定本千鳥ケ淵へ行きましたか: 石川逸子詩集

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  • 影書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784877143350

感想・レビュー・書評

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  • 『無名戦没者たちの声』のあと、『千鳥ケ淵へ行きましたか』を読む。

    この詩集のなかでも、「大君のために」どれだけの人が戦場に動員され、どれだけの人が命を落としたか、そのことがずっとずっと書かれていて、天皇(制)への恨み真髄という感じで、それは頭では分かるものの、ちょっと気持ちがついていきかねるくらいだった。

    益永スミコさんを描いたドキュメント「死んどるヒマはない」を見て、スミコさんが三菱重工爆破事件の"主犯"と養子縁組する話を見たせいか、また『千鳥ケ淵へ行きましたか』をめくってみて、「三菱重工」が目に入る。長崎原爆の爆心地近く、「三菱重工」傘下の部署で働かされていた朝鮮人たちが灼かれて灰になったくだりを書いた部分。

    長崎へは中学の修学旅行で行ったのが最初で、大人になってから二度行った。そこかしこに「三菱」があったのが印象に残っている。その三菱は、この三菱なんやなーと思う。

  • 女性詩人で有名なのは金子みすずや工藤直子で、一般的に柔らかく繊細な暖かい詩が多いように思う。しかし石川逸子のこの詩集は他の女性詩人のそれとは何か異なるものを持っている。

    言葉がこんなに優しいのに、美しいのに、どうしてこれほどまでに鮮烈に厳しく戦争を捉えているのだろう。
    命が失われていくその刹那を網膜に焼付け、千切れゆく叫びを鼓膜にこびりつかせ、戦争のあるがままを読み手に強く訴える内容だ。
    日本人だけではない。アジアや欧米の方々にも読んでもらいたい。
    日本という小さな島国が犯した過ちと向き合うことが求められている。
    浮き彫りにされる戦争の悲惨さと残酷さと、そして凶悪さ。そのどれもが二度とこんな歴史を繰り返してはいけないのだ。

    星ひとつ減点は、仕方がないことだけれど視点が偏りすぎているから。

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著者プロフィール

1933年、東京生まれ。日本現代詩人会会員。
1982年よりミニコミ通信『ヒロシマ・ナガサキを考える』
主な著書に、『オサヒト覚え書き―亡霊が語る明治維新の影』『日本軍「慰安婦」にされた少女たち』(岩波ジュニア新書『〈日本の戦争〉と詩人たち』(影書房)など。
主な詩集に、『新編 石川逸子詩集』『定本 千鳥ケ淵へ行きましたか』『ぼくは小さな灰になって…。―あなたは劣化ウランを知っていますか?』ほか

「2022年 『三鷹事件 無実の死刑囚 竹内景助の詩と無念』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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