対話する医療 ―人間全体を診て癒すために

著者 :
  • さくら舎
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本棚登録 : 37
レビュー : 6
  • Amazon.co.jp ・本 (236ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784865811377

作品紹介・あらすじ

あらゆる病を緩和させる、対話する医療!

今、医療現場で「対話」が必要とされている。「対話」するということは、患者も医師も対等の立場に立ち、お互いの考えを深く理解できるような関係性を構築することを意味する。

本書では、著者が実践している家庭医療、医療コミュニケーション、地域・コミュニティー活動、医学教育などについて、「対話」をキーワードに、様々なトピックを紹介。第1章は、人間全体を診る医師として「家庭医」を取り上げ、家庭医がどんな視点で患者や家族のケアを実践しているかを紹介。第2章は、患者と医者のコミュニケーションにおける様々な課題やアプローチについて、フィンランドのオープンダイアローグや精神科病院の改革を行ったイタリアのフランコ・バザーリアの活動を取り上げながら解説。第3章は、健康における社会的側面について、人のつながりが健康に及ぼす影響、銭湯のようなソーシャルキャピタルが果たす役割や日本で最も自殺率の低い町(徳島県・旧海部町)の地域の特徴を考察しながら紹介。第4章は、患者の立場からみた理想の医師像、医師の雑談やユーモア、共感力による治療効果、医学教育における「対話型教育」の意義、などについて解説。全編にわたって、医師と患者の対話が生み出す、新たな医療のカタチを明示する!

感想・レビュー・書評

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  • 家庭医であり、町に出て屋台を引いたりする中で健康を高める“まちけん(谷根千まちばの健康プロジェクト)”という活動を行っている、町に飛び出すお医者さん孫大輔先生の著書。
    読んでいて、患者としての自分や、医療者としての自分、地域で生きる一人の人間としての自分など、いろいろな角度の自分に響いた。助産師である前に、自分自身も一人の「生活者」であることを改めて感じた。正岡子規やら黒ひげまで登場する多岐に渡る視点が読んでいて飽きない。

    以前、目が痛くて眼科に行った時、医師の話がよく理解できなかったので沢山質問をしたところ「いいから黙って言うことを聞いてください!」と怒鳴られたことがあった。生活者として「主観的」な不安を抱えて病院を訪れた私と、「疾患」を判断する医師との「まなざし」の違いが、あの時私を悲しい気持ちにさせたのだとわかった。医療者としては早くラベリングしてしまった方が楽だしスッキリするけれど、その「不確実性」に耐えてじっくり話を聞かないと一方的なアセスメントをしてしまいがちだ。自分に翻って胸が痛い。

    その際に大切なのが「対話」だ。「対話」では、「すべての発話は相手の言葉を受けた応答となる」ことが重要で、白黒つけたりラベリングすることが目的ではなく、「対話すること自体が目的」。不安軽減でさえも副産物であるそうだ。目から鱗だった。議論とも、ディベートとも違う、対話。
    孫先生の作られる場に一度参加したことがあるが、えも言われぬ安心感があった。北風と太陽の太陽のように、無理矢理こじ開けるのではなく自分からつい心を開きたくなるような暖かい空気に、ふいに問わず語りで自分のことを話し始めた方がいた。決してぐいぐいほじくり出すのではなく、そこにいることを肯定されているやさしい感覚。判断を自分に委ねられている感。これが私にとっての「対話」体験だった。

    こうして対話を重ねていく患者さん一人の後ろには家族の木があり、その人が住む地域がある。地域全体を看る視点は、病院にいるだけでは欠けやすい。公衆浴場の地域コミュニティ機能も、風呂が壊れて一冬温泉に通い続けた身として非常に共感するし、自殺の少ない町、徳島県海部町のゆるいつながりもとても参考になった。監視ではなく、関心を持つ。困ったときは助けてくれるけれど、普段はそっとしておいてくれる鬱陶しくない適度な距離感。これが、コミュニティ作りのキーワードかもしれない。

    平田オリザさんの『わかりあえないことから』も大好きな本で、表出されたことば単体ではなく、そのことばの裏に潜むコンテクスト(背景)を慮るということが書いてあり、そこともリンクした。
    他者とはわかりあえないことから、はじまる。だから諦めるのではなく、だからこそ、対話する価値があるし、自分では考えつかない発想だったり可能性を示唆してくれる。それをオモシロがれるかどうかは、自分次第なのだと思った。

  • ★★★
    今月3冊目
    医療には対話が大切ってこと。このドクターは地域と色々なコミュニティを作ってる素晴らしいドクター。
    が、読み物としてはどうも入りにくい本

  • 社会的処方のために単なる「情報共有」ではない「対話」の重要性を説いています。
    家庭医とはどうあるべきかの原点と思います。
    高度専門医療の追求とは全く異なるアプローチであり、超高齢化を迎える日本社会においてますます重要になってくると感じました。

  • 対話という切り口の医療の本。
    対話、ゆるいつながり、まちあるき

    漠然と自分が大切と思ってたことを、言語化してくれて居る本だと感じました。

    対話する医療 ―人間全体を診て癒すために

  • オープンダイアログのワークショップや研修会で何回かお見かけし、家庭医もオープンダイアログに興味があるのかと思い、対話もないまま日々が過ぎ去っていく中で、この書籍に出会った。著者がいかにして家庭医を目指したか、そして、その中で「対話」の重要性に目覚め、オープンダイアログにつながっていく経緯が理解できた。私が日々興味を持っている分野、つまり「ゆるやかなつながり」や「健康格差」や「不確かさ」などに重なる部分もあり、読みやすかった。また参考文献も参考になった。個人的には、体系的に地域診断を行う「コミュニティ・アズ・パートナー・モデル」をさらに深めて勉強したいと思った。

  • 以前、ある医師から「医者が病気をつくることがあるんだよ」と言われたことがある。医師の不用意な言葉、機械的な対応は、患者にいらぬ負荷をかける。病は気から、というのは軽く考えてはいけない、ということだった。
    確かにパソコンの画面を見たまま、こちらには見向きもしない医師はいる。逆に、すごく親身になって、心強く思わせてくれる医師も少なくない。
    医のサブスペシャリティ化が進んで、患者は自ら情報を集める必要が高まった。でもそのような情報を誰もが収集し、理解できるわけではない。超高齢社会にあって、家庭医、総合医の存在はとても有り難い。問題は、医師の不足、過重労働に対応しつつ、質の担保を図ること。
    もちろん医師ばかりに負担をかけるわけにもいかない。こうした本を読んで勉強することも個人でできることの一つだと思う。

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著者プロフィール

家庭医、東京大学大学院医学系研究科医学教育国際研究センター講師。医学博士、看護学博士、医療者教育学修士。1976年、佐賀県に生まれる。2000年、東京大学医学部を卒業。腎臓内科、家庭医療を専門として病院勤務を続けた後、2012年より現職。大学では主に医療コミュニケーション教育に従事。現在、教育・研究とともに、非常勤で家庭医としての診療を続けている。2010年より市民と医療者の対話の場「みんくるカフェ」を主宰、一般社団法人みんくるプロデュース代表理事を務め、谷根千まちばの健康プロジェクト(まちけん)代表。
著書には『人材開発研究大全』(分担執筆、東京大学出版会)、『「ラーニングフルエイジング」とは何か――超高齢社会における学びの可能性』(分担執筆、ミネルヴァ書房)、また、毎日新聞で「くらしの明日:私の社会保障論」(2016年~2017年)を連載した。

「2018年 『対話する医療 人間全体を診て癒すために』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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