空と風と星と詩

著者 :
  • コールサック社
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  • / ISBN・EAN: 9784864351973

感想・レビュー・書評

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  • 一度は読んでおこうと読んでみたのだが、私は詩の素養がないので、どのくらいすごいのかわからない。きれいな詩が多い詩人なんだなという感想を持ったけど、それでいいのかな。
    そんな理由で星3つ。

  • ユン・ドンジュの詩は、どこにも方向をもたない「点」のように思える。それは彼の生が、持続的、均一的に進んでいたわけではなかったからだろう。

    しかしこの「点」にしか、つまり自分の意図ではどうにもならない状況に立たされ、纏わりつかれ、覆われてしまわねば、生の「継起」というのは発し得ない、その意味で、極めて誠実で、苦しい人生を歩んだ人だったのだろう。

    詩というのは、「そうなってしまった」ことを必死に自分の中で、それとして受け入れ受け止めること。過去と未来の間を必死につないで、「光」の方へにじり寄ること、ユンドンジュの詩を読んでいるとそんな風に思う。






    【序詞】

    死ぬ日まで天を仰ぎ
    一点の恥じ入ることもないことを
    葉あいにおきる風にさえ
    私は思い煩った
    星を歌う心で
    すべての絶え入るものをいとおしまねば
    そして私に与えられた道を歩いていかねば。

    今夜も星が 風にかすれて泣いている。

    【自画像】

    麓の隅を廻り
    ひそまった田のかたわらの
    井戸をひとり訪ねては
    そおっと覗いて見ます

    井戸の中には 月が明るく 雲が流れ 空が広がり
    青い風が吹いて 秋があります

    そしてひとりの 男がいます。
    どうしてかその男が憎くなり 帰っていきます。

    帰りながら考えると その男が哀れになります。
    引き返して覗くと その男はそのままいます。

    またもやその男が憎くなり 帰っていきます
    道すがら考えると その男がいとおしくなります

    井戸の中には 月が明るく 雲が流れ 空が広がり
    青い風が吹いて 秋があって
    追憶のように 男がいます


    【雪降る地図】

    順尹(スニ)が旅立っていくという朝
    言いようのない思いで牡丹雪が舞い、
    悲しみのように窓の外に広げられた
    おぼろな地図の上をなおもおおう
    部屋の中を見廻してみても
    誰もいない。
    壁と転用がいやに白い。
    部屋の中までも雪が降るのだろうか、
    ほんとうにおまえは失くした歴史のように
    ふらりと行ってしまったのか。
    発っていくまえに言っておくことがあったものを
    頼りを書こうにも行き先を知らず
    どの街、どの村、その屋根の下、おまえは私の心のにだけ残っていようというのか
    おまえの小さな足あとを やたらと雪がおおいつくし
    あとを追う術とて もはやない
    雪が溶ければ 残った足跡にも花が咲こう。
    花ばなの間をたどっていけば
    一年十二か月 いついつまでも私の心には雪が降るだろう


    【帰ってきて見る夜】

    世の中から帰ってくるように
    いま私は狭い部屋に戻ってきて灯りを消しまする。
    灯りをつけておくことは あまりにも疲れることでありまする。 それは昼を更にのばすことでもありますのでー

    いま窓をあけ 空気を入れ替えねばなりませんのに 外をそっと見まわしても部屋と同じように暗く たしか世間そのもののようで 雨に打たれながらきた道が そのまま雨の中で濡れておりまする。

    一日の鬱憤 洗い流しようとてなく しずかに瞼を閉じれば 心の内へと沁みてくる声、いま思想がリンゴのように ひとりでに熟れていっておりまする。


    【新たな道】

    川を渡って 森へ
    峠を越えて 村へ

    昨日も行き 今日も行く
    私の路 新たな道

    たんぽぽが咲き かささぎが翔び
    娘が通り 風が起き

    私の満はいつでも新たな道
    今日も・・ 明日も・・
    川を渡って 森へ
    峠を越えて 村へ


    【太初の朝】

    春の朝でもなく
    夏、秋、冬、
    そのような日の朝でもない朝に

    真っ赤な花が咲き出したんだ、
    日射しは青く透けているのに、

    そのまえの晩に
    そのまえの晩に
    すべてはととのえられてあったのだ

    愛は蛇とともに
    毒は幼い花とともに


    【夜が明ける時まで】

    残らず死んでゆく人たちに
    黒い衣を着せなさい

    精いっぱい生きている人たちに
    白い衣を着せなさい

    そして同じ寝台に
    へだてなくやすませてあげなさい

    みんなが泣いたなら
    お乳を飲ませなさい

    いまに拠るが白んでくれば
    ラッパの音 ひびいてきましょう


    【恐ろしい時間】


    そこで 私を呼んでいるのは 誰ですか

    柏の葉が色めいている日陰ですのに、
    私はまだ息が ここに残っています。

    一度だって手を挙げてみたことのない私を
    手を差し上げて表す空もない私を

    どこにこの身を置く空があって
    この私を呼んでいるのですか。

    役目を果たした私が息絶える日の朝には
    悲しみとてない枯れ葉が舞い散るでしょうに、、、

    私を呼ばないでください。



    【十字架】

    ついてきた日射しだったのに
    いま 教会堂のてっぺんの尖の
    十字架にひっかかりました

    尖塔があのようにも高いのに
    どうすれば登っていけるのですか

    鐘の音も聞こえてはこないのに
    口笛でも吹きつつほっつき歩いてて、

    苛まれた男、
    祝福されたイエス・キリストへの
    ように 
    十字架が許されるならば

    首をもたげて
    花のように咲き出す血を
    翳って逝く空の下で
    しずかに垂らしています。


    【風が吹いて】

    風がどこから吹いてきて
    どこへ吹かれていくのだろうか、

    風が吹いているのに
    私の苦しみには理由がない

    私の苦しみには理由がないのだろうか、

    たった一人の女を愛したこともない。
    時代をはかなんだことすらない

    風がしきりに吹いているのに
    私の脚は岩の上に立っている。

    江がしきりに流れているのに
    私の脚は坂の上でとどまっている


    【眼を閉じてゆく】

    太陽を慕う子どもたちよ
    星を愛する子どもたちよ
    夜が深まったので
    眼を閉じてお行き

    持っている種子を
    撒きながら
    つま先に石があたったら
    つぶっていた眼をカッとあけなさい


    【道】

    失くしてしまったのです。
    何をどこで失くしたのかも知らないまま
    両手がポケットをまさぐり
    道へと出向いていったのです。

    石と石と石とが果てしなくつらなり
    道は石垣をたばさんで延びていきます

    垣根は鉄の扉を堅く閉ざし
    道の上に長い影を垂らして

    道は朝から夕暮れへと
    夕暮れから明けがたへと通じています

    石垣を手さぐっては涙ぐみ
    見あげれば空は気恥ずかしいぐらい青いのです

    ひと株の草もないこの道を歩いていくのは
    垣根の向こうに私が居残っているためであり、

    私が生きているのは、ただ、
    失くしたものを、探さねばならないからです


    【白い影】

    たそがれが濃くなる街角で
    ひもすがら萎えた耳をそばだてていれば
    夕闇うごめく足音、

    足音を聞分けられるほど
    私は聡明であったのだろうか

    いま愚かにすべてを悟ったあと
    長らく心の奥底で

    悩んできた多くの私を
    ひとつ、ふたつと己の在所に送り返せば
    街角の暗がりの中へ
    音もなく消えてゆく 白い影、

    白い影たち
    いつまでも思い切れない白い影たち、

    私のすべてを送り返した あと
    とりとめもなく裏通りをめぐり
    黄昏が染み入ったような自分の部屋に帰りついたら

    信念深く 従容とした羊のように
    ひがな一日 わずらうことなく草でも食もう


    【流れる街】

    おぼろに霧が流れる
    街が流れてゆく
    あの電車、自動車、あれだけの車輪がどこへ流されてゆくのだろう?
    停車するいかな港とてない、
    憐れな多くの人々を載せて霧の中に沈んでいる街は、

    街角の赤いポストを掴んで佇んでおれば
    すべてが流れるただ中でぼんやり光っている街路灯
    消えずにいるのはなんの象徴か?
    愛する友よ!朴よ!そして金よ!君たちはいまどこにいるのか?
    きりもなく霧が 流れているのに、

    「あらたな日の朝 われらまた思いのたけの握手をしよう」何字かしたためポストに投げ入れ、夜を明かして待てば金バッチに金ボタン光らせ巨人のように まばゆく現われる配達夫 朝とともにうれしいお出まし

    この夜を やるせなく霧が流れる


    【たやすく書かれた詩】

    窓の外で夜の雨がささやき
    六畳の部屋は よその国、

    詩人とは悲しい天命だと知りつつも
    一行の詩でも記してみるか、

    汗の匂いと 愛の香りが ほのぬくく漂う
    送ってくださった学費封筒を受け取り

    大学ノートを小脇にかかえて
    老いた教授の講義を聴きに行く

    思い返せば 幼い日の友ら
    ひとり、ふたり、みな失くしてしまい

    私はなにを望んで
    私はただ、ひとり澱のように沈んでいるのだろうか?

    人生は生きがたいものだというのに
    詩がこれほどもたやすく書けるのは
    恥ずかしいことだ

    六畳の部屋は よその国
    窓の外で 夜の雨がささやいているが

    灯りをつよめて 暗がりを少し押しやり
    時代のようにくるであろう朝を待つ 最後の私、
    私は私に小さな手を差し出し
    涙と慰めを込めて握る 最初の握手


    【春】

    春が血管のなかを小川のように流れ
    さらさら 小川のほとりの丘に
    レンギョウ、ツツジ、黄色の白菜の花

    長い冬を耐えてきた私は
    ひとむらの草のように萌えはじめる。

    愉しげなひばりよ
    どの敏からも喜喜と舞い上がれ

    青い空は
    ゆらゆら 高雲あるが


    【懺悔録】

    青い錆がふいている鏡のなかに
    ぼくの顔が残されているのは
    どの王朝の遺物であるので
    このようにも辱められるのか

    ぼくはぼくの懺悔を一行にちぢめよう、
    ー満二十四年一ヶ月を
    なんの喜びを希って 生きてきたのか
    明日かあさってか とある楽しい日に
    ぼくはまたも一行の懺悔録を書かねばならない。
    ーその時 その若いぼくに 
    なぜ そのような恥ずかしい告白をしたのか

    夜には夜ごと ぼくの鏡を
    掌で 足の裏で磨いてみることにしよう。

    そうすれば とある隕石の下へと一人で歩いてゆく
    悲しい人の後ろ姿が
    鏡の中に現れてくる



    【ねぎらい】

    蜘蛛というやつが 陰険な企みで病院の裏側、
    手すりと花壇のすき間のめったと人の立ち入らないところに網を張った。
    屋外療養中の若い男が 仰向いて寝ている顔の真上あたりー

    蝶が一匹 花壇に舞い込んで網にひっかかった。
    黄色い翅をばたつかせてもばたつかせても
    蝶はますますからまるばかりだった。
    蜘蛛が矢のように駆けてきて 限りのない糸を繰り出して
    蝶をくるくる巻にしてしまった
    男は長い溜息ついた

    齢以上に多くの苦労を重ねたあげく 時期を失い
    病を得たこの男をねぎらう言葉はー蜘蛛の巣をずたずたに打ち払うことしか私にはなかった


    【八福】

    悲しむ者は 福なのですから
    悲しむ者は 福なのですから
    悲しむ者は 福なのですから
    悲しむ者は 福なのですから
    悲しむ者は 福なのですから
    悲しむ者は 福なのですから
    悲しむ者は 福なのですから

    手前どもこそ 永遠に悲しいことでしょう



    【月のように】

    年輪がはぐくまれていくように
    月が満ちて行く 静かな夜
    月のように孤独な愛が
    胸にひとつ くっきりと
    年輪さながらに印されていく。


    【とうがらし畠】

    しおれた葉あいのなかから
    その真っ赤な実を突きだして、
    とうがらしは年ごとの娘ごのよう
    暑い日差しにひたすら熟れてゆく

    老婆は籠をかかえ
    畠の端をのそのそ歩きまわり
    指をくわえた子供は
    おおばのあとを離れまいとついゆく


    【山あいの水】


    苦しんでいる人よ 苦しんでいる人よ
    風に裳裾ははためいても
    胸ふかくこんこんと湧き水が流れ
    この夜とともにいうべき言葉をもはやもたない
    街の騒音とはともに唄えやしないのだ。
    煤けたように川辺に坐っているので
    愛と仕事は街中にあずけ
    そおっと そおっと
    海へ行こう、
    海へと行こう。


    【にわか雨】

    いなづま、雷鳴、天地をゆるがしてとどろき
    遠い市街に雷が落ちたもよう

    硯をくつがえした空から
    篠着く雨が矢のように降り注ぐ

    手のひらほどのわが庭が 心さながら
    濁った湖になってしまうにはころあいだ

    風が独楽のように舞う。
    木が狂わんばかりに頭を打ち振っている

    吾 敬虔な心を推し抱き
    ノアの時の空をひと口 ゴクリと飲み下す

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