動的平衡2 生命は自由になれるのか

著者 :
  • 木楽舎
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本棚登録 : 911
レビュー : 108
  • Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863240445

感想・レビュー・書評

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  • 「『生物と無生物のあいだ』の人だけど、あの本は正直、面白くなかったんだ」
    油絵の匂いのするガレージの隅で、蛹はコーヒーを淹れていた。そこら辺にあったマグカップに、勝手に熱いコーヒーを注ぐ。そして、大きな古いソファに腰を下ろすと、持ってきた本をぱらぱらとめくり、適当に読み返し始めた。

    ガレージの主は、一心不乱にキャンバスに向かっていたが、コーヒーの匂いに気付いて振り返った。
    「オレのぶんは?」
    「俺が持ってきた豆だけど」
    「そこにあるロータスのビスケット、食べていいよ」
    「蚕も、コーヒー飲む?」
    「やった!」
    蚕は筆を置き、トレーナーの裾で手を拭った。それから、ポットに残っていたコーヒーをカップに注ぎ、蛹の隣に座る。身を乗り出して、蛹の手元から本を取り上げ、ぱらぱらとめくった。
    蚕は、ガレージで夜通し絵を描いている。昼間は眠っていることが多い。昼夜が逆転しているので、訪ねてくる人間は少ないし、自分から誰かを訪ねていくことも少ない。蛹は、その数少ない一人だった。いつも何かしら本を持ってきて、そのまま置いていく。持って帰ることは少ない。おかげで、ガレージの隅にはちょっとした本の山が出来ていた。

    「ふーん。生物と無生物のアレは、生命の定義を探す本だっけ。個人的には、生物がらみの色々な話題が取り上げられていて、けっこう楽しめたけど」
    「でも、答えにはたどり着けなかった。結局、自己複製能力という、既存の定義に縛られたまま終わった感じだったように思う」
    へえ、と蚕は相槌を打つ。彼は、どうやら面白そうな箇所を探して斜め読みしているようだった。
    「この人、そのあとも、何冊か本を出してなかったっけ?」
    「うん。で、前作の『動的平衡』で『生命とは動的平衡状態にあるもののことだ』っていう結論にたどり着くんだけど」
    「動的で平衡?」
    「動的で、平衡」
    「動的も、平衡も、理系っぽい言葉だよね」
    「絶えず変化しながら一定の秩序を維持し続けるシステム、くらいに捉えたけど」
    「感覚的には分かるかも。感覚的にしか分からないけど」
    うん、と蛹は頷く。
    それから、ビスケットに手をのばす。
    「で、この本は、動的平衡という概念を広げて生物学やら何やらを眺めてみるっていう感じ。新しかった」
    「新しい? 自分のコピーを作れるのが生命、っていう考え方を変えるってこと?」
    「考えてみたら、それって確かに窮屈だと思って」
    「まあ、もうちょっと何かねえの? とは思うけどさ」
    「うん。自己複製能力だと言われれば、そんなものかと思ってしまうけど、窮屈だし、独りよがりな気がする。それに、生命が『なぜ』存在するのか、という問いに対しては、行き止まりだし。どうでもいいけど、このビスケット、こないだ俺が買ってきたやつだよね」
    「それはどうでもいいんだけどさ、『なぜ』って、理由のこと? お前そんなん考えてたの?」
    「いや、理由というとちょっと違うんだけど、外側に求める何かっていうか―――生命それ自体でどうこうじゃなくて、っていう話で」
    「何らかの秩序を維持するために、生命という仕組みを導入したってこと? あ、なんか違うって顔してる」
    「目的というよりも、そういう仕組みを導入した結果、こういう惑星になった、っていう方が、好きかもしれない。生命という枠から、自由になれるとっかかりのようなものを感じるっていうか」
    蚕は少し首を傾げ、それからじっと表紙を見る。
    「うーん、まあいいや。ゆっくり読みたいから、しばらく貸してよ」
    それから、休憩終わり、と言って立ち上がった。
    蛹は、これからが休憩の本番とばかりに、靴を脱いでソファに横になった。

  • 生命とは何か。
    その定義は長らく、「自己複製するもの」だったらしい。
    生命の目的は子孫を残すことであり、子孫を残すというのは遺伝子を単位としたその複製であり、言うなれば生物の個体は遺伝子の複製のために乗り捨てられるものに過ぎない、と。
    しかし、私たちは確かに生命の号令に突き動かされることもあるが、一方でその命令に背くこともできる。
    結婚せず、子どもを作らずにいることもできる。どうとでもできる。「できる」というのは、可能性・可変性を持つこと。
    となれば、遺伝子の中には「子孫を残せ」以外の号令もあるというべきだ。それは、「自由であれ」という可能性を志向した号令ではないだろうか――というテーマの一冊。
    『動的平衡』に続く、福岡ハカセの生命への考察・第二弾。

    考察内容も面白いのですが、それに行きつく前の事実・エピソードの紹介も面白くて、
    私たちの体内に住む大腸菌は数kgにも及ぶだとか、ヒトの遺伝情報は3GBくらいだとか、腎臓の働き(尿は何か)だとか、
    生物学知識ゼロ人間の私にとっては、読み進めるたびに「へー!」の連続でした。

    私たちの世界には、因果律も運命もない。
    ただ自由と共時的な多義性が確保され、私たちは何かを選び取ることもできるし、そのままにしておくこともできる。その自由さのありように、意味がある――。
    うーん、福岡生命論(論じるというより、エッセイ的な内容ですが)、面白かったです。

  • 前作に引き続き、本当に素晴らしい。
    科学の難しい話しを、実に明快な文学的表現で描いており、スラスラと読み進む事ができた。
    生命を動的平衡と考えてしまうと、そこが最終地点となって、考える事を放棄することに繋がると批判する人がいる。しかし、多くの人が楽しいと感じて読む本には、共感性の高い真理が潜んでいるのだと感じた。万物は流転するし、行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にはあらず、なのだ。ヘラクレイトスや鴨長明が、直観的哲学で唱えた言葉を、科学的アプローチで読ませてくれる良書だった。

  • この人の書く文章はきれいで読みやすくて良いですね。
    前作「動的平衡」同様興味深く読めました。
    でも、前作ほどの驚きも無いかもしれません。ちょっと内容に統一感が無い。
    この本に掲載の文章は複数の媒体に別々に発表したものが元なのでしょうが無いかもしれません。
    とはいえ、読んでて気持ちいいので、また読みたくなるような本です。

  • 続編

  • 生命は秩序を長持ちさせるために、最初から堅牢に作るのをあきらめた。自然現象がエントロピー=乱雑さ が増大する方向に進むことを押しとどめることは困難だから。それが動的平衡である。と、いう理解でいいのであろうか。 生態系の進化とDNAの関連についての考察やDNAを修復する結果想定されることについてのSpeculationが印象的だ。自分自身がかねてよりなんとなく懸念していることを文章化してくれており、痒いところに手が届いたようですっきりした。  人間あるいは生命の生態系の将来に興味があるが、目に見える変化は自分自身が生きている間には観察できないことであろう。私の予想では今の医学や科学の行き着くところには、行き詰まり・破綻が待っている。生命の持つDNAの人為的変更や、人工的に作り出した原子力のような生態系を脅かすものの存在が、人間の生活を破綻に導く気がする。自然を敬い、共存して生きていく、できる範囲から少しづつ。

  • 量子の世界、エントロピーの世界、すごく興味を引き付けられてしまう。引き続き、福岡伸一さんの本を読んでいきたい。

    <本から>
    「ネオテニー」
    ヒトはサルのネオテニーとして進化したというのだ。なかなか魅力的な仮説ではないだろうか。

    自然現象はすべてエントロピーが増大する方向へ、すなわち乱雑さが大きくなる方向へ進む。その中にあって、ひとり生命体だけが細胞を組織化し、エネルギーを産み出し、酸化されたものを還元し、傷ついたDNAを修復できる。つまりエントロピーの増大に抗して秩序を構築できる。

    ゲーデルの不完全性定理
    「決定不可能な命題が、その体系内に必ず存在する」という数学上の定理である。ここには何かしら、がんというものが問いかける逆説と共鳴する達観のような響きがありはしないか。

    動的平衡は、プラスとマイナスの振れ幅をできるだけ最小にしながら分解と合成を同時に行い、自らを作り替えていく。しかし、長い間、エントロピー増大の法則と追いかけっこしているうちに少しずつ分子レベルで損傷が蓄積していき、やがてエントロピー増大に追い抜かれてしまう。

    細胞のコミュニケーションはバーチャルなものではなく、どこまでもリアルなものである。細胞は互いに接触し、分子を交換しあう。文字通り、フェイス・トゥ・フェイス。フランス風に言うならヴィザヴィ。自分の在り方は関係性に依存する。それゆえにこそ、生命は柔軟で可変的であり、また適応的なのだ。つまり細胞はいつも隣人祭りを心がけているー。

    今後、量子論はその自由さと多義性によって、生命のあり方や脳の働きですらも解き明かすかもしれません。

  • 推薦者 機械工学科の教員

    *図書館の所蔵状況はこちらから確認できます。*
    http://opac.lib.kitami-it.ac.jp/webopac/catdbl.do?pkey=BB50108251&initFlg=_RESULT_SET_NOTBIB

  • DNAの話についていけなかった。ソメイヨシノが繁殖性を失い。花粉症の症状を抑える薬はいずれ症状を悪化させる。システムは平衡に向かうのです。植物が自分でタンパク質を生成できて動物ができなくなって、食べ続けなければいけないか?スッキリ理解できた。

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著者プロフィール

青山学院大学 理工学部 教授

「2018年 『マッキー生化学(第6版)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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