「生活保護なめんな」ジャンパー事件から考える―絶望から生まれつつある希望

  • あけび書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784871541527

感想・レビュー・書評

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  • 小田原市で発覚した衝撃の事件…。問題の核心はなにか?
    全国の福祉現場に「見えないジャンパー」は蔓延していないか?
    小田原市ジャンパー事件発覚を契機に、生活保護行政の問題点と改善の道筋を、生活保護利用者、弁護士、研究者、福祉職員、ジャーナリストが考え合い、提起する注目の労作。
    その後、小田原市では画期的な検証作業によって、生活保護行政が大きく改善されようとしている。
    それは、「絶望から生まれつつある希望」でもある。
    小田原市の検証作業、そして生活保護行政の改善されつつある詳細を本書は網羅する。

    2017年1月17日付け読売新聞の報道をきっかけに、小田原市の生活保護担当部署職員が「生活保護なめんな」「不正を罰する」などと生活保護受給者を威圧する言葉が書かれたジャンパーを着て、生活保護受給者世帯を訪問していたという事件が表面化した。
    2012年5月、生活保護など社会保障費縮小を政策に掲げていた安倍晋三首相のスポークスマンとしてテレビ番組などで「本来生活保護の受給者条件に当てはまらないのに、生活保護受給している方が多い」と片山さつきは主張し、あるお笑い芸人の母が生活保護受給しているという特殊なケースを過大にやり玉にあげ生活保護バッシングを煽り、片山さつきの言い分を鵜呑みにしてSNS上では生活保護受給者を「ナマポ」と中傷し片山さつきの主張「生活保護は、生きるか死ぬかの場合にのみ、許可すべき」という明らかに間違った認識が事実であるかのように国民意識に定着し、生活保護受給者に「負のスティグマ」を与え偏見を助長する動きや地方自治体による生活保護費の使用目的を監視するなど不正受給を取り締まる動きが強くなっていた。
    だがこの動きは、生活保護という制度の根幹である生存権の保障を無視して財政改善のみを考えたものであり、生活保護受給者を犯罪者のように扱い保護を打ち切らせる北九州の生活保護受給者に対しての運用方法が他の地方都市でも追随する危惧があった。
    そんな時に起こった「小田原ジャンパー事件」は、生活保護担当部署職員の差別意識を浮き彫りにするものがあり、生活保護問題対策会議は小田原市に2017年1月20日に公開質問状を送り具体的な問題点を問いただした。
    小田原市は、「小田原ジャンパー事件」の検証委員会を設置して、この事件の背後にある小田原市の生活保護運用の問題点を洗い出した。
    問題のジャンパーが作成されるきっかけになったある事件から見えてきた小田原市の生活保護担当部署の不適切な対応、担当世帯数に即していないケースワーカーの人手不足、ケースワーカーの専門性の欠如などが明らかになり、生活保護受給者に適切な制度説明が出来るように職員の専門性の向上を目的にした研修とキャリアアップや様々な受給者に対応した様々な自立への支援などを対策として掲げて生活保護運用の改善がなされることになった。
    生活保護運用担当部署の職員の専門性の欠如、担当件数に見合ったケースワーカーの割り当てなど、様々な地方都市でも同じ問題があるので、この小田原方式が地方都市でも追随して実行されるきっかけが出来たという意味では、「小田原ジャンパー事件」の小田原市の対応は希望になった。
    ケースワーカーや生活保護受給者だけでなく、生活保護を他人事にしている人にも必読の本。

  • 行政と近いところで働いているので、小田原市の迅速で真摯な対応があり得ないレベルだということがよく分かる。
    これを生活保護行政の問題だと限定的に捉えず、生活上に起こる困難全てを社会的な問題として見ようとする視点をみんなが持つことが必要なんじゃないかと思う。

  • 今年の1月、小田原市で発覚したジャンパー事件の顛末については、「ビッグイシュー」の雨宮処凛さんの報告である程度は聞いていた。7月にこの本が出たのは、つまり希望の持てる方向で展望が生まれつつあるというのは、極めて珍しい「素早い対応」があったということなのだろう。

    小田原市は、単なるジャンパーやホームページやしおりの問題ではない、ことが話し合われ、2月末に対策検討会議が設置、市井の専門家だけではなく、元生活保護受給者も参加した。そこまでは私も聞いていたので、この本を紐解いた。

    この本は、縦文字ではなく、横文字で文章が書かれている。つまり、読者の対象は主に自治体職員の専門職を想定しているのだと思われる。実際、ぜひ福祉事務所のケースワーカーには、またはそこに関係する自治体職員には、この本を読んでいただきたいと切望する。そして自分の仕事を振り返ってもらいたい。

    しかし、一方で私のような一般市民も手に取るべきだと思う。ここでは、この問題の問題たる所以が「ジャンパーという明らかな形があるために問題が発覚しましたが、「目に見えないジャンパー」をまとっている職員は全国各地にいるのではないでしょうか」(81p)という問題意識で書かれている。そのために、ホームページやしおりのチエックの方法も詳細に書かれている。その程度は、一般市民も出来るのではないかと思うからである。

    この事件を受けて市民の反応は、批判的なものと同時に担当職員を支持する人たちも相当数いたと言う。その人たちに関して言えば、3章の渡部潤氏と藤䉤貴治氏の対談がこの事件の概観を1番わかりやすく書いていると思われるので、その対談をキチンと批判できるかせめて確かめて欲しいと思う。生活保護パッシングしている人たちのほとんどは、私は「無知」だと思っている。

    ただ一点だけ、この本で不足している部分がある。「パッシング」の人たちは、最後は子供が捨て台詞を吐くように一様にこう反論するからである。「それでも、福祉予算から生活保護で多大なお金が出ている。それを削るのは、役所の義務ではないか?」

    それに対しては、全面的に展開していないが、雨宮処凛さんが根本的なことを書いている。それを最後に抜き出したい。

    そうして困窮者に寄り添う支援が実現すれば、結果的には本人にとっても自治体にとってもいいことだらけなのである。
    例えば、滋賀県野洲市の市長は、税金滞納を「貴重なSOS」と語り、「ようこそ滞納いただきました」と言う。
    税金を滞納する人は、国保料や社会保険料も納めていないことが多い。生活に困っていると感じたら、野洲市ではそれぞれの課が連携して市民生活相談課に案内しているのだと言う。そうして生活を立て直す支援をする。水道料金や保育料、給食費の滞納があった場面も把握する。そんな風に市民の「困窮サイン」にいち早く気がついておけば、支援も早くできる。そうすることで、結果的にコストがかからない。早い支援が確実な納税につながる。(131p)

  • 2017年初頭に起こったジャンパー事件についての論考が早くも単行本化。あけび書房の素早さが光る。
    この問題の根深さは、ただ特殊な事務所の特殊な人たちの仕業ではないこと、専門職を増やせば済むという単純な話ではないこと、本来枝葉の問題である不正受給対策が本目的化してしまったこと、ジャンパーを支持する世論があること、等など、枚挙に暇が無い。
    つまり、話題的に飽きたからと言って簡単に終わらせてはいけない問題なのだと思う。その意味では、こうして形にして残すことは大事。
    仕方ないけれど福祉事務所側にかなり厳しい意見が多いので、同業者としては厳しく指摘しつつも、希望を持って前向きに考えていきたい。

    最近の全体主義的傾向ともリンクするような気がして、とにかく根深い。

  • 今年1月に神奈川県小田原市で発覚した衝撃の事件。何が問題であったか、どういう現状にあったかを解明しながら、当事者も含めた検証作業によって改善へ進み始めた小田原市の現状や今後の課題について書かれた生活保護問題対策全国会議による編著本です。

    この事件をはじめに聞いて直感的に思ったのは、「人権侵害も甚だしい」と同時に「対岸の火事」にしてはいけないと言うことでした。「何があったのか」「問題の本質は何か」を確認したいと思っていました。事件発生から半年で出版された本は、そんな思いに応える中身を持っていました。

    直接的なジャンパー作成のきっかけとなったとされる事件は、きちんとした制度運用と利用者に寄り添う対応がされていれば起こることはなかったのではないかというは分析はよく理解できました。小田原市が検証会議に生保利用をしたことのある方をメンバーに加えたことは、市の真摯な姿勢の現れであると同時に本来の暮らしに関わる制度検討のありようを示していると思いました。また、社会保障制度全般の施策で「自己責任」が強調される中、利用者が孤立させれているのと同時に支援の中核を担っている公務労働者自身が孤立させられている状況にもきちんと目を向けないといけないと感じました。誰と一緒に何に怒りを持つべきか、よくとらえていきたいですね。

    生活保護に関わる問題を指摘するだけでなく、社会保障・社会福祉制度全般にもつながりり福祉労働の本来のありようにも結びつく中身だと思いました。
    それにしても、この間生活保護をめぐる状況に関わりが多くなって思うのは、自治体間格差の何と大きいことか。びっくりすると同時に、きちんとした制度運用を求めていく運動も本当に必要です。

    今後の小田原市に注目ですね。
    ぜひ多くのみなさんに読んでほしいです。

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著者プロフィール

弁護士

「2006年 『これが生活保護だ 福祉最前線からの検証』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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