ホテル・ルワンダの男

制作 : 堀川 志野舞 
  • ヴィレッジブックス
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レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784863320253

作品紹介・あらすじ

緑豊かな丘に囲まれたアフリカの小国、ルワンダ。しかし、長年つづいていた民族間の諍いが、1994年、大量虐殺に発展した。わずか100日の間に80万人以上が昨日まで隣人だった人に殺された。子供も女性も年寄りも見境なく-。のちに「20世紀最大の悲劇」と呼ばれるようになるこの事態を国際社会は黙殺しようとし、国連さえもルワンダを見捨てかけた。そのとき、一人の名もなきホテルマンが、持てる知恵とわずかな人脈だけをたよりに殺戮から逃げてきた人々をホテルにかくまって、1200人以上を救った。家族思いの平凡な男がどうやって虐殺に立ち向かったのか。これは自らの体験をつづったものである。

感想・レビュー・書評

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  • アフリカの小国、ルワンダで起こった大量虐殺の悲劇。国全体が狂気に取り込まれたその只中で、独りのホテルマンが1200人の命を救った。彼の抑えた筆致の中に以下に過酷な瞬間を生きてきたことが解ります。

    この本を読むきっかけは勿論映画『ホテル・ルワンダ』を見たからです。見ていたい方はぜひご覧になっていただければと切にお願いします。さて、この本はその主人公となったポール・ルセサバギナの自叙伝です。ここには『ホテル・ルワンダ』以前の生い立ちからホテルマンとなっていくまでとルワンダの虐殺が終わって、彼が『その後』の人生を歩んでいくところが収録されてあって、一人の『普通の男』があの狂気の中で粛々と自我を保ちながら『自分の仕事』をなして行ったのかが抑えた筆致と知性あふれる文章の中からうかがえます。

    映画を見ていて『ホテル・ミル・コリン』で仕立ての良いスーツに身を包んで、スマートに業務をこなし、接客をする彼は、きっと教育を受けた教養のある人間なんだろうな、と思っていましたが、やはりそうで、バナナ農園の家庭から生まれた彼は、最初、牧師になるために神学校に、通うのですが、ホテルマンを志し、奨学金を受けてナイロビの大学でホテル経営を学んでいるのだそうです。道理でと納得がいきました。

    やがて、ルワンダ全体が狂気に侵されていくと、彼は自分の働いているホテルにツチ族とフツ族の穏健派とをかくまって76日間の間、彼らとホテルとを文字通りあらゆる手段を用いて守り通した過程は映画でも明らかになって居るところですが、活字で改めてみると淡々とした筆致でむごたらしい描写が延々と記されていて、以下に彼が過酷な時間を生きていたのかと言うこと、そして、彼がなしえたことが勇気ある行動だったのかそのことが良くわかりました。

    事件後、彼は再びホテルの管理人の立場につくのですが、ある事情でホテルの管理人をやめ、ルワンダも捨てて亡命し、かつての宗主国であったベルギーへと新天地を求めます。全てを失いながらも個人事業のタクシー運転手から再スタートさせ、今では会社の経営者になっているのだそうです。この本は映画をまず読んで、それから原作を読むとぐっと深く彼の世界に入っていけると思います。『普通の男』がここまでのことをなしえた。いざこれが自分だったら?と置き換えると果たしてこれが出来るか?ということを読み終えた後に自分の中に問うた事を、この場を借りて告白します。

  • 2016年、広島に原爆が落ちた日に読んでいた本は
    「ホテル・ルワンダの男」でした。
    1994年の3月初めから5月半ばにかけて、
    たった100日間の間に80万人のルワンダ人が虐殺された。
    それも、銃や爆弾などによるものではなく、
    大半がマチェーテと呼ばれる鉈(なた)で切り刻まれて。
    虐殺の時期の半ばには、
    人が人を殺す理由は、憎しみでも自衛でも戦いでもなく、
    「殺すことはスポーツのようになっていた」と
    ホテル・ルワンダの男は語ります。
    この本は、ホテルの支配人として
    ホテルに1200名以上を匿い、76日間にわたって
    “言葉の力”で守り通したポール・ルセサバギナが
    この虐殺が起きた背景から、その時の現実、
    そしてそんな行動が取れた理由を自ら分析し、書き上げた実話です。
    (ちなみにホテル・ルワンダというホテルはなく
    実際にはホテル・ミル・コリン)
    100日間で80万人が、一人ずつ鉈で切り刻まれて、殺された。
    隣人の手によって、あるいは家族の手で。
    きっかけはラジオの「義務を果たせ」だったとポールは言います。
    対立する民族を殺すことは、「義務」と捉えられ
    人々はせっせと、その仕事に励んだというわけです。
    原因は、「歴史に刻まれた民族的な対立」と言われます。
    かつて支配者階級だった、長身のツチ族と
    その支配から脱した、背が低く鼻が平らな元農民階級のフツ族。
    でも、民族の区分は言い習わしのようなもので遺伝的な違いはなく
    婚姻も自由にできたし、混じり合って普通に暮らしていました。
    それが、列強のアフリカ支配政策によって
    「フツ・ツチの違いを意識せよ」と焚きつけられ、
    フツ革命によって、ツチの一部が追い出される。
    そして支配者となった大統領が自らの地位を守るためにツチ差別を断行。
    その大統領の暗殺がツチのせいとされ、
    悪意をはらんだラジオによる「義務を果たせ」の叫びに人々は熱狂した。
    これがルワンダ大虐殺の原因と、ポールは説明しています。
    無残すぎる殺され方をした死体が街のあちこちに積み上がり
    死体のバリケードが築かれる。
    お金をもつのは殺されないためではなく
    「せめて鉈による惨殺ではなく、銃殺してもらう慈悲を乞うため」。
    そんな中、ポールはホテルの支配人として働き続けます。
    彼がどんな決意をし、信念をもち、
    どうやって1200人以上の「殺されるべき人」を
    救うことができたのかは、この本に敬意を表して書きません。
    私が教えてもらったのは、ポールの人間観。
    「誰にでも厳しい面と穏やかな面があり、
    どちらか一方がその人を支配しているわけではない。
    その人の特定の行動だけに注目して
    こんな人間だと決めつけてしまうのは危険なことだ」。
    コーヒーにミルクを注いだときのように
    人の中には、白い部分と黒い部分が混在している。
    それを白だ黒だと決めつけるのはもちろん、
    ストローで乱暴に混ぜてミルクコーヒー色と断定するような、
    そんな単純な3色分類を、自分はどれだけしているのか。
    むしろしなかったことがあるのか。
    ツチ/フツという極端に単純化された民族対立の最中にあり、
    あるいは信じられないスピードで進む虐殺を前に
    人間には穏やかな面があると信じ、
    そこに触れることができれば、生きる道があると信じることが
    ポールにはなぜ、可能だったのでしょう。
    「過去」に基づいて、あるいはより良い「未来」を選ぶために
    判断する、あるいは決めつけるのは
    とても高度な技術です。
    でも、何かを決めつけないで、時間をとって
    目の前の「今」を、人を見ることのほうが
    勇気のいることなのだと、
    この頃、よく考えています。
    100日間で80万人がルワンダで死んだ。
    このことから学び、
    心を、頭を動かされたことが
    本当にありがたいと思った8月6日でした。

  • ツチ族とかフツ族とか名前は知っていたが、ルワンダの虐殺についてはほとんど知らなかった。月並みな感想だけれど、普通の人が恐ろしいことも当たり前のようにやってしまうようになることが怖かった。だんだん政府に慣らされて踊らされてしまうことがとても怖い。

    でもその中で愚直にいつも通りの自分を貫き通す市井のひとびとがいたことに感動した。私にはそれはできるかはわからないけれど、自分の頭で考え、行動するようにしていこうと思った。
    モラルの勝利を断固として信じること、だ。

  • 聡い。
    普通の男だというけど、父親の教育、
    進学、自らの哲学、
    全てが彼を普通じゃないガッツの持ち主にしたから持ちこたえられたんだと思う。

    でも同時にジェノサイドまで行かなくても
    あやふやな憎しみが溢れかえる世界。
    私は巻き込まれない自信がない。

  • 「人間の狂気が繰り出す死と闘った男」

    1994年、アフリカはルワンダで起こった民族紛争は、ジュヴェナル・ハビャリマナ大統領の自家用ジェット機撃墜をきっかけに、100日間に80万人以上の人々が命を奪われる大量虐殺へエスカレートしていった。虐殺を逃れてきた人々を受け入れ、一人の死者を出すこともなく彼らを守ったホテルマンの闘い。

    昨日まで笑顔で挨拶を交わしていた善良なサラリーマンであった隣人が、ジェノサイドをきっかけに軍服に身を包み血のついた鉈を手にした殺人マシーンとなる―これは映画ではない。わずか20年ほど前に実際にルワンダで起こったことだった。

    彼、ポール・ルセサバキナがホテルに篭城した人々を守るために手にした武器は「言葉」であった。長い間のホテル勤めで得た高官たちの顧客リスト。ホテルが殺戮の危機にさらされる度に、彼はこのリストと電話でそれを何とか回避してきた。時にはワインセラーにあるワインや酒を使って彼らを接待し、説得したり時間を稼いだりもした。

    リストの中には対立する民族のどちらの高官の名前もある。彼はその場その場で目の前の危機を回避するため一番有効と思われる人物に接触していく。彼にとっては敵も味方もないのだ。ホテルの外では対立する民族を探してホラー映画さながらの凄惨な虐殺が行われている中、彼は独り、民族間の憎しみという人間の狂気が繰り出す死と闘っていた。

    民族間の紛争は根が深い。ルワンダのかつての支配階級である「ツチ族」と代々農業に従事してきた「フツ族」500年にわたる民族間の憎悪にマッチを擦るようにたちまち火がつき大虐殺へと燃え広がった。そこには、かつての植民地支配を競う白人社会のご都合主義も見え隠れする。

    ポールは大虐殺の悲劇から10年以上を経た今も「ルワンダはいまだに民主主義を経験したことのない国」だと憂い、その奥深いところでなお民族の違いによる差別が根強く残っていることを匂わせる。ルワンダの人々が一人でも多く「本当の敵は憎悪という人間の狂気」だと気づいてくれることを願って止まない。

  • 人の自尊心を充たすことを大事にしていた。カーネギーのいうところの「重要感を与える」ことをよく分かっていたのだろう。

  • 20世紀最後の大虐殺と言われた1994年のルワンダ大虐殺のさなかで、高級ホテルの支配人である著者が過ごした3か月間の記録。

    個人記録でありながら、国家全体の問題についても得ることが多い。
    なぜ民族のいがみ合いが起きたのか(ベルギーの植民地政策)、
    大虐殺が短期間に起きた理由(計画的、ラジオ、民兵組織)、
    国家と個人と集団心理
    大国の不介入
    等々。

    最も印象に残った一文。

    「集団に加わると、何か魔法のようなことが起こるものだ。その感覚を"自由"としか表現できない。」

    これは学校のクラスであれ、遊び仲間であれ、サークル、会社、政治集団、そして虐殺民兵組織でも、共通するものであり、誰もが似たようなことを経験したことがあるのではないか。個人でできないことが集団の中ではできる、という。

    そのような状況の中、個人としての矜持を維持し続けた著者の経験は大きな教訓として自分の心の中に残っている。

  • 「どうせ殺すなら、その銃で射殺してくれ」

    凄惨な虐殺である。ある日突然、隣人が、同僚が、鉈を手にして
    殺人者となる。歴史的な民族の対立から派生したと思われがちな
    ルワンダ大虐殺だが、それは周到に準備された民族浄化であり、
    ジェノサイドであった。

    著者は高級ホテルの支配人として、ホテルに逃げ込んで来た人々を
    民族で差別することなく虐殺の犠牲にならぬよう最大限の努力を払った。

    彼の武器は、銃でも鉈でもない。ホテル従業員として培った接客の
    ノウハウであり、政府関係者や海外要人との間に築いた人間関係。
    そして、1冊のノートだった。

    国連軍さえも当てにならぬ虐殺の現場で、人々の命を救おうとしたのは
    「普通の男」だ。

    静謐な筆運びだからこそ、大虐殺の悲惨さが伝わって来る。

  • 彼は、そのとき考えられる最良のことをしようとした。
    己の良心に従って。

    大虐殺の中で同じように「あたりまえの良心」に従って行動したひともたくさんいた。
    だが、そうしなかった人もたくさんいた。
    そして80万人の人が虐殺された。
    軍隊によってでもなく、毒ガスや原子爆弾によってでもなく、あたりまえの市民たちの手で、鉈で。

    重い内容です。

    彼らを駆り立てた憎悪は、いったいどうしてふくれ上がって制御できないモンスターになってしまったのか。

    そして、自分は「その時」に、巨大な渦の中で、果たして良心に従って行動できるのだろうか。

    体験談だけではなく、そんな重い問いかけを、投げかけていく名著です。最終章が素晴らしい。

  • 映画「ホテル・ルワンダ」の主人公のモデルになった人物が、1994年のルワンダ大虐殺で彼が経験したことを記した作品。

    彼は自分でも言っているように、ごく普通の男だ。
    普通の男が、自分の思いのままに行動しただけで、なぜ1200人もの人の命を救うことができたのか、なぜ虐殺者たちは、あの状況の中、こんな簡単なことで殺人の手を止めたのか、読みながら不思議で仕方無かった。

    しかし、最終章で語られる彼の言葉に、思わずうならされ、彼の成し得た事実が、彼の信念をもってすれば必然だったのだということを思い知らされた。

    彼は普通の男だが、人間の本質を見事に見抜き、惑わされずに信念を貫くことのできる勇気と行動力にあふれた男だったのだ。
    そして彼の言葉をもってすれば、人はみな、ルワンダの虐殺の中であっても、いついかなる時の非道な事態であっても、彼のように考え行動できる「普通の人」は必ず存在し、平穏な日常のために戦うことができる。

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