「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 日本縮約版

  • 文響社
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レビュー : 148
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784866510774

作品紹介・あらすじ

イェール大学で23年連続の人気講義が、ついに日本上陸!

――人は必ず死ぬ。だからこそ、どう生きるべきか――

なぜ、余命宣告をされた学生は、
最後に”命をかけて”、
この講義を受けたのか!?

死を通すことでますます「生」が輝きを増す、世界的名著!

感想・レビュー・書評

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  • 話題にすることさえ避けられがちながら、私達の誰もが避けられない「死」。その本質についての一般的な見方の誤りを、著者自身が主張する書。

    たとえば、
    人はいつ死ぬのか?身体の死なのか?認知機能の死なのか?
    死は誰にも代わってもらえない。では、他のことなら代わってもらえるのか?
    死は悪いものなのか?なぜ悪いのか?いつ悪いのか?
    死が悪いものなら不死は良いものなのか?どうであれば不死は良いのか?
    人生の価値をどうやって測るのか?死んでもこれだけはやりたいということはあるのか?
    なぜ死を恐れるのか?
    自殺には合理性があるのか?道徳的にはどうか?
    ……等々。



    こねくり難しい話を、話の前提を変えながら、これはどうか?あれはどうか?と問うてくるのに加え、文末まで読まないと肯定文か否定文か疑問文かさえ確定できない日本語のために、ワーキングメモリを最大限に用いて読みましたが、よくわからず読み飛ばしたところも数々。

    でも、特に不死について論じたところで、不死ってフィクションでは扱われることがあるけれど(手塚治虫の「火鳥」のが印象的でした)、本当に不死だったら、たとえ不老で健康が保証されていたとしても、辛いだろうなって思えました。

    そう考えてみると、有限だからこそ尊いと思えるものっていっぱいありますよね。
    自分にとって良いものも悪いものも、永久じゃないと思えれば、また受け取り方も違ってきます。

    たまたま手に入る図書館で借りたこの本が日本縮約版だったので、魂の存在について論じた部分が割愛されていたのはとてもとても残念でした。
    どこかで手に入れて読んでみたいと思います。
    私としては、「生きがいの創造(飯田史彦著)」にあったように、死後の自分があると考えたほうがより良い生き方ができるという考え方を支持するのです。



    「これを読めは死の謎が全て解けて死を恐れることがなくなる」とは言いませんが、少なくとも、冷静に考える糧にはなると思います。




    *******追記*******

    私のように残念な読者に向けて、文響社さんが、抜けている部分を読めるようにしてくださっていました。
    https://bunkyosha.com/books/9784866510774/article/1

    本書未読の方にも興味深いのではないかと思いますよ。

  • 死というものを完全に現象としてとらえた哲学書。
    天国も地獄も輪廻転生もない。
    ただただ『死』は善か悪か。
    死ぬことと生きることはどちらが得か
    という命題が繰り広げられる。

    人間は死を恐れるが、永遠の生命は求めない。
    なぜか。
    それは個人それぞれが考えるべきことなのだろう。

    本書のコピーに「命を懸けて受けた授業」というようなものが書いてあったが、それはちょっと大げさかな。


  • 死は、生きていれば享受できたかもしれない、人生における良い事を剥奪するので、良くない事だと思われている。いつ死んでも、死は早すぎると感じる。自分が死ぬ事で周りの人に悪い影響を与える可能性がある。生きている事が死よりも辛い事なのであれば、自殺もまた最悪の選択とは言い切れない。
    そりゃそうだよな、と、一言で終わらせる事もできる考えを、色んな観点で深く掘り下げて説明してくれています。
    このテーマに関しては、自分が思っている事と同意見な部分しか心に刺さらないだろうと思います。
    自殺に関して思い悩む人を前に、この本を読んだ私が、読む前と違う事を言えるかと聞かれたら、結果変わらないと思います。
    自分で自分の為に読んで自分の気持ちをどう整理するかの本です。
    自分は機械である。機械は壊れる。それを受け入れる。
    読んで良かったと思います。

  • 手にしてからなかなか読めずにいた本書をようやく読み進めることが出来ました。

    とんでもない一冊に出会ってしまった気がしています。

    「死」とは何か。

    人は、必ず死ぬ。

    だからこそ、どう生きるべきか。

    今までは単純にどう生きるかしか考えてこなかった。

    どう生きるかを理解する為には、その先にある「死」を理解する必要があるんだと気づけた。

    特に前半部分は自分がイメージしていた「死」がいかに表面的なモノであったかに衝撃をうけた。

    本書は「死」をテーマにした哲学書。

    ただし、本書で示されている内容は著者が学生向けの講義内容である為、非常にわかりやすい。

    いつ訪れるかわからないが、必ず訪れる「死」について、人生ではじめて向き合うことが出来ました。

    きっと著者が伝えたかった事を全て理解出来た訳ではないが、今、この瞬間を生きている私にとって非常に学び多き一冊であった。

    説明
    内容紹介
    イェール大学で23年連続の人気講義が、ついに日本上陸!

    ――人は必ず死ぬ。だからこそ、どう生きるべきか――


    本書は、“DEATH(原書)"のChapter1、8~16の完訳と、
    Chapter2~7の原著者自身の要約原稿の翻訳文による、日本縮約版です。
    本書の縮約箇所は、文響社ウェブページにて、 無料公開しております(2018年12月より)。

    大好評、12万部突破!
    ○死とは何か
    ○人は、死ぬとどうなるのか
    ○死への「正しい接し方」――本当に、恐れたり、絶望したりすべきものなのか
    ○なぜ歳をとるごとに、「死への恐怖」は高まっていく<? br> ○残りの寿命――あなたは知りたい? 知りたくない<? br> ○「不死」が人を幸せにしない理由
    ○「死ぬときはみな、独り」というのは、本当か
    ○自殺はいつ、どんな状況なら許されるのか
    ○死が教える「人生の価値」の高め方

    なぜ、余命宣告をされた学生は、
    最後に"命をかけて"、
    この講義を受けたのか!?

    死を通すことでますます「生」が輝きを増す、世界的名著!
    出版社からのコメント
    「私自身が、
    日本語版の制作チームに
    加わっているような気分です」

    このお言葉は、 日本語版制作にあたって、
    「日本の読者のみなさんへ」を
    書き下ろしていただき、
    さらに、編集上の様々な疑問点に
    お答えいただいた際の、
    シェリー先生のお言葉です。


    イェール大学で二十年以上、
    「死」をテーマにした講義を
    続けていらっしゃる、シェリー先生。

    そのお姿はまるで、 悟りを開いた高僧のよう……。
    「死」という難しいテーマを扱いながら、
    理性的に、そして明快に導かれる、
    まさに、イェール大学の看板授業!

    ぜひみなさんも、
    イェール大学に入学した気分で、
    世界最高峰の「死」の授業を
    お楽しみください。
    内容(「BOOK」データベースより)
    イェール大学で23年連続の人気講義が、ついに日本上陸!人は必ず死ぬ。だからこそ、どう生きるべきか
    著者について
    Shelly Kagan(シェリー・ケーガン)
    イエール大学哲学教授。ウェスリアン大学で博士号を取得したのち、ピッツバーグ大学、イリノイ大学を経て、1995年からイエール大学で教鞭を執る。2016年、アメリカ芸術科学アカデミーに選出。
    道徳・哲学・倫理の専門家として知られ、「死」をテーマにしたイエール大学での授業は、17年連続で「最高の講義」に選ばれている。また、本授業は2007年にオンラインで無料提供され、大好評を博した。本書は、その講座をまとめたものであり、すでに中国、韓国をはじめ世界各国で翻訳出版され、ベストセラーとなっている。


    柴田裕之(しばた・やすし)
    翻訳家。早稲田大学、Earlham College卒業。訳書に、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』(河出書房新社)、マット・リドレー『繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史』(早川書房/共訳)、チャディー・メン・タン『サーチ・インサイド・ユアセルフ――仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法』(英治出版)、ジェレミー・リフキン『限界費用ゼロ社会 〈モノのインターネット〉と共有型経済の台頭』(NHK出版)など多数がある。

  • そもそも「死」とは何か、はたしてそれは悪いことなのか、ひとりで死ぬとはどういうことなのか、自殺は否定されるべきものなのか、などとても興味深い内容が比較的分かりやすく書かれている。ただこれを読む人は多少当たり前の考えに対して懐疑的だろうと思う。死は悲しく恐れるものだという考えは、どこでも広く受け入れられているものだから。

    自殺について考察する章を読んでいると、道徳というのは何を基準にして語るかによって答えが変わり、人は自分にとって都合の良い部分を選んでいるのだということに気づかされる。中庸を選び、極端に走らないようにするにはそうするしかないのだ。白黒はっきりさせられる問題は、思ったよりも少ない。

  • タイトルの通り、「死」について哲学的に論考した大学講義録です。
    イェール大学の教授の語り口は読みやすく、内容もスッと頭に入ってきました。

    人の「死」とはどのようなものか(生命機能が停止した時点が「死」なのか、はたまた思考等の”人間的な活動”ができなくなった時点が「死」なのか)、「死」は悪いものなのか(「不死」が望むべきものなのか)、さらには自殺は完全に”悪”なのか。

    筆者の論調は、ときに極端な例を示しながらすすむ場面もありましたが、論旨は明快で、違和感を覚えたり矛盾を感じたりすることはありませんでした。
    特に、自殺についての筆者の考えについては、賛成する部分もありつつも、やはり感情的には受け入れがたい部分もあり……。

    筆者の考え方が100%正しいわけでも、また筆者の考えに100%同意できるわけでもありませんが、この本を読み、「死」について自分なりに考えるきっかけを持つことができた、ということ自体が(筆者も本書の狙いの一つといっていたように)この本を読んで得られた最もおおきな学びだったかもしれません。
    380ページ近い大著ですが、読み始めるとすらすらと進めることができました(完訳版にはある、形而上学的な部分が割愛されているからこそかもしれません)。中高生のはこの「縮約版」が読みやすいかもしれません。

  • 普通のことしか言ってない。売れてる理由が分からなかった。

  • 長い時間をかけたが、読み終わりました。
    哲学的な本でした。
    下記を考える事によって、生きている自分を実感しました。
    ・人はいつかは死ぬ。
    ・生きているとは、死ぬとは。
    ・いつ死ぬかは分からない。
    ・自殺は悪いのか、悪くないのか。

  • 思ったより読みやすい。
    それほど難解な言葉も使われていないし、文体も割とこなれているからかと思う。
    でも、やはり大部な書物で、読むのには時間がかかった。

    さて、シェリー先生曰く、生きている人は、一度は死の本質を考え、自分の死に関わる信念を問い直すべきだと。
    それはなかなか独力でできるものでない。
    本書を読むことも、その一助ということだ。

    ・どう言う状態をもって人は死んだとみなすべきか。
    ・死は悪か、どうしてか。
    ・不死はよいことか。
    ・人生の価値をどう計るか―人生は価値を収める「夢のような器」か、「控えめな器」か、「ニュートラルな器」か。
    ・死の悪さに影響を与える問題―死の不可避性、寿命が平等でないこと、自分の将来の不可知性、生と死の組み合わせによる作用

    すべてを書きだしてはいないが、こんな風に論点は多岐にわたる。

    自分も、比較的悪質度が低いとはいえ、がんにかかり、今経過観察中だ。
    初めて自分が死ぬ未来がイメージできたばかり。

    仏教の影響か(熱心に学んだことはないが)、生に無条件の高い価値は持っていない。
    だから本書の幾分かの議論は、それほど切実な感覚を持たず読むことになった。

    むしろ改めて考えさせられたのは、死が、というよりは生が不確実で、そこに恐怖やさまざまな悩みが生まれてしまうこと。
    今の日本で―長生きがリスクとなりうるこの社会では痛切だ。

    自殺の可否を論じた章がある。
    著者も自殺を奨励しはしないが、条件次第ではそれも理にかなった選択になる場合があることは認める。
    ただ、とても難しい問題があることがわかった。
    本人にも将来はわからない。
    そのうえ、死を考えるほどの苦痛の中で下した判断は理性的なものでありうるのか。
    この話は、自分にとって身につまされた。
    病院に行くと、同意書を書かされる。
    手術を受けるのか、脳死状態で臓器提供するか、もしかすると自分も状況が悪くなったら延命治療を望むかも意思表示を求められるのか?
    自分が生きる可能性を求めるかどうかは、裏を返せば治療を拒んで死を選ぶかどうかだ。
    自分のした決断が正しかったのか、実に自信がないし、この先も自信は持てないだろう。
    そのことだけは、本書を読んではっきりわかった。

  • 大学で23年連続の人気講義に惹かれて読んだ。
    テレビの「1番だけが知っている」ではないが、魂震えた。
    死を考えることは生きることを考えること。
    例えが随所にあり、非常に分かりやすい。
    何のために生きるかを考える時に宗教的な考えもあるが、この本は哲学的な切り口から死と生を考える参考になる。
    印象に残った文章
    ⒈ 哲学の観点に立つと、ここでは何一つ謎めいたことは起こっていない。身体が作動し、それから壊れる。死とは、ただそれだけのことなのだ。
    ⒉ 誰もが、「自分が死ぬ」ことを本気で信じてはいない。
    ⒊ 最善の「生」とは自分が望むだけ生きられることではないかと思う。
    ⒋ 管理部門の職員を一人、死の床に派遣し、彼が死ぬ前に学位を授与した。
    ⒌ 自殺は常に正当であるわけではないが、正当な場合もある。
    ⒍ 魂など存在しない。私たちは機械にすぎない。
    ⒎ 死を恐れるのは不適切な対応だ。

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著者プロフィール

イエール大学教授。道徳哲学・規範倫理学の専門家として知られ、着任以来二十数年間開講されている「死」をテーマにしたイエール大学での講義は、常に指折りの人気コースとなっている。本書は、その講義をまとめたものであり、すでに中国、韓国をはじめ世界各国で翻訳出版され、40万部を超えるベストセラーとなっている。

「2019年 『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義 完全翻訳版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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