- Amazon.co.jp ・マンガ (262ページ)
- / ISBN・EAN: 9784862258311
感想・レビュー・書評
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<寒さに、いや絶望に凍りつく?
この作品は、シベリアに抑留された経験を持つ父親から著者が聞き取った事実を元にしたコミックである。
著者の父は帰国して60年というもの、抑留生活の記憶に蓋をして生きてきた。今、聞いておかなければ記憶している人がいなくなってしまうと思った著者の働きかけにより、その重い口を開いていく。
おそらく父の口調は朴訥で、口ごもりがちであっただろう。
それに呼応するように、著者の絵柄は素朴で、ほのぼの系ともいえそうな趣である。
飾り気のない画風は、描き出される事実の残酷さをなおいっそう際だたせ、胸が締め付けられるようである。
著者の父、小澤昌一は大学生であった昭和18年、実感もないまま招集され、満州に送られる。実質的な実戦に関わることもないままに、ロシア兵に捕縛され、シベリアに送られる。
そこは酷寒の地。
マイナス40℃になることもある、屋内までが凍りつく寒さである。
しかし、それよりもなお人の心を凍らせたのは、絶望だった。
収容所生活がいつ終わるか分からないという絶望。いつ頃には帰れるとデマが飛ぶ。極悪な栄養条件の下での過酷な労働で、次々に倒れていく仲間たち。
だが、それに劣らないほど恐ろしいのは、依って立つイデオロギーが崩れ落ち、次に何がよしとされるのか、予測も付かないことだ。
軍国主義は敗戦によって崩壊し、シベリアではソ連の共産主義を押しつけられる。「アクチブ」と呼ばれる扇動者になるよう洗脳された者たちは、次々にかつての特権階級をつるし上げていく。従わなければ食料を減らされ、労働を増やされる。他人を貶めて自分の立場をよくしようとするものも現れる。偽りの密告でも、疑われたらレッテルを剥がすことはできない。
だが、帰国した後に待っていたのは、シベリア帰りは「アカ」だ、との色眼鏡だった。そのため、まともな職に就けなかったものも多かったという。
著者の父は4年間をシベリアで過ごした。1つ違えばもっと早く戻れたかもしれないし、あるいはシベリアで命を落としていたのかもしれない。
最長で13年をシベリアで過ごした者もいたという。
「ふるさと」を歌いながら逝った阿矢谷の魂は故郷に戻っただろうか。濡れ衣を着せられても毅然としていた碓氷は、その後、どのような戦後を送ったのだろうか。
戦争という極限状態が人に残す傷跡を思うと、粛然とせずにいられない。
*『杏奈と祭りばやし』(大和和紀)のドラおじさん、『ねしょんべんものがたり』のトクさん、そして『善人ハム』(色川武大)の善さんは、いったいどんな深淵を見てしまったのだろう。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
筆者の実の父親のシベリア抑留経験を漫画にしたもの。
戦争の過酷さは戦争中にも存在したが、戦後にも、戦争よりもずっと長い期間に続いていた。
シベリアの厳寒の地において、人権を無視した、人間の管理がされていた。
サンリオなどのキャラクターのようなかわいい絵柄で、過酷な経験が表現されていく。あまりにも濃い絵だと読み切れないと思う。
各章の初めに実際に父親が語る様子が表現されている。この父親のたたずまいが、過酷さ、戦争の、人間の残酷さを語っている。
ちょうど、「収容所から来た遺書」でシベリア抑留のノンフィクションを並行して読んでいたので、同様の内容が多く、勉強になった。
アクチブによる日本人同士の疑心暗鬼。
未来の見えない中の収容所(ラーゲリ)生活。
帰国(ダモイ)という危うい希望が、不安定な状況だけに、半ば宗教的な意味を持っているということ。
この本が自費出版として出版された意味は大きい。
ドラマチックに誰かを楽しませたいのではなく、事実として風化させたくないというところが大きな目的である。
訥々と語られる、漫画表現が非常に、このテーマとフィットしていること、現代日本の漫画の表現の広さ、漫画文化としての懐の深さを感じた。 -
作者の「あとかたの街」と同時に日本漫画家協会賞大賞を受賞した本書は、しかし「あとかた」とは違い、ほとんど画像資料のないのにほとんど唯一のシベリア抑留漫画になっている。同じように小熊英二「生きて帰ってきた男」に記された小熊英二さんのお父さん謙二さんの体験と多くの部分は重なる所があり、2人の記憶の正しさを証明することにもなっている。お互い相補う所もあり、是非一読をお勧めする。
ちばてつやさんが「暖かく、やさしいタッチのマンガ表現なのに、そこには「シベリア抑留」という氷点下の地獄図が、深く、リアルに、静かに語られている。」と推薦文を書いている。その通りだと思う。
特に最大の犠牲者を出したという、1946年の最初の冬越えを詳しく描いていて、貴重である。
2015年8月読了 -
ページをめくるのが辛い。父はこのような暮らしをしたのか。
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亡き曾祖父がシベリア抑留を経験者ということもあり、前から気になっていたけどなかなか向かい合う勇気が出なかった本。
実家祖母の家にシベリアからの墨だらけや手紙が残っていたりはするものの(この本を読むと、手紙を送らせてもらえただけまだ優遇されていたのかなとも思ったり)、具体的な話を聞く機会もなく…
かわいい絵柄と壮絶な内容のギャップが凄い。
素朴な笑顔とか絶望の表情とか、グサグサきました。
ここまで未来も保障されず、絶望だらけの生活があったなんて…。
一時期いろいろな書店で平積みされていましたが、最近は私の周りの店では棚に1冊ささってる店も少ないという状態。
ずっと本屋さんに置いてあってほしい。 -
著者が高校の課題として父の戦争体験を聞き書きしたときから、いつか作品にすべきではないかという思いを抱いていたという。20年以上の時を経て、当初は自費出版という形で世に出たものが改めて刊行された。
父がとつとつと語るその昔話は、シベリアでのまさに地獄絵図。絵柄が「ほのぼの」としているがゆえに、つぎつぎに簡単に人が死んでいく日々がかえってリアルに感じられる。
衝撃的な、私のような戦争次世代の人間はもちろん、その次の世代にも読み継がれるべき作品。 -
漫画で描かれているので
手に取りやすいですが
中身は 本当に心が凍るようなことばかり
凍土で亡くなった方たちは
日本に帰りたかっただろうなぁ・・
何度も 「ダモイ」(帰国)と
言われるも 果たされない約束
辛かったろうなぁ・・・ -
シベリア抑留の体験記。収容所での過酷な労働、飢えと寒さ、想像したくないぐらいの極限状態です。
でも一番怖かったのは共産思想に赤く染まった収容所内での日本人同士の吊るし上げ。これは軍国主義が共産主義にすり替わっただけだ。戦争に突き進むとき、日本全体でこれと同じことをしていた。同調圧力で軍国主義に染まっていった。誰もそれを止めることができなかった。戦争で酷い目にあってるのにまた同じことをしている。心底恐ろしかったです。