レオナルドのユダ

  • クインテッセンス出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (172ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784874176948

感想・レビュー・書評

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  • 1498年のミラノ公国。領主のもとにサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の修道院長が陳情に来ている。教会で「最後の晩餐」を描いているレオナルド・ダ・ヴィンチの筆がいっこうに進まず、彼にはやる気がないと。しかし当のレオナルドは、ユダの表情を描くため、モデルになる人物を探していると言う。誰かが評判の悪い金貸しのボッチェッタをモデルにしては?と提案するが、レオナルドはあの男は吝嗇なだけで、ユダではないと一蹴。彼の求めるユダ像とは…。

    一方で、旅の商人ヨアヒム・ベーハイム(40歳くらいだがイケメン)は、馬を売るためミラノにやって来て、偶然見かけた美しい娘に一目惚れする。ベーハイムは金貸しボッチェッタに貸した金を取り立てるためミラノに滞在し続けているが、本心は一目ぼれした娘を探し出したい。酒場に出入りし、そこでマンチーノという記憶喪失の酔いどれ詩人からその娘ニッコーラの居場所を聞き出し、ついに再会を果たしたベーハイム。ニッコーラもまた、ベーハイムに一目惚れしており、二人はめでたく両想いに。しかしなんと、ニッコーラはベーハイムが激しく憎み復讐しようと計画中の金貸しボッチェッタの娘だった。ニッコーラへの愛とボッチェッタへの憎悪のはざまでベーハイムはついにある決意をし…。

    ダ・ヴィンチはじめ幾人かの歴史上の実在の人物と、ベーハイムやニッコーラら架空の人物が交錯するレオ・ペルッツの遺作。長編としては比較的短め(言葉の矛盾…)なこともあり、続きが気になりどんどん読んでしまった。だいたいのなりゆきは想像がつくのだけれど、それでもやっぱり面白いのは登場人物たちが皆個性的で言動に説得力があるからだろう。

    ベーハイムは悪人ではないけれどなかなかの利己的クズ野郎なので、オチで溜飲が下がる。ニッコーラやマンチーノの友人たちも同じ気持ちだっただろうな。マンチーノはとても不憫だった。ネタバレだけど作者自身のあとがきによると、マンチーノは詩人ヴィヨンの成れの果てかもしれないとのこと。ベーハイムよりもレオナルドよりも、影の主役は実は彼でした。

  • 話は一四九八年三月のある日に始まる。ロンバルディア平原が驟雨に見舞われたこの日、ミラノ城にモーロことルドヴィーコ・マリア・スフォルツ公を訪れたのは、サンタ・マリア・デッレ・グラーツィエ・ドミニコ修道院長であった。院長は食堂の壁に描かれるはずの「最後の晩餐」がいっかな捗らぬことに業を煮やし、パトロンである公爵を前にレオナルドの釈明を求めに風雨を突いてはるばるやってきたのだった。

    レオナルドの手がとまっているわけは、ユダの顔が見えてこないからだ。モデルにする男を探して、ミラノ中を訪ね歩くが、これだと思う顔にぶつからない。彼の考えによればユダがキリストを売った理由は、単なる欲望や妬み、悪意などではない。それは、キリストをあまりにも深く愛してしまうことをユダの誇りが許さなかったせいだ。「愛するものを裏切らざるを得ない誇り」、これこそユダの罪である。そんな罪を負った男がそうそう見つかるはずはなかった。

    同じ頃旅商人のベーハイムは二つの理由でミラノを去りかねていた。ひとつは美しい娘ニッコーラに恋をしたから。もうひとつは父の貸した金を取り戻すことに失敗したからだ。彼は娘と逢瀬を重ねながら、金を返そうとしない男への意趣返しを考えていた。ニッコーラを通じて知り合ったマンチーノは金で危険な仕事を請合うことで知られていた。ベーハイムはマンチーノに声をかける。はじめは乗り気だったマンチーノだったが、襲う相手が金貸しのボッチェッタだと聞くと態度を変える。マンチーノもまたニッコーラを愛していた。ニッコーラは誰あろうボッチェッタの娘だったのだ。

    借りた金は返さないが貸した金は取り立てる強欲で吝嗇なボッチェッタ。一夜の食事にありつくためには危険な仕事も断らない酒と女と詩を愛する酔いどれ詩人のマンチーノ。商品の売り買いで生計を立てている以上、帳尻の合わぬことには納得がいかない商人ベーハイム。それぞれの思惑がニッコーラを軸に絡み合う。

    恋した相手が自分を愚弄した敵で血も涙もない金貸しの娘だったという、まるでシェイクスピア劇を思わせる芝居がかった筋立て。フランス王が耽々と狙うミラノ公国を舞台に、宮廷人やレオナルドら芸術家たちのサロンでの会話とマンチーノの詩で盛り上がる居酒屋の情景の対比。下宿屋や居酒屋で供されるワインや料理の薀蓄、と趣向を凝らしたペルッツの筆は読む者をして飽きさせることがない。史料を丹念に渉猟し、その時代を生きる歴史的人物としてレオナルドを中心にルドヴィーコ・イル・モーロやその愛妾ルクレツィアをはじめ多彩な人物を登場させ、活き活きと操って見せる。特に、ユダの顔が誰をモデルにしたものなのか、という由来譚の裏に名にし負う酔いどれ詩人の逸話を裏張りしてみせる超絶技巧には舌を巻いた。完成するまでに二十年の歳月をかけた、これはレオ・ペルッツの遺作である。

  • 悪くは無いが凡庸。ダビンチあまりでてこなかった。

  • すごく短い話なんだけど、結構衝撃的。レオナルドは最後の晩餐を描くにあたり、ユダのモデルさえ見つかれば後の構図はもうできている、という状況で出会う、ある男の話。ある意味、ユダより救いようがないやつなのではないかと思った。

著者プロフィール

レオ・ペルッツ(Leo Perutz)
1882年プラハ生まれ、ウィーンで活躍したユダヤ系作家。『第三の魔弾』(1915)、『ボリバル侯爵』(20)、『最後の審判の巨匠』(23)、『スウェーデンの騎士』(36)など、幻想的な歴史小説や冒険小説で全欧的な人気を博した。1938年、ナチス・ドイツのオーストリア併合によりパレスティナへ亡命。戦後の代表作に『夜毎に石の橋の下で』(53)がある。1957年没。

「2022年 『テュルリュパン ある運命の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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