私の1960年代

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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784865720044

作品紹介・あらすじ

富国強兵から総力戦、そして高度成長へ。反戦の問われるいま東大闘争とその源流。近代日本の科学技術を語る。

感想・レビュー・書評

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  • 2015年12月10日借り出し、12月14日読了。
    これは山本義隆の遺書とでも位置づけられる本。これだけの知性を、この国は活かすことができなかったということ。山本だけでなく、既存の世界を打ち破る知性を恐れて抑圧をしてきたことが、結果としていまの反知性を導き出し、この国を滅びの道に誘い込んでいる。

  • 山本義隆という名前を聞いて、ああ、と思い出す人は世代的に限られているのだろう。在野の物理学者として、素人にもよく分かる物理学の歴史を説いた良書の筆者として知られているが、東大全共闘のリーダーとして、当時新聞紙上を騒がしていた名前である。東大安田講堂をめぐる機動隊との攻防は、一月の寒い日だったので、放水車が大量の水を浴びせるテレビ画面を、こたつの中に手まで入れながら、食い入るように見ていたのを覚えている。もちろん、学生側を応援していたのだ。

    その山本氏が『私の1960年代』という本を出した。それまで、東大闘争について語ることを自ら禁じていたのか、市井の一学徒として主に科学に関する本しか書いてこなかったと記憶している。敗軍の将、兵を語らず、の心境でもないだろうが、ひとつの見識ではあると思ってきた。その人が何故今頃になって、過去を語ろうとするのか、と疑問に思い手にとった次第である。

    ここには二人の山本義隆がいる。物理を学ぶ学生として東大に入学しながら、学内に蔓延する矛盾に気づき徐々に闘争に近づいていくうちに、いつの間にかその中心人物となってしまっていた自称「ほとんどノンポリ」の東大生、山本義隆がその一人。もう一人は、闘争に敗れ、拘留された結果、東大に残ることもなく、就職も公安に邪魔され、予備校講師をしながら、地道にこつこつと独自に研究を続けてきた在野の老学徒の山本義隆である。

    60年安保に始まり、安田講堂占拠を経て、逮捕、拘留にいたる東大全共闘の闘いのあらましを、およそアジテーターにふさわしくない、人の話をよく聞き、考え、行動する真摯な大学院生の口から聞くことで、あの闘争とは何だったのか、東大という大学の持つ意味と、その問題点が明らかにされる。

    山本は、当時のアジビラをはじめ、大量の資料を駆使し、東大が明治に始まる、殖産興業、富国強兵の掛け声のもとで産・学・官・軍の複合体として、国家の政策といかに一体化してその命脈を保ってきたかを暴いてみせる。当時は、目の前にいる総長や教授といった東大当局との戦いに明け暮れていて、はっきりしなかったことが、時を経て、その本質的な意味が雲が晴れるようにくっきりと見えてくる。

    大学の自治などは初めからなかったのだ。国や企業から資金提供を受けた大学における研究行為は、すべて国及び企業の利益に結びついていた。それは、四大公害、沖縄基地問題、三里塚闘争、そして3.11の福島までずっと続いている。

    先の戦争に敗れたのは科学力であると考えた日本は、戦争に対する真摯な反省をすることなく、戦後はその科学力を用いて高度経済成長期に発展を遂げる。昔軍隊、今経済、というのが相も変らぬ日本人の意識構造であった。その経済が思うように伸びず、行き詰った時、頭を擡げてきたのがまたもやファシズムだ。

    この時期だからこそ、山本はもう一度皆の前に現れ、過去を語る必要を感じたのであろう。本書は2014年に行われた講演に加筆したもので、です・ます調で書かれており、読みやすい。民青や丸山真男に対する批判、深作欣二の映画『仁義なき戦い 代理戦争』に寄せる共感などには、若い山本の情念が感じられ、親しみを覚える。一方、戦争当時は天気予報さえ秘密とされ、戦争が終わるまで報道されなかったことをはじめ、昭和になって名古屋、大阪に作られた旧帝大には文科系学部がなかったことなど、今に通じる国の政策について教えられることの多い本である。一読をお勧めする。

  • 飛ばし読みのような感じだが、一気に読んでしまった。丸山真男批判などはとても面白かった。学生時代には、難関大を目指す難しい物理学を教えてる先生くらいの印象しかありませんでしたが、今自分がアラフォーになって読んでみると、こういう方だったのか、という新鮮な感動がありました。4大公害への視線、福島への視線、軍事技術と大学の関係、ベトナム戦争への視点、丸山真男への視線、など新鮮でした。まぁただ、その東大への合格者を出すことが目的の予備校教師をずっと続けられたことにはいろいろ複雑な思いがあったのではないか、という感じがしました。また丸山にこのような反論を出せる、のはそれだけ筆者の位置が高いからだ、という気もしました。でも湯川さんと師弟関係などなかったこととか、科学技術礼賛に対する意見などは拝読に値する、と思いました。ソニーのトランジスタラジオとウォークマンが敗戦に対する結局は科学技術の逆襲などということを言える人はそうはいないでしょう。新鮮な視点です。また、面白い、と言うだけではくくれない、深刻な話もあり、私自身ずっと疑問に思ってきたこと(例えば、水俣病被害者は、被害に遭って苦しい目に会っているだけでなく、法的救済にも恐ろしく時間がかかってしまう問題)などにも言及があり、ああこういうことも発言されてる方だったのか、と思いました。そういう発言をされる方は非常に少ないので、それだけでも読んだ価値があった、と思いました。

  • とても面白かった。

  • 2019/3/21購入

  • 哲学
    社会

  • 東大全共闘代表だった山本氏の自伝兼科学技術と大学と研究のあり方に対する一大考察。
    陽明学徒というのは、こういう人のことを言うんだろうなぁ。

  • 著者は、1960年代の学生運動において、かの有名は1969年の安田講堂事件の時の東大全共闘議長であり、日大全共闘議長の秋田明大とともに、全共闘を代表する人物であった。

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    全学共闘会議(ぜんがくきょうとうかいぎ)とは・・・(ウィペディアより)
    全学共闘会議は、1968年から1969年にかけて日本の各大学で学生運動がバリケードストライキを含む実力闘争として行われた際に、ブントや三派全学連などが学部やセクトを超えた運動として組織した大学内の連合体。略して全共闘(ぜんきょうとう)。
    全共闘は各大学等で結成されたため、その時期・目的・組織・運動方針などはそれぞれである。中でも日大全共闘と東大全共闘が有名である。東大全共闘では「大学解体」「自己否定」といった主張を掲げたとマスコミが伝え、広く流布した。「実力闘争」を前面に出し、デモでの機動隊との衝突では投石、ゲバルト棒(「ゲバ棒」)も使われた。
    (追記)安田講堂事件では、更に建物の上から火炎瓶や劇薬散布も行われ、機動隊にもかなりの重傷者が出た。日大闘争では、16kgのコンクリート塊を建物の上から投げつけたことで、機動隊に死者も出ている。
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    ただ学生運動終息後は、日大全共闘議長の秋田明大は、一転して芸能界やマスコミに度々登場し、その思想信条のいい加減さをさらけ出したのに対して、山本義隆は全共闘に関するマスコミ取材は一切受けることなく、表舞台から去り、予備校で物理を教えながら、在野の物理学の研究者として研究を続けた。
    その彼が、自分の過去に初めて触れたのが本書であり、興味を持ったので、読み始めた次第です。

    本書を読んで、全編を通じて感じたのは、現在においても、物の考え方や表現が、学生運動のアジ学生が叫んでいたのと全く変わっていないのが、何か違和感を感じさせます。
    もう少し客観的な視点から振り返って欲しい気がしました。

    1969年11月に司馬遼太郎は、「学生運動と酩酊体質」という講演を行っています。
    その中で、以下のようなことを述べています。

    思想や宗教はフィクションつまり「うそ」であり、その「うそ」を信ずるには、狂おしい心が必要となる。極論するとうそか本当か分からないけれども、とにかく信ずると。
    それは酔っ払いの状態と同じであり、思想の酔っ払い、それも集団の酔っ払いになると、一種のヒステリー状態を起こす。平素の個々の人間とは違う行動を取る。異様な雰囲気のなか、集団的な、ひとつの信仰的な行動が始まる。

    前述した「客観的な視点から振り返って欲しい」というのは、この司馬遼太郎が言う「酩酊体質」ではなく「非酩酊体質」の視点から見た「私の1960年代」という本を書いて欲しかったという気がします。

    具体的には、安田講堂に立てこもって機動隊を迎え撃つということは、「玉砕ごっこ」(この言葉が正しいか否かは?です)が、はっきり判断できるのに、彼らは「玉砕ごっこ」の道を選んだのですが、この考え方に対して、今はどう思っているかなどの見方を示して欲しかった。

    本著では酩酊状態から未だ目覚めずという感がします。

  • 「磁力と重力の発見」で社会と歴史が科学というものを作り出していく過程を深く広く細かくダイナミックに描いた著者が「東大全共闘議長」としての自分の歴史と学生運動が吹き荒れていた社会を振り返ります。それは若き物理の大学院生の「大学と科学の再発見」の物語。我々の世代にとっては駿台予備校の物理の先生であって、あれだけ戦っていた大学教育に学生を送り込むことを生業としていることに人生の苦さを勝手に感じてしまっていましたが、著者の澄み切った目は未だに社会と歴史と科学を見つめていました。3・11を自分事として捉えるスタンスも一貫しています。本書を読み終わったあとC調な感想ですがユーミンの卒業写真の一節「人混みに流されて変わっていく私をあなたは遠くで優しく見つめて…」というフレーズが流れました。軽くてどーもすいません。中間層が崩壊して社会の二極化が進んでいる民主主義の国ニッポン。ポピュリズムという言葉で民主主義そのものも傷んでいくような現代ですがこの老学者の「制度として体制に組み込まれ、たんなる手続きと堕落した民主主義が秩序として現出する場合、その秩序から取り残されるマイノリティを生み出してきます。」という言葉はとても沁みます。

  • 60年代の安保闘争,東大紛争の実態が始めてわかったような気がします.東大(あるいは科学者といってもいいかもしれないが)がかくも軍部や政府と密着していて,それは今も続いていることが色々な例によって提示されて,わかりやすく述べられているのですうっと腑に落ちました.科学の進歩の裏に隠された欺瞞も,やりきれない思いで読みました.そして,膨大な資料の収集と編纂,後世に残したいという熱意に感動しています.

  • 元東大全共闘代表の山本義隆氏が、1960年代の闘争と、それが現代社会や過去とどうつながっているのか科学技術を通して語っている。戦時下に富国強兵を目的として、国策で科学に力を入れた。戦後は元海軍らを中心にその科学技術を持って、富国強兵から経済成長へすり換わっただけで、根っこの思想は同じと断じる。山本は「かつての侵略戦争にたいするいささかの反省も、アジアの人たちへの加害者としての最低限の自覚も読み取れない、この手のあっけらかんとした『成功』物語にはいささか鼻白む想いです」と語っているが、その通りだろう。山本は東大闘争で敗れ、大学と官僚機構や民間との癒着が止められなかったとする。その結果、「3.11の破局を防げなかった」と振り返る。戦時下から続く、科学技術で「富国強兵→経済成長」の流れは、原発を制御できない時点で「決定的に見直しが迫られている」といい、共感すべき指摘だ。経済成長を謳歌するベトナムにいて、経済成長に囚われず、新たな価値観を持って日本は進めるのか。子どもを持つ親として、親世代の責任は重い。

  • 元東大全共闘代表である山本氏の講演録を一冊にまとめたもの。
    全共闘時代の回顧談を期待していたのだが少し違った。
    全共闘時代の話は淡々と語る一方、国策に溺れていく明治以降の日本の科学、科学教育に対して半分以上の章を費やして語り、その語り口には怒りさえ感じる。
    最近、著者の原発関連の著作を続けて読んだが、そこに滲む科学に対する真摯な姿勢を本書でも感じた。

  • 展示期間終了後の配架場所は、開架図書(3階) 請求記号 289.1//Y31

  • ライフヒストリーというよりも、著者による科学、技術批判の書。

  • 先生の気持ちが、伝わってきます。日本は、間違っています。

  • 山本義隆氏は元東大全共闘の代表者として有名な方だったそうです。
    リアルタイムでは全然知らないのですが少し前にそういう経歴の方が予備校教師をされて物理学の本を出版されていたことを知りその人物像に興味を持っていました。
    この本は講演をもとに本として出版されたものです。
    少しだけ読み始めているのですが純粋にまじめな人であることだけはわかります。
    ほとんどノンポリだった人がこういう運動に関わったのはやっぱり何かおかしいと思ったためだったんでしょう。
    それも運命なのかもしれません。
    将来を嘱望されていたのにそしてその能力を発揮できなかったのは日本の損失という人もいるようです。
    これらの運動についての資料集を自費でまとめて全28巻の冊子とマイクロフィルムを国会図書館などに寄贈されているそうです。
    きちんとマイクフィルムでも寄贈されているところが物理学者らしいなと思いました。
    マイクロフィルムが一番保存としては実績があると聞いてます。
    私が知りたかったことはこの本の「その後のこと」の章に載ってました。
    宇宙開発事業の曾孫受けである零細企業の仕事をして零細企業としては求められる以上の仕事をしたとの自負があるそうです。
    その仕事も権力の追求によって続けられなくなったそうです。
    そして知人の紹介で予備校教師となったということです。

  • 元東大全共闘代表・山本義隆氏による回想録のような本。過去のことはほとんど語らず、科学史の研究者として過ごしてきた著者がとうとう「あの時代」を語るということで、興味をひかれて購入しました。

    本書は2014年に行われた講演が元になっており、前半は学生運動時代の回想録、後半は理工ブームや原発など、日本の科学技術に関する論考になっています。

    彼らを突き動かした「怒り」がどのようにして生まれてきたのか、という疑問を念頭に置いて読んでみたのですが、結局のところよくわかりませんでした。確かに本書後半では、彼らの行動の背景にあった諸問題がじっくりと説明されています。けれどもそれは著者自身が言うように"(…)闘争で問題としたことにたいして私が後に考究した事柄"(P.165)であって、当時の彼らを動かした「何か」ではなさそうです。

    昨今の反原発デモや安保法制反対デモにしても、いったい何が人々を動かしているのか、わたしにはまったくピンと来ませんでした。時代の雰囲気というわけでもなさそうです。個人の感受性の問題なのでしょうか。よくわからない。

    P.157に当時の著者と今井澄氏が映った写真があります。とてもいい笑顔です。青春っていう感じがします。不思議な、一種の憧れのような感情が湧いてきます。

  • 2015/9/25

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著者プロフィール

1941年、大阪に生まれる。1964年東京大学理学部物理学科卒業。同大学大学院博士課程中退。現在 学校法人駿台予備学校勤務。

「2019年 『現代物理学における決定論と非決定論 [改訳新版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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