- Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
- / ISBN・EAN: 9784872901580
作品紹介・あらすじ
1994年、アフリカの真ん中で100万人が殺された。だが、世界の人々は、少しも気にしなかった。人類史上最悪の虐殺メカニズムを説き明かす戦慄のルポルタージュ。
感想・レビュー・書評
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丘の上に建つ教会へ逃げ込んだツチ族を、丘を越えて追ってきたフツ族が殺す。
ツチ族がいなくなれば、この国が少しは『まし』になると信じてのことだったのだろうか。
協会、市役所、病院、学校、ホテル…およそ安全と思われる場所に逃げ込んだツチ族を、牧師、市長、医師、教師、警官であるフツ族が先頭に立って殺す。今日の今日まで信徒だった、患者だった、生徒だった、同僚だった、友人だったツチ族を殺す。
あまりに殺されすぎて、ツチ族の人々は殺されることが当たり前に感じていた。殺される前に、心が死んでしまっていた。
――そして、川のほとり、ビクトリア湖の岸辺、丘という丘が、死体で埋め尽くされた。
1994年、アフリカの真ん中の国、ルワンダで100万人のツチ族がフツ族によって殺された。100万人…実にルワンダの人口の10分の1。死亡率はホロコースト中のユダヤ人の3倍。広島・長崎への原爆投下以降最悪の大量虐殺を、しかし、世界の人々は少しも気にしなかった。
そのとき、国際社会は何をしたのか? 生き残った人々の証言を交えて綴る、ルワンダ、そして国際社会の暗い真実。 -
映画「ホテル・ルワンダ」のモデルとなったポール・ルセサバギナの本(「ホテル・ルワンダの男」)以来のルワンダ大虐殺関連本。
あちらはまさに当事者から見た虐殺の真実。こちらはできるだけ客観視することで、虐殺の真実をあぶり出そうと試みたノンフィクション。
なんと言っても国際社会の傍観者ぶりに驚愕せざるを得ない。
ただ残念なのは、翻訳が非常に読みにくいこと。レビューを見るに、皆さん同じ感想をお持ちのようで…。渾身のルポなのにもったいない。
下巻読むのにも手こずりそうだ。 -
ルワンダでのフツ族によるツチ族に対する民族抹殺について。
隣人が隣人を、同僚を同僚を、教師が生徒を、医者が患者を、司祭が、警察が市民を殺し、村がまるごと消し去られる。
それが現実にあったということに衝撃を受ける。しかもそれを国際社会はただ見守っていただけだなんて、、信じられない。
『これまで国家は利害関係のない純粋な人道的理由によっては決して行動しなかった。』なるほどなぁ・・ -
それにしても、わずか数週間で、80万人の人を殺すって、殺す側も大変だったろうなと思う。一体、どういう力が働いてフツ族の人はついさっきまで共存していたツチ族を殺そうと思ったのだろうか。人間ってのは奥が深い生物だ。
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映画『ホテルルワンダ』を観て、なぜこれほどまでに凄惨な大虐殺が起こったのか?詳しい背景を知りたくなり購入。
知りたかったことがほとんどわかりました。とても勉強になる一冊です。 -
3.62/289
内容(「MARC」データベースより)
『1994年、アフリカの真ん中で100万人が殺された。だが、世界の人々は少しも気にしなかった-。いかに虐殺行為が計画され、いかに実行されたのか。人類史上最悪の虐殺のメカニズムを説き明かす戦慄のルポタージュ!』
原書名:『We Wish to Inform You That Tomorrow We Will Be Killed with Our Families』
著者:フィリップ・ゴーレイヴィッチ (Philip Gourevitch )
訳者:柳下 毅一郎
出版社 : WAVE出版
単行本 : 218ページ(上巻)
発売日 : 2003/6/1 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/42951 -
(後で書きます)
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恥ずかしくて情けなくて、この史実を知らなかったなんて言いたくない。いわゆる思春期の頃に起こった事件みたいだけど、言い訳をするなら、その頃世間から遮断された環境にいたから、ってことで。実際には言い訳なんておこがましいほどの惨事で、”知らなかったから”では済まされない。ナチスを超えるような異常事態に、ただ唖然とするばかり。傍観者的立場からの見解とかも適宜挿入されていて、身につまされる思いもしきり。後半、どんな展開が待ち受けるんでしょ?
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二年前のルワンダ初出張以来の再読。
翻訳された日本語が分かりにくいですが、勉強になりました。
果たして同じような状況が他国で将来起こった時に、一市民として、また国際支援機関で働いている者として、これを教訓に適切な対応が出来るのだろうか。考えさせられます。
こういう仕事をしていると、どうしても鈍ってしまう。。。
例えば、現在のソマリアの無政府状態での市民生活の困窮などに、何が出来るんだろう。。。
(整理すると)
・94年のジェノサイドが起ってしまう前の60年代から始まるフツ族によるツチ族への圧力
・その前にさかのぼって宗主国ベルギーによる、「優良民族」ツチ族を利用した植民地支配
・ジェノサイドのフツ族支援におけるフランスの役割(フツ族を使ってフランス語圏を守るため武器や兵士を支援)
・ジェノサイド期間の国連など国際社会の無力・無関心
・ウガンダから反ジェノサイド勢力軍が盛り返して新政権を樹立した後、ジェノサイド首謀者を含むフツ族がコンゴなど隣国に逃げて、「難民」キャンプを作った際の難民支援団体など国際社会の厚遇
・ジェノサイド後のコンゴ/中央アフリカ情勢への波及 -
1994年にアフリカの小国ルワンダで起こった、多数派フツ族による少数派ツチ族の大量虐殺。ゲリラや兵士でなく隣人同士での殺戮、機能しない国連・・・日本ではほとんど報道されていなかった事実が次々に明らかになります。胸が痛みます。
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アフリカ・ルワンダでおきた、100日間で80万人が殺されたジェノサイド
普通の隣人が殺人者になる
あまりに普通の人々が殺しすぎたため、国際裁判が全く機能しない
国連は知っていたのに、止めなかった
「Shooting Dogs」はルワンダ大虐殺を描いた映画で
いろんな意味で衝撃を受けた映画でした
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ルワンダ――この国名は、もはや私にとって他人事では済まされない。骨髄に刻まれた感がある。人間の狂気と寛容とを兼ね備え、殺した人々と殺された人々の家族が共に住む大地。その重みに耐えかねて、アフリカ大陸は窪んでしまっていることと想像する。
<a href="http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20081012/p2" target="_blank">http://d.hatena.ne.jp/sessendo/20081012/p2</a> -
ノンフィクション。
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ある日新聞を読んでいると「ルワンダで虐殺・数十万人死亡か」の小さなベタ記事。その後の続報もほとんどなし。「なぜこれがベタなの?」という思いがずっと頭に残っていた。アフリカは日本からも世界からも遠いらしい。
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"この本の最初に「おそらくあなたはよりはっきり見たいと願ってこの本を読んでいるのだろうし、そして同時に好奇心を抱いてしまうことを落ち着かなく感じているだろう。あるいはこの極限状態から何らかの理解、何らかの内政、何らかの自己認識のかけらー道徳あるいは教訓、この世界でいかにふるまうべきかという手がかりといったなにがしかの情報ーが得られると思っているかもしれない。可能性がないとは言わない。だがことジェノサイドに関してなら、善悪などとっくにわかっているはずだ。ルワンダの物語をじっくり見ようと思うのは、無視するのが、その存在そのもの、そして自分のそれとの関係以上に恐ろしく思われるからである。」とある。そのとおりなのだと思う。13年も無視し続けてきたこと、それは自分の無関心からとはいえ、こんな悲惨なことが起きているのに何故何も知らなかったのかという反省からだったと思う。しかし読み終わった今、何が残っただろう。恐怖か、反省か、平和を願う気持ちか、何が残っただろう。とてもすべてを読んで理解できたとは思わない。ルワンダのことではなく、この本中かれたルワンダの状況。ジェノサイドは1994年が最初ではない。それは過去にも何度も繰り返されていた。しかし、その時点で何の方策も打たれず、ツチ族はフツ族と共存していた。多分近々そういった大規模のジェノサイドが起きることは公然とラジオを通してフツ族をあおり続けていたことから察することが出来たにもかかわらず起きている。ツチ族の中でその以前にルワンダを脱出した人もいたのかもしれないが、ほとんどの人たちはそこに住み続け隣人や友人に襲われることになる。読んでも読んでもそのあたりがわからない。この本を書いた人はそのあとにいっているのでそれ以前の事を聞いたツチ族の人たちは諦めきっていて多くを語らなかった性かもしれない。数で圧倒的にフツ族が多くても自己防衛のために武力で対抗する準備とかしなかったのだろうか。ルワンダに武力を持ったツチ族が他の国から帰ってきたとき、難民となって国を逃れたのはフツ至上主義者たちとジェノサイドを行ったフツ族と、今度はツチ族に殺されると思ったフツ族と、生き残ったツチ族だった。難民キャンプのなかで国連や人道支援団体に保護されたなかでもツチ族に対するジェノサイドは繰り返され、武力を取り上げられる事のなかった殺人者たちはキャンプを抜け出し周辺のツチ族に対しジェノサイドを繰り返していたらしい。
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バットと鉈(!)を持って親戚同士殺し合う話。これが、つい最近の話だから、おそろしい。★ルワンダ中央銀行総裁日記に出てくるのどかな国とは隔世の感あり。
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「ホテル・ルワンダ」を観て、ルワンダでのジェノサイドを詳しく知りたいと思い読んだ。
1994年、ルワンダではわずか100日で100万人が虐殺された。しかし、世界各国は無関心を決め込んだ。ソマリア紛争で失敗した国連やアメリカは同じ失敗をすることへの恐れと利益の無さから介入をしないように世界を動かした。
世界はアメリカで回っていると再確認した感じです。
こんなことを書いているが、自分に何かができるわけではない。何もできないが知ることだけでもやらなければいけないような気がした。 -
考えてみれば当たり前のことだが、「ジェノサイド以後」のルポルタージュ。ルワンダ(そしてザイール・ウガンダ)を巡る諸問題は必ずジェノサイドと関連して語られる宿命にある。著者は比較的ツチ族サイドからルポをしていくが、「フツ=悪、ツチ=善」という絶対的立場では決して無い。むしろジェノシダレ(ジェノサイドを実質的に担ったツチ族民兵の俗称)らをザイール難民キャンプというカゴで見えなくさせていた「人道支援」を痛烈に批判している。確か当時の日本の報道も多くは「難民」というイメージでしかこの問題を語っていなかったような気がする。
残念なのは非常に翻訳が悪い。読みづらい。 -
94年のルワンダ大虐殺の実態を描くルポタージュ。
生存者へのインタビューや、虐殺の跡地の描写は頭がくらくらするほどの衝撃だった。なぜ90年代にこんなジェノサイドが起こり、なぜ西側諸国は介入を拒み、なぜ自分はアフリカについて何も知らないのか。
映画「ホテル・ルワンダ」と「ルワンダの涙」を見ていたので、比較的ルワンダをイメージしやすかったが、それでも勢力関係などよくわからない箇所も結構あった。
そして訳がよくない。直訳しすぎ。 -
ESSAYにて述べたツチ・フツの民族間虐殺、詳細本。メディアの威力で家族間や友人間で殺し合いが起こる。レビュー後日追加。
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下巻もあり。
世界には、自分が理解できないこと、どうしようもないことがたくさんあって、それを俺らは見なくてはいけない。
人間に生まれた以上はね。
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ルワンダ大虐殺の背景〜虐殺経緯
「ホテル・ルワンダ」のモデル:ポールや女医のオデットたちの体験談を中心としている。 -
ルワンダ虐殺についてのルポタージュ。既出の報道よりも一歩踏み込んだところまで知りたい方へ。
やや、片方にだけ肩入れしすぎな印象もあるが……