邪悪なものの鎮め方 (木星叢書)

著者 :
  • バジリコ
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本棚登録 : 792
レビュー : 100
  • Amazon.co.jp ・本 (325ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862381606

感想・レビュー・書評

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  • 新聞や雑誌などに寄稿したものを一冊にまとめたもの。
    得体の知れないものに対する心の持ちようを説いた本で
    タイトルだけだとオカルト的なものに感じるが内容は
    至って真面目というか【効率的なもの、正しいとされるもの】
    だけを追求することに疑問を投げかける、『それは変だと思う』
    ということが主。コラムをまとめたものなので一日一編
    少しずつ読んだ。内容になるほど、と思うことも多かったが
    全体に漂う『私はこんなに頭がいいんだ、周りはバカだ』
    という感じに馴染めなかった。書いてあることは凄く実のある
    ものだったので後は文体というか筆者のキャラがあうかどうか。

  • 本の目次に使われてる字や本文の組み方、
    表紙、別丁・・・装丁がとにかく好みです。
    たまりません。

    本文は「子どもについて」と、あとがきの「言葉を発していくうちに答えが見えてくる」という表現が好きでした。



    ・・・しかし本として、手元に置いておきたくなる一冊。
    ほしいなぁ。

  • ■書名

    書名:邪悪なものの鎮め方
    著者:内田 樹

    ■概要

    どこかの大学の教授が考えた世の中の色々な事について
    書いてある一冊

    ■感想

    カウンセラー教室の知り合いに教えてもらいました。
    恐らく、教えてもらわなければ、自分では手に取ることは
    なかったと思う本でしたね。

    久しぶりに新しい読書体験でした。
    面白い文章を書いているので、こんな捉え方もあるんだ
    な~と刺激になりました。

    論理的なように書かれている本ですが、結構感情的だな~
    と感じました。

    著者の方は、言葉を知っているから、読み手がそれらの
    言葉に惑わされてしまう時もありますが、結局、"世の
    中矛盾だらけですが、頑張ってうまく生きていきたい"
    という思いが出ているよう思います。

    難しい哲学的な言葉で相手に物事を伝えるのは、難しいの
    で簡単な言葉で表現してみました。

    話しがずれますが、時々、哲学的な言葉を使う人はいま
    すが、相手に伝える意思があって使っているならいいで
    すが、哲学的な言葉を使っている自分に酔っている方は
    うっとおしいです。

    話しを元に戻しますと、新しい視点が欲しい方は読んで
    みると面白いかもしれません。

    ■気になった点

    ※自分の言葉で少し直している部分があります。根本的
     には本の中で同じこと言っています。

    ・なぜ、わたしたちは"父(神)"を要請するのか。
     それは、私達が"世界には制定者などいない"という
     "真実"に容易に耐えることが出来ないからである。

    ・ふるまい方のマニュアルが存在しない世界で、人は
     人として振るまえるのか。

    ・実態的な暴力が人を選ぶとき、そこには"私達が理解
     できるような基準が見えない"。これを邪悪なものと
     表現している。つまり、邪悪なものには合理性が一切
     ない。

    ・"子供"には子供の仕事がある。それは、"ここ、変だよ"
     とアラームを上げることである。しかし、システムを
     修復するのは、子供には出来ない。現代日本は、子供
     の数が増えすぎた社会である。

    ・トラウマというのは、記憶が"書き換えを拒否する"病態
     である。

    ・精神の健康は、"耐えず過去を書き換えることが出来る"
     能力によって、保たれている。

    ・自分の学力を上げることと、他人の学力を下げる事は
     同一の意味である。そして、他人の学力を下げる方が
     はるかに効果がある。だから、お互い学力を下げようと
     すれば、全体的な学力は低下する。

    ・権利を主張するのは、被害者の立場を先取すること

    ・裁判員制度の前提は、"裁判が身近でなく、わかりにくく、
     司法に対する国民のみなさんの信頼が低下している"という
     のが論理的にはあるはずである。誰も、それを言わないが。

    ・無差別殺人の怖い部分は、殺された人がどういう人とか関係
     なく、殺された人数だけが残る点である。また、事後、事件に
     ついて語る人(私も含めて)は、被害者を記号的に利用した
     加害者に加担することになる。

    ・科学的というのは"そこに何かは分からないが、何かが存在
     すると仮定しないと話しが進まない"場合には、そういうもの
     があると仮定することである。分子も原子も素粒子もこのよう
     に発見されてきた。

    ・私達に危険を及ぼすもの90%ぐらいは、私達には見えな
     い部分から発生している。だから、危険が見えてから
     回避する能力よりも、危険は見えないけど、それを検知
     する能力を育てた方がいい。

    ・武道と言うのは、外形的には、効率的に人を殺傷する技術
     である。

    ・"自分が何を探しているか分からない状態で、自分が必要な
     ものを探し当てる能力"というのが知的パフォーマンスの
     最高の様態である。

    ・素人がお稽古事をする目的は、"ペナルティのない失敗
     を繰り返す事が出来る場所で多くの失敗をして、おのれ
     の未熟さと不能さを学ぶこと"である。

    ・死ぬことは生物が体験できる至上の快である
     それは、一度死ぬともう死ねないから。

    ・"誰の仕事でもない仕事は自分の仕事である"という人を
     仕事のモチベーションが高い人というのである。

    ・政治的に正しい人は、システムの不調を前提として主張
     をしているから、何でもやる人は、孤立する場合がある。

    ・日本が内向きなのは、内向きでも飯が食えるからである。
     外向きになるのは、外向きじゃないと飯が食えないから
     である。これらを比較する時に、国内事情、国民の人数
     などを抜きにして比較しても無駄である。
     (何でもかんでも海外に目を向ける必要は無い。)

    ・今の生活レベルはいくらでも乱高下するものである。そん
     なので、一喜一憂するのはおろかなことである。

    ・危機の時、失ったものリストをつくっていては、未来はな
     い。何が残っていて、残っているもので自分と他人に何が
     出来るのかを考えた方が健全である。

  • 生きてると感じてしまう『邪悪なもの」。それらを鎮めるためには「身体感度」なんだってよ

  • 20100610読了。いくつもグサっと来る。

  • いいこと言ってるのに読んでるそばから忘れてく。

  • 実際に「邪悪なもの」に対処する方法が書いてあるわけではない。
    日常にあふれる負の出来事・負の感情に言葉を以て応えてくれる。
    考え方を変えられるほど示唆に富んだ言葉が詰まっています。

    装丁は文平銀座。

  • 何かの書評でお薦めしてた1冊。
    タイトルに惹かれたので最初はちょっと違和感…ん?エッセイ?
    読み進めるうちにあまりの面白さにびっくり!
    ちょっと頭良くなった気分になるもんね
    でも内容を人に伝えようとすると全然説明できないんだけど(笑)
    こんな人いたんだ~今まで知らなかった!大学の先生なのね!
    大学生に戻れるなら頑張って受験勉強するから
    是非ゼミに参加させて欲しいなぁ~
    せっかく同じ時代に生きてるんだからどこかで会ってみたい!
    他の本も読むつもりです!

  • これも氏のブログのおまとめ本なのだが、こうやってあるテーマで一冊にまとめられるとやはり読みやすく、「まえがき」や「あとがき」もつく分面白かった。
    この何ともいえないところを言語化するのがほんとうまいよなぁ…、と毎度感心させられます。
    とはいえ、ブログでも読めるんですよね、これ。(^^;)
    (ブログそのままではなく編集されてますから本の方がすっきりしてるけど。)
    自分の覚え用として、目次にあわせてリンクを入れておこうかなと思う。
    内田氏はブログで 『ご存じのように、私はネット上で公開した自分のテクストについては「著作権放棄」を宣言している。』(※) とおっしゃってるし?
    ※)http://blog.tatsuru.com/2009/04/05_0820.php

    特に、この視点は強く脳内にメモっておきたいと感じた節には★印をつけておく。
    -------------------
    ■第一章:物語のほうへ 邪悪なもののコスモロジー
      ・「父」からの離脱の方位 http://blog.tatsuru.com/2009/06/06_1907.php
      ・過激派的外傷あるいは義人とその受難・高橋源一郎『ジョン・レノン対火星人』解説
      ・「子ども」の数が増えすぎた世界 http://blog.tatsuru.com/2007/12/02_1208.php
      ・ゾンビの教訓 http://blog.tatsuru.com/2009/05/21_0905.php
      ・X氏の生活と意見 http://blog.tatsuru.com/2008/05/19_1253.php
      ・「読字」の時間の必要 http://blog.tatsuru.com/2008/10/08_1220.php
      ・『1Q84』読書中 http://blog.tatsuru.com/2009/06/04_1313.php

    ■第二章:邪悪なものの鎮め方 呪いと言祝ぎ
      ・霊的体験とのおつきあいの仕方 http://blog.tatsuru.com/archives/001328.php
      ・呪いのナラティヴ http://blog.tatsuru.com/2008/06/23_0906.php
      ★被害者の呪い http://blog.tatsuru.com/2008/05/13_1156.php
      ・裁判員制度は大丈夫? http://blog.tatsuru.com/2008/07/09_1349.php
      ・人工臓器とコピーキャット http://blog.tatsuru.com/archives/000181.php
      ★記号的殺人の呪い(※書下ろし)
      ★震災から10年 http://blog.tatsuru.com/archives/000683.php
      ・呪鎮のための装置の必要性 http://blog.tatsuru.com/2006/11/
      ・心霊的読書 http://blog.tatsuru.com/2008/04/27_1012.php
      ★アメリカの呪い http://blog.tatsuru.com/archives/001810.php
      ・全共闘運動は日本をどう変えたか? http://blog.tatsuru.com/2008/07/06_1145.php
      ★モラルハザードの構造 http://blog.tatsuru.com/2008/01/19_0927.php

    ■第三章:正気と狂気のあいだ 霊的感受性の復権
      ★人を見る目 http://blog.tatsuru.com/2008/11/03_1337.php
      ★そんなの常識 http://blog.tatsuru.com/2008/09/25_1649.php
      ・後両肩取心得 http://blog.tatsuru.com/2007/09/07_1030.php
      ・剣の三位一体論 http://blog.tatsuru.com/2007/09/10_1202.php
      ★そのうち役に立つかも http://blog.tatsuru.com/2008/07/07_1711.php
      ★失敗の効用 http://blog.tatsuru.com/2009/06/01_0927.php
      ・「死んだあとの私」という想像的視座 http://blog.tatsuru.com/archives/001360.php
      ★反復の快 http://blog.tatsuru.com/archives/001664.php
      ・ミラーニューロンと幽体離脱 http://blog.tatsuru.com/2007/02/13_0843.php
      ・他者の体感との同調と、私自身の他者化 http://blog.tatsuru.com/2007/02/20_1015.php
      ・蘇るマルクス http://blog.tatsuru.com/2008/05/23_1649.php

    ■第四章:まず隗より始めよ 遂行的予言集
      ★まず隗より始めよ http://blog.tatsuru.com/2009/05/13_1112.php
      ★「おせっかいな人」の孤独 http://blog.tatsuru.com/2008/12/20_1033.php
      ・新学期のご挨拶 http://blog.tatsuru.com/2007/04/10_0947.php
      ★「内向き」で何か問題でも? http://blog.tatsuru.com/2009/01/05_1110.php
      ・Let's Downsize http://blog.tatsuru.com/2008/11/18_1033.php
      ・女性的資本主義について http://blog.tatsuru.com/2008/02/12_1607.php
      ・原則的であることについて http://blog.tatsuru.com/2008/04/07_1315.php

    ■第五章:愛神愛隣 共生の時代に向かって
      ・あなたの隣人を愛するように、あなた自身を愛しなさい http://blog.tatsuru.com/2009/03/19_1213.php
      ・学院標語と結婚の条件 http://blog.tatsuru.com/2009/04/09_1010.php
      ・窮乏シフト http://blog.tatsuru.com/2008/12/06_0911.php
      ★親密圏と家族 http://blog.tatsuru.com/2008/10/15_1715.php
      ・草食系男子の憂鬱 http://blog.tatsuru.com/2009/04/29_1045.phphttp://blog.tatsuru.com/2009/06/23_1951.php
      ★妥協と共生 http://blog.tatsuru.com/2008/05/21_0958.php
      ★家族に必要なただひとつの条件 http://blog.tatsuru.com/2008/03/05_1516.php
      ・小学生にはむずかしい文章 http://blog.tatsuru.com/2009/02/23_1501.php
    -------------------------

    氏の本やブログを読んだあとは、いつも合気道が習いたくなる。
    「引用」は、「あとがき」より。

  • 内田先生、このタイトルはどうなんでしょうか。ちょっと読むのをためらってしまったじゃないですか。この後の新刊は「現代霊性論」だし。おそるおそるのぞいてみれば、良かった、いつものブログ本だった。

    いつ頃からかあまりテレビを見なくなった。それでも、ごひいきチームの野球中継とニュースは見てたんだけど、野球はCMがしんどくなり、このごろはニュースを見ててもどっと疲れる。そんな繊細な人間かいなと自分でもあきれるが、なんだかみんな攻撃的で押しつけがましく感じられてため息が出る。

    で、そういう時には教授にお出ましを願う。繰り返し読んできたフレーズを本棚から探してくる。知的でしかも市民感覚的にまっとうで、きわめて実用的なのが内田本のいいところ。今回ストックしたのは次のような箇所。

    「道徳律というのはわかりやすいものである。それは世の中が『自分のような人間』ばかりであっても、愉快に暮らしていけるような人間になるということに尽くされる。それが自分に祝福を贈るということである」

    「『公正で人間的な社会』を『永続的に、法律によって確実なものにする』ことは不可能である。それを試みる過程で100%の確率で『不公正で非人間的な政策』が採用されるからである。『公正で人間的な社会』はそのつど、個人的創意によって小石を積み上げるようにして構築される以外に実現される方法を知らない」

    「人間の共同体は個体間に理解と共感がなくても機能するように設計されている。そのために言語があり、儀礼がある。…変わったのは家族ではなく、家族の定義である。誰が変えたか知らないけれど、ほんらい家族というのはもっと表層的で単純なものである。成員は儀礼を守ることを要求される。以上。それを愛だの理解だの共感だの思いやりだのよけいな条件を加算するから家族を維持するのが困難になってしまったのである」

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著者プロフィール

うちだ・たつる 1950年東京生まれ。武道家(合気道7段)。道場兼能舞台兼私塾「凱風館」館長。神戸女学院大学名誉教授。翻訳家。専門はフランス現代思想史。東京大学文学部卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科修士課程修了。ブログ『内田樹の研究室』。



「2019年 『そのうちなんとかなるだろう』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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