苦海浄土 全三部

著者 :
制作 : 赤坂 真理  池澤 夏樹  加藤 登紀子  鎌田 慧  中村 桂子  原田 正純  渡辺 京二 
  • 藤原書店
4.33
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本棚登録 : 40
レビュー : 4
  • Amazon.co.jp ・本 (1144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784865780833

作品紹介・あらすじ

全三部作がこの一冊に! 普及完全決定版!
「水俣病」患者とその家族の、そして海と土とともに生きてきた不知火の民衆の、魂の言葉を描ききった文学として、“近代”なるものの喉元に突きつけられた言葉の刃。半世紀の歳月をかけて『全集』発刊時に完結した三部作、第一部「苦海浄土」、第二部「神々の村」、第三部「天の魚」を一冊で読み通せる完全決定版。

感想・レビュー・書評

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  •  三部作目途中まで読んでいての感想。読んでいてつらいっす。久しぶりにじっくり読み込んでます。引用を入力するにしても、常用漢字以外を調べるのに、この字をここで使うか!!と驚きと感銘があり読み応えがあります。
    第一部 苦海浄土
     患者や家族自身が発せられる言葉に傷ついた。ただ今までのように生活していきたい。との気持ちが前面に出されていて、読んでいくのにしんどかった。いま被害者(この言葉が適切であるかどうかは疑問をもってしまう)は己を受容し生きているのだろうか。筆舌に尽くせない内容だった。

    第二部 神々の村
    村を語る合間にちらちらと水俣病の姿が見える。ただの村が水俣病によって神格化されているのになんとも言えない気分になる。第一部にもあったが、少女の月ものの処理のくだりは、筆舌に尽くしがたい感情が湧きあがった。残された子の、先に逝った親の、共に命を奪われたその苦しみに思いを馳せると、言葉に詰まる。

    第三部 天の魚
     闘争の中で出てくる言葉の一つ一つに様々な思惑があり、どの発言も切実に訴えるものがあった。裁判の経過について書かれているこの三部はほか二2部とは変わった面で読みにくかった。

    全三部作を読んでの感想
     公害について初めて考えたのは、小学5年生の時。公害を一枚の新聞として各自まとめるように言われたときだった。私は、イタイイタイ病を選び自分なりに書きあげたと思う。今になってあのとき書き上げた物は表面的なものにすぎなかったのではないかと振り返る。
     この本を読むに当たり、関連する多くの動画を見た。ショッキングなものもあったがそれを押してでも読み切れたのは、日々の生活の一部が描写されていたからだと思う。又その一面が病を反逆的に浮かび上がらせていたのも事実だ。
     日本はこれまで多くの公害に遭遇したけれども、新しい化学物質や技術の進展により、今後もブラックスワンは起こると思う。その時どうするのか、とても考えさせられた内容だった。

    • マヤさん
      私も学校でテストに出るから四大公害を覚えただけで、ちゃんと「知ろう」としたことなかったな、と反省しました。発展というのは諸刃の剣なのだなぁ、...
      私も学校でテストに出るから四大公害を覚えただけで、ちゃんと「知ろう」としたことなかったな、と反省しました。発展というのは諸刃の剣なのだなぁ、と感じます。リニア中央新幹線も賛否がありますし、本当に公害問題は今後も向き合わねばならない課題ですね。
      2016/10/15
  • 1000ページ目くらいの加藤登紀子さんの解説を読み、これは日本人として読まねばならないと感じた。

  • 文章表現が凄まじい。すごい。

    悲しげな目を山羊の目という。詩みたい。

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著者プロフィール

石牟礼 道子(いしむれ みちこ)
1927年3月11日-2018年2月10日)
熊本県、天草の宮野河内(現河浦町)で生まれる。母の実家は石工棟梁・回船業も営んでおり、父はそこで帳付けを勤めていた。祖父の事業が破産してから、小学二年の時に天草から水俣の北はずれに移住。優秀な学業成績から、三年制の実務学校(現水俣高校)に進学。ここで短歌を学んだ。卒業して教員養成所に入り、16歳で小学校の代用教員となって、詩と短歌を続ける。1947年に小学校を退職し、結婚。
その後若い労働組合員や詩人・谷川雁と知り合ってから、水俣病の患者の聞き書が始まる。1969年『苦海浄土』を刊行(熊日文学賞、大宅壮一ノンフィクション賞が与えられたが患者の苦患を語る本で賞を受けないと辞退)。水俣病の惨苦を世に広く伝えるだけでなく、「水俣病を告発する会」を渡辺京二さんらと結成して多くの患者とその運動に寄り添い、水俣病訴訟の勝訴に貢献。晩年はパーキンソン病を患って長編作を控えたが、旺盛な執筆意欲は衰えず、数々の作品を記していた。
1973年、マグサイサイ賞受賞。1993年、『十六夜橋』で紫式部文学賞受賞。2002年、朝日賞受賞。同年新作能「不知火」を発表。2003年、『はにかみの国―石牟礼道子全詩集』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
2004年から『石牟礼道子全集 不知火』を刊行、そこで『苦海浄土』の改稿と書き下ろしを加え、第二部・第三部を完結させる。池澤さんが個人編集した『世界文学全集』にも、日本人作家唯一の長編として収められた。

石牟礼道子の作品

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