キルギスの誘拐結婚

著者 :
制作 : 林 典子  ナショナル ジオグラフィック 
  • 日経ナショナルジオグラフィック社
4.04
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レビュー : 30
  • Amazon.co.jp ・本 (140ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863132818

作品紹介・あらすじ

中央アジアのキルギスで、仲間を連れた若い男が、嫌がる女性を自宅に連れていき、一族総出で説得し、無理やり結婚させる「誘拐結婚」。世界が注目する受賞写真でつづる、衝撃の「慣習」。気鋭のフォトジャーナリストが、1カ月の追加取材を経て届ける、待望の初写真集!南仏の報道写真祭「ビザ・プール・リマージュ」特集部門最高賞「ビザ・ドール(金賞)」、全米報道写真家協会「フォトジャーナリズム大賞」現代社会問題組写真部門1位。

感想・レビュー・書評

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  • 本書に載せられた写真は力強く、一度見たら忘れられない。今、自分がいる場所が明らかになる。私は今、キルギス社会に生きているわけではない。「アラ・カチュー」と呼ばれる行為が慣習なのか、犯罪なのか分からない。人口500万人余りの国が抱える歴史や問題も知らなかった。けれども、私が歩む一歩一歩にこの写真集が影響してきていることを感じている。林典子氏のフォト・ジャーナリストとしての覚悟と共に、目にすべき一冊だと思う。

  • ショッキングな写真が、なんて書いてあるから恐る恐る見たけど、そんなことなくて安心。

    「誘拐結婚」という習慣があることも知らなかった。

    新郎は、泣き叫んで抵抗してやがて観念して諦めた女性に、毎日どういう気持ちで向かい合うのでしょう?
    終わりよれけば全て良し?

    何より、新婦は、どれだけのことを諦めたり憎んだりしたらいいんだろう。
    悪しき慣例、助けてくれない家族、味方になって欲しいのに説得にまわる新郎の家族の女性。

    子供が産まれるまでにそれはそれは無理をして気持ちの整理をしているのでしょうね。


    誰か、キルギスの男性に、誘拐しなくていいんだよと、口説く楽しさを教えてあげてください。

  • 中央アジアのキルギスで、
    仲間を連れた若い男が、
    嫌がる女性を自宅に連れていき、
    一族総出で説得し、無理やり結婚させる「誘拐結婚」とは……。
    前にTVで観てそんな事ホントにあるの?と
    衝撃を受けそれからずっと気になってた写真集。
    キルギスでも違法と認められていながら
    『家族間のことだから…』と黙認されている誘拐結婚。
    その誘拐された女性達を撮ったもの。

    なんて言うか、こうゆう現実がまだあるんだと…
    女の人の置かれた立場…
    うまく言い表せない…胸が痛い…。
    表情は正直。

    キルギスでは、結婚の約3割が「誘拐結婚」

  • この写真集を見て、自分が世界のことをまったく知らないと教えられました。ぜひ、みなさんに知ってもらいたいです

    *図書館の所蔵状況はこちらから確認できます。
    http://opac2017.lib.kitami-it.ac.jp/webopac/BB50110066

  • 不思議。誘拐という形で無理やり1、2回会ったような男に連れてこられて結婚させられる。数時間泣き叫び抵抗しても、数時間すれば受け入れてしまう彼女たち、そして受け入れるのが「当たり前」もしくは「仕方がない」となってしまっている風習、習慣、価値観。息子が誘拐した女性を説得する息子の母親たちの存在。すべてが不思議だった。
    誘拐する男性も、チンピラとか犯罪者ではなく、ごく「普通(何が普通なのかも私の価値観ではあるのだけれども)」の人たちで、優しそうな家族がいる。誘拐された女性の家族も、娘を差し出すパターンもあるし、連れ戻そうとするパターンもある。
    法律次第で善悪なんてコロコロ変わるし、何が道理的で、倫理的かどうかなんて、他の国の者が自分の国の価値観に照らし合わせて勝手に善悪をつけることではない、ということもわかる。だから、不思議としか言えない。

  • 帯文:”世界が注目する受賞写真でつづる、衝撃の「慣習」。気鋭のフォトジャーナリスト、林典子が、1ヵ月の追加取材を経て届ける待望の初写真集!” ”中央アジアのキルギスで、仲間を連れた若い男が、嫌がる女性を自宅に連れていき、一族総出で説得し、無理やり結婚させる「誘拐結婚」。”

    目次:はじめに、キルギスという国、チョルポン、ファリーダ、ウルス、アイティレック、アイペリ、ディナラ、それぞれの肖像、あとがき、著者プロフィール

  • 今朝初めて目にした「誘拐結婚」という言葉。昼過ぎに本書を入手し、今読み終えた。女性の人格、意思への配慮が皆無の暴力的な結婚を”慣習だから”と受け入れざるを得ないなんて。かつて自分も同じように連れ去られ、絶望の中結婚したはずの女性たちが、今では 若い女性の説得役になってしまうなんて。
    著者の林典子さん自身が、「取材中、自分の立ち位置について何度も考えた。目の前におきている現実に、私は鑑賞すべきなのか」「正解はないと思っている」と言っているのに強く共感する。この事実を知ることができ、良かったと思う。

  • タイトルからしてインパクトのある写真集である。最初に知ったのは購読している『ナショナル・ジオグラフィック』誌上で、この写真集にも収められている「誘拐されて抵抗する女子大生」をとらえた1枚が胸にドスンと響いた。

    「え?なにこれ現代の話?」「そもそも誘拐と結婚て同列に並べていいもの?」いくつもの疑問が脳内をよぎり、ハッとして写真に添えられていたテキストを目で追った。キルギスで伝統とされている結婚様式のひとつであること、現在は現地での法律でも禁止されているが未だに根強く行われていること、誘拐後に結婚を拒否して戻ってこれても、その後汚れた存在として周囲から冷たい目で見られてしまうこと…。

    他国の「文化」と関連のある慣習を、その文化圏以外の人間が語ることは難しい。日本人の「刺身」という食文化ひとつとっても、我々の感覚と諸外国の方々とでは想いが異なる。そういった迷いが、写真家である林典子さんからもうかがえた。敢えて、記録に徹しているのだな、という印象も受けた。だからだろう、この誘拐結婚に対して、(本来なら、彼女自身が働く自立した自由な女性であるので、こういった形式には反対の立場なのだろうが、)意識的に多角的な見方をしようと試みていることが分かる。誘拐結婚をして幸せになっている夫婦も取り上げているし、このシステムを賢く利用して、駆け落ち同然で結婚してしまったカップルなども紹介されている。

    ただ、やはり、写真を見る限りでは誘拐されてきた女性の瞳はほとんどの場合が虚ろだ。彼女たちのインタビューが多少載っているが、大抵、まだ大学生だったり、1年後に都会へ出て就職する予定があったり、既に恋人がいたりと、自分自身の人生を自分で作っていく途中であったことがうかがえるものばかりだ。そういったものを諦めて、状況を受け入れて花嫁になった者もいる。そのこと自体が絶対的な不幸だとは断言できないが、女性の犠牲の上にこのシステムが成り立っていることは忘れずにいるべきだ。

    キルギスの男性の中にも、誘拐結婚に反対の人は多くいる。しかし、学校の教師のような「学がある」と周囲から思われている人であっても、誘拐結婚に手を染めるケースが未だに存在している。更に、林さんのリサーチによれば、このような乱暴な誘拐結婚は決して「伝統」ではないと言う。

    生活と文化と時代が複雑に絡み合った「生き方」の一場面の切り取りとして、この写真集は非常に優れている。問題提起という側面も孕んでいるだろうが、写真家本人が一概にそうとも言えないというスタンスを一貫して崩していないので、変にヒステリックな要素もない。そういう地域、人々、現実があるということを、美しい写真とともに知る第一歩となればと思う。

    誘拐結婚の写真がメインだが、キルギスの町並みや伝統的な家具デザイン、子供たちの様子など、場所としてのキルギスについて知ることのできる写真もおさめられている。何気なく壁に掛けられた織物の美しさに見惚れる。

  • この写真集を手にしたからといって安直な発言はできないけれど、でも、誘拐結婚は伝統ではないし、少なくともこんなに乱暴ではなかったと話している老夫婦がいることからも、やはり異常な慣習だと思わざるを得ない…。
    誘拐結婚の結果幸せに暮らしている女性もいるとはいえ、それは諦念の末に生み出した幸福ではないのかしら…。恋愛結婚、もしくは幾つかのお見合いを経て結婚したら今より不幸になっていたとは、誰も言えないのでは…。

    そして所狭しと室内を飾る伝統模様の色彩の豊かさよ…。

  • 仲間を連れた若い男が、
    嫌がる女性を自宅に連れていき、
    一族総出で説得し無理やり結婚させる。
    キルギス語で「アラ・カチュー」と呼ばれる「誘拐結婚」について。

    この慣習は現在のキルギスでは違法なのだが、なかなかなくならない。
    警察や裁判官も単なる「家族間の問題」として
    犯罪として扱うことはほとんどないそうだ。

    何故なくならないのか。どうやって連れ去るのか。
    誘拐され結婚を受け入れた女性の気持ちはどうなのか。
    結婚後にどういう日常を過ごすのか、
    疑問だらけになった。

    基本的にクルグズ人のほとんどが
    スンナ派のイスラム教を信仰しており、
    スンナ派はアッラーへの信仰と伝統的な共同体の安定を重んじる。

    それに加えて、高齢者を敬う慣習の強いキルギスは、
    長時間にわたる高齢者の説得に根負けする女性が多い。
    また、いったん男性の家に入った女性は
    「純潔性(Chastity・Virginity)」を失ったとみなされ、
    噂が広まって家族に迷惑をかけたくないと
    結婚を受け入れる女性もいる。

    婚約者がいても誘拐される。
    誘拐された女性を説得するのは旦那方の親族の女性たち。
    誘拐された女性の8割が結婚を受け入れる(!)そうだ。

    説得中にもかかわらず結婚式の準備というか、
    隣の部屋で結婚祝いの食事がすでに始まっているのに驚く。
    既成事実を作ってしまうのか。

    また「誘拐結婚」の形をとることで、
    結婚を反対していた両親に認めさせるケースもある。
    「できちゃった婚」みたいなものか。


    取材後に著者は、
    誘拐結婚とは、キルギスの村社会の人間関係、価値観、
    遊牧時代からの歴史が絡み合った実に奥深く複雑なもので、
    婚姻の一つの形であり、
    キルギス社会に根付いた文化「慣習」なのではないか。
    その「慣習」を日本人の私の主観で
    一方的に否定してよいものか考えこんでしまう。

    考えてみたら「お見合い(Arranged marriage)」だって
    外から見たらかなり風変わりな慣習の一つに見えるかもしれない。
    でもその制度によって、日本の社会は維持され、
    家族制度が成り立ってきた歴史がある。

    例えるなら、韓国の犬肉文化みたいなものかもしれない。
    現地では今なお犬食文化は旺盛で、特に男性が精力を付けるために
    毎年夏の「三伏」と呼ばれる時期に犬肉を食べる習慣がある。
    それは日本人が土用の丑の日に鰻を食べる風習があるのと同じ感覚だ。

    他国の食文化にケチを付けるほど野暮なものはない。
    韓国でも犬肉の売買は表では禁止されているそうで
    一般的に流通するものではなく
    犬市場の存在も法的にはグレーゾーンという事になっているらしい。
    この仕組みはキルギスの誘拐結婚の形と極めて似ている。

    根強い食習慣が残っている状況で
    簡単に全面禁止に踏み切れないお国柄があるのだろう。

    理解しがたい風習もあるし、
    その根底には信じがたいほどの女性蔑視がある。
    慣習や伝統を重んずるのか、人権を重んずるのか。
    皆が望む平和な形でこの問題を軟着陸できないものか。

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