昭和のエートス

著者 :
  • バジリコ
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レビュー : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (289ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862381187

感想・レビュー・書評

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  • 2008年の当時の社会問題を思い返しながら熟読。

    昭和人とは、終戦によってそれ以前の昭和との「断絶」を経験し、それを身に引き受けて内省しえた識者たちのこと、という規定はおもしろい。

    だが、本編はふだんどおり、2006-08年ごろブログの書き散らしの論考や各種の媒体への寄稿文をまとめたもので、テーマに一貫性がなく、ややもの足りなさを感じてしまう。

    あと、教育についての論は、やや教育者としての保身を感じるせいか、突き詰め方がユルい。教師が駄目人間でも生徒がまっとうな人間に育つように教育システムを制度設計すべきだとか、教育は市場原理から解放されねばならない、と言う極論はおいおい、と思う。インフルエンザのために休学になった授業の補講がない、というのも、割高な私大なのにおかしい。教官が働かないのに給料もらえてトクするだけでしょ。それを理屈こねて納得させようとしてるだけ。

    受験で負担になる教科(世界史)を教えるようにすべき、という回答にふさわしいのは、「それを知ってたら、旅行行ったり、ドラマや映画観たりするの楽しいよ♪」で十分じゃないかと思うけどな。

    考え方としては面白いし、鋭いメスの入れ方をするのだけど、たまに、それ言っただけでどうなるの、センセイ?って思うこともしばしば。そこが学者の限界か。

    赤木智弘とかいう出来の悪い格差論者の「希望は戦争」を論破した一考はすがすがしく、拍手を贈りたい。あんな他責的なアホがいるせいで、ロスジェネは使えないと思われるのは心外だ。

    「社会が危機的状態に立ち至ったときに、相互支援する組織に属さない孤立した労働者に社会上昇のチャンスはほとんどない」
    「私たちは近代市民社会の起源において承認された前提が何だったかもう一度思い出す必要があるだろう。それは「全員が自己利益の追求を最優先すると、自己利益は安定的に確保できない」ということである」

    この一文を読んだだけでも価値がある。

  • 2014/03/05

  • 2006年~2008年の間に様々な媒体に寄稿した文章の寄せ集め本。
    昭和のエートス的な話は最初だけ。
    テーマごとにまとめられてるようで、そんなにまとまってもない。

    とは言え、私はいつも気になる個所に付箋を貼って、後で反芻するんですが、
    気が付くと今回も付箋だらけになっていました。

    第4章『アジア的宗教性』で内田先生は、
    「どういうわけだか私はバリに来ると異常に眠りが深くなる」と書かれていました。
    そして今日twitterで「バリに出発します」とつぶやかれていました。
    今頃先生は深い眠りについておられることでしょう。

    こういうシンクロニシティ、とても好きです。

  • 内田樹の雑稿集。確たる知性と芯と信条のある人は何を書いてもいつ書いてもぶれないものですな。

  • リフォーム中だったはす向かいの家に見学会の幟が立っている。曰く「今、甦る昭和の家」。黒板塀に見越しの松を配した平屋の家は、プレハブ建築が目立つ町内ではレトロな雰囲気を醸し出している。眺めているうちに、前の道がまだ舗装されていなかった頃、雨上がりの水たまりに青空が映っていた風景を思い出した。映画「ALWAYS三丁目の夕日」のヒットが示しているように、いつの頃からか「昭和」がひそかなブームになっているらしい。しかし、また何故、今「昭和」なのだろうか。

    現在の世界同時不況は最早「恐慌」と言っていい。派遣切りに象徴される格差社会は職もなく住む家も持たない人々を排出し続けている。平和ボケと言われ、薄っぺらでのっぺりした時代を何ら危機意識を持つこともなしにぬくぬくと生きてきた現代人が、自分たちを取り巻く状況の息苦しさにようやく気づきはじめ、貧しくはあったが楽しかった「昭和」にノスタルジーを感じているというところだろうか。とはいえ、同じ昭和でも戦争中や戦前はそこには入らない。

    「一九五〇年代初めから一九六〇年代初めまでに日本社会に奇跡的に存在したあの暖かい、緩やかな気分を「昭和的なもの」として私は懐かしく回想する」と内田は言う。1950年代初めといえば、戦後の混乱期がようやく治まり、人々が平和の有り難味を享受しだした頃だ。そこから1960年代初め、つまり東京オリンピックのために東京が大改造を受ける頃までといえる。

    なぜその時代がそうまで懐かしく感じられるのだろうか。その答えは「昭和人」にある。「昭和人」とは「昭和生まれの人間」のことではない。「昭和という時代を作り出し、生きた人」のことである。明治時代を作ったのが明治生まれの人間でないのと同じだ。手持ちの辞書によると「エートス」とは、「社会集団・民族などを特徴づける気風・慣習・習俗」を表している。「昭和のエートス」とはどのようなものであるか。

    江戸時代に生まれた人間が明治維新という「断絶」を受けとめ、明治時代を作ったように、明治末期から昭和初期に生まれた「昭和人」は、敗戦という「断絶」を経験し新生日本を立ちあげなければならなかった。骨絡みに染みついた国家主義を半身に引き受けながら、それをメスで一つ一つ切り離すようにして、科学信仰と民主主義という戦後の価値観を残る半身に移植するという荒業をなしとげた「昭和人」に対して内田は敬意を示す。典型的な「昭和人」として内田が挙げているのは、吉本隆明、江藤淳、太宰治である。彼らは「断絶」を内に抱えながら「断絶以後」を生きることによって、「断絶」を知らないそれ以前の世代や以後の世代の持ち得なかった深い知性を持ち得たからである。

    1952年に連載が開始された『鉄腕アトム』は「断絶とそこからの再生」の物語だと内田は言う。狂気の天才科学者天馬博士が作り出したアトムは知っての通り機関銃を装備した「兵士仕様」だった。成長しないことを理由に捨てられたアトムはアイデンティティの再構築を計る。その足場となったのが、お茶の水博士に代表される「正しい科学技術」とタマちゃんやヒゲオヤジが代表する「学校民主主義」である。あの『鉄腕アトム』が、捨てられた「兵士仕様の子どもたち」が科学と民主主義に支えられることによって存在理由を見出してゆく物語、と読み解かれるのである。目からウロコとはこのことである。

    騙されて神懸かり的な国家主義に熱狂した記憶を持つ「昭和人」は、「科学志向」と「民主主義」を新しい指針とする一方で、加害に荷担したことを恥じ、自制する風儀を持っていた。「恥じ入ること、謙抑的であろうとすること」は戦後の一時期、ある年齢の人々の基本的なマナーであった。(戦争に負けたのだから)みんなそれぞれ好きにやればいいじゃないかと、人のやることにいちいち目くじらを立てないようなところがあり、それが世の中の風通しをよくしていた。そういう「昭和のエートス」が、東京オリンピックの頃を境に日本から消えていくようになる。

    それは、オリンピックを国威発揚の機会ととらえ、伝統的な胡同(フートン)を前近代的な残滓としてあっさり破壊してしまう中国においても同じである。「北京オリンピックが失うもの」で内田はこう書いている。「貧しさ、弱さ、卑屈さ、だらしのなさ……そういうものは富や強さや傲慢や規律によって矯正すべき欠点ではない。そうではなくて、そのようなものを「込み」で、そのようなものと涼しく共生することのできるような手触りのやさしい共同体を立ちあげることの方がずっと大切である。」

    日本には、もうあの緩やかな時代が戻ってくることはないだろう。しかし、あの時代の空気を肌で知る世代の一人として、ただ懐かしんでばかりはいられない。弱者が切り捨てられようとする時代であるからこそ、なおさらに「手触りのやさしい共同体」の再生が希求されるのである。国家論、教育論と硬質な話題が目立つが、アトムの例からも分かるように斬新な切り口は読者を魅了する。「日本人の社会と心理を知るための古典二〇冊」の中に愛読書を何冊見つけられるか、同世代は勿論のこと、若い世代の読者に是非読んでもらいたい好著である。

  • 素晴らしかった。
    内田樹先生、さすがだ。

  • ちょっと散漫な内容なエッセイ集。(以下引用)

    個人がリスクを取り、努力をし、その報酬として得た利益については優先的な請求権があるというルールを認める限り、私たちは構造的に弱者を必要とするのである。(中略)徹底的な能力主義の導入による格差解消という構想のアポリアはこの点に存する。すなわち弱者の側からする「より合理的なシステム」の要求が、要するに弱者の入れ替えをしか意味しないということである。(P.132)

    学校教育が資本主義市場経済よりも歴史的に早く登場した社会制度なのである以上、その存在理由や存在しなくてもいい理由を市場経済の用語で説明しようとすることには原理的に無理がある。(P.144)

    国民は「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負う」と定めた憲法26条には「児童は、これを酷使してはならない」という27条の文言が続くのである。近代の憲法が定める教育にかかわる国民の義務規定は端的には、子どもは資本主義の市場原理にさらすなと命じているのである。(P.144-145)

    学校というのは原理的に言えば「それが何の役に立つのか」を子どもたちがまだ知らないし、それを表現する語彙を持っていないことを教わる場である。というより「それが何の役に立つのか」を子どもがまだ知らず、言葉で表現できないからこそ子どもは学校へ通わないといけないのである。学びとは学び終わったあとになってはじめて自分が学んだことの有用性や意味について知ることができるという順逆が転倒したかたちで構造化さえている。(P.148)

    「この問題の発生は私の責任があり、この問題の解決についても私の責任がある」という言い方が存在することを日本人は忘れてしまったかのようである。(P.205)

  •  この人の思考のエリアを把握してやろうと、読んでいる。

     結構読んで思うのは、この人の思考の根源をもう少し知るために、

     この人の読んだ本に興味を示し始めてる自分がいるということ。


     この人を超えることなどただの私には到底できないだろうけれども、もう少し掘り下げて向き合いたいと思い始めたのはとても意味のあることに思う。



     あれだなぁ。いいのか悪いのか分からんが、うがった見方をすれば、
     筆者はマイノリティ的精神を持って、マジョリティにうまく溶け込むすべを得ていて、その架け橋になるべく、言葉の足りない私(もしくは私に似た思考の人間)に思考の明確化を促してくれているように勝手に思っているんですけど、

     架け橋としての役目が更なる均質化へ向かうのではないかという危惧があって、でも私が人に理解してもらいたいと願い外部に向かう行為は、全てまたその均質化に向かうんだよなぁ、とか思う。

     私の思考は、うまく整備されてない。優先順位が付けられない。規則正しくできないことが、思考にも及んでいて、それが自分を「頭の悪い人間」だと思うんだけれど、どうにかならんもんか・・・。

     『あなたはバカじゃない。』と何人かの人に言われたことがある。
     それを聴いて、喜ばないでいられるだけの思慮深さくらいはあるみたいで、
     それはバカじゃないけど、頭の良い人間ではない、ということで、
     私が苦しんでいるのはそこで、
     その裏をかくことができるくらいの思考なんて、正直無駄だよ。


     中途半端さなんかいらない。バカならば、気持ちのよいくらいのバカになりたかった。そうじゃなければ、悩まないで済むだけの思考力がほしい。
     体系だった思考のモデルが良く分からなくて、そんなのあるのかわかんないけど自分のがとり分けわかんなくて、


     この本を読んで決めた。
     しばらくこの人を、ロールモデルに決めてみる。

     なんのこっちゃ、このレビュー。

     

  • またまた内田教授のエッセイ。表題作が新鮮だった。葛藤が人間に深みを与える−言われてみれば当たり前なんだが、本当にそうだなと思う。「つるんとした時代」に生きていることに感謝しつつ読む。教育問題については他を圧する説得力。「学校のことなんか放っておけ」本当にね。

  • 内田樹さんはナイアガラー。親近感を持って読む。

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