利な習い性のように思えて、ちょっと真似したくなった。


    さて、単純な感想をば。
    どの話がおもしろかったか……と後からぱらぱらページをめくってみると、その多彩なイメージに驚かされる。読んでいる間はさして感慨もなかったのだけれど、後から振り返るとあれもこれも……と。

    狐につままれたような感じ。
    こう、がしっという手ごたえがない。
    だけど確かに何か、ずばぬけた何かがあるというか、後光が射すというのか、「あなた何でか光ってますよ」みたいな。
    傑作な「物語」を書けるんだけど、そのことに大して興味がない。
    やあ、わからない。

    〈ひょっとすると、大切なのは、人間の苦しみや歓びなどではまったくなくて、むしろ、生きた肉体の上での光と影の戯れや、この特別な日の特別な時間、またとない独特な方法で集められた些細なことがらの調和のほうなのかもしれない〉(「けんか」)

    〈ありふれた事物を、未来の思いやりのこもった鏡に写し出されるときのように描くこと。身にまわりの事物のなかに、はるか離れた後代の者たちだけが識別し、鑑賞する、あの匂いたつ優しさを見出すことなのだ。そのときになれば、われわれの平凡な日常生活のあらゆる些事がおのずからの価値によって、この上もなく美しく、喜ばしいものとなるだろう。〉(「ベルリン案内」)

    〈もしぼくが文学者だったら、想像力を持つなんて自分の心だけにしか許さないだろう、まあ、それから記憶も大目に見てもいいかもしれない。記憶というものは真理が投げかける夕べの長い影なのだから〉(「フィアルタの春」)

    〈わたしはあなたの小説が好きではありません。強すぎる光のようだと言えばいいのでしょうか、あるいは、話したくなくて考えたいと思っているときにすぐそばでやかましく話されるようなものなのかもしれませんが、あなたの小説はわたしをいらいらさせるのです。それと同時に、あなたは純粋に生理的な意味で、何というのか、作家の秘訣というか、基本的な表現手段の秘密というか、つまりひじょうに稀有で重要なものを持っていらっしゃる。〉

    〈ぼくは具体的な満足感のために作品を書き、それよりはずっと具体的でない金銭のために作品を出版している。(略)ところが、作品が自然に成長をとげ、生みの親であるぼくから離れていけばいくほど、子供に執着をもたないこの親にとっては、子供の身に起きるさまざまな偶然の出来事がますます抽象的で些細なことのように感じられてしまう。〉(「ヴァシーリイ・シシコフ」)

  • オーレリアン

    カッコウ、チンチラ、チョウ、
    蝶の標本を売る店。
    バーテン。
    エレオノーレには子どもがいない。

    ピルグラムとオランダ娘。

    目まぐるしく変わる登場人物と風景が夢の中のような小説。
    日曜日には朝のコーヒーを何回にも分けてすする。
    ナボコフの文体は何回も読むようにかかれているのだろう。

  • 新潟BF

  • アマゾンに注文しました。
    (2013年9月9日)

    アマゾンに注文していた『ナボコフ全短篇』(作品社)が届きました。
    いま読んでいる『維摩経』よりも、ひと回り大きい。
    https://twitter.com/murasaki_asano/status/377632712858681344/photo/1
    (2013年9月11日)

    読み始めました。
    (2013年11月17日)

    読んでいるのは、初版第4刷ですが、
    誤字がそのままです。
    増刷時に変更を希望します。
    第1刷で間違っているのはありうることです。
    4刷にもなって、そのままというのは、怠慢です。

    61ページ
    継げる←告げる

    62ページと67ページ
    来た←着た

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著者プロフィール

1899年ペテルブルク生まれ。ベルリン亡命後、1940年アメリカに移住し、英語による執筆を始める。55年『ロリータ』が世界的ベストセラー。ほかに『賜物』(52)、『アーダ』(69)など。77年没。。

「2022年 『ディフェンス』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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