本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (248ページ) / ISBN・EAN: 9784873691039
作品紹介・あらすじ
韓国の人気作家イム・キョンソンが、最愛の作家である村上春樹について心を込めて綴ったエッセイ。
「この本はこれまでに私が書いてきたどんな本とも文体と調子が違う。この本に込められているものは、本当に大切で意味のあるものを丁寧に扱おうとする謙虚な心に似ているはずだ。そういう意味で、この本を手にとってくれるみなさんは、私のいちばん深い心のなかを垣間見て、理解してくださることと信じている。」(本文より)
高校時代に日本で『ノルウェイの森』に出会って以来、村上春樹のことばや生き方に多大な影響を受け、ときには慰められ、ときには励まされながら、ひたむきに誠実に文章を書き続ける力をもらい続けてきたというイム・キョンソン。
1970年代から2015年までの村上春樹の小説、エッセイ、インタビュー、スピーチなどから、彼の生き方がよく現れていることばやエピソードを丁寧に選び抜き、小説からだけでは知ることができない部分――村上春樹の個人的な生活哲学や自分のペースを守ってたゆまず書き続けていく作家としての生き方――を浮き彫りにしている。
「韓国で『村上春樹さんが最愛の作家だ』と言うにはちょっとした勇気がいる。」
それは歴史と政治における日韓関係の難しさの為だという。しかし、彼女にとって村上春樹は、どこまでも個人として生きることの大切さを教えてくれる運命的なロールモデルだった。「彼の存在が私にまた立ち上がって歩みだす力を与え、『より良い自分になろう』という人間本来の善意を持たせてくれる」、そんな存在なのだという。
国境と世代を越えた共感を生む大切なメッセージが、このエッセイには込められている。村上春樹の小説をまだ読んだことがない読者さえも、魅了してしまうことだろう。
みんなの感想まとめ
村上春樹への深い愛情が詰まったエッセイでは、著者が彼の作品を通じて得た影響や感動を丁寧に綴っています。高校時代に出会った『ノルウェイの森』から始まり、春樹の言葉がどのように自らの生き方や創作活動に寄与...
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
大学1回の春、『風の歌を聴け』を高校時代の友人に勧められ読んだ。初読の感想は『まるっきり片岡義男やん!』。2作目の『「1973年のピンボール』であれッ⁈に変わり、短編集『中国行きのスロウボート』で前言撤回。完全にハマり、57歳の今に至るまで多くの作品を読み、文芸評論家による評論や研究本もそれなりの数、目を通してきた…つもりだった。
というのも、本書には初めて知る村上春樹のエピソードが目白押し。『この〈イム・キョンソン〉って何者?』って思うほど、村上春樹の著作を読み込み、人間 村上春樹像に深く迫る野心作。
著者 イム・キョンソンは1972年韓国生まれの人気の作家。15歳の時、日本の在日コリアン民族学校で、三角関数や微積と格闘していた頃、偶然『ノルウェイの森』を手に取る。その出会いから全作品を読破。それに加えインタビュー・スピーチ・雑誌記事・評論集ももれなくカバー。いつの間にか〈自作の村上春樹ウキペディア〉を構築できるほどに。
その膨大なデータから、自身の人生に影響をもたらしたエピソードを丁寧に選び抜き、短編小説のような構成で綴られたエッセイ。村上春樹の生い立ち、妻陽子さんとの出会いと結婚生活、千駄ヶ谷のジャズバー時代は無愛想なマスター、遮二無二に働きながらの作家への挑戦、ノルウェイの森の空前の大ベストセラー狂騒と海外逃避、文壇との距離とマラソンと創作姿勢 等。
著者の村上春樹の作品について坦懐。
これまでの人生の歩みの中には、悲しく、つらく、嬉しく、息の詰まるようなすべての瞬間を、村上春樹の文章に慰められ、支えながら生きてきたというのは事実だ。私はもともとドライな人間で、 何かどっぷりはまったり、すがったり、何かを収集したりすることはほとんど縁のない人生を送ってきた。どちらかというと心変わりが激しくて、何にでもすぐ飽きてしまうほうなのだ。ただ不思議なことに、村上春樹という作家にだけは今のこのときまで深く魅了されつづけている。
ここに村上春樹のファンの思いが凝縮されていると強く感じる。
村上春樹の小説に一貫して登場するのは、虚無的で孤高な主人公。友だちがいない、いたとしてもわずか。ライフスタイルは極めてシンプル。簡単な食事を作り、シャツにアイロンをかけ、夜になるとレコードをかけウイスキーを舐め、朝早く起きてジョギングに励む。
その確立された生き方は、人と群れず、噂話に背を向け、人に裏切られたり、辛い別れがあっても、その現実を受容する。『やり場ない感情』『憤怒』といった負のエネルギーの発露はなく、海の向こうの戦争を眺めるかのような距離感を取り、時間をかけ再生を図ろうとする。読者はそこに『強さ、逞しさ』を見出し、励まされ、歯を食いしばる人も多いのでは。
村上春樹の小説を読んでいる読者にとっては、新作のストーリーに、月が2つになったり、小人が登場したり、井戸に入ったり、空から大量の魚が降ってこようが…それらは些末であって、取るに足りないこと。何よりも小説に描かれる〈大事なものを喪失し、それを取り戻すために弛まず誠実に立ち向かう姿勢〉に出会いたいと願っているのではないかな。
慈しむようにして書かれた村上春樹愛に溢れた本書。あらためて文学には〈現実を、生活を、激変させる力がある〉極めて実用性の高いもので あることを思いしらされた一冊。 -
「村上春樹さんが最愛の作家だ」という韓国の作家イム・キョンソンさんの村上春樹本。
この本はイム・キョンソンさんの村上春樹愛で溢れ、とても優しく柔らかな文章でとっても心地よいです。
イム・キョンソンさんがある日偶然村上春樹さんの本に出会い、「その日々の時には悲しく、つらく、嬉しく、息の詰まるようなすべての瞬間を、村上春樹の文章に慰められ、支えられながら生きてきた」というように、私も同じような経験をしていて、とても共感します。
以前、7ヶ月間ほど外出禁止の自宅安静・寝たきりという過酷な時期があり、その時にはじめて村上春樹さんの本に出会い、その世界観の虜になり、全作品を読みました。その苦しい時期を乗り越えられたのは村上春樹さんのお陰というほど、村上春樹さんは私にとっても一番特別な作家さんです。
エピローグの「村上春樹の足跡を辿る旅」の気持ち、よくわかります。 -
本が好きなので、通勤中もつい他の人が読んでいる本の題名に目が行ってしまう「村上春樹のせいで」知らない本だが、私もそのタイトルで語りたいことがあるぞと興味を持ち読んでみる。
村上春樹好きの著者が村上春樹を想い、書いた本。またいくつかの記事を集め、村上春樹氏が語ったことから村上春樹氏の像を再構築する。
少々期待外れ感、もっとどう「村上春樹のせいで」なのかを知りたかった。村上春樹氏に関する記事が多く乗せられていたように思う。私は気になる著者でもその人がどうかはあまり興味がなく、このような記事をあまり見たことがなかった。村上春樹氏の事をより知りたい人にはお勧めかも。
アンダーグラウンド、約束された場所でを再読しよう。
■共感
・村上春樹の文章に慰められ、支えられながら生きてきた
・(村上春樹資料館のオーナー語る)好きな作品は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」だが、いつか村上春樹本人に会える機会があったら、どうして最近の作品は面白くないのか問い詰めるつもりだ
人は多くの場合、痛みから学びます。それもかなりきつい痛みから。 -
カフカくんと同じ15歳で『ノルウェイの森』に出会い、それ以来彼に魅せられ続けて自身も作家になったという著書。村上春樹について書くのは「ただそうしなければならなかったから、そして、どうしてもそうしたかったから」とのこと。
村上春樹の過去の著作、インタビューから引用して、彼と自分自身の来し方を記している。
ウイットに富んだジャズ同好誌上でのQ&Aなど、目にしたことのない情報も多く、楽しく読んだ。
翻訳されていない、村上春樹について書いた前著で、本人の事務所にこういう本を出してよいかと問い合わせた時の緊張感が描かれていたが、快く認めてくれたとのこと。
村上春樹という人は、きちんと誠意を持った依頼はそうと感じ取って対応する人のようで、それは僕自身も経験したことなので、よく理解できた。 -
こういう本、大好物です。作家としての村上春樹は自身のことについても、自身のことそのものについても多くは語らない人物なので、過去のインタビューからエピソードを引っ張り、切り貼りする形になるしかない。それでもばらばらに語られたはずの言葉は並べてみると一貫した哲学を持っていて、村上春樹だと感じられることが、この作家の素晴らしさだなと思いました。また改めてこうして読んでみると、多くの言葉が印象的で、新鮮であるけれどどこか知っているようなことで。私が村上春樹の小説をほとんど読まないのは、彼に見透かされるのが嫌だかなのかもしれない。私にとって辛辣な現実が必ずフィクションの中に落とし込まれている。だから多くの人が「これは私の小説だ」と思って、村上春樹の作品を好むのだろうと思います。
村上春樹について語るのであればアメリカ文学は避けて通れないのと同じくらい、やはり村上龍は欠かせませんね。作風も性格もまったく似ていない両者だから、互いに尊敬していて、尊敬が感じられる関係の距離を保っている。どちらの作品が良い、悪いなんてことは2人の間には関係なくて、ただ互いに相手が存在し、相手の小説を自分から離れたところで読み、作品から刺激を受けている様が、わたしはとても好きなのです。とても理想的な関係だなと感じています。(絶版になっている対談本、少し前に古本屋で見かけたものの買わなかったことを思い出して、悔しい気持ちでいっぱい)
最後に。著者の書く一文一文に、春樹作品への揺るぎない尊敬と、深い愛を感じました。この本を読めてよかったです。 -
著者の取材力に圧倒されつつ、改めて村上春樹という存在に若い頃の私は救われたのだ。と思いました。
レイモンド・カーヴァーや村上龍との関わりくだりは、心が温かくなりました。
私は疲れてくると、村上作品を読みたくなる傾向があるのですが、村上春樹がシステムに縛られない生き方を模索していたからなのかもしれないなと思いました。
私も村上春樹のせいで生きていく上での価値観が変わった1人であり、彼に出会わなかったらどんな人生だったのだろうと思うとゾッとします。
価値観を変えるほどの作品を届けてくれる作家さんがいることが、こんなに幸せなことなのかと、本にこだわって生きていることについて、初心に帰る本でした。
イム・キョンソン著の「そっと呼ぶ名前」も早く読みたいです。訳者の渡辺奈緒子さんのあとがきもとても良かったです。 -
村上春樹のことをとてつもなく敬愛しているということが伝わる。また、翻訳も上手なのだと思うけれど、とても素敵な文章で、エッセイとしてもとても上質だと感じだ。
-
私は、村上春樹のファンなので彼の著書は小説に限らず大体読んでいる。訳書もそれなりに読んでいる。そのうえで、この作者は相当な春樹ファンだと思う。作者の代わりに半自伝を書いてるんじゃないかと思うくらい。春樹ファンなら読んで損なし。
-
妄想対談は無い方がよかった気がする〜
-
村上春樹にハマった著者のエッセイ。村上作品は大抵読んでいるが、この本からは、また違った村上春樹を知ることができて面白かった。
-
26.
タイトルの原題は『どこまでも個人的な』
どこまでも個人として生きていく村上春樹について、たくさんの文献を引用しながら読み解かれている。
丁寧なのに読み易くて、村上春樹のいくつかの小説とエッセイしか読んだことのない私には知らないことだらけで、楽しく読んでいたらあっというまだった。
図書館で借りたけど本を手元に置いておきたいほど良かった。買いたい。
読みたい本や行きたい場所や観たい映画などがたくさん出てきてうずうずしている…!
いつかスティーブンキングの小説を読みたい
===
P143 村上春街が大事にしている価値観に「公正さ」がある。彼はどんなことであれ、ひとつの視点からものを見て判断することを嫌う。人物の評価も、歴史的な事件も、単一の視点からの判断を好まず、できる限り多様な証言を集めたうえで大きな絵を描いてみようとする。
同じように、彼は世事を見るときも公平に見なければならないと考えている。嫌いな人が何かをした場合も、「なぜこの人はこのようなことをしたのか」とできるだけその人の事情を理解してみようとする。自分が一方的に善であちらが一方的に悪だというのではなく、結果的に自分が被害者になったとしても、状況についての公正な目を失わないように努力する。
P144 彼のこうした態度は、二〇〇九年に全世界から注目を集めた「壁と卵」という受賞スピーチにも通じるところがある。それはエルサレム文学賞を受賞したときのことだった。イスラエルによるパレスチナ自治区への攻撃で千三百人以上の死者が出た直後に開かれた授賞式だったため、日本のパレスチナ支援団体はイスラエルの非人道的な爆撃に対する抗議として、村上春樹に賞を辞退するよう求めていた。殺人の脅迫まであったという。だが、春樹は悩んだ末にイスラエルへ向かった。「小説家は自分の目で実際に見た物事しか信じない。私は傍観したり沈黙を守ったりすることよりも、ここに来て、話すことを選んだ」と授賞式に参席した理由を説明した。
私が小説を書くときに、常に頭の中に留めていることです。(中略)頭の壁にそれは刻み込まれています。(中略)「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があるとしたら、私は常に卵の側に立ちます。」そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。(中略)我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。
かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。(中略)そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは「システム」と呼ばれています。(中略)私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、普鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。(中略)それが小説家の仕事です。”
P145 二〇一一年にはバルセロナのあるイベントで日本の核産業を批判し、二〇一三年にはマラソンランナーでもある一世界市民としてポストンマラソン爆弾テロ事件の犠牲者への追悼メッセージを「ニューヨーカー」電子版に寄せた。そして、二〇一五年には読者の交流サイト「村上さんのいるところ」で香港反政府デモへの支持を表明し、その後も日本の戦争責任回避を批判するなど、特統的に声を上げつづけている。
-
外国の人が村上春樹をどう読んでいるか、どこに惹かれているのか、ということにはとても興味があるので、韓国人の著者の書いたこの本も、そういうことが書いてあるのを期待して読んだ。
つまり、村上春樹にまつわる個人的な思いとか経験をつづったエッセイなんだろうと。
ところがしかし、村上春樹本人の人生についての本だった。しかも妄想混じり。
私は、村上春樹についてのことは本人に聞けば十分で、他の人の解説とか村上春樹論みたいなものは特に興味もないので、心底ガッカリしてしまった。
ほとんどは知っている内容なんだけれど、たまに、「あれ? これは知らないな、ちょっと村上春樹らしくない気がするけど、出典は何だろう?」と思って巻末の訳注を見たら、案の定「引用元不明」とある。ああ、やっぱりね、ちょっと違和感あるよね、と思う。
日本では発表されていないものからの引用かもしれないので、そこを妄想と決めつけることはできないけれど、私にとって違和感がある箇所はほぼすべて出典不明であった。そういう意味でもガッカリ。
特に妄想インタビューが辛かった。
ちゃんと読もうとしたけれど、どうしても耐えられず、慌ててページをめくって飛ばしてしまった。
コアなファンというものは、そんな風に頭の中で自分によるインタビューシーンを思い描いたりするものなのかな?
私にはそういうことをしたいと思う気持ちがこれっぽっちもないので、それを活字にして人に読ませるというのが全く理解できなかった。
でも、そういえば、村上春樹本人も、チャーリー・パーカーの妄想インタビューみたいなのを最新作で書いていたような・・・(笑)
ほんのちょっぴり差し挟まれていた著者自身の話がめちゃくちゃ興味深くてとても好きだっただけに残念。私的にはその路線でいってほしかった。
そういうことを読みたい人は、著者の他の本を読むべきなのだろうか。 -
中盤からが私のお気に入り。
全部は読んではいないものの
ベストセラー作家で、圧倒的な日本を現代を代表する作家である村上春樹をこよなく愛し、その存在がなかったら、自分は作家になっていなかったと言う韓国の作家、「イム・キョンソン」が著者。
村上春樹の半生を語り、どんなふうに今の彼に至ったかを順に追っている。
中盤からは村上春樹の愛した作家たちが出てくるのだが、読むまでは知らなかったが恐怖作家として唯一無二のさっか、スティーブン・キングもその中に。
そうなんだ。。。
村上が大好きな作家として一番にあげるのは、レイモンド・カーヴァー。ちょっと興味を惹かれた。 -
著者イム・キョンソン氏の村上春樹への尊敬と、それを超えた心の支えであることを表すかのように、丁寧に彼の生涯について綴られた作品。
それを通して著者の生き方が見えてくる。
彼女の文章は(邦訳されてはいますが)とても丁寧で、言葉に温かみがあります。邦訳されていないものが多いようなのですが他の作品も是非読んでみたい。
人にはロールモデルとなる人が居ることで、更に自身の考えの輪郭をはっきりとさせられるのだと感じる作品です。
本棚登録 :
感想 :
