フェルメール 光の王国 (翼の王国books)

著者 :
制作 : 小林廉宜 
  • 木楽舎
3.87
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本棚登録 : 648
レビュー : 85
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863240407

作品紹介・あらすじ

生物学者・福岡伸一がおくる極上の美術ミステリー紀行。

感想・レビュー・書評

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  • フェルメールが好きで借りてみた一冊。著者がフェルメールとゆかりがあると見られる人、国々を辿る。著者と共に旅をした気分になれ、よりフェルメールが好きになれる一冊。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「よりフェルメールが好きになれる」
      福岡伸一なればこそですね、、、
      今思うと、フェルメール・センター銀座に観に行けば良かったと後悔している...
      「よりフェルメールが好きになれる」
      福岡伸一なればこそですね、、、
      今思うと、フェルメール・センター銀座に観に行けば良かったと後悔している(所詮複製だよねぇと思ったのが間違い)。。。
      2012/12/26
    • 黄身さん
      今、真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されてますので、もし近くにいらっしゃる機会があればどうぞお越しください。
      今、真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されてますので、もし近くにいらっしゃる機会があればどうぞお越しください。
      2012/12/26
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されて」
      終わっちゃいましたねぇ、、、平日に行ける日があれば行ったのですが(人が多いとクラクラして鑑賞出来な...
      「真珠の耳飾りの少女が神戸に展示されて」
      終わっちゃいましたねぇ、、、平日に行ける日があれば行ったのですが(人が多いとクラクラして鑑賞出来ない軟弱者です)・・・残念。
      2013/01/07
  • これ、☆10個つけることが出来るなら、それでも15個つけたくなるぐらい面白い本でした。
    ヨーロッパ、アメリカの美術館に点在するフェルメール作品を辿る紀行文なんですけど、超絶に楽しいのです。生物学者である作者が、自らの専門分野の知識を活かし、各地ゆかりの学者のお話をからめつつ、フェルメール作品に隠されたナゾを推理してくんですけど、なんというか、それ以上に、各都市の空気感みたいなのが行間からにじみでてて、チョーー旅行に行きたくなるという。って、これ、もとはANAの機内誌の連載だったんですね。たまらんわ!!

  • 大好きなフェルメールと福岡氏、しかもオールカラーでたっぷりの写真、それだけで大満足。オランダ行きたいな。

  • 光が、音や電波のような振動、というよりはむしろ粒子であることを理論的に予言したのは、ほかならぬアインシュタインである。しかし、アインシュタインに先立つこ300年近く前、すでに光が粒子であることを、確かに認識していた人がいるという。それが、17世紀オランダ美術を代表する画家ヨハネス・フェルメールである。

    細部に秩序ある調和として現れている「光のつぶだち」が印象的なフェルメールの作品は、現存するものが37点。世界中に散らばっているフェルメールの作品の展示場所が、本書のインデックスでもある。登場人物は、レーウェンフック、エッシャー、野口英世、ガロア、ライアル・ワトソン、シェーンハイマーなど多士済々。本書は、分子生物学者 福岡伸一が「フェルメールの作品が所属されている美術館に赴いてフェルメールの作品を鑑賞する」というシンプルな原則に則って、思索を巡らせた美術紀行である。

    ◆本書の目次
    第一章 オランダの光を紡ぐ旅
    第二章 アメリカの夢
    第三章 神々の愛でし人
    第四章 輝きのはじまり
    第五章 溶かされた界面、動き出した時間
    第六章 旅の終焉
    第七章 ある仮説

    ワシントンの国立美術館の中にある作品『フルートを持つ女』。この絵はほかのフェルメール作品と違って、例外的に、板の上に描かれている。サイズも格段に小さく、意匠も、絵のタッチも、筆遣いも、光の角度もフェルメール的ではない。そのため、多くの研究者がこの絵をフェルメールの真作と認めていないともいう。

    その絵に関して、とある学芸員がこのように言う。「絵を見るとき、あなたは何を見ますか。相違する何かを探しますか。それとも相補する何かを探しますか」この台詞が、本書における著者のスタンスを決定付けたかのような印象を受ける。著者はフェルメールの絵画と、自身の専門である科学との間に、相補する何かを見出そうとするのである。

    例えば、ルーヴル美術館にある『レースを編む女』。この絵の特徴は、「コンピューターのICチップスの組み換え作業だといわれても納得するような、この絵にみなぎる時代を超えた精密感」というものである。数学的な美しさにも満ちたこの絵は、カメラ・オブスクーラという光学器具を使って、部屋の三次元的構図をキャンパスの二次元平面に正確に写し取られたとされている。フェルメールは、つねに空間の測定と幾何学の実現を企図していたのだ。

    ここで、著者の思索は、同じくフランスに生まれた天才数学者ガロアの方へと巡らされる。ガロアは『幾何学言論』を読み、幾何学の建築がギリシア神殿のような単純さと美しさで建立されてゆくのを目の当たりにし、幾何学構造の偉容を理解した人物。フェルメールもガロアも、この世界には、目に見えないながらも、美しい構造があると信じていたという点で、つながっていたのである。

    また、著者の専門領域である分子生物学に関する記述も興味深い。著者が好んで使うキーワードに「動的平衡」という言葉がある。私たち生命を外的な環境から隔てているように見える界面が、実は私たちを環境とつなげるためにある、という事実のことである。食べ物の元素は、めまぐるしいほどの高速で、体を構成する元素と交換されており、私たち生物は、絶え間のない流れの中にある元素の淀みにすぎない、そして生命にとっては、つねに変わり続けることが、できるだけ変わらないための唯一の方法であるという生命観だ。

    この「動的平衡」という概念を、著者はフェルメールの絵にも見出す。ベルリンに『二人の紳士と女』という絵がある。この絵に描かれている二人の男は、光の当たり方は違うのだが、同じ髪型、服装をしている。著者は、彼らを同一人物ではないかと夢想する。これは推測の域を出ていないのだが、これが事実だとすると、一枚の絵に二つの異なる時間が描かれているということになる。これによって、止められていた時間が再び動き出したということ解釈することができるのだ。絵とその絵を見るものとの界面を溶かし、静かな安定の中にではなく、不自然なまでの流れの中に、ほんとうの自然があるという、実に鮮やかな発見なのである。

    このように著者は芸術と科学の間を動的平衡のように行ったり来たりしながら、知的な揺さぶりをかけてくる。そして、やり方こそ違えど、芸術も科学も、いかにありありと世界を記述するかという一点において、その目的は同じなのだということに気が付かされる。我々もまた、変わらないために、変わり続けなければならないのであろう。記述したくなるような世界であり続けるために。

  • 作品は所蔵している美術館でこそ鑑賞すべきだと著者はいう。

    “なぜなら、作品は、そこに長い時間置かれることによって、その場所の持つ風土の光や匂いを宿すようになる気がするから”
    そう言われたら、確かにそんな気もする。

    けれども、ご当地に出向くのはなかなか難しい。
    ハーグ、デルフト、ニューヨーク、パリ、ロンドン、アイルランド、ドレスデン、ベルリン。著者とともに旅する気分で読んでみよう。

    本書が絵画についてのただの紀行文ではない点は、数学者のガロア、哲学者のスピノザ、生化学者のルドルフ・シェーンハイマーなど様々な科学者たちを引き合いにだし、フェルメールの科学者的な眼を考察しているところだ。野口英世もでてくる。

    そして、最終章には顕微鏡の父といわれるレーウェンフックとフェルメールの関係について、大胆な仮説が語られる。著者の見つけたある発見は、さながらダン・ブラウンの小説のようだった。

    図書館スタッフ(学園前):ノビコ

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    帝塚山大学図書館OPAC
    http://lib.tezukayama-u.ac.jp/mylimedio/search/search.do?target=local&mode=comp&category-book=1&category-mgz=1&materialid=2110023138

  • 2012.10

  • 前に、真珠の耳飾りの少女が、阪急うめだに来た時に買ったが、読みかけて、放ったらかしになっていた。
    Topikを受けに天王寺に行った時に、フェルメール展をやっていたのを思い出し、帰りに立ち寄った。試験に落ちたと思ったので、自分の中で、今日は、これを見に来たことにした。そういえば、前にこの本を買ったなと、家の本棚から引っぱり出して、数年越しに読み終えた。

  • ANAの機内誌に連載されていたと思う。なかなか良い。

  • 2012/5/5 友人とフェルメール光の王国展へ行きました。

    面白かったので、この本も読んで見ることにしました。

     ⇒ URLはこちら http://sea.ap.teacup.com/pasobo/1367.html 『フェルメール光の王国展と銀座歩き』 :  〜 Myブログ「パそぼとベルルのあれこれフリーク」

    こちらも行きたいね!
     ⇒ URLはこちら http://sea.ap.teacup.com/pasobo/1401.html 『「マウリッツハイス美術館展」でフェルメールを見よう』 :  〜 Myブログ「パそぼとベルルのあれこれフリーク」

    2012/5/5 予約 8/11 借りる。8/20 読み始める。8/31 読みきれずに一旦返却。
    もう一度借りて 読みます!!

    内容と著者は

    内容 :
    彼らが焦がれた、その光に導かれ、私は旅に出た−。
    “フェルメールの作品が所蔵されている美術館に赴いてフェルメールの作品を鑑賞する”というシンプルな原則に従って続けてきた旅をまとめる。
    『翼の王国』掲載を書籍化。

    著者 :
    1959年東京都生まれ。京都大学卒。青山学院大学教授。
    著書「生物と無生物のあいだ」はサントリー学芸賞及び中央公論新書大賞を受賞しベストセラーとなる。
    他の著書に「ロハスの思考」など。

  • 生物学者が紡ぐフェルメールを巡る紀行文。

    私が2010年に出逢った書籍「生物と無生物のあいだ」。それから8年。私にとって、フェルメールに関するはじめての本として手にとった本書の著者は、あの「生物と無生物のあいだ」の著者である生物学者 福岡伸一氏のものでした。

    科学者と芸術家の類似性として良く言われるのが、「美しいものを追求する姿勢」ですが、本書にはまさにこれが表現されています。

    少し長いですが、本書を象徴する表現が本書にありますので、少し長いですが掲載して感想にかえさせていただきます。

    【本書抜粋 福岡伸一氏】
    思えば、17世紀は、時間の一瞬を切り取りたいと人々が願い、それがかなった時代でもあった。世界は絶え間なく動き、移ろい続けている。それはガリレオやカッシーニが観察したとおりである。しかし、人間の目は、絶えず運動をし続ける対象をずっととらえ続けることはできない。何とかそれを一瞬、とどめることはできないか。物体の運用を一瞬とどめ、そこに至った時間と、そこから始まる時間を記述する方法はないか。まさにそのようにして数学における微分法は生まれた。ライプニッツやニュートンたちは運動の方程式を使って、動くものを一時、そこにとどめ、その物体が次にどの方向へどのような速度で動き出すかを予測する方法を編み出した。それが微分である。このことによって力学と運動が記述できるようになる。
    フェルメールはまさに、ガリレオとカッシーニとともに生きた。フェルメールは、ライプニッツやニュートンと全く同じ願いをもっていた。そしてそれぞれ別々の方法で同じことを達成してみせたのだ。この世界にあって、そこに至る時間と、そこから始まる時間を、その瞬間にとどめること。フェルメールは絵画として微分法を発見したのである。科学と芸術はまったく不可分だった。
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著者プロフィール

青山学院大学 理工学部 教授

「2019年 『マッキー生化学 問題の解き方 第6版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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