暴走するインターネット: ネット社会に何が起きているか

著者 :
  • イースト・プレス
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  • Amazon.co.jp ・本 (237ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784872573022

感想・レビュー・書評

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  • インターネットは社会にとってどういう存在なのかを、やたらめったら難しい言葉でなんとかまとめた本

    目次
    <blockquote>1 NETWORK―暴走するネットワーク
    2 DOMAIN―錯綜するドメイン
    3 COMMUNITY―誕生するコミュニティ
    出口、あるいはどこかへの入口</blockquote>
    既にこのコメントを書いている時点で、この著者があれこれ考えた幾つかの説に筋が通っていたのだろうとは思えるが、しっかし、引用と言葉のまとめ具合が下手なせいか、少し読みづらかった……。

    それでも最後になんとか答えは出しているところはセフセフ。だろうか。

    関連は、過去に記した書評批判の文。大学生のときだな。

    さてと、ここはまるっと書くわけにも行かないから、まとめて書きますが、
    当時はライブドアも全く出てこない、しかしようやくブロードバンド化が進められ、インターネットが公共的インフラとして発展する過渡期の段階だったのですから、今思うことと同じことが出てこなくても不思議ではなく、そういう意味では未踏の意をまとめる労苦は推して知るべしだと思います。
    その中で、既存の(web1.0とでもいう)ネット社会の(しかし当時としては斬新な)中でのアプローチ、ないしリアル社会での拡張としてのケータイ文化などから、今後の社会はどうあるべきとされているのか、またどうもって行こうかみたいなことが書いてあるなあ……と思いました。

    この本が出てからたった数年のこの文を書いている現在(2008年)ですが、ソーシャルネット的(web2.0的)なアプローチが発生して、今そろそろ固まろうとしている。この本ではそこを新しいコミュニティとして「パブリック・コミュニティ」を提唱しているが、そこに近い概念と言えるんじゃないだろうか。

    <blockquote>「インターネットは私たちを幸せにする魔法の道具ではない。そこで流通するコミュニケーションには内容などなく、ただ前のコミュニケーションに対する刺激への反応として次のコミュニケーションが連鎖しているだけだ。だがそれは少なくとも私たちを幸せにする可能性をはらんだ『無駄』であり、そして事実として<u>私たちはそのような無駄の中に生きることを選び始めているのではないだろうか</u>。この無駄と戯れつつそれを維持するコストをかけるか、『まじめな』社会を形成するためにまじめなコミュニケーションを行い、それに従わないものを暴力で排除するか。私の立場がどちらであるかは、もはやいうまでもないだろう。」</blockquote>
    個々の文章の荒れは目立つものの、<b>「冗長性」を持つ、不完全である社会の存在</b>にたどり着いている。それは自分より早くたどり着いているだけに、自分が言うのもおこがましいものなんですけどね。
    また、この社会をどう認めるべきかとかいうと、この本では許容量をオーバーしてるみたいなので、これ以上は止めましょう。
    そういうことで、読み手に全く易しくない本なので、社会学というか、現代学というか、そういうことをやりたい人にしかあまり薦められない本だな。(昔ならネットの理解のために読破すべしとも言えたが、今となっては古い点もあるため)

  • 刊行当時、東京都立大学博士課程に在学していた著者の第一作です。ネット掲示板やブログといったインターネット環境の整備によって生じた新しいコミュニケーションが持つ意味を、社会学的な視点から考察しています。

    刊行から10年以上が経った現在では当たり前のことでも、刊行当時にはていねいに解説する必要があったのかもしれませんが、具体的な技術や事例の紹介や解説に多くのページが割かれていて、それらがもたらした意味についての考察が十分に展開されていないような印象を受けます。

    それでも、特に、リスク社会やアーキテクチャをめぐる問題に対する著者独自の切り込みの方向性がすでに明瞭に提示されており、後の『ウェブ社会の思想』や『ウェブ社会のゆくえ』(ともにNHK出版)に展開されていく著者の関心の出発点がうかがえるという意味で、おもしろく読みました。

  • 実はこれ、12年前に出版された本である。
    こういう本は出版されたらすぐに読まないと、どんどん情報が古くなってしまう。
    事実、これが書かれた時点では、ブログはまだメジャーなものではなかったし、スマホもなかった。
    iモードが華々しく出回ったころのおはなし。

    けれど、私は今読んでよかった。
    職場で使用するシステムがどんどん新しくなり、それにつれてパソコンの勉強も少しはせざるを得なかったり、家でインターネットをするようになったりした12年前にこの本を読んでも、全然理解できなかったと思う。
    今読んでも、100%理解できるかと言われると、もちろんできないけど。

    全体が3つのパートに分かれている。

    一部は、インターネットの成り立ち。社会的な意味のインターネットについて書かれている。
    二部は具体的に、出会い系サイトとオンラインショッピングを中心に。
    三部がこの本の本筋であろう、インターネットとコミュニティについて。

    一部については、勉強になりました。
    スタンドアロンからネットでつながるパソコンへという流れ。
    情報の伝わり方。
    体験した人のリアリティと、情報を集約した後のリアリティ。
    情報を商品として売るということ。(付加価値のない情報は当然売れやしない)などなど。

    二部。
    個人情報を守ること。自分の情報を発信していくこと。
    この矛盾する行為が悪用されることのないように、いかにシステムを構築していくか。
    情報管理の徹底と、情報監視への警戒。

    三部。
    公の場であるネットという空間で、個人サイトという私的な情報発信が行われ、個人サイトという私的空間の中でなされる発言(書き込み)は、世界に対して公開されているという構造について。
    これは、つまりブログとはいえある程度の覚悟は必要だぞ、ということですよね。

  • 初版が2002年。11年前の分析が現代にどう活かせるか検証できるという感じ。この分野で10年は遙か昔ですね。恐ろしい。

  • 2012/11/30 読了

  • だいぶ古い本ではあるけど、面白かった。
    インターネットが生まれたことによって変化した社会について、社会学の概念を用いながらわかりやすく説明してくれている。

    社会学の入門書として読める本。

  • 私が鈴木謙介さんを知った最初の本。衝撃をうけた。今読んでもけっこう面白いよ。

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著者プロフィール

関西学院大学准教授。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。ソーシャルメディアやIoT、VRなど、情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。
著書に『カーニヴァル化する社会』(講談社、2005年)、『ウェブ社会のゆくえ─〈多孔化〉した現実のなかで』(NHK出版、2013年)、『未来を生きるスキル』(KADOKAWA、2019年)ほか多数。

「2022年 『グローバリゼーションとモビリティ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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