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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784863240407
作品紹介・あらすじ
生物学者・福岡伸一がおくる極上の美術ミステリー紀行。
みんなの感想まとめ
美術と旅が融合した魅力的なエッセイが展開されており、著者は生物学者の視点からフェルメールの作品を追いかける旅を描いています。34点の作品を鑑賞しながら、アムステルダムからニューヨーク、パリまで、世界中...
感想・レビュー・書評
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フェルメールは17世紀のオランダの画家。映像のような写実的な手法と綿密な空間構成そして光による巧みな質感表現を特徴とする、と言われている。
本書は、生物学者の福岡伸一が、「フェルメールの作品が所蔵されている美術館に赴いてフェルメールの作品を鑑賞する」というコンセプトに基づいて書かれたものである。フェルメールの作品は37作品が確認されており、福岡伸一は、本書の中で34の作品を鑑賞している。残りの3つは、行方不明または個人所蔵で鑑賞の許可が得られなかったものである。
本書は、ANAグループの「翼の王国」に掲載されているものを書籍化したものである。2007年から2011年までの、足かけ4年間にわたって掲載されていたものだ。
「翼の王国」は、全日空機に搭乗すると置いてある機内誌である。航空会社の機内誌なので、飛行機に乗って旅に出かけたくなるような内容の読み物が発行者側にとっては理想の記事であるはずだ。本書の、福岡伸一の足かけ4年にわたるフェルメールを追いかける旅は、それを十分以上に満たしている。
フェルメールの作品は世界中の美術館に散らばっている。アムステルダム、ハーグ、ワシントン、ニューヨーク、パリ、エジンバラ、ロンドン、ダブリン、ドレスデン、ベルリン、ウィーン。これらの都市を福岡伸一は、フェルメールを追いかけて4年をかけて旅をし、そして思索を続けるのである。
こんなに贅沢な旅、うらやましい、というよりも、意表をつかれた気がする。数年間をかけて世界中に散らばっているものを観るために旅する。旅心を誘う読み物としては、ほとんど満点ではないか。
フェルメールについて知らなくても、あるいは美術について詳しくなくても、福岡伸一の文章で、旅行記として、十分に楽しめる。また、写真もとてもきれい。
コロナが終息したら、また旅に出かけたいと思わせる本だった。 -
(2012/8/13)
福岡さんあなたはいったい何をする人ですか、羨ましい!
生物学者であり、動的平衡などの著作でも有名な福岡伸一さんが、
フェルメールを探しに世界中の美術館を訪ねてはエッセイを書くという、
思いっきり贅沢な本。
憧れるなぁこういう旅。
おりしもフェルメールの作品が来日中。
「真珠の耳飾りの少女(別名 青いターバンの少女)」が東京都美術館。マウリッツハイス美術館展。
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/
「真珠の首飾りの少女」が国立西洋美術館。ベルリン国立美術館展。
http://www.berlin2012.jp/tokyo/
ついでにフェルメールセンター銀座では「フェルメール光の王国展」6丁目
http://www.vermeer-center-ginza.com/
フェルメールだらけである。
しかし福岡さん、いろいろ想像をめぐらせて、
フェルメールに対する興味を掻き立ててくれてます。
うまいです。
第1章 オランダの光を紡ぐ旅
第2章 アメリカの夢
第3章 神々の愛でし人
第4章 輝きのはじまり
第5章 溶かされた界面、動き出した時間
第6章 旅の終焉
第7章 ある仮説 -
フェルメール作品を見に行く旅、良いなぁ。
いつか自分も同じように巡りたい。 -
生物学者である福岡伸一氏がフェルメールを巡り、科学と科学者との繋がりを見出しながら謎に対して夢想する旅エッセイ。楽しくも羨ましい一冊だった。
現在も人気色褪せないフェルメール。本書は13年前の書籍だが、とてつもない速さで移り変わる時代の中で、人気故ということもあるが、フェルメールの絵画にあるものや姿勢は大きく変わりなく、安心感を覚える。
最後の夢想部分、ロマンとしては事実としてあってほしいものだ。デフルトに住まい近い時期に洗礼を受けた画家とアマチュア科学者。そこの繋がりが画家の死まで無かったとは誰も断言できまい。 -
ミーハーな感覚で好きなフェルメールについて、生物学者の福岡伸一先生が鑑賞可能な作品を全て訪ねて書かれた本。各美術館のキュレーターの解説などに加え、福岡先生お得意の「動的平衡」の切り口で絵画を鑑賞、解説している。個人の趣味ではないかと思える部分もあるが、同じ街で活躍していた某科学者の論文の挿絵をフェルメールが書いたのでないかなど、同時代に生きた全く別の分野の人々との関連性を推理したり、動的平衡を切り口に見るとどうなるかなど、新たな楽しみ方を提供してくれる。やっぱりプロの人って、その人のプロフェッショナルな分野で世界を語れることが重要だと思うので、その視点を学ぶという意味でも参考になる一冊。
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生物学者の福岡伸一さんによる、フェルメールを巡る旅。
それぞれの絵に対して感じる印象がとてもわたしが持ったものと近く、そのことについて各美術館のキュレーターさんに質問してくれているのでわたしの疑問にもいくつか答えてもらえた。
写真や図版も多くて贅沢。
それにしても、失礼ながら生物学者という肩書から想像がつかないくらい美しくてふくよかな日本語。各美術館を訪ねるときにはフェルメールとともに当時の学者についても触れるので、その街がすこし立体的に見えるのも良かった。
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生物学者が紡ぐフェルメールを巡る紀行文。
私が2010年に出逢った書籍「生物と無生物のあいだ」。それから8年。私にとって、フェルメールに関するはじめての本として手にとった本書の著者は、あの「生物と無生物のあいだ」の著者である生物学者 福岡伸一氏のものでした。
科学者と芸術家の類似性として良く言われるのが、「美しいものを追求する姿勢」ですが、本書にはまさにこれが表現されています。
少し長いですが、本書を象徴する表現が本書にありますので、少し長いですが掲載して感想にかえさせていただきます。
【本書抜粋 福岡伸一氏】
思えば、17世紀は、時間の一瞬を切り取りたいと人々が願い、それがかなった時代でもあった。世界は絶え間なく動き、移ろい続けている。それはガリレオやカッシーニが観察したとおりである。しかし、人間の目は、絶えず運動をし続ける対象をずっととらえ続けることはできない。何とかそれを一瞬、とどめることはできないか。物体の運用を一瞬とどめ、そこに至った時間と、そこから始まる時間を記述する方法はないか。まさにそのようにして数学における微分法は生まれた。ライプニッツやニュートンたちは運動の方程式を使って、動くものを一時、そこにとどめ、その物体が次にどの方向へどのような速度で動き出すかを予測する方法を編み出した。それが微分である。このことによって力学と運動が記述できるようになる。
フェルメールはまさに、ガリレオとカッシーニとともに生きた。フェルメールは、ライプニッツやニュートンと全く同じ願いをもっていた。そしてそれぞれ別々の方法で同じことを達成してみせたのだ。この世界にあって、そこに至る時間と、そこから始まる時間を、その瞬間にとどめること。フェルメールは絵画として微分法を発見したのである。科学と芸術はまったく不可分だった。
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もとはANAの機内誌「翼の王国」に2007年から2011年にかけて掲載。
フェルメールゆかりの地と作品をめぐる。フランクフルトを皮切りに、アムステルダム、ライデン、ハーグ、デルフト、ワシントンDC、ニューヨーク、パリ、エディンバラ、ロンドン、ダブリン、ドレスデン、ベルリン、ブラウン・シュヴァイク、そしてウィーン。ANAだけあって、旅は充実。写真も満載。
最終章では、フェルメールが光学顕微鏡の先駆者レーウェンフックと交友関係にあり、『天文学者』や『地理学者』に描かれているのはその彼であり、フェルメールにカメラ・オブスクラを教えたのはこの彼であるという「仮説」を紹介している。ふたりは同年同月、同じデルフトに生まれており、少なくとも交友関係がなかったわけがない。しかし、それを示す資料はいまのところ出ていない。
朽木ゆり子『フェルメール全点踏破の旅』(集英社新書)も本書と同趣向。読み比べてみるのも一興。 -
年齢も、アメリカ滞在期間も、滞在場所も、読書傾向もほぼ一致する作者に、他人とは思えない親しみを覚えている。
通勤に同じ銀座線を使っていた関係で、作者の隣に腰掛けたこともある。
本書で、作者は、フェルメールに対する愛を溢れさせ、フェルメールの絵画の美しさを、詩的で且つ知的な文章で、存分に語ってみせる。
こうした文章でフェルメールを語ってみたいものだ。
しかし、作者の真骨頂は、科学者としての観察眼にある。
通常では気の付かない、フェルメール作品の類似と差異を、科学者の視点で示してくれるのだ。
科学者の視点からの指摘で秀逸なのが、レーフェンフックとの関係に関する推理だ。
顕微鏡を作ったレーフェンフックとフェルメールは同郷人で、同時代人だった。
レーフェンフックの顕微鏡での観察結果を描いた絵は、フェルメール死後、突然レベルダウンする。
何故なのか。
福岡は、友人であるレーフェンフックのためにフェルメールが描いていたと、推測する。
驚きだが、蓋然性の高い推理だ。
福岡先生は、ほとんどのフェルメールを、その収蔵する美術館で見ている。
羨ましい。
しかし、いかに福岡先生でも、見ることの出来ないフェルメールがある。
それは盗まれたフェルメールだ。
名作の誉高い、時価総額数百億円とも言われる「合奏」がボストンの美術館から盗まれたのは1990年。
丁度、その時、福岡先生はボストンは、ハーバード大学に居て、私はボストンから車で一時間のロードアイランドに住んでいた。
ボストン美術館に行った帰りに、ブラブラ歩いていて、素晴らしい邸宅を見つけた。
それが、イザベラ•ガードナー美術館だった。
中庭のあるスペイン調の邸宅に名画の数々が飾られ、富豪の邸宅に招かれて最高級の美術品を見せてもらっている非常にインティメットな感じのする美術館だった。
その美術館の秘宝こそフェルメールの「合奏」だった。
さりげなく壁に飾られた「合奏」を心ゆくまで堪能することが出来た。
その翌日のことだ、「合奏」が盗まれてしまったのは。
福岡先生も「生物と無生物のあいだ」のまえがきに、そのニュースの衝撃を伝えている。
と、言うわけで、「合奏」を見た最後の日本人は、私なのかもしれない、と思っている次第。
その時、同時にドガの馬のスケッチも盗難に遭っている。
ひょんなことで、その盗まれた筈のドガの馬の絵を見つけたのは、フランスのあるお金持ちのアパートでのことだった。
そのドガの隣には、ピカソのリトグラフが飾られていた。
さりげなく、アパート中を見回ってみたが、「合奏」は見当たらなかった。
このお金持ちは、ブルゴーニュにシャトーを所有している。
そのシャトーのどこかに「合奏」は眠っているのではないか、と妄想している。
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「よりフェルメールが好きになれる」
福岡伸一なればこそですね、、、
今思うと、フェルメール・センター銀座に観に行けば良かったと後悔している...「よりフェルメールが好きになれる」
福岡伸一なればこそですね、、、
今思うと、フェルメール・センター銀座に観に行けば良かったと後悔している(所詮複製だよねぇと思ったのが間違い)。。。2012/12/26 -
今、真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されてますので、もし近くにいらっしゃる機会があればどうぞお越しください。今、真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されてますので、もし近くにいらっしゃる機会があればどうぞお越しください。2012/12/26 -
「真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されて」
終わっちゃいましたねぇ、、、平日に行ける日があれば行ったのですが(人が多いとクラクラして鑑賞出来な...「真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されて」
終わっちゃいましたねぇ、、、平日に行ける日があれば行ったのですが(人が多いとクラクラして鑑賞出来ない軟弱者です)・・・残念。2013/01/07
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これ、☆10個つけることが出来るなら、それでも15個つけたくなるぐらい面白い本でした。
ヨーロッパ、アメリカの美術館に点在するフェルメール作品を辿る紀行文なんですけど、超絶に楽しいのです。生物学者である作者が、自らの専門分野の知識を活かし、各地ゆかりの学者のお話をからめつつ、フェルメール作品に隠されたナゾを推理してくんですけど、なんというか、それ以上に、各都市の空気感みたいなのが行間からにじみでてて、チョーー旅行に行きたくなるという。って、これ、もとはANAの機内誌の連載だったんですね。たまらんわ!! -
大好きなフェルメールと福岡氏、しかもオールカラーでたっぷりの写真、それだけで大満足。オランダ行きたいな。
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光が、音や電波のような振動、というよりはむしろ粒子であることを理論的に予言したのは、ほかならぬアインシュタインである。しかし、アインシュタインに先立つこ300年近く前、すでに光が粒子であることを、確かに認識していた人がいるという。それが、17世紀オランダ美術を代表する画家ヨハネス・フェルメールである。
細部に秩序ある調和として現れている「光のつぶだち」が印象的なフェルメールの作品は、現存するものが37点。世界中に散らばっているフェルメールの作品の展示場所が、本書のインデックスでもある。登場人物は、レーウェンフック、エッシャー、野口英世、ガロア、ライアル・ワトソン、シェーンハイマーなど多士済々。本書は、分子生物学者 福岡伸一が「フェルメールの作品が所属されている美術館に赴いてフェルメールの作品を鑑賞する」というシンプルな原則に則って、思索を巡らせた美術紀行である。
◆本書の目次
第一章 オランダの光を紡ぐ旅
第二章 アメリカの夢
第三章 神々の愛でし人
第四章 輝きのはじまり
第五章 溶かされた界面、動き出した時間
第六章 旅の終焉
第七章 ある仮説
ワシントンの国立美術館の中にある作品『フルートを持つ女』。この絵はほかのフェルメール作品と違って、例外的に、板の上に描かれている。サイズも格段に小さく、意匠も、絵のタッチも、筆遣いも、光の角度もフェルメール的ではない。そのため、多くの研究者がこの絵をフェルメールの真作と認めていないともいう。
その絵に関して、とある学芸員がこのように言う。「絵を見るとき、あなたは何を見ますか。相違する何かを探しますか。それとも相補する何かを探しますか」この台詞が、本書における著者のスタンスを決定付けたかのような印象を受ける。著者はフェルメールの絵画と、自身の専門である科学との間に、相補する何かを見出そうとするのである。
例えば、ルーヴル美術館にある『レースを編む女』。この絵の特徴は、「コンピューターのICチップスの組み換え作業だといわれても納得するような、この絵にみなぎる時代を超えた精密感」というものである。数学的な美しさにも満ちたこの絵は、カメラ・オブスクーラという光学器具を使って、部屋の三次元的構図をキャンパスの二次元平面に正確に写し取られたとされている。フェルメールは、つねに空間の測定と幾何学の実現を企図していたのだ。
ここで、著者の思索は、同じくフランスに生まれた天才数学者ガロアの方へと巡らされる。ガロアは『幾何学言論』を読み、幾何学の建築がギリシア神殿のような単純さと美しさで建立されてゆくのを目の当たりにし、幾何学構造の偉容を理解した人物。フェルメールもガロアも、この世界には、目に見えないながらも、美しい構造があると信じていたという点で、つながっていたのである。
また、著者の専門領域である分子生物学に関する記述も興味深い。著者が好んで使うキーワードに「動的平衡」という言葉がある。私たち生命を外的な環境から隔てているように見える界面が、実は私たちを環境とつなげるためにある、という事実のことである。食べ物の元素は、めまぐるしいほどの高速で、体を構成する元素と交換されており、私たち生物は、絶え間のない流れの中にある元素の淀みにすぎない、そして生命にとっては、つねに変わり続けることが、できるだけ変わらないための唯一の方法であるという生命観だ。
この「動的平衡」という概念を、著者はフェルメールの絵にも見出す。ベルリンに『二人の紳士と女』という絵がある。この絵に描かれている二人の男は、光の当たり方は違うのだが、同じ髪型、服装をしている。著者は、彼らを同一人物ではないかと夢想する。これは推測の域を出ていないのだが、これが事実だとすると、一枚の絵に二つの異なる時間が描かれているということになる。これによって、止められていた時間が再び動き出したということ解釈することができるのだ。絵とその絵を見るものとの界面を溶かし、静かな安定の中にではなく、不自然なまでの流れの中に、ほんとうの自然があるという、実に鮮やかな発見なのである。
このように著者は芸術と科学の間を動的平衡のように行ったり来たりしながら、知的な揺さぶりをかけてくる。そして、やり方こそ違えど、芸術も科学も、いかにありありと世界を記述するかという一点において、その目的は同じなのだということに気が付かされる。我々もまた、変わらないために、変わり続けなければならないのであろう。記述したくなるような世界であり続けるために。 -
作者のフェルメールとレーウェンフックに関係性を見出したい気持ちが出すぎてちょっと怖かった。左側に窓のある部屋の絵は「フェルメールの部屋」というまんまの名前で呼ばれていることをはじめて知った。徹子の部屋みたい。
レプリカの集まるデルフトのフェルメールセンターは行ってみたい。 -
飛行機=航空機は大好きでよく乗る。
本書は以前全日空の機内誌に掲載されていたものをまとめたものだ。
福岡伸一という人は、フェルメールの研究家なのだと思っていた。
フェルメールが何故特別人気があるのか、よく分からない。
しかし、真珠の耳飾りの少女の絵は好きだ。
この絵は神戸市立博物館で観た事がある。
閉館30分前くらいだったか、その絵が展示されているエリア、区画だけ誰もいなくなった。
ラッキー‼️
5分から10分ほど独占できた。貴重な貴重な経験だ。
実際はそれ程長くなかったかもしれない。
ってな事を思い出す。
絵画芸術も神戸市立博物館、 -
フェルメールのほぼ全ての作品を、展示される現地の雰囲気にのせて堪能出来る一冊。読後は随分と長い旅から帰ってきた様な満足感に浸れます。17世紀のオランダ、レーウェンフックとフェルメールは同時期に同じ場所で育つ。レーウェンフックは専門教育を受けずして、自作の顕微鏡で数々の微生物を発見する一方、フェルメールは光と影を巧みに描写した質感の高い画風に定評がある。作者は生物学者であるが、芸術と科学の世界を独自の視点で結び付けつつ持論を展開していく。フェルメールは、その一瞬に何を見たのか。静止画でありつつも、見ている側に次の動作を連想させるその絵は、さながら瞬間を切り取る微分を思わせる、と。フェルメールとレーウェンフックは交流があったとされる。当時、人類未経験の最高倍率の顕微鏡から覗き見る限りなく小さな世界は、光を一粒として捉えさせ、それはフェルメールの精緻な作風に確かな影響を及ぼしていたのかもしれない。
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飛行機会社の機内誌を書籍にしているので、写真が沢山あり、旅をしながらフェルメールの全作品に触れられる楽しい本です。
著者の福岡伸一さんは、生物学者です。
学者というと、なんとなく服装に無頓着な人が多い印象ですが、たまにTV等で見ると、身につけているモノがおしゃれなものがたくさんあり。
この人何か違うなあと思っていたのですが、この本を読んで美への意識が高い方だったのだと妙に納得でした。
生物学者が美術の本をどのように展開していくのか、個人的には非常に楽しめた一冊でした。 -
光のつぶだち
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福岡先生は詩人ですね。
どうして、先生がフェルメールを好きなのか、
少しだけ理解できたような気がする。
絵画の中に封じ込められた一瞬の時は
次の瞬間を期待させる。
降り積もる時間の間合いを、
私たちも生きているのだと思う。
生物も生物が生み出すものも
そういう無常の所産なのだと思う。
トレイシー・シュヴァリエの『真珠の耳飾りの少女』を
図書館で借りてみた。
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福岡伸一の作品
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