諏訪明神―カミ信仰の原像

  • 岩田書院 (2010年4月発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784872946086

諏訪明神―カミ信仰の原像の感想・レビュー・書評

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  • 遠足の事前学習①。フォッサマグナ上のくぼみ。さながら本州のオヘソかな?パワースポット諏訪



     日本のオヘソは兵庫県西脇市らしい。ちなみに本州の中心は栃木県佐野市。日本の中心は群馬県渋川市です。

     オヘソじゃあないけれど、フォッサマグナ上というのは惹かれるな。なにか出ているとしか思えない。

    ____
    p11 フォッサマグナ
     糸魚川ー静岡構造線上にある。また、中央構造線という九州から関東まで伸びる断層との合流点上に諏訪は位置する。この段増のずれでできたのが諏訪湖である。
     中央構造線の付近には鹿島神宮(茨城)、豊川神社(愛知)、伊勢神宮(三重)、高野山(和歌山)、天河神社(奈良)、日前宮(和歌山)、石鑓山(四国)、阿蘇山(熊本)といった聖地が点在する。

    p13 塩の道
     諏訪は東山道(中山道)、千国街道、三州街道、などの諸交通路の結び目になっていた。

    p20 諏訪円忠
     1356年の諏訪円忠の『諏訪大明神画詞』が一般的に知られる諏訪の創始物語である。

    p25  狩猟の神、戦の神
     鎌倉時代に幕府の支援のもと栄えた。戦国末期からは諏訪大社の御師が肉食を赦免する「鹿食免」の護符や箸などをもって信仰を広めた。

    p35 御柱祭の枝打ちの枝
     御柱祭で使われる巨木の枝を落とす。その枝を拾って家に安置すると6年間(次の祭りまで)家内安全だという。

    p47 1980年から御柱祭は有名になった
     NHKの新日本紀行という番組で取り上げられてからTVでたびたび取り上げられるようになった。また、長野オリンピックの宣伝の時にも取り上げられたらしい。

     余所者が集まって盛り上がるのは良いが、もしその祭りで縁起をもらっていこうとするなら、その土地の運気を奪っていくことになるんだから、考えるべきだよね。

    p48 司馬先生
     司馬遼太郎曰く「日本では神々は若さを喜ぶ」という。御柱祭の危険な荒行事もそういう若いパワーで神に呼応しようとしているのだろう。

    p57 遷宮の木材
     諏訪大社の遷宮はその年に切り出した木材は使わない。6年前の遷宮の時に切り出した木材を使って社をたて、次の遷宮用の木材をその時に伐採しておく。変わった遷宮。

    p60  祭りの民衆化
     原初、御柱祭は神官によって行われる閉じた宗教行事であった。しかし、室町時代か惣のように村社会の力が強くなっていった。これにより、地元社会の経営に農民たちが加わるようになり、祭りへの参加意欲も高まっていった。御柱祭はその中でも最も大衆化・発展したものである。

    p63 女体と棒
     諏訪は縄文遺跡が多く出土品も多い。とくに土偶(女性像)と石棒である。これは女性器と男性器の象徴である。この石棒は「ミシャグシ」と呼ばれ、道の小さな祠や庭に祀られたりした。

    p70 下社は金刺氏
     欽明天皇以来諏訪の地に部民制の役職の一つとして金刺部の役割で土着した。ここで実質的な政権を打ち立て、下社の祭祀権をもった。

    p84  坂上田村麻呂
     坂上田村麻呂が諏訪大社に祈念して東征に出陣したところ、諏訪で軍隊に加えた男が活躍して安倍氏を落とせたという文献がある。
     軍神として何らかの関係があったのであろう。信濃の地は牧場として有名で軍用馬の産地、また弓の名手の産地として朝廷とつながったのであろう。

    p90 祝(ほうり)
     神職の名前の一つ。諏訪では神氏が「大祝」と名乗って神職の筆頭家系と扱っている。

    p94  二重王権
     上社には「神長」守矢氏という家系があり、上社の祭祀のトップに立つ。ここでは諏訪明神勢力=大祝家:神氏で土着勢力=神長:守矢氏として、征服者である神氏が政治の実権を握る代わりに、土着の守矢氏が宗教祭事を取り仕切るようになったという、天照大神と大国主命のような関係が想像できる。

    p97 肉食
     大和朝廷は仏教を輸入したのと同じくして、675には肉食を禁じ始めた。五畜(牛・馬・犬・猿・鶏)は禁じられたが、山で採れたもの(鹿・猪・雉)は許されていた。山地などの耕作不適当地では山の恵みは欠かせないものだった。
     こういった背景のもと、諏訪大社は「食肉を許す神」として全国へ広まった。鹿食免の護符や箸は有名である。こういう朝廷に反する態度は鎌倉幕府が成立するころになって有効に働いたはずである。

    p100  諏訪の稲作
     諏訪は標高が高く寒冷で、平地面積も少ないので稲作には不向きであった。しかし、下社一帯では温泉も出ていたので温暖で、水田耕作が進んでいたといわれる。

    p107 神氏vs金刺氏
     どちらも諏訪姓を名乗っていたが、先に金刺氏が幕府御家人になった。焦った神氏も活動を始めた。(神氏は北条家の御家人になる)この頃から両家の対立が始まり、上下どちらが本宮かを争って、金刺盛基と諏訪信重が訴状を出し合ってる。

    p111 農業は副業
     昔の農業は農民の生活を支える絶対的なものとしては弱かった。山での狩猟や採集などの二次的農作業もあってやっと過ごしてきた。だから、肉食を禁じる仏教的慣習は死活問題だった、そこへ諏訪信仰は救いだったに違いない。

    p118  暗黒の15世紀
     建武の新政で鎌倉幕府が倒れると、後ろ盾を失った諏訪勢力は窮地に立たされた。下社は室町幕府に帰順し、上社との戦を交えた対立が始まった。
     また、15世紀の天候不順も悪影響を与えた。人々の生活基盤が揺らぐと、心のよりどころとして神社は頼りにされる。そこから様々な人災に結びついたりする。
     1518年には下社:金刺氏は神氏との抗争で追放され滅亡している。

    p131 褐鉄鋼
     天然の鉄が錆びた鉄鉱石。これを低音で熱して低純度な製鉄を作る技術は昔からあって、鉄鐸を作ったりしていた。

    p132  守矢氏とは
     下社の大祝を務めていた一族だが、出自は謎が多い。

    p134  神(みわ)氏とは
     大和の古族で、大神神社を奉祭した三輪氏が源流にあるという説

    p139 金刺氏
     金刺氏は後から諏訪の地に来た説。
     土着の守矢氏と為政者の神氏の地に、新たに金刺氏が登場することで二つの士族が連携するようになり、上社と下社に二つの勢力ができた。上下の社は共同してこの地を治め、坂上田村麻呂の遠征に参加し、持統天皇・桓武天皇の時代から祭事の定式化を進めていった。というようなストーリーが考えられる。

    p164 道祖神=チ○コ
     松本や安曇野では男性器を道祖神として祀るところが多い。この道祖神はミシャクジだという。ミシャクジは謎の神で「御作神」として稲作の神として祀られているところもある。
    p169 ミシャクジというのは目に見えない超自然的なものの総称で、その象徴として男性の力強い勃起のイメージを当てはめただけである。生命力に満ちた象徴として、最高の畏敬の気持ちが込められていたのではないか。つまり、昔は男性器だからと言って恥ずかしいものでもなんでもなくて、逆に神々しいものであったのかもしれない。

    p168 雷=SEX
     雷は天と地の性交だと考えられていた。天から地に向かってエネルギーが注入される。人間で例えるなら、性交があてはまるだろうと考えたのか。

    p174 諏訪信仰の核心
     諏訪信仰は神々のデパートである。

     軍神、風神、山神、狩猟神、稲作神、性神、道祖神、などあらゆる象徴になっている。しかし本質はミシャクジという、自然現象からのエネルギーへの畏敬の念である。
     信濃の豊かな自然と特別な立地が生み出すパワーが生み出した信仰なのである。非常に日本の原初的な神道に通ずる。

    p204 近代の諏訪
     明治維新後、廃藩置県で高島藩は高島県になり、筑摩県をへて長野県に編入された。富国強兵政策で桑畑と養蚕が奨励され、製糸工場の労働力へ供給された。戦後は、綺麗な湧水を利用した精密機械工場のメッカになり、湖ではワカサギやシジミが養殖された。しかし、経済成長期に環境汚染が問題になり、また、入植やリゾート化が進み、神聖なカミの土地は廃れていった。

    _____

     期待以上の本だった。こういう信仰系の本は詳しすぎて理解不能になるが、ちょうどいい具合に深度が設定されている。
     
     諏訪信仰は捉えどころがなかったが、それがなぜかも分かった。絶対的象徴がないから捉えどころがなくて当然だった。逆にそれこそ純粋な日本のカミ信仰らしさがある。

     諏訪大社に行ってなにを思ってお参りするか悩んでいたが、とりあえず、2014年の大雨や火山の噴火など自然の猛威を受けたことへの反省を述べてこようと思う。
     そして自然との共存とは何かを見直すことをその場で考えてこよう。

  • 諏訪の宗教についていろいろ読んでいる昨今。
    著者はネパール文化に詳しい寺田鎮子女史。
    諏訪の郷土史家とは違った視点から非常に冷静に、
    それでいてツボを押さえた書き方がされていて
    入門者に親切だと思います。

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