〆切本

  • 左右社
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  • Amazon.co.jp ・本 (365ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784865281538

感想・レビュー・書評

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  • 刊行当時、非常に興味を持っていたにも関わらずあまりの高値のため購入をためらっていたら、そのまま読むのも忘れてしまった。
    そんなことを、先日ブク友さんのコメントを読んでいて思い出し、いそいそと借りに行って読んでみた。

    そして大変凝った装幀に、高値であることに心底納得。
    表紙右側の文字に「あやまりに文芸春秋社に(左折?して)行く。」とあるが、ここからしてすでに可笑しい。出版したのは「左右社」だ。
    更に、見返しには大きな文字のレイアウト。
    も、もしやこれは、書き手さんたちの苦悶の叫びではないのか。。
    試しに裏見返しを見てみると、ここにも大きな文字の羅列。
    まるで本自体から声が聞こえてくるようなインパクトだ。
    そして閉じた状態で見える小口がまことに美しい。
    ベージュトーンの10層からなるミルフィーユは、紙色と紙質を様々に変えてあるからだ。
    ざらりとした厚手の紙。薄手の柔らかい紙。
    コーティングされていない紙の温かな質感を、何度も触って確かめてみる。
    読む前から、視覚と触覚で楽しめるという装幀がなんとも楽しい。

    さて開いてみると、章立てと構成が巧くてまた驚く。
    書き手さんたちの「〆切り」にまつわる手紙や日記、対談やエッセイなどをまとめたのがこの本だが、泣き言や恨み節・愚痴だけではない。
    期限をきちんと守る作家さんももちろんいて、何故かあまり面白くないのがまた笑える。
    一般常識から言えば約束は守らねばならないが、守れない・守らないことでこれだけの本が生まれるなら、「〆切り」もまたひとつの文化ではないのだろうか。
    編集の立場からも書かれていて、こちらはじわっと涙ぐんだり笑ったり悔しがったりと様々。
    大爆笑したのが、手塚治虫の話。うそ治虫とか、おそ治虫とかあだ名を付けられていた頃の、今では信じられないような壮大なエピソードだ。

    柴錬さんで大笑いしたあとに現れるのが「著者紹介・出典」。
    残りページも少なく、もしやラストかと思わせておいて、実は大ラスが待ち構えている!
    昭和9年9月に、谷崎潤一郎が「文章読本」発売遅延について、中央公論社に代わってお詫びの文章を載せている。自分の責任だというのに、その麗しい文章には驚くしかない。

    これだけの質と量を兼ね備えた「〆切り」にまつわる文章を収集するだけでもかなりの苦労があったことだろう。それを見事に仕立て上げてくれた心意気に、星五つ。
    書き手さんは総勢90名。漫画家の長谷川町子さんや藤子不二雄さん、岡崎京子さんも。
    皆さんはどなたの「症例」がお気に召すだろう。

    • ししまるさん
      わあ!すごい!素晴らしい!
      〆切本2、タイトル読本、お金本と亀の左右社頑張ってます!

      文豪たちの悪口本、芥川賞90人のレトリックなど...
      わあ!すごい!素晴らしい!
      〆切本2、タイトル読本、お金本と亀の左右社頑張ってます!

      文豪たちの悪口本、芥川賞90人のレトリックなど玄人好みの濃ゆい本もあります笑
      ぼく、こういうの大好きです!
      ありがとうございます。
      2019/11/03
    • nejidonさん
      夜型読書人さん、コメントありがとうございます!
      おかげで、とーっても楽しく読むことが出来ました(^^♪
      前のレビューにコメントを頂かなか...
      夜型読書人さん、コメントありがとうございます!
      おかげで、とーっても楽しく読むことが出来ました(^^♪
      前のレビューにコメントを頂かなかったら、出会うこともなかった本です。
      そう思うと、本もまた縁の賜物だなと、そんなことを思います。
      はい、Amazonで左右社さんの本を見てきました。
      なんとワクワクのラインナップでしょうね。
      私もこういうの、大好きです。
      どうせ出版するのなら、この本が好きでたまらないという熱意を感じたいですよね。
      こちらこそ、ありがとうございます。
      2019/11/03
  • 私は〆切に興味があった。なぜならば、常に〆切に苦しめられているし、一方では大量の文章を日々生産しているからである。

    もちろん私は作家ではない。しがない普通のブロガーに過ぎない。それでも、この12年間、だいたい800字から1600字ぐらいまでの駄文(原稿用紙2-4枚)を書き続けて、ネタが尽きた事がない。ブログ記入率はこの8年間75%で一定しているから、一週間に6ー5日は書いている事になる。そんな文章家ならば、この本の中の郷土大作家・内田百間の様に、〆切すぎて書けないで年越しをするようなことがなかったかというと、ほぼ毎月その苦しみを味わっていると告白する私がいる。

    私は素人ながら、地域サークルの会報を二ヶ月に一度つくり、地域労組機関紙の映画欄に連載を持っている。この二つが、常に〆切ギリギリか、〆切を越さないと完成しないのである。

    あの木下順二が、仕事にかかる前になんと「馬書」を読み込み、情報カードを生産し、それがおそらく万の数ほどつくっているというのを読んで、「あゝ同類がいる」と安心する。

    神様の手塚治虫の様子は、とても参考にはならないけれども、「遅筆堂」というあだ名を敬意を持って私も拝借している井上ひさし名人のエピソードは、私にはとっても癒しになる。今回のエピソードは、今まで読んだことのないものだった。少しメモする。

    ◯缶詰病の潜伏期間は次の等式で表される。(原稿用紙枚数の二乗×締切日までの残り日数×作物に対する患者の意気込み×原稿料或いは報酬)÷編集者の原稿取立ての巧拙。
    ◯発病症状は初期が躁状態。中期は、睡眠を貪る。その次は、放浪癖。◯◯の目を盗んで盛り場をうろつく、要らないものを買う、映画を観て回る。最終局面、自信喪失の極に達し「次号回しにしてください」「殺してください」という。この場合、編集者はその願いを聞き入れてはならない。なぜならば、この病は「とにかく書かなければ治らない」から。
    ◯井上名人は、末期症状の患者を缶詰状態にすると、奇妙なことに「ほとんどの患者が自力で立ち直る」と書いている。しかし、これは症状がまだ慢性化していなかった頃の文章だと思われる。患者(井上ひさし)はその後、大穴を何度も開けるからである。

    川本三郎が天使のような編集者のことを書いていれば、元編集者の高田宏が編集者泣かせのクズ作家について書いている。

    私には潜伏期間はない。私に編集者はいない代わりに報酬もゼロなので、ゼロ×全ての数字でゼロなのである。そして、なんの因果か、年に7回くらいは「完徹」をしても出来ないで〆切という「デッドライン」をやすやすと超えるのだ。

    2017年6月5日読了

  • いきなり表紙にびっくり!
    表紙だけではない、裏表紙も、見返しも裏の見返しも!
    〆切をひかえた作家の言い訳・弁解、開き直りや書けない苦悩が次から次と。本文を読む前から、笑ってしまった

    そして、中を見て、またまたびっくり!
    夏目漱石、谷崎潤一郎から長谷川町子、藤子不二雄、西加奈子、村上春樹まで古今の作家がずらりと勢揃い、それもまた、〆切にまつわる話ばかりで
    ほとんどは、〆切が迫っているのに書けない言い訳、申し開き

    嘘と丸分かりの言い訳が気の毒ではあるが、何ともかわいく感じてしまう

    「タカハシさん、あの締め切りとっくに過ぎてるんですけど」
    「ええ、あの、ちょっと風邪気味なもんで、今日中には」
    「タカハシさん、まだですか」
    「いや、風邪はなんとか治ったんですが、今度はワイフが風邪を
    ひいちゃって、家事をしなくちゃいけないもので」
    「タカハシさん、勘弁してくださいよ。これ以上は待てません」
    「ワイフの風邪は治ったんだが、ワイフの祖母が風邪をひいたん
    で、実家に看病に行ったら、その間に猫が風邪をひいちゃって
    こうなると、コントだ

    ある作家は、仕事のことが毎日朝から晩まで頭に重苦しくひっかかっていて、正月の餅が腹の中で消化されずにいる感じだと言うまた、ある作家は、自分で蒔いた種だからしかたがないといってしまえばそれまでだけど、締切が迫ってくるごとに寿命が縮む想いで、本当に胃と心臓にこたえる。このままゆけば「推理作家殺人事件」が起きそうだと言う

    サザエさんのマンガで、伊佐坂先生の所へ編集者のノリスケさんが原稿を取りに行くシーンがあるが、夏目漱石や泉鏡花、田山花袋など、明治の文豪までが〆切に追われていたなんて考えもしなかった

    それにしても、よくもこれだけの作家の〆切にまつわる話や書簡を集め、こんな本を出版したものだと、左右社にも感心してしまった

    無から有を生み出す仕事、いくら才能があるとはいえ、泉のごとく次から次へと文章やアイデアが溢れでてくるわけがない
    こんな苦悶の末に、紡ぎだされた文章や漫画を我々は心して読まなければならないと思った

  • 明治の文豪から最近の作家(西加奈子)まで、〆切にまつわるエッセイなどを集めたアンソロジー。
    よくぞここまでの文章を集めたな。脱帽。

    それぞれの作家の〆切に関わる面白おかしいエピソードを集めたものなのかと思っていたが、様々な作家が書いた〆切に関連する文章を集めているものであった。

    時代も含めて、ここまで多彩な作家を集めてアンソロジーを組み、テーマをブラさないというのは相当大変なことだと思うが、この本はそれを成し遂げている。

    作家は当然誰でも文章表現をしている。そしてそれは芸術活動でありながら、経済活動でもある。〆切は芸術と経済のはざまに立つ、永遠の根源的な象徴であるからこそ、どんな作家にも共通する切り口となりえる。
    この切り口をみつけ、アンソロジーを組むという着想がこの本を成功させている。

    〆切が好きな作者は誰ひとりいないが、その対応方法や、表現は本当に十人十色。
    また、自嘲気味であったり、なんだか余裕がありそうだったり。〆切(差し迫った脅威)に対する態度は、意外とその人の本質的な人格をしみださせるものである。
    というのが分かるのが面白い。

    名前は良く知っているけど、読んだことのない文豪の文章をサラサラ読めるのも魅力。
    田山花袋、車谷長吉
    さすが、文章が趣深い。文章に惹きつけられる。
    いつかきちんと読まねば。

  • 新聞で紹介されていて面白そうと思い、ちょうど近所の図書館にあったので読んでみました。

    その名の通り〆切にまつわる様々な文章。有名な文豪たちが、どのように〆切を乗り越えてきたか、一人ひとりの性格が垣間見え、楽しく読めます。

    何かやる気が出ないとき、〆切に終われているとき、または暇つぶしのときなどにオススメです。

  • 十人十色の言い訳集。装幀と、何よりテーマが今までになく独特で目を引きます。
    あの文豪もこの著者も、書けないと嘆き、投げやりになり、文学的な言い訳(!)をこぼしながら机に向かっていたんですね。そんな作家の先生方を相手に編集者側も、どうにか原稿を書いてもらうために時折嘆いているあたりが第三者的には笑ってしまいます(渦中には居たくない)。

    人間くさい、光るエピソードで溢れています。
    普段は見ることのできない舞台裏を覗かせてもらった気分。不思議と元気がもらえます。

  • この本を作った人たちはどういう人なのか。まずそこに興味が湧いてしまった。著者名はなく、「左右社」という出版社が企画し、編集したものであるらしい。
    明治から現代まで「〆切」をキーワードに、小説家、詩人、漫画家たちのエッセイや漫画、ちょっとした文章を集めるのに、どれだけの時間がかかったことだろう。

    なかには、締め切りをきっちり守る方たちも収録してある。編集者にとって神様みたいなこれらの人たちは、自らを「小心者」と称して、本の中で、肩身が狭そうにしているのが面白い。

    好きな作家さんの文章が面白いかと言えば必ずしもそうではなく、初めてお目にかかったお名前の方のエピソードがおもしろかったりして、どなた?となるが、巻末にちゃんと人物紹介がある。そういう発見もまた楽しい。

    〆切という言葉をキーワードに、さまざまに醸されたエッセンスを汲み取ってまとめた、編集者たちの仕事に、ただただ驚く。ブックデザインから何から凝っている。活字の選び方から、載せる順番まで。紙の色まで変えてある。

    奥付の後に、谷崎潤一郎が「文藝春秋」の発行遅延を言い訳する文章が1ページついているのもユーモアたっぷりだ。
    そして、ブクログの皆さんのコメントがまた面白い。おかげさまでこの本を、何倍も楽しみました。

    えっ・・・その2もあるの・・・。

  • 世の真理と、そして、不条理までも集めたような、〆切にまつわる話を集めたエッセイ・アンソロジー。
    夏目漱石や谷崎潤一郎と言った大文豪、小川洋子や西加奈子と言った平成の今をときめく人気作家、はたまた、作家都合で伸びに伸びる〆切にやきもきどころか時に煮え湯を飲まされた編集者など、多種多様な人々による文章94編から成り立っています。

    「〆切が来だからといって書けるもんではないんだよ…まあ、〆切があるから必死になるんだけどね」と言い訳をする作家が大多数なのは予想通りのこと。

    意外で面白かったのは、「小心者なので〆切を破るなんて怖くてできない!した事もない!」という悩み?を吐露する、なんとも品行方正な作家さんが数名いたこと。
    そういう作家さんは編集者から有り難がられる反面、変わり者扱いされて、挙げ句の果てに、「編集の仕事の醍醐味奪うよな、あの先生」的に言われてしまっていたという…。
    世の中って、なんて不条理なんでしょう。
    思わず笑ってしまいました。

    個人的にとても好きなのは、三浦綾子さんの文章。
    晩年は体の調子がよくない綾子さんの代わりに夫の光世さんが口述筆記をしていた三浦家。
    出版社に原稿を送った後だったのに、内容にどうにも納得がいかないと思った光世さんは、筆記役の自分の労を厭わずに綾子さんに書きなおすよう進言。
    綾子さんも、「第一の読者からの大切な評だから」と受け入れ、二人でやり直しをし、〆切に間に合わせたそう。
    この作品集には載ってないのだけど、光世さんが書いたエッセイに、彼から進言してやり直した原稿が、主人公の生きた時代背景と一致しないことが後でわかってボツになり、先に書いた原稿がそのまま採用になったというのに文句一つ言わなかった綾子さんに感心した…という内容があったのを思い出しました。
    三浦さんの作品はもう何年も読んでいなかったのだけど、夫婦の絆に改めて読みたくなりました。

    色々な人の文章が入っているので、まだ読んだことない作家さんの文章を読んで新規開拓に努めるもよし、好きな作家さんの文章を拾い読むもよし、作家と編集者のスリリングな駆け引きを楽しむもよし。
    色々な読み方ができるお得な一冊です。

  • たかが〆切、されど〆切。
    それは今も昔も老いも若きも、もれなく苦しめ翻弄する魔法の言葉。

    明治から現在に至る「書き手」達の〆切に纏わるエッセイ、手紙の数々。
    時に季節のせいにし時に生まれ月のせいにしながら、人や物に当たり散らし不毛な嘘をつかせ、原因不明の頭痛腹痛発熱をもたらす。
    あの著名な作家も「堪忍してくれ給へ、どうしても書けないんだ」と編集者にご丁寧な手紙を書く。
    そんな時間があれば原稿を書け!と軽くツッコミたいところだ。
    著名な文豪達が〆切に追われ七転八倒している様子は読んでいて微笑ましい。
    あの名作もこの名作も苦労に苦労を重ねて生まれたものなのだ!

    今日は奇しくもうちの娘達の夏休み最終日=夏休みの宿題の〆切日。
    今年も何とか乗り切った、と安堵しながら今晩眠りにつきたいものである。

  •  明治時代から近年までの、小説家・評論家など広義の「物書き」による、〆切にまつわるエッセイ・手紙・日記などを集めたアンソロジー。
     文章だけでなく一部はマンガもあり、藤子不二雄Aの『まんが道』や、長谷川町子の自伝エッセイマンガ『サザエさんうちあけ話』などの〆切エピソードが抜粋で収められている。

     ありそうでなかった本だし、企画としてもよい。種々雑多な〆切話を集めてくるだけでも大変だったろうから、編者の労を多としたい。装幀も凝っていて、ブックデザインとしても秀逸だ。

     だが、2400円もの値段に見合った価値があるかといえば、やや疑問。
     「これを〆切話に数えるのは無理やりすぎだろ」という文章がけっこうあって、それらは数合わせのために入れたとしか思えない。玉石混交度が高いのだ。
     収録する文章をもっと厳選し、ページ数も減らして価格を下げればよかったのに……。

     〆切をめぐる攻防は、物書きの舞台裏を語るにあたって最も面白いものの1つ。出版業界人の酒席で話が盛り上がる鉄板ネタでもあり、ここに収められていない面白い話がもっとたくさんあるように思う。

     たとえば、マンガ家の中でも遅筆で知られる江口寿史や平田弘史をめぐる話が、1つもない。文章系でも、小田嶋隆が自虐的に自分の遅筆ぶりを綴った初期のコラムがなかったりとか、わりと“抜け落ち感”がある(本人たちが収録を拒否したのかもしれないが)。

     ……と、ケチをつけてしまったが、玉石中の「玉」にあたる文章は大変面白い。
     たとえば、山口瞳が向田邦子の遅筆ぶりに触れたエッセイの、次のような一節。

    《「今月は大変なんです」
     と、編集者が言う。
    「井上ひさしがあるの?」
    「違います。向田邦子があるんです」
    「そりゃ大変だ」
     これは、売れっ子になってからの会話ではない。最初から、そうだった。これで作品がツマラナかったら一発でお払い箱になったろう。私はハラハラしながら見守っていた。》

     いちばんスゴイと思ったのは、高橋源一郎がエッセイの中で紹介している次のような話。

    《有名な某作家は、本当に切羽詰まった状態になり、編集者から矢のように催促の電話がかかってきてそのたびに「あと二時間待って」といい続けたそうである。うんざりした編集者が、どうせ二時間待っても書いてないに決まってるからと気をきかせて四時間待って電話をかけたら、その作家氏は「せっかく原稿を書いたのに、二時間たっても電話がかかってこなかったから、頭にきて破いちゃったよ。お前のせいだ」と文句をつけたそうだ。もう完全にやぶれかぶれである。》

     ううむ……。
     まあ、これは極端な例としても、昔の小説家には総じて社会的な力があったから、〆切を破っても許されたのだろう。

     私が知人の編集者から昔聞いた話を、1つ紹介する。
     〆切日に「先生、原稿はいかがでしょうか?」と電話をしたところ、とある高名な作家はこうのたまったそうである。
    「キミねえ、物書きってのは〆切が来てから書き始めるものなんだから、〆切日に原稿が上がっているわけがないだろう」

     本書には〆切を破らない稀有な作家たち(吉村昭、村上春樹、北杜夫、三島由紀夫など)の話も載っているが、「〆切を守る作家」が神のごとき存在として目立ってしまうのだから、オソロシイ世界だ。
     もっとも、本が売れないいまは、〆切を平気で破る作家はほとんどいなくなったらしい。そんな作家はすぐさま干される時代だからである。

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著者プロフィール

1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)にて誕生。帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表。翌年、『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。

「2021年 『夏目漱石大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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