1941年。パリの尋ね人

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感想 : 18
  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784878933073

作品紹介・あらすじ

「尋ね人。名前ドラ・ブリュデール、女子、十五歳、目の色マロングレー、うりざね顔…」。1941年12月31日、占領下のパリの新聞に載った「尋ね人広告」。これを偶然発見した時から、作家モディアノの10年にわたる少女ドラの行方を探す旅がはじまった…。歴史の忘却に抗し、名もなきユダヤ人少女のかすかな足跡を追い求め、フランスを感動の渦に巻き込んだ名作。

感想・レビュー・書評

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  • パリのドイツ軍占領下での、ユダヤ人少女ドラ・ブリュデールの消息を探す記録。
    残酷な戦争の記憶を、尊い命を奪われた人びとの運命を忘れることはできない。
    モディアノの“記憶の芸術”と称された作品。

  • ナチス占領下のパリで、15歳の少女ドラ・ブリュデ-ルを捜す両親の<尋ね人広告>が、1941年12月31日付けの新聞(パリ・ソワ-ル紙)に掲載されました。戦後この記事を目にした著者が、名もなきユダヤ少女の足跡を追い求めたドキュメンタリーです。ユダヤ人狩りに協力したフランス当局の存在、ドランシ-(パリ北東部の町)がアウシュヴィッツ絶滅収容所へ移送するための通過収容所の役割を負っていたこと、人道に背いた罪(1964年制定)で追及を受けたフランス人の存在など、悔恨の時代の深淵を思い知らされる作品でした。

  •  ノーベル賞の選考委員は本作を「記憶の芸術」と評した。
     
     パリでノートルダム寺院やサン=ルイ島あたりをうろついて、さてマレ地区の方へでも行こうかなと右岸に渡った辺りに、無名ユダヤ人犠牲者記念堂がある。この一冊との出会いは、観光ガイドには一切紹介されていないあの建物の前を偶然通りがかり、あれなんだろうと覗き込み、ああそうかと気が付いて入場し、そうして簡単には言葉では言い尽くせない衝撃を受けたあの日のことを私に思い起こさせた。
     国際空港のセキュリティーチェック以上の物々しい検査、中庭に建つ夥しい数の名が刻まれただけの壁、そうして1940年代の無数の老若男女の笑顔の写真、数え切れない数の家族の幸せな瞬間を写し止めたスナップ写真、それらは全てドイツ占領下のパリでそこから乱暴にもぎ取られアウシュビッツなどの収容所に送られ命を奪われた人たちがパリで生きていたときの「痕跡」であり「記憶」だった。
     それらの「無名の人たちが生きた記憶」にまつわる展示を、現代のパリジャンたちが無言できわめて真摯な姿勢で見入っていた姿も忘れることができない。

     パトリック・モディアノは、偶然見かけた尋ね人広告に載っていた15歳の少女ドラの足跡を、変質者かストーカーなみの執拗さで丹念に跡付ける。モディアノによって発掘された一人の少女の足跡は、あくまで無名の一人の少女にかかわりを持つ、家族や友人たちなどの、幾人かのやはり無名の人々の頭の中にあった「記憶」でしかない。
     しかし、そのあくまで「個」の記憶はモディリアノの手によって、ドラと同じようにかつてはパリで普通に暮らしていたのに、突然捕えられアウシュビッツに送られ命を奪われたやはり無名の人たちの記録、すなわち無数の無名の記憶と結びつけられる。
     そうして更に、モディアノ自身の実父とドラとの偶然の接点について語られる。無名の「個」の記憶と作家の「個」の記憶の接点は単なる「個」と「個」の偶然の邂逅ではない。徹底した「個」の記録にこだわった物語が人類の歴史の一断面という普遍性に出会った瞬間に立ち会った気がして、そのシーンで私は鳥肌が立つ思いがした。

     「記憶の芸術」と評した選評は、
     「忘却の彼方にある人々の運命を思い起こさせ、占領下の世界の人々を描き出した」
     とも賞賛している。見事な表現だ。だが、この作品の歴史的意義と作者が結実させた芸術性には脱帽するけれども、普通の読者にとっては詳細すぎる記述は読み通すのに相当な根気を要することも言っておかねばならないだろう。
     さらにまた、余計なことではあるかもしれないが、1941年の時点では世紀の悲劇の完全な被害者であったユダヤ人が、今日では様々なやむを得ざる理由はあるのかもしれないが、数多くの無名のパレスチナ人を殺す側に回っていることもまた事実である。
     だから、モディアノの芸術は、1941年の悲劇の記憶のみを描いたのではなく、無名の人々の悲劇の全てが、今日の私たちを含むすべての私たちと無縁ではないのだという普遍的な訴えの書であってほしいと思う。タリバンの凶弾に襲われたマララさんが同時に平和賞を受賞したが、ノーベル賞がナチスやイスラム原理主義を単純に糾弾する偏狭な価値観から自由であるのかどうかは私にはわからない。しかし、『1941年。パリの尋ね人』は、この世に忘れ去られてよい記憶など一つもなく、抹殺されてよい無辜の命だってひとつもないのだという普遍的な叫びなのだと信じて、「私の」ノーベル文学賞を贈りたい。

  • 自分が存在していたことを知っている人は世の中にどれくらいいるんだろう。
    知っている人が誰もいなくなったとき、それでも時は進んでいって…でも、何かを手がかりにして、私のことを知りたいと考える人はいるのだろうか。

    私は『赤いモレスキンの女』からのつながり、そして、堀江敏幸の書いたものにモディアノの名があったような…というところからこの本に行きついた。

    この本の原題は『Dora Bruder』。
    新聞の小さな記事を最初のきっかけに語り手はDoraのことを探してパリを歩きまわる。1940年にDoraと家族は消えてしまったのだ。ユダヤ人ゆえに。

    語り手(敢えて筆者とは言わず)は、自分の父親が偶々逃げのび、生きることができたことを述べ、読者に「ヒロシマとアウシュヴィッツがあった時代」に思いをはせてほしいという。「思いをはせる」行為が今一番必要なことかもしれない。
    「いまここ(にいる)」と「かつてここ(にいた)」とを同じように感じてしまう語り手は何を探しているのだろう。

    地球上から思想によっておこる排他意識、それを引き起こす土壌(閉塞感のある環境を作り出すこと)はなくならない。

    アフガニスタンでつい最近起こっていることをなおさら痛ましく感じる。感じることしかできないことが残念だ。

  • ノンフィクション

  • 1941年12月は占領開始後、パリの経験した最も陰鬱で息苦しい時期だった。2度にわたるテロへの報復として、ドイツ軍は12月8日から14日まで夕方6時以降の「夜間外出禁止令」を布告した。そして12月12にはフランス国籍ユダヤ人700人が一斉検挙された。12月15日には、ユダヤ人に10億フランが罰金として科せられた。同日朝、人質70人がモン・ヴァレルアンで銃殺された。

    12月10日、「警視総監令」が発布され、セーヌ県在住のユダヤ人はフランス国籍、外国籍を問わず、「ユダヤ人男性」「ユダヤ人女性」の検印のある身分証明書を提示し、「定期的な監視」を受けるよう勧告を受けた。住所変更に当たっては24時間以内に警察に届けねばならなかった。そしてこれ以降セーヌ県を離れることは禁止された。12月1日から、ドイツ軍はパリ18区に立ち入ることはできなかった。18区の夜間外出禁止令は3日間続いた。これが解除されるとまもなく、ドイツ軍は10区全体にまた禁止令を出した。マジャンタ大通りで占領軍当局の一将校がピストルで何者かに狙撃されたからだ。そして12月8日から14日まで「全面的夜間外出禁止令」が敷かれた。

  • ナチス占領下のパリで、新聞に掲載された尋人広告。ここから全てが始まり、ユダヤ人少女の足あとをモディアノが追跡するノンフィクション。その簡潔な筆致が、ものごとの本質を余すところなく伝え、深い印象を残していきます。

  • ある日、古新聞で1941年の尋ね人広告を見つけたモディアノ。15歳のドラという少女のその後を知ろうと、情報を追い続けるが…。パリがとてつもない闇に包まれていたあの時代に何があったのか、どれだけの人が「失踪」したのか。残された資料の中から、モディアノは淡々とした筆致で、事実を明らかにしていく。

  • 戦時の異常な状況の下で普通の生活を営んでいた人達の人生を追いかけることで、重いテーマについて読者に問いかけてくる。どうしようもない暗い時代の雰囲気が伝わってきて、終わったことと一言で片付けられない、心にトゲが刺さったような気になる。

  • 2015.2.23

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著者プロフィール

1968年、La place de l'étoile でデビュー。1978年、ゴンクール賞(Rue des boutiques obscures)、1996年、フランス文学大賞(全作品)等々。2014年、ノーベル文学賞。「その記憶の芸術で、彼は人間のもっとも捉え難い運命の全てを呼び起こし、またナチス占領期の世界を明るみに出した」と評価される。邦訳に『パリ環状通り』(講談社)、『暗いブティック通り』(講談社/白水社)、『ある青春』(白水社)、『カトリーヌとパパ』(講談社)、『イヴォンヌの香り』(集英社)、『サーカスが通る』(集英社)、『いやなことは後まわし』(パロル舎/キノブックス)、『1941 年。パリの尋ね人』(作品社)、『廃虚に咲く花』(パロル舎/キノブックス)、『八月の日曜日』(水声社)、『さびしい宝石』(作品社)、『失われた時のカフェで』(作品社)等。1945 年、オー‐ド‐セーヌ県、パリ西部に隣接するブローニュ‐ビヤンクール生まれ。

「2015年 『迷子たちの街』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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