フージーズ――難民の少年サッカーチームと小さな町の物語

制作 : 北田 絵里子 
  • 英治出版
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本棚登録 : 28
レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784862760623

感想・レビュー・書評

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  •  米国ジョージア州アトランタ郊外のクラークストーンという小さな町は、難民の流入に伴い数年のうちに劇的な変化に見舞われた。本著は、ここを舞台に起きた、難民の少年たちのサッカーチームと、そのコーチである若き女性との感動のノンフィクションである。

     この世界には数多くの難民が存在する。その数は3000万人以上とも言われている。この難民を支援するために、国連難民高等弁務官事務所があるが、この組織が存在し続けているというのは決して喜ばしいことではない。このような組織が必要なくなることこそ私たちの願いであるはずだが、現実として難民が存在する以上は彼らを支援していくことが必要だ。紛争または迫害により国を離れた人たちは第3国で暮らすことになる。そして、このクラークストーンは、難民が移住するのに適した場所とみなされ、世界各国、コンゴ、ブルンジ、スーダン、リベリア、アフガニスタンなど様々な国からの難民を受け入れた。

     サッカーチームのコーチとなるフーマは、ある時クラークストーンの団地の駐車場でサッカーをしている難民の少年たちと出会う。彼女は、彼らとサッカーを通じて仲良くなるにつれて、彼らの抱えている問題を知るようになる。その問題の解決の手段として、彼女は無料のサッカープログラムを始める。

     フージーズというのは、難民(レフジーズ)を略した名称で、そのサッカーチームの名前でもある。このフージーズの前には様々な壁が立ちふさがる。ある時は、不可解な理由でグランドの使用が禁止された。このようなやりとりすべてが、彼らの新しい故郷における立場を暗示していた。自分たちは招かれざる存在で、よそ者でしかないのだ、と。メンバーの一人がこう話す。「ぼくたちは、クラークストーンの住民です。自分の住む町でサッカーができなきゃ、どこですればいいんです?」

     これは、日本においても他人事ではない。在住外国人の増加や、少子化による労働力不足を外国人労働者で補うとする案があるなど、ますます他の国の人と共生していくことが必然となっているいま、この物語は私たちの将来を表したものであると言えよう。

  • 2015年87冊目。(再読)

    多国籍の難民が住むアメリカの小さな町「クラークストン」で起きた美しい物語。
    国籍も言葉も文化も違う子どもたちで結成された難民少年サッカーチームの失敗や成長の物語だけでなく、
    逃げざるを得なかった子どもたちの母国で何が起こっていたのかという歴史的背景や、
    異文化を受け入れるということの社会学的な考察など、バランスが良い。
    難民を受け入れることで起きる元住民たちからの反発にも目を背けずにいつつ、うまく受け入れを行なって成功をおさめた人たちの事例も、今この世界で知って欲しい。
    ====================
    2011年27冊目。(初読:2011年4月6日)

    人間を「人の間」と書くのは、私達は生きる上で何らかの人の集まりに『所属』することを必要とするからだと思う。
    その所属は、生まれによって決まる人種・国籍・宗教・言語の場合もあれば、
    それらの壁を乗り越えた何かである場合もある、
    そのことをこの物語は示してくれた。

    祖国の迫害を逃れてきた難民が集まるジョージア州のある町で、
    多くの異なる所属を抱える不安定な少年達を繋げたもの。
    それは、
    難民が抱える不安という共通項、
    厳しく、そして同様に不安定であった移民のコーチ、
    そしてサッカーボールだった。

    異文化の集合体が生み出す美しい物語の中で、
    異文化の混合が生み出す問題をもリアルに知らせてくれる本書の価値は大きい。

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