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- / ISBN・EAN: 9784867630204
感想・レビュー・書評
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励ましてくれる本屋 ―シェイクスピア・アンド・カンパニー書店とシルヴィア・ビーチ―
この夏、しばらくヨーロッパに行っていた。妻に会うためである。私の妻はアイルランド文学の研究者で、勤め先の日本の大学からサバティカル(研究休暇)をもらい、今年の春から一年間、ベルギーのルーヴェンという町で暮らしている。アイルランド文学の研究なのにベルギー? という感じだが、ルーヴェン・カトリック大学にはアイルランド研究センターがあり、妻はそこにいる。
だいたいベルギーで過ごしたのだが、オランダとフランスに小旅行もした。フランスのパリで行ったところの中に、シェイクスピア・アンド・カンパニー書店という本屋がある。いつか行きたいとずっと思っていた場所だった。二十世紀の文学に興味がある人間には特別な意味のある本屋である。アメリカ人女性・シルヴィア・ビーチが1919年に開いたこの書店は、のちに有名になる作家や詩人たちがまだ無名だったころ、彼らの執筆を支援し、彼らのたまり場になった場所だった。また、20世紀の文学作品でもっとも重要な作品の一つであるジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』がアメリカとイギリスで発禁になったあと、その出版を引き受けたりもした(ジョイスもこの店の常連だったのである)。ここは本屋と言ってもただ本を売るだけの場所ではなかった。多くの人が出会い、なにか新しいものが生まれていく場所だった。現在のシェイクスピア・アンド・カンパニー書店は、開店当初の場所ではなく、またビーチの一族が経営しているわけでもないのだが、それでも店内にはこの書店に通った作家たちの写真がたくさん飾ってあり、にぎやかな気持ちになってうれしかった。
ここに通った作家の中に、若いころのヘミングウェイがいる。どうしても作家になりたかったヘミングウェイは、1920年代のはじめ、文学修行するつもりでアメリカからパリへやってくる。このころのことを回想した『移動祝祭日』の中に、まだ無名なヘミングウェイをことあるごとにビーチが励ました話が出てくる。この書店はかつて図書館のように本を貸し出すこともやっていて、ヘミングウェイがはじめてこの書店に行った日から、すぐに信用貸しでビーチは本を貸してくれるようになる。いろんな作家を紹介してくれたりもする。ある日、やさしくしてくれるビーチに、原稿が売れないとつい愚痴ってしまったあと、小説を書くのは誰かに頼まれたからやってるわけじゃなくて自分で決めたことじゃないか、と自己嫌悪しつつもう一度再生しようとする感情なんかも書かれている。二冊目にすすめる『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』はそうした交遊の裏側をシルヴィアの側から語ったもので、三冊目にあげた『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』はこの本屋の歴史を書いたもの。いずれもとてもおもしろい。本を愛し、本によってつながっていく人間関係の渦とその渦がやがて世界へ伝わっていく過程がおもしろい。
国文学科 よしだ
<おすすめ本>
『移動祝祭日』
アーネスト・ヘミングウェイ著,福田陸太郎訳/土曜社
『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』(河出文庫)
シルヴィア・ビーチ著,中山末喜訳/河出書房新社
『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』
ジェレミー・マーサー著、市川恵理訳/河出書房新社詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
独特な文体が合わず挫折。描かれている情景を想像しにくかった。